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自称案内人カンナ の 失念

 迷宮内を十数分ほど歩いた頃。

 もうそろそろ薬草の群生地帯に辿り着くはずだ。


「ハルワタート、次の曲がり角を左だ」

「え……?」


 だが、少し前を行くハルワタートから帰ってきたのは怪訝そうな声だった。


「いや、カンナ。獣道は右にしか続いてないんだけど。もしかして、木々の中を突っ切るのか?」


 ――はて?


 頭の中に疑問符が浮かんでしまう。

 魔物に遭遇しないよう立ち止まったりしていたものの、頭の中の地図通りに歩んでいたはず。

 若干の誤差はあるだろうが、修正が容易な範囲でしかない。


 度々、少年に話しかけられ集中を乱されることもあったが――その程度で歩数を数え間違えるとは思えなかった。


「……もしかして、迷ったとか?」

「このあたりの地図は頭の中に入っている。そんなはずはない」


 口をつくのはプライドからの否定。


「でも、何もないよな?」

「むぅ」


 ハルワタートへと近寄り、自分の目でも確認する。

 否定のしようのない事実である。


 ……失敗を素直に受け止められないとは。

 それも年下相手だというのに。


 思ったより動揺してしまっているらしい。

 随分と柔らかくなってしまった頬を叩き、気合を入れなおす。

 今私がしなければならないのは責任逃れではなく、原因の追究に違いない。


 このままでは現在地すらわからないことになる。

 改めて周囲を眺めなおすと、今まで通ってきた道のりを想い返して地図に当てはめていく。


 ……しばしの間考え込めば、一応、現在地に心当たりはあった。

 予定より二つばかり先に曲がった場合に辿り着く、行き止まりのルートだ。


 どうしたことだろう?

 間違いなく歩数は予定通りに調整したはずなのに、距離が当てはまらない。


 何か感覚に異常でも起きているのだろうか。

 理由がわからなくて、つい身体を掻き抱く。

 少女となり縮んでしまった体躯が更に不安を煽り立ててきた。


 ――ん? 縮んだ?


「……ああ、そういうことか」


 視線を落とし、ため息をつく。

 原因を理解してしまえば、なんてこともない単純なものだった。


 身体が小さくなったのだ。

 当然、歩幅も狭くなるに決まっている。

 どうやら、私はそのあたりを一切考慮せずに歩き回っていたらしい……。





「すまない、ハルワタート。私の判断ミスだ」


 私はそれだけ言って深く頭を下げる。


「いや、気にしなくていいよ。誰だって緊張すると思うし、お互い様だって」

「……そう言ってもらえると助かるが」


 だが、なんともプロとして情けない。

 相手のことを頼りないなどと侮っておいて、この体たらくは何事だろう。

 唇を噛みしめ、頭を上げる。


 気が済まなくてもう一度謝罪しようかと考えたタイミング――私の魔力感知に小さな反応が二つ引っかかった。


「そんなに気にするなら、稼いでから夕飯に何かおごってくれても……」

「……隠れろ」

「え? ちょ!」


 私は彼の手を引き、分岐点へと連れて行く。

 そして、大木の陰へと寄せ合うようにして身を隠した。

 木の葉で視界はある程度遮られてしまうが、それは相手(・・)も同じはず。


「……近くないか?」

「話すな。来るぞ」


 少しして現れたのは角の生えた赤い子鬼が二匹。

 理解できない言語で何やら語り合いながらこちらへ向かってくる。


 名はレッドキャップ。

 一言でいえば最下級の魔物の一種である。

 低階層を根城としていて、低い知能なりに群れのようなものを形成しているのが特徴。

 特に搦め手を使ってくることもないので、初心者冒険者にとっての「先生」などと称されることもある。


 とはいえ、侮ってはならない。

 子鬼たちは、子供程度の背丈にもかかわらず、大の男と渡り合えるだけの膂力を秘めている。

 その上、どこで手に入れたのかはわからないが、簡単な武器を使うこともしばしば。

 素人が数で劣れば敗北は必至といえた。


 ……パーティを組むといった時から考えていたのだが、一度、彼には一対一でレッドキャップと戦ってもらうつもりだった。

 自分の実力を理解させるためだ。


 もし本当に冒険者になりたいのなら、己の力量を見極める必要がある。

 押し迫る死を前に、自惚れだと気づいたときには手遅れなのだから。


 それを理解させるには、痛い目を見させ、鼻っ柱を折るのが手っ取り早い。

 かつて、私も天狗になっているときに似たような目に遭わされた。


 勿論、安全を確保しての目論見である。

 レッドキャップは種族的に鈍足な傾向があり、見切りをつけるのが速ければ逃走は難しくないはず。


 だが、二対一では退路を断たれる可能性もあり、初陣ではあまりに荷が重い。

 すでに何度も接敵しているのだが二人一組であることが多く、その度隠れてやり過ごしているのが実情であった。


「……あの程度の数なら、避けるまでもないと思うんだけど」


 どうやら、今まで出会った個体よりも数段のろのろと歩く子鬼に痺れを切らしてしまったらしい。

 ハルワタートが不満げな視線を送ってくる。


「しっ」


 私はそれを無視。

 人差し指を口に押し付け、黙るよう指示をした。


「……あれ?」


 だというのに、それを無視して驚きを漏らすハルワタート。

 指先に吐息がかかりこそばゆい。


「何か、担いでる?」


 その言葉につられ、視線がレッドキャップの方に向く。

 運の良いことに、彼の呟きを子鬼たちが耳にした様子は見受けられなかった。

 別の物事に集中しているのか、全くといっていいほどこちらに気づくそぶりはない。


 これなら私が身動きしても気づかれないだろう。

 そう確信し、思い切って木陰から顔を出す。そのままハルワタートと同じ方向に視線をやり――息を飲んだ。


 レッドキャップ二匹が手分けして運搬しているもの。


 それは黒々としていて、一瞬なんなのか私には理解できなかった。

 注視して、息をのむ。


 ――少女の肢体である。


 黒い塊にしか見えなかったのは身を包むローブのせいだろう。

 遠目でもわかるほどだらりと手足は垂れ下がっていて、ところどころが赤黒く血に染まっている。

 息はあるのか?

 残念ながら、この距離では判別が出来ない。


 いや、あったとしても、このままでは間違いなく――。


 ――かちゃり。


 そんな私の思考を妨げたのは、木で出来た鞘が立てる小さな音だった。

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