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迷宮案内人カミナギ の 現状

  一服も済み、腹の調子も落ち着いた。

 この分には問題はないだろう。


 日が完全に沈んだこともあって、喧騒は益々増している。

 出来れば長居はしたくない。


 グレーテルだけでなく宿屋の主人――ゴードンに礼をしてから帰宅するか。

 三日分の宿賃と食事代も返済せねば。


 そう考え席を立つ。


「ん?」


 すると、ゴードンと少年が会話しているのが目に入った。


「なるほど。迷宮に入るには案内人ってのがいた方がいいんですね」

「……坊主、本気で行く気なのか? 考えなおした方がいいんじゃねえか?」


 白髪に手をやりながら困り顔のゴードン。

 後姿ゆえに少年の表情まではわからないが、まあ私には関係のない話だ。


 ゴードンが客の応対をしているのなら、先にグレーテルへ礼を言うことにしよう。

 彼らから視線を逸らし、彼女を探そうとした瞬間


「お、あんた。食べ終えたんだね。ちょうどよかった! この子がお前さんを助けてくれた冒険者さ」


 グレーテルの方から呼びかけてきた。

 声につられてか、ゴードンと少年がこちらを向く。


 先ほどまでは後姿だからわからなかったが、幼さは抜けきらないものの、精悍な顔立ちをしている。

 一際目を引くのは、派手な銀髪と見慣れない服装。


 旅装……というわけではない。

 黒一色の、厚い布地のものである。


 飾りだろうか?

 胸だけではなく腕にも金色のボタンがついていた。


 年は――今の(・・)私と大して変わらないだろう。

 要するに十五より下ぐらい。

 明らかに、場馴れしていない。


 とはいえ緊張した様子はなく、藍色の瞳は隠しきれない好奇心で輝いている。

 これは、冒険者というより――。


「……いや、それがこいつ、冒険者ですらないらしい」


 私の推測を肯定するように、ゴードンが額を押さえながら言う。


「どういうことだい、あんた?」

「三日前この街に来て、いきなり迷宮に入ろうとしたところをこの子に出くわしたんだと。一人で……しかもこんな服装でだぞ。迷宮を舐め腐ってやがる」


 話を聞くと、あくまで少年は倒れていた私が心配で三日間滞在しただけだとか。

 私が目覚めたと知ってからは今にも迷宮に向かわんとする勢いらしい。

 それをゴードンが必死に宥めているのだという。


 ……なるほど。

 彼が渋い表情をしていた理由がよくわかった。


 そりゃ、この街の住人であれば誰だって似たような顔をする。

 私もつい呆れ顔。


 重装備だったズルゴたちが惨殺されたのは記憶に新しい。

 無法者ではあるが、腕っぷしは確かだったにも関わらず、だ。


 私が生き残ったのも、所詮は幸運に過ぎず、迷宮とは常に死と隣り合わせなのだ。


 それをこのような動きづらそうな服装でとは。


「まさか、似たもの同士だとはねえ……」


 しかし、グレーテルの視線はこちらを向いていた。


 ――似た者同士?


 誰と、誰が?


「違いねえ。両方命拾いしたってことか」


 続けて、ゴードンが私と少年を交互に見て乾いた笑いを漏らす。

 さしもの私も、宿屋の夫婦の言わんとすることを理解した。


 要するに、この少年と同列視されている。

 無謀な世間知らずと思われているのである。


「……私はれっきとした案内人だ。一緒にしてもらっては困る」


 むっとしながら訂正を要求する。


「嬢ちゃんが?」

「嬢ちゃんは止めて欲しい」


 この見た目では仕方がないことかもしれないが、実に不愉快である。

 そう考えて不満を露わにしたのだが、ゴードンは肩を竦める。


「ええと、ならなんて呼べばいいんだ?」


 そういえば、すっかり状況に流されてしまい、まだ名乗っていないことを思い出した。


「こんな成りだが迷宮案内人のカミナギだ。……久しぶりだな、ゴードン、グレーテル」


 私が意を決し、真摯な顔で二人へと向き直れば――。


「あっはっはっ! 面白いことを言う子だねえ!」

「おいおい、大人をからかうのはよくねえぞ」


 それに合わせるかのように二人は大笑い。


「……は?」


 あんぐりとしてしまう。


「カミナギっていや、確かもう三十五ぐらいだったか? 言っちゃなんだが、みすぼらしいあいつがこんな別嬪さんなわけないだろ」

「確かにここ数年会ってないけどねえ。年を取るならまだしも、若くなるわけないさ」

「それは、迷宮の罠のせいで――」

「三十年以上、ここで働いてるけど、若返る罠なんて聞いたこともないねえ……。もしそんなものがあれば、お偉いさんはこぞって『カテドラル』に潜りたがるんじゃないのかい?」

