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50.決戦の前・下

 ロランが控え室から出ると、イルヴァとクレハとシャルロッタの三人が出迎えてくれるのは、もはや定番と化していた。


「お疲れさまです」


 シャルロッタが最初に労いの言葉を掛けてくれた直後、クレハがロランの胸に飛び込んできた。


「すごかったね、ロラン。準決勝戦に進出するような相手に、楽勝だったじゃない!」


 クレハの笑顔と押し付けられる胸に、ロランは赤面しながら「ははは……」と笑った。


「相手との相性が良かっただけだよ」


「それだけじゃないよ。ロランは確実に強くなってる」


 そう言ったクレハの手を引っ張って、イルヴァはクレハをロランから引き剥がしていた。


「ちょっと……クレハ? 昨日のデートは許したからって、この抱きつく癖は許した覚えが無いんだけど?」


 イルヴァのむっとした表情を見て、クレハはほくそ笑むようになった。


「ははーん……嫉妬?」


「うっ、うるさい!! 羽根むしるわよ!」


 思わず叫んだイルヴァに、シャルロッタがにこにこと声を掛けてきた。


「イルヴァ。文官ともあろう人が、そんな物騒なことを言ってはなりません」


「は……はい。ごめんなさい」


 イルヴァは本気で羽根をむしろうとして伸ばしかけていた手を、慌てて引っ込めていた。


「ああ、怖い怖い。今日のイルヴァはいちだんと暴力的だよね。やっぱり、腹に一物抱えてるからなの?」


 慌ててロランの後ろに引っ込んだクレハをイルヴァは睨み付けていた。


「まるで腹黒みたいな言い方やめてくれない?」


「ははは」


 のん気に笑い声を上げるロランを見て、「ロラン?」とイルヴァは今度はロランの方にジト目を向けていた。


「どうして笑っているの。あなたのことでしょう?!」


「そ、そうなのかな……そうなのか?」


 苦笑いを浮かべるロランの姿に、だめだこりゃ。と思ってイルヴァは溜息をついていた。



 今日もいつものように少し時間を潰してから、三人でコロッセオ《闘技場》の外へ出たから、帰り道の観衆とはち合うことは無かった。

 しかしそこに一人の見慣れない、夕焼けのように鮮やかな赤毛をした少年が立っていて、ロランの姿を見るなり、「アブソリュートソード!」と声を掛けてくるようになった。

 少年はキラキラとした目をしてロランに駆け寄ってくるようになった。


「すげえ! アブソリュートソードだ! こんなに近くで見たのは初めてだ!」


 大はしゃぎする無垢な少年の姿に、ロランは戸惑っていた。


「は、はあ」


 気の抜けた声を出すロランの背中をぽんと叩いたのはクレハだった。


「何してるの? この子、あなたのファンだよ」


 クレハに笑顔を向けられ、ロランは驚いていた。


「おっ、俺のファン?!」


 そんな馬鹿な。と思うロランをよそに、少年はすげーすげーを連呼しながらロランたちの周りをぐるぐると回っている。

 そしてやがてまたロランの正面まで来ると、キラキラした眼差しを向けてくるようになった。


「俺、将来剣闘士になりたいんだ!」


 少年が言ったのはそれだった。

 少年の眼差しは夢と希望に溢れていて、眩しげにロランを見上げてきた。


「アブソリュートソードみたいな、強くて優しくてカッコイイ剣闘士になりたい! それで、舞台の上でたくさんのお客さんを盛り上げるんだ!」


 グッと拳を握り締めて熱く語る少年の姿に、ロランは自分の幼少期を重ねていた。


「強くて優しい……か」


 やがてロランは微笑むと、少年の頭をくしゃっと撫でていた。

 俺もきっとこんな子供だったんだな。と思うと、居ても立ってもいられなかったのだ。

 ロランは彼の頭を撫でながら、言っていた。


「きっと、なれるよ」


 ロランは力強い口調で、少年に話しかけていた。


「なりたい“カタチ”があるなら――将来キミが剣闘士になった時、それをキミが創り上げれば良い。そんな自由が、舞台にはあるんだ。だからキミにとっての理想が、強くて優しい剣闘士なら――その芯を持ち続け、目指し続ける限り、必ずたどり着けるよ。キミの剣闘士に」


