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自称案内人カンナ の 懸念

「俺思ったんだけど」

「……どうした?」


 四階へと昇る階段の途中、私の前を行くハルワタートがいきなり話しかけてきた。

 膨大な数の魔物と戦った後だというのに、彼は全く息を切らしてはいない。

 脅威の体力に感嘆すると同時にどこか悔しさを覚えたが、口には出さず続きを促した。


「三階の魔物たち――ウッドウルフは、俺たちを襲うために階段に集まってたんじゃなくて、まるで何かに怯えて逃げてきたって気がするんだ」

「逃げる……か?」

「うん。あくまで、その通り道に俺たちがいたってだけでさ。もしかして、『再編』の夜にはよくあることだったりする?」


 足は止めないまま思考する。

 私の二十年間の記憶、師匠の教え、各種文献など、記憶を掘り下げてみるが――


「いや、そのような話、聞いたことはない」

「うーん、じゃあ思い違いかもしれないな。魔物が階段に近づけないっていうなら、下に避難しようとしたってわけでもないだろうし」

「ああ」


 ……いや、待てよ?


 ふとした考えが浮かぶ。


 もし、魔物たちが四階から降りてくる何か(・・)の気配に怯えているのだとしたら……?


 上り階段は、往々にして下り階段から最も離れた位置にある。

 野性的に恐怖を理解し、少しでも逃れようと下り階段へと集結した。


 ハルワタートの言葉を下敷きにした推測であり、『サンライズ』の全滅した原因とも符合が一致するのではないか。

 そう考えたのだが、残念ながらここで行き詰ってしまう。

 その何か(・・)が皆目見当もつかなかったからだ。


 探索者なら呪符を使えばいいのだから、階段を降りる必要はない。

 もし呪符も買えない初心者であれば、魔物たちが恐れはしないだろう。


 魔物の場合、先のハルワタートの言葉通り階段を通れないはず。

 そもそも、このような低階層に魔物を怯えさせるような上位者が現れるわけがないのだから無駄な考えだ。


 ……矢張り、重要なことを忘れている気がする。

 思い出さなければと逸る気持ちは湧くのだが、肝心要の最後のピースが浮かんでこない。


「おーい、カンナ。大丈夫か?」

「……ああ」


 目の前でハルワタートに手をぶんぶんと振られ、私は我に返る。


 喉に引っかかった小骨のような得体のしれない不快感も合わさり、思考の袋小路に入ってしまっていたらしい。

 今は影霧草を見つけることを優先して考えねば。


 すると、想いが伝わったのかハルワタートが切り出した。


「影霧草のことだけど、とりあえず手当たり次第に探してみる?」

「それも一つの手だが、効率がいいとは決して言い難い」


 私は背嚢から地図を取り出すと、彼の方へと突きつける。

 書きかけではあるが、図を見せて説明するのが手っ取り早いと考えたからだ。


 続けて、空白の左側を軽く円を描きながらなぞる。


「まず、このあたりを調べてみようと考えている。影霧草はその名のとおり、日陰で育つ傾向があるからだ。確か、こちら側は特に木々が生い茂っていたはず」


 前回、ズルゴたちと訪れたときに――急かされたことも関係しているかもしれないが――影霧草を目にした記憶はない。

 であれば、地図に書き記されていない地点から当たるのが最も効率がいいだろう。


 根拠は先のとおり。

 確定とは口が裂けても言えないが、あてずっぽうよりに歩き回るよりはよほどマシに違いない。


「うん、そのあたりは任せたよ。知識がない俺が口出ししてもろくなことにならないと思うし」


 ハルワタートが頷いたのをしかと確認し、私は階段を上りながらルートの再計算を始める。





 階段を出てすぐのこと。

 四階の左側――前述のまだ探索していないエリアだ――に辿り着くと、私は追加で呪文を口ずさむ。


 ここからは、円滑に捜索を進めるためにも地図を描かねばならない。


「――♪」


 少しして、薄紅色の輝きが私の指先に宿るのが確認できた。

 ほっそりとした真っ白な指も一因して、あたかも指化粧かと見孫いそうになるが、問題なく発動したらしい。


 そのまま、書きかけの方眼紙の一マスを塗りつぶす。


 私が使用したのは、魔力を紙に焼き付ける魔術である。


 塗りつぶしたのが私たちの現在地。

 続けて行き止まりがある方向には線を太くしておく。


 そして、踏破した地点は別の色で塗りつぶしていき、簡易的な地図を書きこんで行くのだ。


「インクじゃ駄目なのか?」


 ハルワタートの問いに首を振ることで応える。


 何故わざわざ魔法で記入するかといえば、紙を使いまわすため。

 十年ほど前からかなりマシになったのだが、未だ紙というのは高級品だ。

 だというのに、迷宮内部は一週間で変貌してしまう。


 それを一々インクで書きこんでいたら、コストが嵩んで仕方がない。

 今回の場合、数時間後が『再編』なのだから尚更である。


 そのため、失敗しても術者が容易に書き換えることが可能で、用が済めば一瞬で消してしまえる魔力を使って節約していくのがセオリーである。 


「手馴れてるんだなあ」

「……こんなもの基礎だ。褒める方がおかしい」


 心底感心した風な少年に、ついついため息が漏れた。





 そうして、四階の左エリアの探索中。


「……さっきから、やけに静かだよな」


 まだ歩き始めて四、五分ほどのタイミングで、ハルワタートがぼそりと呟いた。

 彼の表情には不快感がありありと出ていて、明らかに肯定的な意味合いではないのだろうと察せられる。


「今までとは全然雰囲気が違うっていうか」

「……不気味なぐらいだ」


 改めて辺りを眺めまわしてから、私は濃密な死の気配に眉を潜めた。


 確かに、一階から三階までも静かな空間ではあった。

 だが、時折魔獣の咆哮や虫の鳴き声が響いていて、紛れもなく命の息吹が存在していた。


 あくまで、寝静まっているだけ。

 一種の穏やかさを帯びていたことは間違いないのだ。


 だが、四階ときたらどうしたことだろう。

 上がった当初は気づかなかったが、この森だけは完全に無音であり、じわじわとした焦燥が押し寄せてくる。

 まるで、物言わぬ死体の傍にいるような――。


「背筋がぞわぞわして、気持ち悪いくらいだよ」

「……先日、私が上ったときはこんなことはなかった」


 互いに顔を見合わせて呟く。

 残念なことに、二人の見解は相違なかった。

 いや、私よりも彼の方が感覚的に理解しているのかもしれない。


 戦場では一瞬の直感が生死を分かつ。

 初陣が今日であったとしても、ハルワタートは優秀な戦士である。

 死に関する嗅覚は私の数段優れているはず。


 その彼がこうも怯えるのだから、やはり何か(・・)がいるのだ。


 撤退するか?

 そんな考えが脳裏に浮かぶが、頭を振って捨てる。


 痕跡を発見したわけでもないのに早すぎる。

 雰囲気に呑まれ逃げ出したなんて笑い話にもならない。


 細心の注意を払いつつ、それでいて手早く終わらせれば――。

 私は自分にそう言い聞かせ、昏き森の中へ歩を進めていく。

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