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自称案内人カンナ の 依頼

 突然の来訪者に、喧噪に包まれていた酒場中がしんと静まり返る。

 あまりにも少女が場違いすぎたのも一因するのだろう。


「嬢ちゃんは……?」

「あの、私、エイミーといいますっ。えっと……お姉ちゃんって言っても本当のお姉ちゃんじゃなくて」


 すぐさま応対に出たゴードンだが、彼の顔には困惑の色が濃い。

 それも無理はないだろう。エイミーの言葉はどうにも不明瞭だった。


「……もしかして、レミリアが面倒見てる孤児院の?」


 少女の名前に聞き覚えがあるらしく、傍から眺めていた女性冒険者が口を出す。

 すると、エイミーは希望を見出したかのように激しく首肯していた。


 レミリアといえば、迷宮に入ろうとした直前に現れた彼女か。

 そういえば、簡単な依頼を済ませるといっていたが、どうかしたのだろうか。


「はいっ! それで、お姉ちゃんは――」


 エイミーの言葉を受け、なんとなく私も酒場中を見渡してみる。

 しかしそれらしい一団の姿はない。 

 それはゴードンも同じだったらしい。


「いや、来てないぜ。『サンライズ』の面々だよな?」


 というか、レミリアは華のある女性だ。

 もしこの場にいるのならもっと目立つはず。


「他の酒場なんかは回ってみたのか?」


 エイミーはこくり。


「……そうか」

「……お姉ちゃん、どこに行っちゃったの?」


 何かを察してか、暗い表情をするゴードン。

 同時に少女の顔がくしゃっと歪み、崩れ落ちてさめざめと泣きだしてしまう。


 そんな彼女にすぐさまグレーテルが駆け寄った。

 そして、宥めながら空いているテーブルに連れて行く。

 偶然にもその席は私たちのすぐ近くであり、涙ぐみ細々とした声でもはっきりと聞き取ることが出来た。


「一体、何があったんだい?」

「孤児院で凄い熱を出した子がいて……すぐにその子によく聞く薬草――影霧草を採ってきてくれるって……でも、いつまで経っても帰って来なくって」


 ――影霧草。

 私の記憶が確かならば、非常に希少な薬草の一種だ。


 鬱蒼と生い茂る森林の奥深くにしか生えず、万病に効く性質を持つ。

 しかし、薬効が働くのは引き抜かれてからたったの一晩限りであり、大抵は流通する前に効果が薄れてしまう。

 それ故に希少さと効能に反して商品価値はさほどでもない。


 あくまで、――勿論、生息地を知っているのならだが――依頼を受けてから採取するのが通例だった。


「何階に行くって?」

「確か……四階だって言っていたと思います……」


 少女の言葉に私は首を傾げる。

 私たちが『サンライズ』と出くわしたのは昼過ぎのこと。


 だというのに、たかだか四階で時間がかかりすぎだ。

 彼女たちの実力であれば、低階層の魔物など赤子の手を捻るようなもののはず。

 もう夜も更け始めているというのに、未だ仕事を終えていないとは考えにくい。


 あり得るとしたら、影霧草が見つからなかった?