 それはロランが幼少期の頃、言ってほしかった言葉。

 お前には向いていないと、いつも背を向けていた父親に掛けてほしかった言葉。


「――うん」


 少年は感激した様子で目を大きく見開くと、大きく頷いていた。


「ありがとう、アブソリュートソード!」


 満面の笑顔を浮かべる少年と、そんな彼に笑顔を見せるロランの背中を見て、イルヴァとクレハとシャルロッタは、顔を見合わせると微笑み合っていた。


「……それに俺もアブソリュートソードみたくなったら、そんな風にキレイなお姉さんたちをはべらせられるしね!」


 無邪気な笑顔と共にそう言い足した少年の言葉を聞いて、「ぶっ」とロランは吹き出していた。


「は、はべらせてなんかいないぞ?!」


 慌てて大きく首を横に振ったロランをよそに、後ろの三人はというと。


「十分はべらせて――……」


「いるよね?」


「……そうかもしれませんね」


 三者三様にこくこくと頷き合っている。


「きっ――キミたち、否定してくれよ!」


 思わず振り返るロランの後ろで、「よっしゃあ!」と少年は拳を振り上げていた。


「俺、頑張るよ! そんでもって将来はハーレム作るんだ!」


「ちょ……ちょっと? そんな邪な気持ちで剣闘士はやるものじゃないぞ?!」


 慌てて少年の方を振り返るロランをよそに、彼はロランに手をパタパタと振った後向こうに走り去ってしまう。

 そこには父親らしき黒髪の男性が立っており、少年と手を繋ぐとぺこりとロランに対して頭を下げた後、背を向けて立ち去るようになった。


「は……ははは……」


 ロランは手を振って見送りながら、(……良いのか? これで)と疑問を抱いていた。

 そんなロランの手をぎゅっと握り締めてきたのは、イルヴァだった。


「あの子がいつか大きくなった時、きっとロランのような剣闘士になるんでしょうね」


 微笑みかけてきたイルヴァに、ロランは苦笑を返していた。


「そうなのかな……?」


「そうだよ!」と言ってイルヴァとは反対の腕に腕を絡めてきたのはクレハだった。


「だってロランは、あの子が言う通り――強くて優しくてカッコイイ剣闘士だからね」


「……む」


 思わず赤面するロランの横で、「クレハ?」と怒った声を出したのはイルヴァだった。


「またそうやって簡単にロランにくっ付いて……。少しは私に遠慮してほしいのだけど」


「えー」


「えーじゃないから」


「はいはい。喧嘩は人の居ないところでお願いしますね」


 そう言って歩き出したシャルロッタは、いい加減にイルヴァとクレハのやり取りに慣れっこになってきてしまっているのだろう。



 ソードパレスの前に到着すると同時に、クレハはロランの腕から離れた。


「明日は決勝戦。……必ず勝つんだよ、ロラン」


 クレハはロランにそう言って微笑みかけた後、翼を広げると飛び去ってしまった。

 ロランはそんな彼女を見送った後、ぽそっと呟いていた。


「決勝戦……か」


 ロランは真剣な表情になっていた。

 明日、いよいよ――ジュードと対面するのだ。


「ロラン」


 イルヴァはロランの手を握る力を強めていた。


「大丈夫よ。あなたなら、きっと大丈夫。……信じてるから」


 そう言ってイルヴァが微笑んだから、「うん」とロランは頷いていた。


「さ、腹も減ったことだし、俺たちも早く文官省会館へ戻るか」


 そう切り出したロランに、「そうね」「そうですね」と二人は頷いていた。





 その日の夜――

 明日のことを考えると、眠ろうにもどうしても眠れなくて、ロランはベッドから這い出ると、一人部屋を後にしていた。


 特にこれといって行く宛てもなく、窓から差し込む月明かり以外の明かりがこれといって無い、薄暗い会館の廊下を歩いて行く。

 門限を越えたら会館の外に出てはいけないと言われているから、中を歩き回る他に行き先が無いせいだ。


 特に行き先も無く歩いていると、ふと――廊下に並ぶ閉ざされたドアのうち一つから、光が漏れ出している事に気付いた。


(誰か起きているのか……?)


