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47.東方と東方・中

 それから二日が経ち――

 ジュードが勝ち上がったその翌日に、ロランは舞台へと上がっていた。


 この日、とうとう――ロランは初めてクレハと戦うのだ。

 ひしめき合う観衆たちが見守る中、審査人の声が響き渡る。


『東の剣闘士は――ハイクラス、スカーレットデーヴァのクレハ・タチバナ! 剣闘士史上二人目と言われる、ハイクラスの女剣闘士! その東式の独特な戦法は、これまで多くのファンを生み出してきました! 常識に囚われない様々な絡み手で敵を翻弄する、頭脳派の剣闘士です!』


 舞台の上に立つクレハは、一つ括りにしたつややかな美しい黒髪を風でなびかせながら、微笑を口元にたたえつつ、そこに立っていた。


『西の剣闘士は――ハイクラス、アブソリュートソードのロラン・ノールド! 流派こそ違いますが、彼もまた東式の剣術を操る剣闘士です! 東式剣術はマイナーですが、世界最強と名高いあの東方クルタール王国のガルダ戦士たちも修めている、裏打ちある剣術です! 今回の試合、東式と東式の戦いとなります!』


 ロランもまたクレハに目を向けると、微笑んでいた。


『さあ――どういった戦いを繰り広げてくれるのでしょうか?! 普段見慣れない戦術で、我々の目を愉しませてくれること必須でしょう!』


 しばらくの間、ロランとクレハは無言のまま、目配せで対話をしていたが。


『両者――構え!』


 そんな声と共に、どちらからともなく微笑を消すと、それぞれ各々の武器を構えるようになる。


 クレハは左右の手にそれぞれ、順手と逆手に小太刀を握る。

 ロランは、漆黒の剣を真正面に真っ直ぐ構える。


『――始め!!』


 審査人の声と共に、試合開始の鐘が鳴り響いた。

 最初に動いたのはクレハだった。


(ロランに時間を与えればザンテツを使われる――なら、行くしかない!)


 クレハはキッと正面を睨むと、翼をバサリと広げ、一気に跳躍した。


「はあぁっ!」


 クレハは真正面からまるで弾丸のようにロランへと突っ込んでくる!

 ロランは腰を低く落とした後、ぶん! と、剣を横薙ぎに前方から後方へ、大きく円を描くようにして振り払っていた。

 それをクレハは眼下に見ながら、空中をくるりと飛翔していた。


「あら……私の手口はお見通しってことね」


 苦笑を浮かべながらロランの背後に着地すると同時に、ロランが振り返ってくる。


「真正面からクレハが来る時は、決まってその気が無い時だからな」


 そう言ってロランは笑った後、すぐに表情を引き締めた。


「はっ!」


 ロランが切り込んできた剣撃を、クレハはひらりひらりとかわしていた。


(さすがガルダ族は身のこなしが軽いよな……!)


 ロランがもう一度剣を振るうと、またクレハは避けた後、再びロランの懐まで接近してくる。

 カツン。と鎧越しに胸が軽く当たり、ロランはドキッとしていた。

 その刹那、クレハがロランの右手の脇下に左腕を差し込んだかと思うと、そのまま捻りこむようにしてするりと背後へと滑り込んでいた。


(しまった……!)


 慌てて振り返ろうとするロランの腕を、クレハの手がギュッと掴む。

 小太刀の柄が腕に食い込んできたせいで、ロランは痛みに呻き声をこぼしていた。

 そのままクレハはロランをうつ伏せに倒すべく腕を捻り上げようとしたが、それよりも速くロランは身を捻ると、体ごと飛び込むようにしてクレハを地面にたたきつけていた。


「あぐっ……!」


 背を地面に強か打ちつけ、またロランに圧し掛かられることで、クレハは苦しげな呻き声を漏らしていた。

 反撃を食らう前にすぐさまロランが身を退けると、クレハもまたふわっと宙へ浮き上がるようになった。


「……はぁ、はあ。大胆な事するじゃない」


 息をつくクレハの方を振り返ると、ロランは剣を構え直していた。


「ヒヤッとしたけどな」


「余裕そうに見えるけど?」


 そう言いながら、クレハもまた剣を構え直す。

 そして再び、ロランに向かって攻撃を仕掛けていた。


 大体、距離を保つことができない時点でクレハにとって戦いにくい相手なのだ。

 あまり距離を保ちすぎて攻撃の手を休めることになると、ロランに斬鉄の準備時間を与えてしまうことになる。それを防ぐためには、多少無鉄砲でも突っ込んでいかなければならないのだ。


