2 長老のお礼
崖を登り、蔦の覆いをくぐり、獣道を分け入って、ゲオルグたちは隠れ里にたどり着いた。
迎えた里の者たちは、余計な口を聞かず、速やかにネオンを引き取った。
案内の者が導く方へ、ゲオルグは肩にファイを乗せたまま、進んだ。
通されたのは、ひと際大きな屋敷の一室。
人払された部屋で、白髪白髭の伸びた長老とゲオルグは向かい合った。
ファイは座ったゲオルグの背中から、おぶさるように抱きつき、じゃれた。
長老は細い目を開けて、その様子を見た。
「ファイがこれほど人に懐くとは、いやはや」
長老はゲオルグの真向かいの席に座して、ヒゲをしごいた。それから、やにわに姿勢を正し頭を下げた。
「ゲオルグ殿、此度は誠にありがとうございました」
「いや。この隠れ里を訪ねる道すがらのこと。むしろ、道案内に恵まれました」
ファイはゲオルグの首に腕を巻きつけ、ご機嫌の様子であった。
女中が茶を運んできた。
女中が下がると、ゲオルグは茶を飲んだ。
長老は言った。
「茶器が小さく見えますな。ゲオルグ殿の大きさがファイに良いのか」
「ファイはヨーマですね」
「いかにも。ヒトに似ながら、やはり分からぬものですな。いや、理解できないことが多いのです」
ファイは自分の話をされても涼しい顔をしていた。
後ろから絡みつくファイをそのままに、ゲオルグは湯呑みを置いた。
長老は言った。
「ファイは15年ほど前に、突然に空から落っこちてきたヨーマであります。何の拍子で、どんな事情で、いやさっぱり分かりません。ファイの話も要領を得ません。ただ、ヨーマを望む者たちによる無益な争いが起こることが忍びなく、ファイを里に隠しておりました。ファイもなんと言いますか、無気力、無関心。外に出ようとすることなど今までなかったのですが」
「なんとなく」
ファイが口を開いた。
長老はため息をついた。
「そういう年頃が訪れたということなのか。急激な変化に我々もついていきかねます」
長老も湯呑みを持ち上げ、少し口を湿らせた。
「希少種であり、生態も明らかではない生命体。見目麗しきことが価値を成し、死を得ると、世にも美しい宝玉と化すことが更なる価値と成っている」
「私の宝玉は、ゲオルグにあげる」
「こら、ファイ。軽々しくそのようなことを」
「あげるから、私をゲオルグのそばにおいて」
ファイは、後ろからゲオルグの首に回した腕を、ギュッときつくしめた。
ゲオルグは、その腕を左右から簡単に引きはがした。
ファイの不満顔を振り返って見ることもなく、ゲオルグはファイの腕をつかむ手を離し、長老に言った。
「俺は西の王のところのヨーマに会ったことがある」
「代替わりをした若き王ですな。左様でしたか。なるほど、ファイに会っても驚かぬわけです。この美しさだけでも、ヒトは大変に惑わされるものですから」
「ヨーマは本能的に、庇護する力のある個体に吸い寄せられる。俺に懐くのは、そういうわけだろう」
そんなんじゃない、ひと目惚れだと騒ぐファイを尻目に、ゲオルグと長老は話を続けた。
「西の王との面識もあり、その懐深くに匿われているであろうヨーマにも会ったことがある。さて、ゲオルグ殿は何者で、この里に何の御用なのでしょう」
長老はさらりと本題に切り込んだ。
ゲオルグは答えた。
「本当に用があるのは、ギュウダの塔だ。あの塔に向かう天橋が架かる地。隠れ里テラ。西の王より得た情報をもとに、俺はここにいる」
「ほう。然して、ギュウダの塔には如何なる御用なのでしょう」
ゲオルグは静かな声で答えた。
「塔に、許嫁がいる」
長老は眉を上げた。
ゲオルグの背中を、ファイがこぶしでポカポカと叩いた。