 ロランは光が漏れているドアの前に立つと、目をすぼめて札の名前を確認する。

『第十八番書斎』と書かれているその場所は、シャルロッタとイルヴァの二人が、魔導士の研究室代わりに間借りしている部屋だ。


(……ってことは、イルヴァかシャルロッタか?)


 ロランはドアをそっと開けると中を覗き込んでいた。

 そこでは――相変わらず魔導士のローブを身につけたシャルロッタが、一人椅子に腰掛けて、大きな数式の書かれた紙を横に本を開いている途中だった。


「……まさか、いつもこんな時間まで仕事しているのか?」


 思わずボソッと呟いたロランの声に気付いたようで、シャルロッタが顔を上げるようになる。


「あ……ロラン」


 シャルロッタはロランの姿を確認すると、首を傾げていた。


「お休みになられないのですか?」


「いや、眠れなくてさ……」


 そう言いながらロランは部屋に足を踏み入れると、後ろ手にドアを閉めていた。


「そうですか」と言ってシャルロッタは微笑んだから、邪魔にはなっていないだろうと判断して、ロランは彼女に歩み寄っていた。


「何やってるんだ?」


 ロランの質問に、シャルロッタは答えてくれた。


「昼にイルヴァに書いてもらったエルフ式の魔法原理を、ヒューマン式の魔法原理と照らし合わせているのです。イルヴァの詠唱は、ヒューマン族の魔導士が使うものよりも古エルフ語が多いんですよね。どうしてかと思っていたら、どうもエルフの方が精霊の基礎数が多いみたいで。これをヒューマン型の基礎数として応用する事ができたら、幅が広がりそうなのですが、そうなるとこれまでの理論に相違が――」


「あ……ごめん。もう良いや。何言ってるのかわからないし」


 ロランは思わずシャルロッタの言葉を止めていた。

 というか、話を聞いているだけで頭が痛くなってきそうだ。


 隣の椅子に腰降ろすようになったロランに、「早く寝なければいけませんよ」とシャルロッタが優しく話し掛けてきたから、ロランは苦笑していた。


「そうなんだけどさ、思うようにいかないんだよな」


「そうですか? ……でしたら、少しお待ちください」


 シャルロッタはそう言ってから紙を巻いてスクロールにすると、本を閉じ、てきぱきとテーブルの上を空けた後、部屋を出て行くようになる。


 なんだろう? と思って待っていると、しばらくして戻ってきたシャルロッタの手には、ティーセットの乗った銀製のトレーが持たれていた。


「本当は良くないのですが、少し調理場を借りちゃいました」


 ペロッと小さく舌を出すシャルロッタは、こんな一面もあるんだなとロランに思わせた。

 シャルロッタはロランの隣まで来ると、それぞれの前にティーカップを置き、ハーブティーを入れ始めるようになる。

 すると、湯気と共に良い香りが部屋を包み込むようになった。


「これは、気持ちを落ち着かせる効果のあるハーブのお茶です。これを飲めばきっと、ゆっくりと休むことができますよ」


 そう言いながらお茶を入れた後、シャルロッタは改めてロランの隣に腰掛けて、「私もご一緒します」と微笑みかけてくる。

 そんな彼女のおっとりとした雰囲気に癒されながら、「……うん」とロランは頷いていた。


 そうやって二人でゆっくりとお茶しながら、ロランはシャルロッタに話しかけていた。


「正直に言うとさ……不安なんだよな。明日のこと」


 ロランがシャルロッタに打ち明けたのは、それだった。


「明日は絶対に負けられない。でも、本音を言うと……自信が無いんだ。ジュードは強い。けれどイルヴァは俺を信頼してくれているし、こんな大役が、俺に勤まるのかなって思って」


