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自称案内人カンナ の 休息

 それから、私はグレーテルにもう一晩だけ泊まらせてもらえるよう願い出た。

 すると、彼女は胸をどんと叩きながら快諾し、それどころか


「カンナちゃんが本当にカミナギの娘だっていうなら、出来る限り面倒を見てやりたいからねえ」


 とまで言ってくれた。


 具体的にいうと、寝込んでいる間の宿泊費を帳消しにする上、稼げる当てが見つかるまでツケにしてくれるらしい。


 ……なんとも騙していることが心苦しい。


 厚かましいのは理解しつつも、ハルワタートが無一文で馬小屋暮らしをしていることを話してみる。

 私のように助けてやれないのかと。


 無論、同情などではない。

 ただでさえ頼りにならない冒険者なのだから、少しでも使い物になるよう身体を休めてもらいたいという、合理的な判断からだ。


「あたしも何とかしてやりたいとは思ってるんだけど部屋に空きがなくてね。実は、今カンナちゃんが泊まってるのも客室というより、嫁に行った娘の空き部屋なのさ」


 彼女の言葉は、口をへの字にして、酷く申し訳なさそうに。


 グレーテルが商売人にしては面倒見がいいのは昔からである。

 その点は久方ぶりであっても変わっていないようだ。


 最も、そうでなければ行き倒れた私を無償で助けるはずがないが。


「いえ、グレーテルさんにはいつも飯奢ってもらってますし。本当、感謝してますから。金が入ったらすぐお礼しに来ます」

「そう言ってもらえるとありがたいよ」


 ……はて?


 疑問が浮かぶ。

 貸し出されている身でいうのもなんだが、私の部屋はそこそこの広さがあった。

 ならば、もう一人ぐらい貸し与えるのに不都合はないのではないだろうか?


 ベッドを明け渡すつもりはないが、それでも馬小屋で夜露をしのぐよりは大分マシと思われる。


「彼と私を同室にするわけにはいかないのか?」

「……カンナちゃん、流石にそれは許可できないね」


 顔を顰めるグレーテルに、私は首を傾げた。


 確かに、私としても近くに他者がいては落ち着かない。

 しかし、案内人家業を営んでいた以上、野宿せざるを得ない状況下におかれ、赤の他人と寝食を共にしたのは一度や二度ではないのだ。


「いや、俺は馬小屋で大丈夫だよ!? ……じ、じゃあ、グレーテルさん、失礼します」


 結局、私が反論を口にする前にハルワタートは酒場を後にしてしまった。

 耳まで真っ赤にするほど嫌な申し出だったのだろうか?


 私も人嫌いの性質があるとはいえ、これから距離感に気を付けねばならないと留意する。


「……カンナちゃん、心配だねえ」


 残念ながら、物思いに耽ってしまい、グレーテルの呟きは私の耳には入らなかった。





 身体の調子を取り戻すため、軽く屈伸運動を行っていると部屋の扉が叩かれた。


「カンナちゃん、起きてるかい?」

「ああ」


 返事をしながら私は額の汗を拭う。


 部屋に入ってきたのはグレーテルだった。

 彼女はどうにも所在なさげにこちらを見やる。


「どうした? 何か問題でも?」

「いやね、ちょっとだけ話をしておこうと思って」


 そして、私にベッドに腰掛けるよう促し、自分はその横に座った。


「……勘違いしないでほしいんだけど、あの人(ゴードン)がカンナちゃんに厳しく言ったのは、意地悪じゃないんだよ」


 ぽつりとこちらを見ないまま語りだすグレーテル。

 そんなことは私も重々承知だった。


 つるし上げるようなかたちになってしまったが、間違いなく私のことを思いやってのことなのだろう。

 いや、そうまでして止めたかったということか。

 それほどまでに、傍から見た私は危なっかしい存在なのだ。


 案内人証明書を持っていない幼い子供。

 師の存在も口に出来ず、身元すらあやふやである。


 あえて現状を喧伝することで、私と組みたがる冒険者がいない状況に追い込んだ。

 ――無論、ハルワタートのような人間が現れるとは思ってもみなかったのだろうが。


 私が冷静に現状を認識できているのは、ハルワタートのおかげ。

 自信過剰な彼の姿は、まるで今の私を映す鏡だった。


「カンナちゃん、このまま住み込みで働いてくれてもいいんだよ? 言っちゃなんだけどハルワタート君は頼りになりそうにないし……。あの子もワケありみたいだけど、この街ならきっと仕事も見つかるさ」


 顔を上げ、彼女と視線を合わせる。


 ……本当に思いやっての言葉で、一般的に考えれば有難い申し出に違いない。

 グレーテルたちの店、『星屑のかまど亭』は、この街の宿屋、酒場の中でも一、二を争うほど繁盛している部類なのだから。


「いや……」


 しかし、私は首を横に振った。


 このまま働かせてもらいつつ、カンナ(・・・)カミナギ(・・・・)の実子だと認められるのを待つ。

 それも一つの手ではある。


 だが、決して最上の策とはいえないはずだ。

 直感と言われればそれまでだが、私には迷宮の探索が解決の近道に思えてならなかった。


 それに、もしこのまま十年以上過ぎてから元の姿に戻ってしまえばどうなるだろう?

 三十路の姿になるのか、年月は重ねられ四十、五十過ぎになってしまうのか。


 女性化の原因だけを取り除ければその点に悩む必要はないが、やはり何もかも不確定。

 なら、可能な限り早く戻る方がいいに違いない。


「父親の敵討ち……とかじゃないんだろう?」


 ……カミナギであったころにも、似たようなことを何度か聞かれたことがあったが。

 失ったものを取り戻すことを敵討ちというのなら、ある意味、そういえるのかもしれない。


 自虐的に考えつつも、再び首を横にする。


「……やっぱり、カンナちゃんは父親――カミナギに似てるねぇ。あの子も、あんなことがあったのに迷宮に潜ることは止めなかったんだから」

「……それは」

「いや、なんでもないんだよ。悪いね。……次、お風呂が空くから入っていきな」





 本来ならこの宿に備え付けの風呂などは存在していない。

 泊り客は大衆浴場を利用するのが常である。


 だというのに、グレーテルたちの生活スペースである浴室を貸してもらえたのだから感謝する他ない。


「ふぅ……」


 私は、風呂上りで火照る身体をぱたぱたと手で仰ぎながら大きくため息をつく。

 この火照りは湯の熱さからなのか、それとも羞恥からなのか。


 ――情けない話なのだが、この年になってなお、私は女性の身体に免疫がなかった。


 目覚めた当初、妹によく似た姿は私の精神に安定をもたらしてくれた。

 だが、裸になってしまえば話は別だ。


 穢れを知らないだろう、未成熟で華奢な裸身。

 身内だからこそ余計に罪悪感が湧き、にっちもさっちもいかなくなってしまった。


 改めて自分の姿が女性になってしまったのだと自覚する。

 先ほどまでは平静を保てていたのは、状況確認が先決と、見て見ぬ振りが出来たのが大きかったのだろう。


「……早く戻らねば」


 小さく呟いて、布団に身体を預ける。

 そして、伸びをして身をよじった。


「ん……?」


 寝巻で薄着になったことでわかったのだが、横腹のあたりに小さな傷跡が残っている。

 ……こんなところに傷があっただろうか?


 何とも言えない奇妙な違和感に囚われつつも、私の意識が闇の中に堕ちていくには、それほどの時間はかからなかった。

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