表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/11

6 マナとの再会

忙しい中、風邪が長引いて、つらかったです…

ぼちぼちゆっくり再開します!

 鈍色の堅牢な両開きの門を抜け、ゲオルグはギュウダの塔に足を踏み入れた。

 長い旅路の末にたどり着いた地である。しかし、ゲオルグの感慨はどうにも薄い。


 神秘の塔とはいうものの、一見、通常の石造りの塔との差異が感じられないせいもある。

 しかし、そういったことよりも、ファイの存在が何より確実に、ゲオルグに困惑をもたらしていた。



 ゲオルグは、許嫁マナを探しに来たのだ。

 マナの意思によっては、自らの手に取り戻すつもりもあってのことだ。



 ところが、今、ゲオルグの曲げた左腕に腰掛けるファイがいる。

 ヒトではないヨーマである。しかし、ファイは美しい女性の姿をしていて、ゲオルグを慕っていることを少しも隠さない。



 どうしてこうなったと困惑しながら、ゲオルグは、塔の真ん中に向かって伸びる廊下をまっすぐに進んだ。





 やがて部屋についた。

 広いだけの石造りの部屋だ。


 誰もいない。

 部屋の中央の床に、ぼんやりと発光する光の輪がある。


 塔を移動する術式が組み込まれた光の輪であることは、ひと目でわかった。

 ゲオルグは以前、別の塔で魔物討伐をした際に、それを経験している。


 ゲオルグは、ままよ、とばかりに、ファイとともに光の輪の中心まで踏み込んだ。

 ファイは、ゲオルグの腕に腰掛け、のんびりとした風情で光の輪を見下ろしていた。


 床の光の輪から上方に光の帯が伸び、二人は円筒状の光に包まれた。

 二人は導かれるように、塔のいずこかへと移動したのであった。






 ふわりと浮き立つような感触の後、ゲオルグの足裏はしっかりと固い床を踏んだ。

 ゲオルグは、光の輪から一歩踏み出した。


 塔の別の階層へ移動したのだとゲオルグは判断した。

 今いる部屋は、先程までとはまったく違う雰囲気に包まれていた。



 まずは肌に感じる気配たるものが普通ではなかった。

 伝導率の良すぎる液体に浸されているような、己が広がるような妙な感触があった。



 この世ならざる遠くの音まで聞こえてしまうのではないか。

 自分の核がかき消されてしまうのではないか。


 

 神秘の塔と呼ばれるにふさわしい気配に、ゲオルグは小さく眉を潜めた。


「ファイ。大丈夫か」

「うん」


 案じたゲオルグが顔を向けると、ファイは傍らで鮮やかに微笑んだ。

 ファイの紫苑色の瞳をのぞくと、ゲオルグは、己の核の確固たる輪郭を照らしあげられる心地がし、不思議と心安らぐのであった。




 ゲオルグは、磨き抜かれた大理石で造られた部屋の真ん中にいた。


 緋毛氈がまっすぐに伸びた先に、幅の広い階段があった。

 二十段はあろうかという先の高座には御簾がかかり、奥を隠していた。



 階段の下の両脇に、玉虫色の着ものを着た老婆が座っていた。

 二人とも諸白髪ひっつめ頭で、双子のようによく似ていた。

 二人の老婆は、ギュウダの塔に来て、ゲオルグが初めて出会うヒトであった。



 ゲオルグは緋毛氈を踏んで、階段を目指した。



「お待ちを」



 しゃがれ声は、向かって右側の老婆から発せられた。

 ゲオルグは、階段まであと十歩という距離で足を止めた。


 右の老婆は灰色のまなこをゲオルグに向け、無表情に言った。


「何しに来た」


 ゲオルグは、ファイを腕から下ろして、背後に下がらせようと考えた。

 しかし、ファイが抗ってゲオルグの肩によじ登ったため、それを早々に諦めた。



 ファイを左肩に乗せたまま、ゲオルグは答えた。


「5年前、ここギュウダの塔に召し上げられたマナに用があって会いに来た」


 今度は、向かって左側の老婆がキーキーと耳障りな声で言った。


「マナ様がおっしゃる通りのことが起きた。曰く、男が近々私を探しに訪れる、と」


 左右の老婆が交互に言った。


「お前が生きてここに立っているのは、マナ様の寛容によるもの」

「マナ様の恩情、お導きによるもの」

「俺が来ると分かっていたなら話は早い。マナに会いたいのだが」


 問うゲオルグに、左右の老婆が言った。


「マナ様は迷っている」

「マナ様は、お前の来訪を予言した。お前が現れた。遠見でお前を見た」

「ところで、お前は何者だ」

「ところで、お前はマナ様に何の用がある」


 ゲオルグは驚いた。


「マナが、俺を、何者かと聞くのか。マナが、俺に、何の用かと聞くのか」


 二人の老婆はしゃがれ声とキーキー声をそろえて言った。


「お前は誰だ」


 ゲオルグは言葉につまり、立ちつくした。

 想像していなかったことだ。

 老婆二人の言っていることは、すなわち、次のようなことだ。



 マナは、男が自分を訪ねて来ることを予見していた。

 しかし、実際にやってきた男を見ても、マナは男が誰なのか分からず、用件も見当がつかなかった。

 とはいえ、マナの寛容であるとか恩情であるとか、そういったありがたい何ものかによって、遥々訪れた男を追い払うことはせず、ギュウダの塔に招き入れることにした。

 そして、得体の知れない男の用件について、老婆が男に直接、確認をとっている。



 そういう話なのだ。


 