「……自信が無いのは仕方ありませんよ」と、シャルロッタは話していた。


「あなたは初めての事を成すのですから、確信が持てないのは当たり前のことです」


「うん。でも、明日は……失敗が許されない」


 ロランの呟きは深刻そうだったため、シャルロッタは微笑んでいた。


「確かにそうかもしれません。……ですが、気負わなくても良いのですよ」


 穏やかな口調で、シャルロッタは話し始めた。


「あなたはイルヴァの事や、私たち文官の期待を一身に背負っていると感じて、それが余計に重荷になっているのですよね? ……ですが、明日舞台に立つのは他の誰でもない、ロラン・ノールドではありませんか。剣を振るうのも、命を賭すのも……あなたです。でしたら、あなた一人のことを考えるべきです。それ以外の人の事なんて考えなくても良いのですよ」


「うん、それはそうなんだろうけど……」


 ロランは言葉を濁らせていた。

 他の人の事を考えないなんてできるんだろうか? そんな風に感じてしまったせいだ。


「……ロランは優しいですから、そうやって色々な人の事を考えてしまうのですよ」


 シャルロッタはポツリとそんな風に言ったから、「えっ?」と言ってロランは彼女の方に視線を向けていた。

 シャルロッタは目を細めてロランのことを見ていた。


「優しくて、誠実な人ですから……裏切ってはならないと、そんな風に考えているのでしょう?」


 にこっと微笑むシャルロッタに、ロランはつい赤くなっていた。


「そ……そうじゃないよ」


 ロランは俯くと、ぎゅっと拳を作っていた。


「俺はただ、誰にも悲しんでほしくないんだ。それは誰かを裏切らないためというよりも、俺の自己満足だよ。それが出来なければ俺はきっと、自分が不甲斐なくて悔しくて、死んでも死に切れないと思うからさ」


「……不甲斐なくても良いではありませんか」


 シャルロッタは、そっとロランの手を手で包み込んでいた。


「確かに私たちはあなたを必要としています。ですが……それ以上に、あなたの事が大切です。どうしても自信が持てないなら、明日は棄権するという手もありますよ。安心してください。そうしたとしても、我々はあなたを責めませんから。あなたに重荷を押し付けているのは、文官省側なのですから。それぐらいの選択肢は、あなた自身にあると思います」


 シャルロッタの言葉を聞いて、ロランは大きく首を横に振っていた。


「……できるわけがないだろ」


 若干不機嫌な感情が含まれた言葉に、シャルロッタはロランの方を伺う。

 そんなシャルロッタを、ロランは睨んでいた。


「棄権なんてできるものか。敵を前にして逃げ出すのはな、剣闘士の名折れなんだよ」


「……ふふ」とシャルロッタは微笑んだ。


「いかにもイルヴァが言いそうな言葉ですね」


 シャルロッタの指摘に、ロランは赤面していた。

 ……確かに、似たようなことを前に彼女に言われたことがある。

 結局のところ。


(俺の基点はアイアン・ティターニアで……今の俺はアイアン・ティターニアという土台の上に成り立っている)


