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自称案内人カンナ の 結成

 迷宮を脱出して、すぐさま向かったのは『星屑のかまど』亭。

 厚かましいのは重々承知しているが、今の私に頼れるのはグレーテルたちしかいない。


「……もう大丈夫。発見が早かったおかげかね」


 昨晩まで私が借り受けていたベッドに少女を寝かせ、グレーテルは安心しろとばかりに微笑んだ。

 それを裏付けるように、包帯から見え隠れする少女の顔色は落ち着きを取り戻している。


「そっか……よかったよ」


 未だ動揺の抜けきらない様子のハルワタートだが、安堵に胸をなで下ろす。

 私もこくりとだけ頷いた。


「それにしても、ハルワタート君はまた拾ってきたのかい? なんとも縁がある子だねぇ」

「……怪我した人にばかり会いたくはないですけどね」

「そりゃ、誰だってそうさ。さ、疲れただろう? この子は寝かせておいて、あんたたちは下で休んでくるといい」


 ……数日前の私もこのような感じだったのだろうか?

 若干の興味を抱くのだが、結局グレーテルに追い立てられるように部屋を後にした。





 まだ人影が疎らな食堂にて、私たち二人はちびちびとお冷を煽っていた。

 昼食を抜いたこともあり、小腹が空いてはいるのだが注文は何もない。

 いや、出来ないと言った方が正しいか。


 初の探索を終えてなお、私たちが無一文なことには変わりないのだ。

 結局、魔物とは殆ど戦わなかったのだし、薬草の群生地にもたどり着けなかったのだから当然である。


 唯一討伐したレッドキャップも、あの状況下では素材の剥ぎ取りは憚られた。


 金銭的な収穫なし。

 これが今回の探索の成果。


 空きっ腹を抑え、互いに無言のまま時間だけが過ぎていく。

 私は元々必要がなければ人に話しかけない質だし、ハルワタートは一人考え込んでしまっているのが原因だ。


 さて、このまま無為な時間を過ごしていて良いものか。

 そう思索に耽ろうかと考えたタイミング。


「……あの」

「ん?」


 ハルワタートが切り出した。


「情けないところ見せてごめん、幻滅したよな」

「いや」


 首を振って――止める。

 こちらを見据える少年は、真剣な面持ちをしていた。

 安易な慰めは気休めにもならないだろう。


「俺の話、聞いてくれるか?」

「ああ」


 願ってもない話だった。

 私自身、興味があるのは間違いないのだから。


 即答すると、ハルワタートは一端考え込む素振りを見せた。

 そして、まとまったようで口を開く。


「……俺、剣で生き物を切ったのなんて初めてなんだ。それに、あんな大怪我をした人を見るのも」


 ……やはりか。

 私は心の中で大きく頷いた。


 戦闘を終えた後の彼は大きく動揺し、ともすれば怯えているようですらあった。

 その醜態は、まるで初陣を終えた新米冒険者。


 相手から向けられる殺意。

 実感する生への渇望。

 そして、失われる命の呆気なさ。


 その三つが綯交ぜとなり、えも言えぬ不快感に打ちのめされるのだ。


 彼には悪いのだが、こうなることは最初から予期していたので幻滅などするはずがない。


「――しかし、それにしては手際が良すぎる気がするが」

「……うん」


 むしろ、予想の裏をかかれたのはこちらの方。

 少女を守るため飛び出したその姿は、昨日今日剣を手にしたという風には思えなかった。

 

「一応、子供の頃から親父に武術の真似事は叩き込まれてたんだよ――真面目にやってなかったけど。でも、実戦と訓練じゃ大違い過ぎて……肉を貫く感触が、今でも手に残ってる」


 ハルワタートは何もついていない手を見つめ、拭うように服へ擦りつけた。


 ……本当なのだろうか? 


 ――研ぎ澄まされた刃を思わせる動きと、反して新兵のように初々しい心。


 あまりにも不釣合いすぎて、訓練を受けたというだけでは説明がつかないように思える。

 私は口に出さないものの、じと目でハルワタートの顔を睨み付けた。


「う……本当にそれだけだって」

「……まあいい」


 弱り顔に免じて追及は避けてやる。

 変にプライベートに踏み込むつもりはないのだし。


「それで、何が言いたい?」


 真意を求めて問いかける。

 

 重要なのはそこだ。

 先ほどの真摯な表情。

 ただ愚痴を言うためだけに話しかけたとは思えない。


 少年の顔に浮かぶのは逡巡。

 だが、一度瞼を閉じ、それを振り払ったように私には見えた。


「――組んで一日であれだけど、パーティを解散したいんだよ」





「……俺は、自分の力なら余裕だって高をくくってた。だから、昨日無責任にカンナを誘うことが出来たんだよ。でも、あの女の子が死にかけてるのを見て――そして、怒りのままに魔物を殺して――命が失われるのはあんなに呆気ないんだってようやくわかったんだ」

「迷宮に入るのが怖くなったのか?」


 別に、探索を止めたいのならば自由だ。

 命は自分だけのもの。

 それを引き留める権利は誰にもないのだから。


 だが、彼は大きく首を横にする。


「いや、違う……俺は迷宮に潜るのをやめるつもりはないよ」


 ――だとしたら、一体?


