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自称案内人カンナ の 受諾

「――その依頼、私たちが引き受けよう」


 私は立ち上がると、高らかに宣言する。

 しんと静まり返った酒場だけに、少女となった私の声は良く通る。


 酒場中の視線がいったん集中し、全員が息を飲むのがわかった。


 そんな中、一番最初に声を漏らしたのは店主である夫妻だった。


「カ、カンナちゃん?」

「おいおい、また無茶なことを……」


 弱り顔のグレーテルとゴードン。

 しかし、私は彼らを無視して毅然とした表情を保ち、依頼人の少女を見つめ続けた。


「……あ、あなたが?」


 エイミーはきょとんとした顔で言う。

 ほんの少し前までの涙はどこへやら。

 今では困惑の色に打ち消されてしまっている。


「ガキが冗談言いやがって……頭のねじが飛んでんじゃねえか?」

「あんななまっちょろい坊主を護衛に生きて帰ってこれただけで奇跡だろうによ」


 酔っ払いからヤジが飛ぶが――この程度、想定内。


「仕事がないからって無茶しなくても……」


 一部の冒険者から憐憫の情を投げかけられるのは予想外だが、気にすることはないだろう。


「で、でも、お姉さんたちは私より少し上ぐらいだし……」

「何、年齢など気にするな。言っておくが、恐らくは今ここにいる案内人で一番腕が立つのは私だろう。それに、この少年――ハルワタートも、ここで竦み上がっている三下冒険者とは比べ物にはならない実力者だ」


 傲岸不遜な物言いだとは自覚している。

 それ故に、興味だけが注がれていた衆目が一瞬にして別の感情を帯びる。


 含まれているのは侮り、蔑み、――そして、敵意。


 最後の一種を除けば、昨晩ここで私に向けられていたものと全く同じ。

 私が望んだとおりの反応である。

 無言の誹りを受けて、無意識に口角が吊り上るのを感じていた。


「本当に……お願いしてもいいんですか……?」

「ああ。交渉成立だ。目的は影霧草の納品に違いないな?」

「は、はい……」

「では、時間もないことだし準備に入らせてもらう。報酬は立会人として、ゴードンにでも預けておいてくれ」


 私はそれだけ言って、くいっと残った冷水を煽る。

 そして、わざとカタンと大きな音を立ててコップをテーブルに置くと、探索準備を行うため酒場を後にした。


 私が去る寸前になっても酒場へと投げかけられた波紋は収まらないようで、未だざわざわと喧騒が響いていた。


 ついでに引き合いに出した少年は――困り顔のようだ。

 実に居心地が悪そうに後ろをついてくる。


 ……釈明しておくと、ハルワタートを無視して独断で依頼を引き受けたわけではない。


 どうしてこうなったのか。

 私は説明せねばなるまい。





 悲痛に泣く少女を前に、ハルワタートの迷いはより一層強くなっていく。

 だが、前に進む一歩が踏み出せない様子。


「……助けてやりたいのか?」

「……うん。見過ごせない。いや、見過ごしたくはないんだよ。じゃないと絶対後悔する。でも、情けないけど俺一人じゃ無理だ。その薬草の見た目も知らないし、そもそも方向音痴だし」


 私の問いかけに、ぽつりと本音を零すハルワタート。

 どうやら、一度迷宮に潜り命のやり取りをしたことで、ある程度周囲が見えてきたらしい。


「多分、カンナなら案内できるんだろうけど……これは俺のわがままだから、カンナにとってのメリットがなさすぎて巻き込めないよ」


 だが、勘違いしてもらっては困る。

 私はため息をついてから、その間違いを正すことにした。


「ハルワタート、探索者が依頼を受けるとき、重視するのはなんだと思う?」

「それは……実力に見合っているかどうか?」

「うむ、それもある。だが、もっと端的にいえばリスクとリターンだ」


 例えば、先のレミリアの知り合いだという女性は報酬の金額を理由に断った。

 それは、賭ける命と成功報酬を天秤にかけた場合、全くというほど釣り合っていないのが原因。


 恐らくは、彼女も心情的には依頼を引き受けてやりたいのだろう。

 その点においては、目の前にいるハルワタートと同じだ。


 しかし、孤児一人のためにパーティ五人全員の命を賭けるのだ。

 自分の命をどう見積もるかは個人の主観だから無視しても、単純計算で数を比べて釣り合っていない。

 何らかの埋め合わせがないと成り立たないのは必然である。


 さて、では私たちに当てはめてみるとどうだろうか。


 エイミーは何としてでも影霧草を手に入れたい。

 ハルワタートは孤児の命を助けられるのなら報酬の安さは気にならないし、多少の身の危険は無視してしまえる。

 ――まあ、彼にとっては私が足かせになっているようだが。


 とはいえ、実のところ、この依頼は私にとっても非常に価値のあるものなのだ。

 そのため、すでに埋め合わせは成立していて、天秤の均衡は取れてしまっている。


「ハルワタート。君が躊躇いなく戦うことが出来るのなら、私はこの依頼を引き受けてもいいと思っている」


 ならば、手を出さない理由はありはしない。


「ええと、どういうこと? カンナにとってのリターンって一体……」

「それは後で説明する。時間を無駄にしたくない。今すぐにここで決めろ。君が誓えば、私は全力でサポートして見せる」





 私の問いかけに対してハルワタートは頷いた。

 つまり、れっきとした合意の上での受注であり、私が責められる謂れはないに決まっている。


「ありがとう、カンナ。……でも、まさかカンナがあんなに怒るなんて思いもしなかったよ」


 三階まで行って、名も知らぬ少女が寝かされている私の借り部屋へと向かう――つもりだったのだが。


 思わぬ言葉を耳にし、私はつい立ち止まる。


「怒る? 私は怒りなど覚えてなどいないが。それどころか、上手くいったとほくそ笑みたいぐらいだ」

「そうなのか? あんな言い返し方するぐらいだから、酔っ払いの言葉がよっぽど腹に据えかねたのかと思ったんだけど」

「違う。この依頼は私にもメリットがあるから受けた。そして、そのためにはあえて大っぴらに実力を誇示する必要があったんだ」


 説明している時間も惜しいが、変に疑念を持たれても困るか。

 目線で前に進むよう促すと、すたすたと歩むスピードを緩めぬまま説明していく。


「反省会で言ったはずだ。案内人を続けるため、私には実績がいると。今のままではどうしても侮られてしまうからな」

「……もしかして」


 此処まで言えば流石にわかるか。

 私は首を振り、推測を肯定してやる。


「悪条件ゆえに初心者冒険者には到底不可能な依頼――それを成功させることが出来れば、誰もが実力を認めざるを得ない。そうは思わないか?」


 要するに、私とハルワタートの二人ともが依頼の成功自体を報酬にしているのだ。

 いくら報酬が低いとしても、モチベーションを上げるのにこれ以上都合のいいことはないだろう。


「でも、失敗したら逆効果じゃ?」

「安心しろ。元々私たちの評価は最低クラスだ。舐められているといっていい。つまり、これ以上下がりようはないのだから、失敗しても何の問題もない。まあ、精々表を出歩くのがつらくなるぐらいか」


 懸念にきっぱりと答えてやれば、ハルワタートは黙り込んでしまった。


 ――そして、あまりにも短すぎるインターバルを挟み、再度私たちの探索が幕を開けた。

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