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自称案内人カンナ の 死闘

 ゆったりと現れた()の魔物は、ハルバードの石突を地面に叩き付けると、私たちを値踏みでもするように見下ろした。

 ねめつける様なそれは、威圧というより獲物を見定めんとしてのものなのだろう。


 だというのに、それだけで私の足はがくがくと震えてしまう。


 死という、根源的な恐怖。

 それに伴う絶望感が私を支配しそうになるが――


「カンナは下がってて欲しい。……逃げられそうにないなら、戦うしかないさ」


 そんな私を庇うようにハルワタートが前に出た。

 握られた剣の切っ先はしっかりと魔人へと向けられていて、彼の迷いなき決意を表しているようですらある。


 本音を言えば無謀としか思えない。


 いくらハルワタートが一帯の魔物を圧倒できるといっても、それはあくまで最下層の話。

 ケンタウロスの生息域は三層で、一層との差は天と地ほどもある。

 一言でいえばレベルが違う。


 せめて入り組んだ地形であれば小回りの利かない魔人相手に上手く立ち回れたかもしれないが、階段間際の開けた場所ではそれすらも叶わない。


「……ハルワタート、頼んだ」


 だが、声をかけることすら躊躇われた。

 この状況で私に出来るのは、せめて足手まといにならないよう、早急に場を離れることのみ。

 踵を返すと、手近にある曲がり角へと向かう。


 無論、私の動きを魔人が見逃すはずがない。

 何処か弄ぶように蹄のリズムがこちらに近づいていき――


「通さねえよ……!」


 怒声と共にぴたりと止んだ。

 代わりに響くのは金属音。


 思わず私は振り返り、目を疑った。


 ハルワタートは槍斧の一撃を片手剣で受け止め――それどころか押し負けていない。

 まだ幼い体躯のどこにそんな膂力が秘められているというのだろうか。


「カンナ、早く!」

「あ、ああ。済まない!」


 叱責が飛ぶ。

 見とれてしまい足が止まっていたのが原因だ。


 剣幕に気圧され、若干もたつきながらも私は木陰へと身を隠す。

 ……そして、あまりにも重量差のありすぎる戦いが始まった。





 物陰にて、私はハルワタートを見守りながら思考する。


 宵闇の森を歩く中で、ずっと引っかかり続けていた違和感。

 その正体は、奴に襲われた四日前の出来事だった。


 三層の魔物が生息域を離れ、二層にいた私たちを襲撃してくるなんて本来ならありえないことだ。

 何故なら、魔物は結界により階を超えて移動できないのだから。


 しかし、現実にはズルゴたちを殺し、私を死の淵まで追い詰めてきた。

 その上、現在では四階まで降りてきてしまっている。


 つまり、何らかの要因により、奴は結界を無力化する術を得たに違いない。


 そして、自由に行き来できるようになったケンタウロスは――弱者を屠るためなのか、何らかの大意があってかは知る由もないが――迷宮を下り始めた。


 そう考えれば『サンライズ』が全滅した理由も自ずと導き出される。


 なんてことのない一瞬の油断。

 だとしても、上層の魔物からすれば絶好の機会でしかなく、彼らは強襲され、蹂躙され――そして命を落とした。

 もしかしたら、あの一階で出会った案内人の少女も――。


 今の私たちも彼らとさほど変わりない。

 階を超えて探知できないという感知魔法の弱点を突かれ、更に予定していた退路まで断たれたのだから。


 ……私には無事を祈ることしかできなかった。





 この戦いを端的に表せば、力と技のぶつかり合いである。


 馬身による突進を乗せた一撃は、先ほどのような小手調べのそれとは比べ物にならない。

 例えハルワタートが片手剣で受け止めようとも、勢いを殺せずに吹き飛ばされるだけだろう。