 ゲオルグは深呼吸した。

 渦巻く感情が、肌を抜けて知れ渡る感触に従いたくはなかった。

 さまざまな思いを上手に丸めこんで内に閉じ、ゲオルグは口を開いた。


「俺はガイアの里の出だ。名はゲオルグ。レアの里長の娘マナの幼馴染であり、許嫁である」

 

 深いしわの奥にある灰色の目が、くわっと見開かれた。

 左右の老婆同時であった。

 右の老婆が口を開いた。


「マナ様の許嫁」


 左右の老婆の視線が、ゲオルグとファイを行き来した。


 ゲオルグは、さすがにばつの悪い思いがした。

 なにしろ美しいファイが、ゲオルグの肩に軽やかに腰掛けているのだから。


 これには事情が、と言いかけたものの、ゲオルグはファイについて、ひと口に説明できない己に気がつき閉口した。

 ファイは、どこ吹く風と受け流していた。


 左の老婆がキーキー声で言った。


「その、ざまで?」


 ゲオルグは言葉に詰まり、ん、とか何か発音し、顎を引くにとどめた。

 ファイは、のんびりとした様子で、ただそこにいた。


 右の老婆がしゃがれ声で尋ねた。


「許嫁とやらが、恥知らずなご様子で、マナ様にいかなるご用でしょうか」

「ファイについては、マナに直接説明する。俺は、マナに話をしにきた」

「何のお話か」

「俺たちの今後についての話だ」

「何と?」

「俺たちは自分の意思で、先を選べる年になっている。俺とマナは許嫁である。許嫁としての今後について、マナの意思を確かめに来た」


 左の老婆が呆れたキーキー声で言った。


「そのざまで」


 右の老婆が頷いた。

 む、と短く発声し、ゲオルグは顎を引いた。



 場に、沈黙が落ちた。













 やがて、リン、と音が鳴った。

 それは、遥か遠く見える高座の御簾の奥から鳴った。


 リン、という涼やかなる音としてゲオルグには聞こえたのだが、いや、衣擦れであったのかもしれない。

 満ちる神秘的な気配がゲオルグに伝えて来たのは、気高いと感じさせる音だった。


 二人の老婆がサッとひれ伏した。


 ゲオルグは高座を見上げた。

 緊張が走った。


 我ながらどうしようもない対話であったと振り返る。

 しかしながら、ゲオルグの言動のすべてに嘘などないことが、神秘の力で場に知れ渡ったようでもある。

 すなわち、マナにも伝わったのだ。



 来る。



 ゲオルグののどが鳴った。


 高座の御簾がスルスルと音もなく上に巻き上げられていった。

 萌黄色の着物の裾が見えた。

 ゲオルグの体は強張った。



 マナだ。



 二十段ほど上った高座に、凛とした顔立ちの女が立っていた。

 ぬばたまの黒髪。

 黒水晶の瞳。

 若々しくありつつ落ち着いた印象の、萌黄色の着物をぴしりと着こなしている。


 女は、神秘的な場において、むしろ地に足のついたかっちりとした存在感で現れた。



 ゲオルグは女を見上げた。

 記憶にあるマナの面影が、成長後の姿として、女にぴたりと重なった。


 異なるのは印象だった。

 かつてのマナは、優しげで儚げな少女であった。

 目の前にいる女は、きりりと整った容姿をしていて、無駄も隙もない実務的な強さを感じさせた。



 ゲオルグは瞬間的に、いい女だ、という無遠慮な感想をもった。

 マナの瞳が一瞬揺れたようだった。



 ゲオルグは、ハッと我に返り口を開いた。


「マナとの再会が叶った。運命の導きであろう」


 ゲオルグの胸に迫るものがあった。

 懐かしく、慕わしい思いが湧いた。

 幼き日のマナの姿が、まぶたの裏に浮かんでは消えた。



 神秘の力の働きなのか。

 ゲオルグの中に浮かぶ偽りない記憶と感情は、やはりマナにも伝わるようであった。

 マナの眉が動き、唇が小さく開いては閉じた。

 マナの表情に、ゲオルグは困惑の色を見た。


「マナ? 俺はゲオルグだ」


 ゲオルグの姿は、対面しても尚、以前の面影をとどめてはいないのだろうか。

 背中に冷やりと汗が伝う感がして、ゲオルグは思わず名乗りを上げた。


 意を決したように、マナがきゅっと口を結んだ。

 そして、とうとうマナが答えた。














「わたくしは、あなた様を、存じ上げません」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