ときめきが、みちびく、もの
大巫女ヒビーコは、調理場の近くまできて、向こう側の回廊で、女官武官が大量の水に流されて行くのを見た。
うわああああああ!
彼らは流され、庭の池の中に落ちて行く。
池に落ちた者達を、周りにいた神官や武官が次々と助ける
「ヒビーコ様!」
後からやって来た大神官フアウザに、ヒビーコは大きく頷いてこう言った。
「予言が、現実に。そろそろ始まりましたわ」
梨果はただ顔を汗と涙と鼻水でぐちゃぐちゃにして床に座り込んでいた。
調理場だった部屋は、跡形もなく焼け焦げていた。
「女神キャーオ様!!」
沢山の人がやって来たが、放心状態、だが傷一つ負わない梨果を見て、やはり女神様だと、拝まれるのだった。
「今回の火災、調査をしておりますが、火元が未だに不明です」
神官長エンドルは少しの動揺もなく、報告した。
大神官は溜息をつく。
「ということは……」
隣にいるヒビーコを見る。
「大巫女の予言通り、シアトロルが暗黒で覆われ始めた」
大神官の言葉は重い。
ヒビーコは頷く。
「強い、魔力を感じました。それも、女神キャーオ様に匹敵するほどの」
梨果はレアルを見舞った。
レアルは、軽傷だった。
でも、自分は傷一つ負っていないのに、申し訳ないと思う。
流石の梨果もしょんぼりしている。
「女神様……」
寝ているレアルの寝言。
これまで何度「女神」と呼ばれたことか。
だけど、気づかないフリをしてきた。
私、このままでいいの?
「お母さん……」
レアルの寝言に、梨果は、顔を上げた。
苦しくて悲しくて、梨果は部屋を後にする。
幾つもの回廊を歩き、中庭まできた。
キャーオの塔を見上げる。
このままでは、ダメだ。どうしよう。
「女神キャーオ様」
ヒビーコが現れた。
中庭にテーブルセットが運ばれる。
怒られるかも……。でも、仕方ないよね。私、女神ではないんだし。
ヒビーコの顔がいつもよりも厳めしく見える。
「明日、お披露目の儀を行います」
「でも、私、女神じゃないし……」
「女神様としての自信をなくした今こそ、御自覚頂きたい。女神キャーオ様。このシアトロルを救うのは、あなたしかいないのです」
「そんな……」
「大神殿イキテールから火が上がったと聞いた民衆が不安に陥っています。今こそ、女神キャーオ様がお力を示す時」
もじもじする梨果。
「でも……」
大巫女ヒビーコが、声を落とした。
「キャーオ様、敵が、現れました」
「え?」
テキ? 何それ?
梨果は初めて聞いた言葉のように、何を言われたのかがわからない。
「伝説では『女神キャーオ現れる時、邪悪な力、シアトロルを覆う』とあります」
「それって、私のせい?」
ヒビーコは首を振った。
「あなた様のせいでは御座いません。女神キャーオ様。あなた様は、このシアトロルを救う為に上級神シアーが送り出して下さった、特別な女神様なのです」
「違う!」
梨果は否定した。
「私は、私は、ニート梨果よおー!!!!!!」
梨果は逃げるように回廊を走った。
後に残されたヒビーコは肩をすくめた。
この人、だんだん女神に慣れてきたようだ。
そして、梨果は、またこの人物と出会う。
「女神キャーオ様!」
大神官フアウザは驚いて女神に声をかけた。
確か、今さっき、大巫女が女神へ会いに伺ったはずだが。
と、思いながらも、大神官フアウザは、火事の後でさえ無事である女神を見て、安堵したのだった。
「お元気そうで何よりです」
確かに、梨果は元気に泣いていた。
「お泣きになっていたのですか?」
梨果は首を振る。手で涙を払った。
「よろしかったら、何が悲しいのか、私にお話しください」
優しそうな大神官フアウザの目。
ますます父を思い出す梨果。
溜まった思いが、爆発した。こんなふうに。
「このままじゃあ、王子様に、合わせる顔ないよおお!!」
「王子様?」
「そう、今は囚われの身の、王子様……」
そいういえば、女神は音楽劇に即興で出演したと聞いた。
「円形劇場の一座でございますか? 彼らなら、今すぐに釈放できますよ」
梨果は目を丸くした。
「へえ、こいつが女神ねええ」
「よくも俺らに臭い飯食わしたなああ」
「王子様、いないじゃない!!」
一室に集められた元囚人達は、揃いも揃って不愛想な顔をしていた。
ちなみに囚人には、恐れ多くも女神の作った実験料理が与えられていた。
王子に合わせる顔がないと言ったのを忘れて、梨果は叫ぶ。
「どこに行ったのー! 王子さまああああ!」
キャラメルは誰かに呼ばれた気がしたが、気のせいだと思う。
「女神様へ、供物の果物でございます」
「ふむ。わかった。こちらで預かる」
仮に設けられた調理場で、キャラメルは毒を塗りたくった果物を渡した。
さて、大神殿イキテールの中を、偵察でもするか。
「王子さまああああ!」
大神殿イキテールに女神の悲鳴が響く。大巫女の私兵達が、女神を捕獲。踊りの間へと連行して行った。
ズンドウズンドウゴトゴト、ズンドウドッコイ……。
いつかの音楽が、踊りの間で鳴る。
「どうしたのです。女神キャーオ様。あなたらしくありませんね」
ヒビーコには女神の踊りが、絶命の踊りに見えた。
くらくらくら……。
王子様、どこ……。
遠くの部屋。
レアルが、目を覚ます。
ズンドウズンドウゴトゴト、ズンドウドッコイ……。
どこかで、お披露目の儀の為の音楽が鳴っている、気がする……。
女神様……。
僕を守ってくれた……。
どうか、皆を幸せにしてください……。
「いやだああああああああああああああああああああああああ!!」
女神キャーオは、再び逃げ出していた。
回廊を走り回る。
「ふんっ!!」
ヒビーコの扇子攻撃。しかし、すらりとかわすようになっていた。
なんだか違う能力に目覚めたみたいだ。
「王子さまああああああああああああああ!」
梨果は庭の池を飛び越えた。
後を追っていた武官が、次々と池に落ちて行く。
「へへへーどんなもんだー!!」
あっかんべー。そのまま後ろ向きに進む梨果。
が。
ドーン!
誰かにぶつかった。
マズイ。武官か神官か巫女か女官か。
「また、お会いしましたね」
そよ風が栗色の髪をふさふさと持ち上げ、日の光が青い目のきらめきを演出する。
キャラメルが、しっかりと梨果の肩を抱いた。
面白いものを見ていたら、獲物が向こうから来た。
裏の気持ちを微笑みで隠す。
梨果の目は、キャラメルで一杯だった。
はあーあ。
「どうしたのですか?」
「えーと、私、ここから逃げたくて……」
「外へお連れしましょう」
死の底へ。
キャラメルは既に大体把握した大神殿の中を、梨果と共に進んだ。