 いや、それならば、一端帰還して他の方法を探す方がよっぽど効率的だ。


 ――私の頭の中に浮かんだのは、戻ってこないもう一つの可能性。


「お願いします! お姉ちゃんたちを探して頂けませんかっ! それか、どうか影霧草を……」


 少女が立ち上がり、大声を張り上げた。

 震え声ではあったものの、勢いよく引かれた椅子ががたりと音を立てたおかげか、周囲の関心を集めるには十二分なものである。


 自然と私も視線を向けた。

 恐らくは、その場にいた全員だろう。

 もし街角で耳にした場合、僅かばかりの良心を兼ね備えていれば思わず足を止めてしまうほど悲痛な叫びだったのは間違いない。


 しかし、それに応える冒険者は誰一人いなかった。


「『再編』の夜だからなあ……」

「それも、『サンライズ』が帰ってこない状況じゃ、何があったかわからねえ」

「っていうか、酒飲んじまってるし」


 ぼそぼそと話し声だけがやけに耳に障る。


「……いくら出せる?」


 尋ねたのはエイミーのことを知っていた女性冒険者だった。


「それは……これだけ出せます」


 レイミーが腰に付けた麻袋を机に置く。

 ちゃりんと金属同士が擦れあう小さな音が鳴る。

 それは、例え全てが金貨だとしてもとても慎ましいものでしかなかった。


「……それだけじゃ、無理だね。メンバー全員の命を懸けるリスクと見合ってない」


 彼女は申し訳なさそうに首をふるふると振ると、見ていられないとばかりに瞳を逸らした。


「状況が飲み込めないんだけどどういうこと? 夜に迷宮に入る危険性については昨日教えてくれたよな。でも、雰囲気見てると、レミリアさんたちと同格――それどころか格上っぽい人も何人かいるんだけど」


 そんな冒険者たちのざわめきを遠巻きに眺めながら、小声でハルワタートが私に訊いてくる。


「言っただろう? 今宵は『再編』の夜だと」

「確かにみんな『再編』って言ってるけど……そんなに『再編』の時期に迷宮に潜るのは問題があるのか?」


 どうにも彼は納得しがたい様子だった。

 なのでもう少しだけ説明してやる。


「迷宮の『再編』は酷く強大な力の揺らぎだ。空間さえも作り変えるうねりの中、元いた場所と同じ位置にいられる保証はない」

「……なるほど。石の中にいる――なんて事例もあるわけか」

「極端な例だが理解が速くて助かる。それ以外にもパーティが分断されたり、魔物の巣に転移させられたり――何があるかはわからない。一瞬で全滅するリスクを侵してまで、無理に探索を続けるメリットは皆無といっていい。だから、生きている(・・・・・)冒険者たちは『再編』の日には早々に迷宮を後にするんだ」


 今の言葉に暗に含めた物を彼は感じ取ったようだ。

 途端に黙り込む。


 そう。

 つまり、レミリアとやらが姿を見せないのは帰れる状態にない(・・・・・・・・)可能性が非常に高い。


 そもそもエイミーの言葉が確かであれば、『サンライズ』の冒険者たちが寄り道をするはずがなかった。

 真っ直ぐに孤児院へ向かうだろう。

 恐らくは彼女もそんなことは理解していて、それでも縋る思いで酒場に足を運んだに違いない。


「君の言うとおり、この状況下でも影霧草を入手出来るパーティはいるはずだ。だが、あまりにもリスクが大きすぎて、戯れだけで行動できる範囲を超えてしまっている。せめてリターンがあれば違うのだろうが」

「じゃあ、『再編』が終わってすぐに向かえば――」

「無理だ。迷宮が作り替わると言っただろう? 影霧草の群生している位置がわからなくなる。いや、それ以前に生えているかも怪しい」


 よしんば『再編』後にも影霧草が存在していたとしよう。

 だが、彼の薬草は黒々とした葉であり、暗闇の中で探すのは非常に困難だ。

 今ならば四階のどこかと明示されているが、『再編』されてしまえば途端に探索範囲が広がってしまう。


 果たして、子供の体力が持つかといえば……。

 そもそも、先ほどの金額では到底一組のパーティを雇えるほどではない。

 よほど奇特な冒険者でなければわざわざ引き受けようとは思わないだろう。


「お願いですっ……。トゥーリオが死んじゃうよぉ……」


 少女のぷっくりした頬を涙が伝い、ぽろぽろとテーブルへと滴り落ちていた。

 関心を失ったのか、痛ましくて見ていられないのか――私には判断がつかないが、誰もが少しずつ彼女から視線を外していく。


 ――いや、一人だけ、変わることなく少女をじっと見据えているものがいた。


 銀髪の少年、ハルワタートである。

 だが、彼の瞳は迷いに揺れ続けていて、葛藤の最中にいる様子だった。


 ならば私は――。

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