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新米冒険者ハルワタート の 報告

 眩いまでの光が収まり、辺りを窺えば夜風が俺の頬を撫でる。


 夜空には数えきれないほどの瞬く星々。

 ちょっと遠くには安心感を覚えるランプの明かり――街だ。


 ――ここは静かな闇に包まれた森の中じゃない。

 魔物の蔓延る迷宮を抜け、『カテドラル』の入り口へと戻ってきたんだ。


 ほっと胸をなで下ろすと、身体の奥底から安堵が溢れ、力が抜けてしまいそうになる。


 はあ、もうくたくただ。

 とっととベッドで泥のように眠りたい。

 ……まあ、今の俺の寝床は馬小屋なんだけど。


 兎に角、まずは帰らなきゃ。


「……たった今、日付が変わった」


 カンナの言葉と共に、彼女の指に宿っていた薄紅色の光が消えていく。

 多分、迷宮用の魔法を解除したんだと思う。


 そして、彼女も気を張るのを止めたのか、小さく伸びをしていた。

 その姿は、なんとなく黒い子猫を連想させる。


「本当にギリギリだったんだなあ……ありがとう、カンナ。改めて言うけど、俺一人じゃ絶対無理だったよ。あの子もレミリアさんも助けられなかった」

「いや……礼を言うのは私の方だ。何とか成功したとはいえ、見通しが甘すぎた。……すまない」


 こちらが頭を下げれば、向こうも下げる。

 故郷を思わせるその光景に、懐かしさからか、ついつい笑ってしまいそうになった。


「じゃあ、お相子ってことで『星屑のかまど』亭に戻ろうか。きっと、レミリアさんが帰ってきてゴードンさんたちは心配してるだろうし。それに、カンナもずっと服がそのままは嫌だろ?」


