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きゃーお、異世界。  作者: nekoko
13/17

女神、ではない、人間

 ミンテールの町。


 この町には二つの最も神聖な建物がある。


 一つは北の大神殿イキテール。


 もう一つは南の神聖劇場カミイル。


 今、カミイルには沢山の武官、神官のみならず、ミンテールの町の住人、遠くの町や村の住人、普段は表に出て来ない巫女や大巫女まで集まってきていた。


 そこには、この方々もいた。


「まだかいな『女神』娘は」


「娘っていうほど、若くもないだろう」


「そうだな。しかも『美の女神』というにはあまりに顔が平凡で」


「ぐははははははははははあっはあっはは!!」


 少し頭のネジがずれてしまった、一座、ドンデガエルシの皆さんだった。


 一座の長が太い眉を上げて言う。


「まあ、どれくらいの実力か、我らの目は誤魔化せまい」


 太い口がにやりと逆三角に曲がる。


「我らほど『感動』を追求してきた者はいないのだから……ははははは……がははははは……ぐえっっはははあ!!」


 貴賓席で下品に笑う、態度の大きな者達を、近くに座る高貴な人々は、まず顔をしかめ、それから驚き、思わず二度見、三度見、四度見していた。




 神聖劇場カミイルの控室。


 高価そうな丈の長い服を身にまとい、女神キャーオ、こと、梨果は白い椅子に座っていた。


 汗が出る……。


 何度手をこすり合わせても、出てくる汗は止まらなかった。


「大丈夫です、女神様。何百回も練習しましたから」


 言ったのはレアルだったが、そのレアルの表情も不安気だった。


 昨日の夕方から朝にまでかけて行われた、お披露目の儀の練習。


 女神様は、意気消沈してどの動きも弱弱しく、覇気や輝きと言ったモノが一切なく、とても人前で見せられる踊りではなかった。


 そして女神は、今も下を向き、俯いている。


 大丈夫なのだろうか……。


 レアルは心の底からの心配を、決して表に出さないよう、話を進める。


「今日の儀式の進め方について、紙に記しましたので、お読み下さい」


 梨果の気持ちは、ますます塞がった。


 紙……読む……。


 文字という文字、文章という文章が、大っ嫌いな私が、読む……。


 会社の文書を読むのも大嫌い。


 もう、文字も見たくない。


「大丈夫です、女神様。女神様なら無事にお勤めを果たします」


 レアルの手が自分の手に触れる。


 ごめんね、レアル……。


 でも、そうね、これが最後なんだもの……。


 女神として、最後に、レアルの言うことくらい、聞かなきゃ罰が当たるわよね……。


 梨果は、文字を読む決意を固め、レアルから紙を受け取った。


 ……。


 目が点になる、梨果だった。




『ご安心下さい。オウーラ様』


 水のたっぷり入った壺から、キャラメルの声が響く。


 広い大聖堂シニーテルの中を、髪の長い女……オウーラが行ったりきたりしている。


『必ずや、敵を亡き者に……』


「待ちきれない!」


 キャラメルの声を女が遮る。


「私が、使おう……魔法を」


『はい……どうかご武運を』



 魔法が途切れ、会話は止まる。


 神聖劇場カミイルの裏側で、キャラメルは立ち尽くした。


 素直に、オウーラ様のお言葉を受け入れられない自分は、一体どうしたというのか。


 あの女神……、いや、娘が、今日、いなくなる。




「大巫女様……!」


 神官が階段を駆け上り、大巫女の椅子まできた。


 それを聞いて大巫女ヒビーコは溜息が止まらない。


「どうしましたか?」


 隣の大神官フアウザが尋ねた。


「実は……」


 その言葉を少し離れた椅子で聞いた神官長エンドル……地獄耳だ……は、その地獄耳を疑った。


「まさか!」


 エンドルは、思わず声を上げた。


 フアウザも思わず拳を顎に当て、唸る。


「そんなことが……」




「そんなバカな!」


 と一番叫びたいのはレアルだった。