「あの女の子にも仲間の冒険者がいたんだよな。……だけど、多分魔物に殺された」


 宿屋に運び込んでから身元確認も兼ねて少女の背嚢を探らせてもらったのだが、方眼紙や傷薬と共に魔物の素材が仕舞われていた。

 案内人だけでは魔物は殺せない。

 しかしそれらしい人影はどこにもなかった。


 つまりはそういうことだ。


「……もし、俺が守れなきゃ、カンナも似たような目にあうのかもしれない。そう考えたら手が震えてきてさ」


 囚われていた彼女は私より少し上ぐらいの年齢。

 同じ案内人で似た服装をしていたこともあり、ハルワタートは重ね合わせてしまっているのかもしれない。


 どうやら、初陣での出来事は彼の心に大きく影を落としたようだった。


「剣を握るのが怖いわけじゃないんだよ。俺が失敗して、誰かの命が失われる……情けないけど、想像しただけでどうしようもなく怖い」


 ……気持ちはわかる。

 まだ若い時分、私も同じことで思い悩んだ記憶がある。


 だが、『カテドラル』を一人で踏破することは不可能だし、それでも潜るというのなら自分や仲間の死を覚悟しなければならない。

 それが出来ないのなら何とかして目を背ける手段を見つけるか。


 どちらも不可能なら足を洗った方がいいに違いない。


 しかし、彼の眼には探索への意欲は宿り続けている。

 私にはそう見えた。


 だからこそ――


「……なんだ、そんなことか」


 取るに足らないとばかりに、そう言ってやる。


「『そんなこと』って……!」

「子供のくせに上から目線で物を言うのは止めろ」

「……カンナも同じ年ぐらいじゃないか」

「言っておくが、私も案内人として君の命を預かっているつもりだ。……事実、案内人のミスでパーティ全員の命が奪われることも多々ある。君にすべての責任を押し付けるつもりはない」


 少年の反論を無視して言葉を紡いでいく。

 しかし、彼は食い下がるのを止めなかった。


「責任とかじゃなくて、俺は自分自身が信用できないんだ。あのとき、頭に血が上って、気づいたら身体が動いてた。……そして、もし同じ状況になったら、きっとまた似たようなことをすると思う」


 ……そうか。

 もしかしたら、攻撃衝動を抑えられなかったのも彼のショックの一因なのかもしれない。


「……今日の探索で、私もミスをして道を間違えた。そんな私は信用できないか?」

「いや、カンナのことは信用してるよ。それに、あのミスはラッキーだったし。おかげであの女の子を助けられたんだから」

「それを言うなら、君が戦ったおかげで彼女は一命を取り留めた。……違うか?」

「……そうかもしれないけど」


 どうにも煮え切らない様子の彼に、私は苦笑いして溜息。


「君が一人で潜るというのなら、私も一人で潜ることにしよう。残念ながら、今の私は素寒貧なのだから」

「カンナは他の人とパーティを組めば……」

「昨晩の様子を見ただろう? 今の私と組んでくれる冒険者は君以外にいない。それを承知で君は申し出たのではないのか?」


 無論、嘘である。

 一人で探索に赴くなど、自殺行為を犯すつもりはない。

 そんなことをするくらいなら、恥を承知でグレーテルに頭を下げここで働かせてもらうだろう。


 それでもハルワタートへの効果は覿面だったらしい。


「それは……見過ごせないよ。さっきの女の子の二の舞……いや、もっと酷いことになるかもしれない」


 ようやく奮い立った様子でこちらを見据えてきた。

 彼の瞳に意思が取り戻されるのを確認し、にやりとほくそ笑んでしまいそうになるのを何とか堪える。


「私も善意だけで言っているわけではない。……案内人として仕事を続けるためには、悪評を覆すだけの実績がいる。そのためには、行動を共にする冒険者の腕が立つに越したことはないんだ」

「俺を利用するってこと?」

「君が迷宮探索を諦めるというのなら別だが……有体に言ってしまえばそうだ」


 呆れた様子の少年に、私は肩を竦めることで応える。


「一度声をかけた『責任』はとってもらうぞ? 無論、カンナの名が案内人として売れてくるまででいい。それが達成されれば解散だ。後は好きなようにしてくれて構わない。だが、それまでは私が先達として導いてやる」


 にやりと微笑むと、左手を差し出して握手を申し出た。


「だから、それまでパーティは継続だ。よろしく、ハルワタート」

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