 ――だけど、調子に乗って最後の一言を付け加えたのは不味かったらしい。


 彼女の白い頬が一気に朱に染まり、俺を睨み付けてくる。

 じと目である。


 そして、ぷいとそっぽを向いてしまった。


 ……うん、益々猫っぽい。


「……私は戻らない。ハルワタート一人で報告しておいてくれ。この状態では、酒飲みどもにからかわれるに決まっているからな」

「もう良い時間だし寝てるんじゃないのか?」

「そんなわけがないだろう。週の終わりの真夜中だ。普段以上に馬鹿騒ぎしているに違いない」


 返ってくるのは頑なな否定ばかりで取りつく島もない。


「えっと、じゃあどうするんだよ。まさか、外で寝るわけにもいかないだろ? その恰好じゃ、風邪ひくぞ?」

「むぅ、それは……」


 どうやら何も考えていなかったらしい。


「俺がなんとかするから、カンナも一緒に来てくれよ」


 なので、俺は強引にカンナの手を取った。

 そもそも、こんな時間帯に女の子に一人歩きさせるのも心配だし。





 杖代わりのハルバードのおかげもあり、なんとか『星屑のかまど』亭まで辿り着いた。

 カンナの言っていた通り、通り道の酒場は全く寝静まる様子がなかった。

 それどころか、酔っ払い特有の奇妙な熱を帯び、喧噪はどんどん激しくなっているようにすら思える。


 そんな中、『星屑のかまど』亭だけは静まり返っていた。

 少し怪訝に感じたものの、俺は軽い気持ちで店に入ると――


「ハルワタート君、大丈夫だったのかい!? カンナちゃんも、その姿は一体!?」


 大声で出迎えてくるグレーテルさん。

 心配してくれるのは嬉しいんだけど、揉みくちゃにされてしまいそう。


 なので、落ち着くよう静止し、とりあえず成果報告だけでも。


「はい、俺もカンナも疲れてくたくたなだけで、大怪我をしたわけじゃないです。それで、レミリアさんは……?」

「あの子も大丈夫だよ。今は別のところで手当を受けているはずさ。それに、孤児の子にもちゃ~んと影霧草は届けておいたからね」

「そうですか。よかった……」


 ほっと一息。

 すると、俺の後ろにいたずぶ濡れのカンナが「へっくし」と大きなくしゃみをする。


 ああ、そうだ。

 約束した手前、ちゃんと誤魔化さないと。

 俺は目くばせを返し、グレーテルさんへと向き直る。


「グレーテルさん、すいません。カンナの持ってた水袋が破けちゃって……このままだと風邪引いちゃいそうなんで、彼女だけでもお風呂に入らせてあげてくれませんか?」

「そりゃ災難だったねえ……今すぐ用意するから、待ってておくれ」


 心得たとばかりに頷いて、グレーテルさんはカンナを連れだって風呂場の方へ行く。


 ……そう、あの後、わざとカンナには水を被ってもらった。


 木を隠すには森の中――じゃないけど、染みとかを隠すにはちょうどいい。

 それに、すぐさまお風呂に入れてもらって衣服を洗濯する大義名分にもなる。


 一方、俺は椅子を用意してもらった。

 魔法のせいで消耗が激しく今となっては立ってるのも辛いからだ。

 出来る限り使わない方がいいって言われた理由も納得する。


 ふと、他の卓に視線を配れば、俺のことを遠巻きに見ている人が多い。

 ……何か目につくようなことをしたんだろうか。


 不安に思っているとゴードンさんが声をかけてきた。

 まるで、頑張った子供を褒め称えるみたいな声色だった。


「お前らが予想以上に骨のある連中だったんで、あいつらも気になってるのさ。ガキが命張って成功させたのに自分たちは情けない……ってな。レミリアの奴も、意識を失う寸前にお前たちに助けられたって語ってたし」

「……成程」


 元はといえばカンナが喧嘩を売るような真似をしたのが原因なんだし、なんとも複雑な気分だ。

 とはいえ、俺としてはどうすることも出来ないので、向こうから話しかけてこない限りスルーしておく。


 ……と、ゴードンさんの視線が立てかけておいたハルバードへと注がれているのに気が付いた。


「にしても、その槍はどうしたんだ?」

「あ……お借りした剣は折れちゃって……」


 言われてようやく思い出す。

 さっきまで使っていた片手剣は、俺のものじゃなく借り物だったんだと。

 それにもかかわらず、無茶な使い方をして壊してしまった。


 使ってみて分かったけど、あの剣はゴードンさんの口ぶりとは異なり、何十年も放置されていた風じゃなかった。

 刀身には曇り一つないように手入れされていて、使い手の愛着が滲み出ていたんだ。

 実力がないから諦めたって言ってたけど、本当は――。


「必ず返すって約束したのに、本当にすみません……。弁償できるような品でないことはわかってますけど、絶対に働いて返します」


 だから必死で頭を下げた。

 込められた思いを含め弁償できるような品じゃないってのはわかっているけど、そうしないとオレの気が収まらなかった。


 だけど、ゴードンさんに怒りは伺えず、それどころか頬をポリポリ。


「あー、それな。言っとくが、最初からお前らにやるつもりだったんだよ。貸すって言ったのは、お前らが絶対に帰ってくるように願掛けみたいなもんでな。まあ、壊れたなら壊れたで清々すらぁな」

「ゴードンさん……」

「俺が気にしてるのはその槍の出処の方だな。俺の見立てじゃ、そいつは業物――を通り越して魔槍の域に入ってやがる」


 杖代わりにしてましたけどね……なんて冗談を言う暇は与えられなかった。


 ゴードンさんの表情が一気に引き締まる。


「――お前さん、どこで手に入れた?」


 ビリビリとした、威圧。

 真剣みを帯びた瞳で射竦められ、無意識に身構えてしまいそうになる。


 正直、疲労困憊のこの状態ではキツイ。

 なので正直に全部ぶちまけておく。勿論、声は潜めて。


「ええと、魔物が持っていたのを奪ったんです。なんか、結界を壊す力があるみたいで、これを使ってその魔物は本来の生息域をはみ出してた……ってのがカンナの見解ですね」

「おいおい……まさか、そいつが『サンライズ』を襲ったってのか?」

「はい。レミリアさんからも聞いたんで、間違いないと思います」


 ゴードンさんの顔に一瞬だけ困惑の色が浮かんだ。


「きなくせえな……」


 そして、ぼそっと呟いてから改めて口を開く。


「ハル坊、この槍、俺に預からせてくれ。ちょっと面倒なことになりそうだからな。勿論、ただってわけじゃなく、それ相応の謝礼は払う」

「……いいんですか?」


 一文無しな俺にとってはありがたい申し出ではあるけど……今までもお世話になっているのに、そこまでしてもらっていいんだろうか?


 そんな俺の戸惑いを感じ取ったのか、ゴードンさんは「わかっていない」と言わんばかりにちっちっと舌を鳴らす。


「今の話、上の方に報告しておいた方がよさそうなんでな。その時にこの槍があった方が信頼性も高くなる。今迄みたいなロハじゃなくて、れっきとした損得勘定で報酬を出すんだ。――要するに、お前らを一人前って認めてやるってことだよ」


 それなら気兼ねする必要はないのかな。

 ……認めてもらえたのは嬉しいけど、なんかもう一波乱ありそうな気がするなあ。

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