自称案内人カンナ の 乱戦
「二階……だけど、大きく雰囲気が変わるってわけじゃないんだな」
階段を抜けてみれば、ハルワタートの言うとおり、再び大森林が広がっていた。
真上には満月。
言ってしまえば一階と同様の景色である。
……記憶よりも長い階段だった。
ついつい息切れしてしまう。
私は小休止を申し出、水袋をぐびり。
冷えているとは言い難いが、からからの喉を潤すには十分だ。
私が一息ついたタイミングを見計らったのか、ハルワタートが訊く。
「てっきり、一階は森だけど二階は砂漠なんてこともあるのかと思ったよ」
「いや、大まかに迷宮は五階毎に分かれていて、その単位を『層』という。つまり、五階までの一層は基本的に森だ」
彼の問いに後ろから答えると、私はローブを羽織りなおす。
……うむ、落ち着いた。
ハルワタートに指摘されたこともあり、素足を晒している間心細くて仕方がなかった。
金に余裕が出来てきたら、男らしい衣服を取りそろえる必要があるだろう。
「ちなみに、迷宮内は常に魔力が満ち溢れていて、砂漠のような枯れた大地が現れるということはない。……ただし、それ故に魔物は力をつけているのだが」
「へえ……」
簡単に教示してやれば、少年は興味深そうな声を上げた。
それに気をよくして私は続けていく。
「上層に近づくにつれ魔力の濃度は上がっていき、魔物も強力になる傾向にある。つまり、最下層であるこのあたりの魔物が最も弱いということだ」
「……じゃあ、レミリアさんたちが――信じたくはないけど――全滅した原因ってなんなんだろうな?」
「……それは、私もわからない」
やはり、唯一の懸念はそこだろう。
いくら不意を突かれたとしても、彼らがこの層の魔物程度に後れを取るとは到底思えない。
罠……か?
確かに、迷宮では冒険者を一瞬にして全滅の状況に追いやるようなトラップも少なくはない。
だが、彼らも腕のある冒険者。
その程度の警戒は怠らないはず。
むぅ。
何か見落としをしているような……。
◆
一階と同様に最短ルートを選んでいけば、二階を踏破し階段までたどり着くのにさほど時間はかからなかった。
現在は九時過ぎ。
予定を大幅に上回る速度である。
このスピードを維持できれば、余裕をもって影霧草を探せるはず。
――と喜んでばかりはいられなかった。
「……囲まれている」
「え?」
ぴくんと、小さな怖気が走り鳥肌が立つ。
三階への階段を出て早々に――あまり強くはないとはいえ――魔力の気配が多数。
「待ち伏せ? いや、偶然か……? 来るぞ!」
ざざっと葉が擦れる音と共に私たちの前に姿を現したのは、緑の毛皮に身を包んだ狼型の魔物――ウッドウルフだ。
群れで協力して狩りをするタイプの魔物であり、当然、一匹や二匹ではない。
その上、今現れたのは先触れの一団でしかないのだろう。
魔力感知により、うんざりするほど後続が控えているのだと理解する。
「――!」
群れの一匹が唸り声を上げ飛びかかるのと、ハルワタートが片手剣を抜くのはほぼ同時だった。
交錯する牙と剣。
だが、狼の牙が突き立てられるより数段早く、少年の腕が振り下ろされる。
血しぶきが舞い、次の瞬間にはウッドウルフが地面に伏していた。
「カンナは下がっててくれ!」
「……ああ」
実力からしてハルワタートの心配はないだろう。
しかし、足手まといになるわけにもいかない。
私は階段の方へと退却し、ハルワタートの戦いを見守ることにした。
◆
「はぁっ!」
――仄暗い森の中、少年の気迫を乗せた掛け声が響く。
同時に彼は片手剣を一閃。
横なぎの斬撃を受け、ウッドウルフは「きゃいん」と子犬のような声を上げて動かなくなった。
「ふぅ……」
幾つものウッドウルフの死骸の中、ハルワタートはため息とともに額についた返り血を拭う。
念のため感知魔法を発動してみたのだが、ここら一帯に魔物の気配はない。
どうやら、先ほどの一匹が最後であり、完全に駆逐し終えたらしい。
「ご苦労様、ハルワタート」
私は階段から飛び出すと、ねぎらいの声をかけてやる。
顔色は――悪くない。
緊張は抜けきらないものの、覚悟を決めたからか、昼間のように嘔吐するほどのショックは受けていないようだった。
いや、あれは案内人の少女が痛めつけられていたからもあるのか?
「……相手が弱いから良いけど、視界が悪い状況で数が多いのは神経が磨り減るよ」
「ウッドウルフは鼻が利く上、常に群れで行動する。一度感づかれてしまえば戦闘は避けられないんだ。諦めろ」
肩を竦めるハルワタートに、私は淡々と答えた。
確かに、時間の都合もあって出来る限り戦闘は避けたい。
だが、俊足のウッドウルフから逃げ回るのはまず不可能だ。
いや、ハルワタートだけなら可能かもしれないが、私が取り残されてしまい肝心の目的は果たせなくなる。
「カンナの感知魔法でも避けられないのか?」
「ああ。今回の場合、階段間際だったからな。昇る前に言った通り、階段と階段は転移装置のようなものだ。つまり、向こう側まで感知することは出来ない」
「そっか……」
渋々と納得した様子のハルワタート。
「安心しろ。私の見立てでは、四階までの魔物が束になってかかってきても君には敵わないだろう。それに、そのおかげでこの階層の魔物を警戒する必要は殆どなくなった」
「まあ、頼りにされるのは悪い気分じゃないし……って、それってもしかして?」
言わんとしていることに気づいたようだ。
私は無言で首肯。
「言っただろう。わざわざ獣道を道なりに進まなければならないのは、木々の間をテリトリーにする魔物がいるからだと。それがウッドウルフだ」
つまり、今ならば階段に直接突き進んでも何の問題もない。
戦闘に費やした時間より、ショートカットの方が大きいはず。
「奴らの嗅覚は狼より数段すぐれているからな。まず負ける心配はないとはいえ、あの数に複数方向から襲われれば、私を守る必要がある君は不利になる。そういう意味では、安全地帯のある階段で遭遇し、殲滅できたのは幸運かもしれない」
説明してやれば、ハルワタートは考え込む素振り。
「全滅させちゃったのなら、生態系とか大丈夫なのかな?」
「何を今更。ここは『カテドラル』だ。『再編』の度にどこからともなく魔物も湧いてくる」
「そういうもんなのか……子供を助けるためだから仕方ないけど、なんか命の感覚が麻痺してくるよ」
「相手より先に自分の心配をしておけ。さあ、急ぐぞ」
私に促され、ハルワタートは剣を鞘へと仕舞う。
そして、深夜の行軍を再開するのだった。