 クレハが切り込むとすれすれでロランが身をかわし、今度はロランが切り込むとクレハがすれすれで避ける。そんな攻防がしばらくの間続いた。

 しかしやがてそれも終わりを迎える。


「はっ!」という気合の声と共に、タックルの要領でロランが肩をぶつけてきた。


「っ――」


 クレハは咄嗟に後ろへ身を引いていた。力押しとなると、どうしても敵わないからだ。

 その軌跡上に黒い剣が振り払われ、ロランもまた後ろへ引き下がったかと思うと、再び地を蹴り飛び込んでくる。


(近いッ――!)


 咄嗟にクレハは翼を広げると、ふわりと浮き上がっていた。

 空中で身を翻しながら、いつもの癖でロランの背後へと着地する。

 ロランは振り返らなかった。代わりに、真横へ飛んだ。


「薙げッ!」


 ロランはそのまま体を捻りながら、剣を横へと大きく振り払う。


「ッ――!!」


 カキンッ! と音がして、前に出ていたクレハの小太刀に、ロランの剣が強か打ちつけられた。


「ああっ――!!」


 クレハが動揺した様子で声を漏らす。

 それもそのはず。パキッと音がして、直に剣を受けた部分から破片が弾け飛んだ。刃こぼれしたのだ。


「わっ、私の桜切りが……!!」


 がく然とするクレハの方をロランは振り返り、剣を構えていた。


「――戦闘から意識を逸らすのは、命取りになるぞ!」


 ロランの声によって、ハッとクレハが我に返った時には遅かった。

 ヒュンッと斜めに切り払われた剣が、クレハの鎧を、そしてその下の衣服までも切り裂いて行く。

 ガラガラ。と音がして、鎧が床に転がり落ちると共に――帯や、服の一部までもがはらりと落ちたことで、はだけるようにしてその白く柔らかそうな肌が露になった。


「きっ、きゃあぁぁ――っ?!」


 赤面して咄嗟に身を隠すクレハと、おおぉーっ!! とどよめき立つ観客席。


「あっ――」


 ロランまでもが耳まで真っ赤になって硬直したものの、クレハが一生懸命隠そうとしている、ベールを脱いだ“大いなる膨らみ”から目が離せなくなってしまっていた。


「なにやってんのよっ、ロランっ!!」


 観客席の方からイルヴァの怒声が聞こえてくる。

 その上、その隣にいるシャルロッタまでもが、にこにこしながら「……最低ですね、ロラン」と言葉に怒りを含ませている。


「わざとじゃないんだ!! そ、そんなつもりは無かったんだよ!!」


 あわあわと慌てながら、咄嗟にロランは言い返していた。

 そんなロランに、体を縮こませたクレハが恨めしそうな目を向けてくるようになった。


「ひどい……ロラン、ザンテツをこんな事に使うなんて……!」


「わあーっ! ごめん! 本当に、ごめんなさい!」


 ロランは大慌てで剣を放り投げると、その場でガバッと土下座していた。

 もはや試合もへったくれも無い状況である。

 だというのに、観衆は大盛り上がりだった。


「良いぞーアブソリュート!」


「もっとやれー!」


 そんな風に、はやし立てるような声が飛んでくる。

 土下座するロランの後頭部を見て、クレハはグッと手に持った小太刀を固く握り締めていた。


(今のうちに私が立ち上がって、剣を宛がってしまえば……――)


