迷宮案内人カンナ の 虚偽
「事情があり、ずっと離れて暮らさなければならなかった。迷宮に向かったのも、父を捜してのことだ。まさか会うまでに死んでしまっているとは……」
朗々と語る私の言葉に、ゴードンとグレーテルは怪訝さを隠さない。
一方、酔っ払いの冒険者はぽけーとした間抜け面。
少なくとも、喪に服そうという空気ではなくなっていた。
無理もない。
死者に関する話題の最中、突如、その子供だと名乗る人物が現れたのだから。
それどころか、直前に自身を本人だと主張している。
あまりにも酷い手のひら返しだった。
酔っ払いでもなければ疑うに決まっている。
詐欺師かなにかだと一蹴されてもおかしくない。
「……確かにあんた――カンナちゃんの髪や目の色はカミナギと同じだけど」
「それに、目元に面影があるといえばある」
――だが、わざとらしいほど沈痛な表情を作る私に対し、宿屋夫婦は何とも強く出れない様子だった。
今の私の姿は、カミナギの片鱗は残していても別人に近い。
若返った影響か、髪や肌は艶を取り戻し体躯もより一層細身になっている。
何より、性別が異なるのは言い逃れできないのだ。
しかし、血縁――それも、実子と言われればどうだろうか?
ちらりと窓ガラスに映る私の姿を確認する。
ランプの明かりを反射する艶やかな黒髪。
鋭い印象を与える切れ長の瞳は、深紅に輝く宝石を思わせる。
断片的な共通点は無視できない根拠となり、信憑性を高めていた。
「まあ、じゃ、俺はこれで」
面倒事になるのを嫌ったのか、酔いが醒めてきたのか。
酔っ払いの冒険者は、早々に話題を切り上げて仲間たちの元へと戻っていく。
そして、一杯のジョッキを煽り、今得た情報をべらべらと語り始めた。
……予期せぬ事態だが、これはありがたい。
酒場の喧騒に感謝するのは生まれて初めてだ。
酔いも回り饒舌だろう彼に、私の存在を広めてもらわなければ。
「でも、ねぇ……」
煮え切らない様子のグレーテル。
やはり最初の不審な言動が気にかかるらしい。
「別にお前さんをホラ吹き扱いするわけじゃないが」
ゴードンも彼女に同意を示す。
見渡してみれば、周囲の冒険者たちも半信半疑である。
しかし、私としては何の問題もない。
勘違いしては困るが、無理にカンナがカミナギの遺産を継承する必要はないのだ。
疑惑が噂となり、無視できない範囲に広がればいい。
極端な話、元に戻るだけの時間が稼げればいいだけなのだから。
当たり前だが、口約束で遺産の相続先の変更など出来るはずがない。
特に今回の場合、二十年分の貯蓄でありかなりの額になっている。
身寄りのない探索者の遺産。
誰もが求めてやまないものだからこそ、正当に自分の物にするには街の領主に申し出て監査を受ける必要がある。
もっとも、監査にかかる時間はそう短くはない。
血の繋がりを測定する魔道具の準備だけでかなりの手間を要するのである。
約半年ほどか。
少なくともその間、私の財産が接収されることはなくなるはず。
稼いだ時間で迷宮を探索し、若返りと性転換の治療法を発見できれば何も問題はない。
カミナギは生きていたことになり遺産の引き継ぎは取り消されるはずだ。
勿論、正式な手続きを踏み、カンナが実子だと認められれば、それはそれで遺産を引き継いだままゆっくりと解除法を探せばいい。
幸い、監査を申し出る際の後見人に当てはあった。
最悪、元に戻れなくても財産を誰かに奪われるという事態は避けられる。
私の思惑に気付くことなく、グレーテルが疑問をぶつけてきた。
「でも、カンナってのは死んだカミナギの妹の名前じゃなかったかね」
「ああ。……叔母の分も生きていてほしい。そんな願いを込めてつけられたらしい」
そう、偽名には妹の名を使わせてもらった。
カンナの名はカミナギに比べ、ほぼ無名に近い。
駆け出しの頃の知人でもない限りまず知るものはいないだろう。
だが、だからこそカミナギとの繋がりを示唆する証拠となる。
……その場しのぎで考えたにしてはかなり隙のない策ではないだろうか。
頬が緩みそうになり、自分を自分で褒め称えたい気分になるのを堪える。
だが――
「……それにしても、カミナギに浮いた話があったようには思えねえがな」
ゴードンがぼそり。
「それは……」
痛いところを突かれて言葉に詰まる。
完全に忘れていた。
種だけでは作物は実らない。
畑が必要なのだ。
それも、年齢差からすれば私が二十歳ほどのころ。
人とのかかわりの薄い私に、そのような相手がいるはずもなく……。
私は感情を読み取られないよう、とっさに目を伏せた。
つま先に視線を移し、じっと考える。
なんとか取り繕わねば、このままでは全てが水の泡となる。
すると
「ああ、うちの旦那がすまないね。言いたくないならいいんだよ。……事情なんて、根掘り葉掘り聞かないさ」
ごつんとゴードンの頭を叩き、グレーテルが頭を下げる。
どうやら彼女はいいように解釈してくれたようだ。
こちらへの警戒も解け、柔らかな雰囲気が混ざりつつある。
「わりいな……まさか周囲に言えないような隠し子とは……って、いってぇ!」
すかさず、ゴードンの足が全力で踏みつけられ、悲痛な叫びが木霊した。
聞き耳を立てていた野次馬たちが
「カミナギの野郎、ふてえ野郎だな……」
「あの面でやることやってたとはよ」
なんてぼそぼそ呟いている。
……作戦は成功したものの、私の株は大きく下落したように思えるのは気のせいだろうか?
元に戻ってからのことは、出来る限り考えないようにしたい。