 しかし、その叫びはぐぐぐっと、心の中に留まり、静かな部屋に梨果の声だけが響いた。


「はああああああああああああああああ!? 何これー?」


 梨果は紙を縦にしたり横にしたりして眺めた。


 それは、梨果が眠い時に書く、ミミズ的な文字に似ている。


 というか、眠い時の文字にしか見えない。


 例えば夜、会社で書いていた文字。


「やっぱ、夢の中だから、夢見ながら書いた文字が出てきちゃったのかしら……」


 梨果の声を遮り、レアルは喋った。


「とにかく、書いてあることを、僕が読みますから」


 そう言いながらレアルは動揺している。神聖キャー文字は、その名の通り、女神キャーオが上級神シアーから賜り、それを世界シアトロルに下賜したという文字だ。下級神官のみならず、ちょっとできる学舎の神官見習いでさえ読める。


 それだけではなく、庶民でさえ、ヒラーナくらい読めるものだ。



 女神様は……、ひょっとして女神様は……女神様じゃ、ない?




 儀式を取りやめることなどできないことは、大巫女のみならず、大神官にも神官長にもわかる。



「キャーオ様!! キャーオ様!! キャーオ様!!」


「キャーオ様!! キャーオ様!! キャーオ様!!」


「キャーオ様!! キャーオ様!! キャーオ様!!」



 歓声は場内に響き渡っていた。



 それは、控室にも届く。


 自分は、偽女神に仕えたヘボ神官として、後世まで語り継がれるのか……。


 レアルは考えた。




 毒で、女神、いや、娘を殺す。


 キャラメルは客席から歓声を聞いていた。


 そうだ。何もオウーラ様が御手を汚さなくても、自分が止めを刺せば。


 風に髪をなびかせ、キャラメルは席を立った。




「覚えられないよおおおおおお!」


 梨果は、呑気だった。


 「あれもして、これもして……」とやるべきことを指を折って思い出している。



 これで、この異世界シアトロルともお別れだもの、ちゃんとしておかなくちゃね。



 レアルは梨果を見つめる。


 決意した。




「キャーオ様!! キャーオ様!! キャーオ様!!」


「キャーオ様!! キャーオ様!! キャーオ様!!」


「キャーオ様!! キャーオ様!! キャーオ様!!」



「さあ、こちらです」


 レアルは他の神官や、巫女、武官と共に、梨果を舞台袖まで連れて行く。


 舞台袖には大きい黒い布が天井にかかっている。


 あの黒い布の向こうが、舞台袖。その先は舞台。




 準備は整った。


 ゴウン、とゴングのような楽器が鳴らされた。


 場内は少しずつ静かになる。



「上級神シアーの下より、シアトロルに舞い降りた、女神、キャーオ様、おなーりー!!」



 ゴウン。ゴウン。



「えっと、もう行くのよね」


 黒幕の中で梨果が喋る。


 レアルは、頷かない。



 レアル、どうしちゃったの?



 そう思うと、梨果に不思議な感情がわく。



 もう、会うことがないのだ。


 レアルに。



 梨果はなんだかとても寂しい気がした。


 いつもお世話になって、助けてくれて。


 例え夢の中であっても、こんないい少年に、二度と会えないだろう。


 でも、仕方ないのだ。


 これから、自分は女神ではないことを証明してしまうに違いないのだから。


 せっかく色々教えてくれたのに。


 やっぱり、夢でもニートは、ニート、か。



「レアル、私は……」



 梨果の言葉を、レアルが遮った。



「あなたは、何があっても、僕にとって、女神様です!!」



 レアルが、笑った。


 梨果は目を梨よりも丸くさせる勢いで丸くした。


 が、吹き出した。梨果の顔に笑みが広がる。


 二人は、手を繋いだ。



「行ってらっしゃい、女神様」


「行ってきます」



 二人の目は、心なしか潤んでいる。


 繋いだ手を離し、梨果は向かった。


 女神キャーオの、お披露目の儀。シアトロルとの別れの場へ。


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