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自称案内人カンナ の 初陣

 ――かちゃり。


 そんな私の思考を妨げたのは、木で出来た鞘が立てる小さな音だった。


 嫌な予感がしてそちらを向けば、少年の手には抜身の片手剣(ショートソード)が握られている。

 藍の瞳に宿っているのは熾烈なる怒り。


 気圧されてしまい、静止がワンテンポ遅れた。

 次の瞬間にはハルワタートは走り出していて、私の声はもう間に合わない。


「ギィ!?」


 そして、子鬼の反応も手遅れだった。


 彼は身を低くしたまま風のように駆け抜けると、少女を担いでいたレッドキャップに一瞬にして肉薄する。

 そのまま、飛びかかるような突き。


 目にもとまらぬ豪速が子鬼の顔面を抉り、ぐしゃりと身の毛のよだつような音が響く。


 奇襲は終わらない。

 少年は着地すると、剣を構えながら勢いを殺さずステップを踏むように半回転。

 狙いは不意を突かれ呆然とするもう一匹だ。


 遠心力を乗せた切っ先が見舞われ、喉笛から飛び散った鮮血が草木を濡らす。


 電光石火。

 支えを失った二匹が崩れ落ちるのはほぼ同時のこと。

 瞬く間に感知魔法から魔物の反応が消失していく。


 それ(・・)は淀みなく行われる殺しの動きだった。


『大丈夫だって、俺、強いから』


 ……私は、昨晩、彼が口にしていた言葉を今頃になって理解した。

 あれは少年期特有の思い上がりではなかったのだ。


 少年が迷宮を侮っていたのではない。

 私が彼を侮っていた。


 そう考えを改められるほど、今の体捌きは洗練されたものだった。

 レッドキャップが獲物に気を取られていたとはいえ、的確に急所だけを狙い撃つそれは素人のものではない。


 少し前まで隣で笑っていた少年と、先の殺意に溢れた彼。

 果たして本当に同一人物なのだろうか。


 圧倒的な力への興奮か、得体のしれない何かへの恐怖か。

 ぞくりとした怖気が背中を伝い、身震いしてしまいそうになる。


「ううっ」


 だが、小さな呻きにはっと現実へと引き戻された。

 よく見ればハルワタートまでもが蹲っている。


 迅速に制圧したとはいえ、どこか反撃を受けたのかもしれない。

 それに、担がれていた少女のことも心配だ。


 私はもう一度だけ安全確認をして、慌てて駆け寄った。





「大丈夫か!?」

「あ……、うん……」


 叫びながら――しかし、周囲の魔物に感づかれないよう小声である――私が近寄ると、ハルワタートは面を上げ、力なく笑う。

 据えた匂いで気づいたのだが、地べたには吐瀉物がまき散らされていた。


「怪我したわけじゃないんだけど、ちょっと……」


 ますます困惑が深まるのだが、とりあえず、私は腰に提げていた水袋の一つを手渡して口をゆすぐように言う。


 項垂れる彼は顔色がいいとは言い難い。

 それどころか、また雰囲気が一変している。


 駆けだした瞬間の彼は歴戦の勇士のようにすら思えたが、今では戦場に取り残された幼子のよう。

 水袋へと伸ばした手も小刻みに震えていた。


「俺のことはいいよ……それより、あの子は……生きてるのか?」


 口に含んだ水を吐き捨ててからハルワタート。


「あ、ああ」


 私は促されるまま、うつ伏せで寝転がる少女の方へと向きなおった。


 背中の方に耳を当てれば、れっきとした鼓動の音が聞こえ脈がある。 

 倒れ込んだレッドキャップに押しつぶされるなんて不運もなかったようだ。


 黒衣のフードを剥がしてみれば、まず目に入るのはブロンドの髪。

 残念ながら土にまみれてその輝きは失われてしまっていたが。


 続けて、うんしょと声をあげ、仰向けにひっくり返す。


 乱闘の痕跡だろうか?

 少女の頬は殴打により痛々しく腫れ上がり、顔中血に塗れている。


 私は、そっと額へと手を伸ばした。


 髪の毛の一部が凝固した血液によりこびりついているが……傷口はさほど深くはない。

 四肢の傷も命に別状はないはずだ。


 ほっとして息をつく。


「……生きてるのか?」


 心配げなハルワタートに、私は無言で頷いて見せる。


「よかった……」

「だが、急いで治療した方がいいのは変わらない。ハルワタート、おぶれるか? 残念ながら、私には無理そうだ」


 正直、今の彼に頼むのは心苦しい。

 安堵を漏らしているものの青い顔をしていて、未だ体調が回復したとは言いづらいのだから。


 しかし、今の私の細腕では少女を支えることすら難しいだろう。

 男時代、決して筋力があったわけではないが、何とも情けないものである。


「あのアイテムを使っちゃダメなのか?」

「撤退の呪符のことか? いや、あれは今使うべきではない」


 少年の提案は即座に却下する。

 この程度の距離で貴重な高額アイテムを使うのは勿体ないから――ではない。

 ちゃんとした理由がある。


「撤退の呪符は、使用者一人か一パーティ単位でしか転移出来ないんだ。そして、呪符への登録は転移先で事前に行わなければならない。つまり、今の私たちが使えばこの少女は置き去りになる」

「微妙なところで不便なんだな」

「……違いない」


 呆れた風なハルワタートに、気が抜けたこともありついつい苦笑してしまう。

 これでも随分と改良は進んで便利になっているのだが。


「ちょっとだけ待ってくれ」


 私に断ると、ハルワタートは大きく深呼吸をし、剣を杖のようにして立ち上がった。


 しっかりと少女を振り落とさないよう固定すると、今来た道を引き返し始める。


 こうして、あまりにもあっけなく私たちの最初の探索は幕を閉じた。

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