 そのため、彼は踊るように身を捻り、時には剣で払いながら上手く受け流す。


 徐々にだが距離を詰めていき――好機が訪れた。

 魔人の突きが空を切り、若干ではあるがバランスが崩れる。

 ハルワタートは一気に距離を詰めようとして――寸でのところで身体を止め、バックステップ。


 そして、一瞬前に少年がいた地点を槍斧が横薙ぎにしていく。


 先ほどから幾度となくこの繰り返しである。

 ケンタウロスの凶刃がハルワタートを捉えることは一度もないが、逆に少年の切っ先もケンタウロスの体躯へと突き立てるには至らない。


 明言しておくが、小回りでは圧倒的にハルワタートが上回っている。

 軽やかなステップを前に、ケンタウロスは翻弄されて続けているのだから当然だ。

 だというのに、距離を詰められず、切っ先が届かない。


 ――リーチが違いすぎるのがすべての原因。


 少年であるハルワタートと、人馬の魔人であるケンタウロスでは、背丈の差は大よそ倍ほどもあった。

 迷宮においては魔物の方が巨大なのは常とはいえ、一対一でこの差は致命的であり、大人と子供という次元ではない。


 その上、武器の差も逆風である。


 片手剣の刃渡りは精々槍斧の全長の三分の一ほどでしかなく、彼が飛びかかるより先に構えられてしまえば容易に迎撃される。

 更に言えば、穂先に取り付けられた斧の部分が厄介で、軽く触れただけでハルワタートの胴体は真っ二つになってしまうだろう。


 決してハルワタートの片手剣の質が悪いわけではないが、相手が悪すぎる。

 槍斧は使いこなすのに熟練を要するものの、斬ってよし、突いてよしの万能武器なのだ。


 結果、どれだけ優位になりかけても、たったの一手で引かざるを得ない。

 決定打になるほどの隙が生まれることはなく、互いに攻めあぐねているのが現状だった。


 まだまだ幼いハルワタートが互角に渡り合えているだけでも充分に異常なのだが――このままでは負ける。


 一進一退の攻防といえば聞こえは良いが、体力差はいかんともしがたいからだ。

 現に、徐々に彼の息は切れ、動きに精彩が欠けていく。


 私は焦りから唇を噛み――叫ぶ。


 ――状況を打破するには、あえてサイズ差を利用するしかない。


「ハルワタート! 階段まで下がれ!」

「……! わかった!」


 私の言葉にピンと来たらしい。

 早速実行に移そうと、ハルワタートは更に距離を取る。


 その動きにつられ、追撃に移るケンタウロス。

 槍を脇に構え、離れていく獲物を串刺しにしようと加速していく。


 直線的な加速においては魔人に軍配が上がる。

 必然的に、徐々に差を埋められていくのだが――


 その速度が最高潮に達する寸前、ハルワタートは反転し、ケンタウロスへと突進する!


 しかし、ケンタウロスの顔に浮かんだのは、そんなことをは予想していたとでも言いたげな笑み。

 絶大な加速はそのままに、少年を撃ち落とさんとハルバードを大きく振りかぶる。


 振り下ろされたハルバードの刃先が弧を描き、ハルワタートへと押し迫る。


 だが、その直前に穂先が何かに引っかかり、ガッと鈍い音を響かせた。


 ……階段の外壁である。

 長大だからこそ、大ぶりな一撃は予期せぬものを傷つける。


 非常に残念ながら(・・・・・・・・)、絶大な力で振り下ろされた穂先といえど外壁を砕くまでには至らない。

 慌てて引き抜こうとするのだが、完全に勢いを削がれた時点でもう手遅れであり、ハルワタートが疾駆するのに十分な時間を与えていた。


「うぉぉぉっ!」


 雄たけびが轟き、目と鼻の距離まで接敵した少年は飛び上がる。

 そして、魔人の心臓目がけて正確無比に剣を突き立て――


 バキリと、金属が圧し折れる鋭い音が響いた。

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