「……やるしかないよな」


 ぼそっとロランは呟いていた。


「あなたがそう思うなら、そうすれば良いのではないでしょうか」


 シャルロッタがそんな風に言った。


「私は……あなたに危ない目に合ってほしくないと思います。ですがそれは、私の勝手な思いです。大切なのは……あなた自身ですよ、ロラン」


「うん」


 頷いた後、ロランは微笑んでいた。


「ありがとう、シャルロッタ」


 ロランは礼を言うと、自分の手を包み込んでいるシャルロッタの両手の上に、手を重ねていた。その柔らかな温もりを手の平に感じながら、彼女に伝えていた。


「話を聞いてくれて、悩んでいた事が整理できた気がするよ。明日は迷わない。俺は舞台の上に立つ」


「はい」と言って、シャルロッタははにかんだ笑顔を見せていた。

「その方がロランらしいです。明日は――あなたらしい舞台が見られること、楽しみにしています」


 シャルロッタの言葉に、ロランは「うん」と言って大きく頷いていた。





『さて――いよいよこの日がやって参りました! タナトス杯・決勝戦の開幕です!!』


 ワーッという歓声が会場を包み込む。


 この日の観客席は満席どころか、最後部の廊下すら人で満員という状態だった。

 いつの間にか口コミが口コミを呼んで、首都中から人々を掻き集めたのだろう。

 この状態になるとさすがに舞台の見える位置を取れるか心配だったが、イルヴァたちはとっくに“ロランの連れ”として有名人であるため、場所を開けてくれる人が多数居て、お陰で無事に前のほうの席を確保することができた。


『頂を決めるべく、この数日間、多くの剣闘士が挫折を味わい、そしてまた栄光に酔いしれ、高みへの道を一歩一歩踏みしめて参りました! そして――とうとうこの時が訪れたのです。二人の頂を目前に迎えた剣闘士が、舞台の上で巡り合う。それはなんと――剣王の息子たち!! そう、伝説を冠する剣王の血統こそが、最強の証!! その証を真に抱くものはどちらなのか?! 我々に魅せてもらいましょう!!』


 興奮気味に語る審査人の声を掻き消すほどの歓声や拍手の音が沸き起こった。


「……いよいよですね」

 熱狂の中で、ボソッと呟いたのはシャルロッタだった。


「そうだね」と頷いたのは、クレハだった。


「ロラン……必ず勝って」


 クレハの祈るような呟きを聞きながら、イルヴァは沈黙を保って視線を舞台へと向けている。

 その眼差しには色々な思いが含まれていた。不安や感傷や、やっと終わるという空虚にも似たような気持ち。


(この舞台で……いよいよ)


 イルヴァは気が付けば、刹那とも思えるような十年間を思い出していた。


 苦汁を飲んで復讐を誓ったあの日。死と未来を引き換えにして固めた覚悟。

 生まれて初めて精霊刻印スティグマを刻み付けるために、自らナイフを肌に突き立てた時の感触や、胸を締め付けるような不安や苦しみ。

 それがイルヴァの十年間の大半だった。――しかし。


(……――ロランと出会って、私の世界は一変した)


 久しぶりに笑うことができて、安らかなひと時を過ごす事ができたのだ。

 それはまるで、これまでがんじがらめに全身を束縛していた鋼鉄の鎖から解き放たれたような感覚。永遠に失いたくない、刹那の温もりだった。


(失くしたくないと思った。大切なモノが出来た。だから、私は……弱くなった)


 そう、弱くなったと。軟弱者になってしまったとイルヴァは思った。

 彼が自分を弱めているのだと感じ、そんな自分に不甲斐なさを感じた。

 でも、本当は。


(……壊れてしまいそうだった。もう、自分を保てなくなる寸前で……)


 そしてロランは舞台の上で、自分自身の“虚勢”を木っ端微塵に叩き潰した。

 これまで自分が築き上げてきた強さとは――虚勢だったのだ。

 それでも自分がすがり付いてきた唯一のものが壊れ去った時、もう、いつでも死んで構わないと思った。でも彼は、そんなイルヴァに言ったのだ。

 ――俺について来い。俺を信じて、ついて来てくれ。――と。


「……だから――ロランは」


 やがてイルヴァはゆっくりと舞台へ手を伸ばしていた。

 もう二度と届く事の無い、その栄光のいしずえへと。


「――……あなたこそが私に残された最後の剣。だから……貫いて……! あなたの道を。私の道を。あなたの思いを、私の思いを……!!」


 その時。


『両者――入場です!!』


 審査人の声が辺りに響き渡った。

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