「というか、あいつは男だぞ?」


 私の言葉を遮るグレーテル。

 ゴードンも首を傾げていた。


 ……いや。無理もないのか。

 私自身、自分に起きたことだから理解しているだけで、他人であれば同じ反応をするだろうから。


 身分証明のため、懐にある案内人証明書を提示することも考えたが止めた。


 案内人証明書とはこの街の冒険者を統括するギルドから発行されたもので、氏名や生年月日など様々な情報が書き記されている。

 冒険者の物と合わせてギルドカードと呼ばれることもある。


 だが、今の私は容姿、年齢、性別すべてが以前と食い違ってしまっていた。

 盗品を疑われるのが関の山だろう。

 下手をすれば、私の立場を危うくする可能性すらあるか。


 とはいえ、私がカミナギであることは事実。

 どう説明すれば納得してもらえるのか……必死で頭を捻る。


 すると、その隙をついて酔っぱらった冒険者が神妙な顔で割り込んできた。


「大将に女将さん、笑っちゃ不味いぜ……カミナギのやつ、ついにくたばったらしいからな」


 ――!? ちょ、ちょっと待て。


「……本当かい?」

「ああ。三日以上前に迷宮に入ったきり見たやつがいないんだ。その上、同行してた連中の死体が見つかってな……。カミナギ本人のは見当たらなかったらしいが、ギルドカードが落ちてたってよ。魔物に喰われちまったのかもしれん」


 私は慌ててローブに手を突っ込んだ。


 ……ギルドカードが、ない。


 まさか、落とし穴からの落下の際に落としてしまったのだろうか。


 訳知り顔の酔っ払いを問い詰めたい衝動に駆られるのだが、上手く言葉にならなかった。

 口をぱくぱくと開け閉めすることしかできず、やけに喉が渇く。


「弔ってやれる分、『再編』より前に見つかっただけよかったのかねえ……」

「それじゃ、あいつの家なんかも競売にかけられちまうのか」


 複雑そうな顔でグレーテルとゴードンが言う。


 ……冒険者であることを示すには身一つあれば十分だ。

 隆々とした体躯を見せれば誰もが認めざるを得ないだろう。


 ならばなぜわざわざ冒険者用にもギルドカードが存在するか?


 答えは一つ。

 戦死者の身元確認を円滑に行うためだ。


 私の死体が見つかるはずがない。

 今ここにいるのだから当たり前だ。


 しかし、先の酔っぱらいの言った通りなら、死んだと判断するには妥当な状況となってしまっている。


 この街の法律では、冒険者が死んだ場合、手持ちの財産は身寄りの人間へと相続される。

 そして、身寄りがないと判断されれば、街に接収され売却されてしまうのだ。


 使われるあてのない財産を保管しておいても街の発展を阻害するだけ。

 迷宮で一獲千金を求め――そして、死んでいく冒険者があまりに多いため作られたルールである。


 もし、このまま()が姿を見せなければ、法にのっとって財産は失われるだろう。


 長年の貯蓄を叩いて建てた家も。

 迷宮で手に入れた数々の財宝も。

 そして、こつこつ積み上げてきた虎の子の貯金も。


 私は間違いなくここにいるというのに。


 信頼できる人物に釈明を頼み込むか?

 ……いや、もし彼女が信じてくれたとしても、他に対して若返りと性転換の証明ができない。


 旧知の人物でさえ先の反応を見せたのだから、赤の他人であれば推して知るべし。


 二十年寿命が延びた――なんて冗談じゃない。

 結局、二十年の苦労が全て奪われてしまうなら差引ゼロ。

 いや、むしろマイナスですらある。

 納得できるはずがない。 


 それを防ぐにはどうすればいい?


 必死に頭を回転させ――


「ええと……冗談が過ぎた。私の名前はカンナ。……カミナギの、子供だ」


 気づけば、でまかせが口をついて出ていた。

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