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自称案内人カンナ の 妥協

「……君と?」

「ああ。組む相手がいないんだろ? ちょうどいいじゃないか」


 名案とばかりにうんうんと頷くハルワタート。

 その隣にいるゴードンといえば頭を抱えてしまっている。


「まさかそうくるとは……」


 なんて漏らすあたり完全に想定外だったらしい。


 改めて私は彼を観察する。

 じろじろと全身を眺めてみれば、何を勘違いしたのか彼ははにかんで見せた。 

 ……ちょっと鬱陶しい。


 黒々とした衣服は分厚くはあるものの、魔物の前で防護効果は期待できそうにない。

 ゴードンの弁から察するに上から鎧を付けるわけではないようだし、凶刃に易々と切り裂かれてしまうだろう。


「一応聞いておくが、武器は?」

「あ、ないな。適当にそこらへんで落ちているものを使うよ。ヒノキの棒とか果物ナイフとか」


 ハルワタートは至って楽観的に答えた。

 あまりの物言いに唖然としてしまう。

 迷宮内に落ちているかは兎も角――そんなものが魔物に通用するはずがない。


 どこからその自信が湧いてくるのかわからないが、どう考えても素人だった。


 ……先の冒険者は、私に対し命を預けられないと言った。

 確かに事実ではある。

 それは認めよう。

 客観的に今の私の実力を証明するものは何もないのだから。


 しかし、私は紛れもなく経験を積んだ迷宮案内人なのだ。


 それに、私だって冒険者を選ぶ権利ぐらいはある。

 案内人の護衛も兼ねる冒険者の質は生死と直結する。

 この頼りない少年を信用できるかといえば――否だ。


「悪いが――」

「でも、他にあてはないんだよな?」

「む……」


 先読みした一言に妨げられ、言葉に詰まる。

 露骨に足元を見られていた。

 この少年、無鉄砲ではあるものの頭が切れないわけではないようだ。


 ……彼は気づいていないだろうが、厄介なことが一つ。


 先の会話中に気づいたのが、今の私には手持ちの金が殆どない。

 背嚢に入れておいたため詳細は確認できないが、今の食事代と宿泊費を差し引けば残るかも怪しいだろう。


 全てカミナギ(・・・・)の名で然るべき場所に預けてあるのが原因。


 迷宮探索において金貨など何の役にも立たないのだから当たり前である。

 そして癪なことに、探索で見つけた金品はズルゴたちが自分の背嚢に入れてしまっていた。


 この姿では貯蓄を引き出すことも出来ない。

 あくまで今の(カンナ)は、相続する可能性がある人物でしかないのだ。


 グレーテルたちにツケてもらって、残り全てを生活費としても、もって数日。

 どうにかして仕事を見つけなければならない。


 となれば取るべき道は限られていた。


「……わかった」


 苦々しく思いながらも首肯すれば、向けられるのは人好きのする笑顔。


「パーティ結成だな、よろしく!」

「本気かよ? 死ににいくようなもんだろうが」


 ゴードンの言葉に、遠巻きに見守っていた客たちが無言で頷いていた。

 つい私まで同意したくなるのをぐっと堪える。

 だが、無策で了承したわけではない。


 不幸中の幸いというべきか、金にならないガラクタやモンスターの素材だけはズルゴたちから押し付けられていた。

 これらを売り払い、最低限の装備をハルワタートに与えるのだ。

 迷宮の入口付近なら一人でもなんとかなるだろう。


 最弱クラスの魔物を狩り、ギルドから簡単な依頼を受ける。

 そうすれば日銭程度なら稼げるはず。


 そして、街に来たばかりの冒険者志望をかどわかしてパーティに引き込んでいく。

 出来る限り同じパーティを長く組みたくはないが、致し方あるまい。

 私がある程度の実績を積み上げるまでの辛抱だ。


 もし満足して帰ると言い出したり、迎えが来て連れ戻されたりするならそれでいい。

 生家の方に迷惑料をふんだくることにしよう。


「よろしく、ハルワタート」


 私が手を指し延ばすと、すぐさま――何故か照れながら――彼も応じる。

 こうして固く握手が交わされた。





「じゃ、行こうか」

「……ちょっと待て」


 いきなり私の手を引っ張ろうとするハルワタートを制止する。

 彼は一体何を言っているのか。


「善は急げっていうし今すぐ向かった方がよくないか?」

「今、何時だと思っている? 何の意味もなく夜に迷宮に向かうのは愚か者のすることだ」

「夜? 迷宮に昼夜が関係あるのか?」


 異を唱えれば矢継ぎ早に質問されてしまう。

 どうやら、本当に何も知らないようだ。

 立ち話もなんだと思い、私は彼に座るように促した。


「迷宮と聞いて屋内を想像した……違うか?」

「ああ、そうだけど」

「言っておくが、この迷宮――『カテドラル』は普通じゃない。内部に太陽のようなものがあって、時間と共に沈んでいく。階段を通して複数の異世界が繋がっていると考えた方がいい」


 侵入者を妨げるように複雑な形状をしていることは変わらない。

 だが、少なくとも第一層の自然は豊かであり、その産出物でこの街は成り立ってるといっても過言ではないのだ。


「当然、夜になれば視界は悪くなる一方だ。だから一夜を明かすことはあってもわざわざこの時間に潜る必要はない」


 依頼によっては強行軍で明かりを灯したまま向かうこともあるが、冒険者を餌食とせん魔物からすれば的のようなもの。

 なんにせよ、余程のことがなければ冒険者は早朝にダンジョンへ潜ることになる。


 というか、そもそもこの時間帯では武具屋が開いているかも怪しい。

 本気で丸腰で潜る気なのだろうか……?


 私の疑問を余所に、レクチャーを受けたハルワタートは武者震いが止まらないようだった。


 ……どうにも緊張感に欠ける。

 しかし、彼と組むしかないのが現状だ。


「――そうだな。明日の昼、準備をしてから一度潜ってみるか。それで今日は解散としよう」

「了解。正午にこの店で待ち合わせでいいよな?」


 諦めの心境で私はこくり。


 ……ああ、忘れないように聞いておかねば。

 もし寝坊などされてすっぽかされては堪らない。


「ハルワタート。君はどこに宿を取っているんだ? この店という風でもなかったが」

「ん、俺?」


 予想外とばかりに自分を指さすハルワタート。

 そして、私から目を逸らし、頬をポリポリとかきながら言った。


「……金がないから、馬小屋で寝泊まりさせてもらってるよ」


 と。

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