 ごくん。と唾を飲んだ後、赤面した状態で首を大きく横に振っていた。


「って、できるわけないでしょ――?! 降参、降参!! 降参するよ、もう!」


 クレハは大声で叫んでいたから、「えっ」とロランは顔をガバッと上げていた。


「な、なんで降参なんだよ?」


「だって! 早くここから引き上げたいし!」


 クレハは赤面しながら言い返していた。

 その時、審査人の声がした。


『スカーレットデーヴァ、羞恥心に耐えかねて降参です! 勝者――アブソリュートソード!アブソリュートソードのロラン・ノールドに決まりました! アブソリュートがデーヴァに知略で上回った!! 誰もが予想だにしていなかった、まさかの搦め手が決まりました――!!』


 会場中には歓声の他に、拍手の音とドッという笑い声が入り混じるようになっていた。


「後で責任取ってもらうからね!」


 涙目で睨み付けた後、大慌てで翼を広げてそのまま逃げるように門の向こうへと飛び去ってしまったクレハの姿を、ロランはあっ気に取られながら見送るしかなかった。


「こ……こんな勝ち方、有りなのか……?」


 グッと床を掴むように拳を握り締めるが――審査人が勝者と言った以上、有りっちゃあ有りなのだろう。

 剣闘士の舞台というのは、剣闘士同士の駆け引きを見ることも観衆の楽しみの一つなのだ。


(……後で謝っておこう)


 ロランは立ち上がると、腰の鞘に剣を収めた後、自分もまた立ち去っていた。





 ロランは控え室を出ると、すぐに廊下を渡ってクレハが居る筈の控え室へと向かっていた。

 ロランがドアの前に到着すると、既にそこにはイルヴァとシャルロッタの姿があった。

 二人は振り返るなり、ロランに対して冷ややかな目を向けてきたから、ロランは慌てていた。


「お、俺はただ、クレハを無力化しようと思っただけで……――」


「言い訳は――」

「見苦しいですよ?」


 イルヴァとシャルロッタの二人に代わる代わる言われ、ロランは黙り込んでいた。


(……仕方が無い)


 ロランはため息の後、足を踏み出すとドアの前で立ち止まっていた。

 そしてドア越しにクレハに話しかけていた。


「その……さっきはごめん。大丈夫か?」


 するとドア越しにクレハの声が返ってきた。


「……全っ然、大丈夫じゃないよ?」


「…………」


(やっぱりな)と思って、ロランは肩を落としていた。

 というか……この調子では、随分と腹を立てていそうだ。


 どうしたものかと頭を悩ませていると、横からシャルロッタが話しかけてくるようになった。


「ちょうど今、これから私が文官省会館へ戻って、代わりになる衣服を持って来るという話になっていました。ですから、ロランはイルヴァと一緒にここで待っていてください」


「あ……ああ」とロランは頷いていた。


「それでは、行って参りますね」と一言、シャルロッタはその場を離れた。


 隣に立っているイルヴァはずっと黙っていたから、「……その」とロランは言った。


「ごめん……イルヴァ」


「……私にまで謝らなくても良いわよ」と言って、イルヴァは苦笑を浮かべていた。


「一応、故意でなかったという事は十分理解しているつもりだし。まあ、クレハもご愁傷様だったわね」


 イルヴァの軽い口調に対して、ドア越しに反論が返ってきた。


「他人事だと思って……」


「他人事でしょ?」とイルヴァは笑った。


「大体、さっきの悲鳴は何? クレハって、前にさんざ私に対して純情純情ってからかってくれたわよね? クレハこそ人の事が言えないと思わない?」


「あのねえ、イルヴァ!」


 ドア越しのクレハの声は怒った調子だった。


「それとこれとは関係無いでしょ?! さすがに大勢の目の前で大公開はありえないよ! 私はね、女の恥と剣闘士の恥なら、剣闘士の恥の方がずっとマシだと思ってるから。イルヴァと違って!」


「なっ――まるで私が女を捨てているみたいな言い方、やめてくれない?!」


 それから、ドア越しに言い争いを始めたイルヴァとクレハの様子を見て、ロランはホッとしていた。

 思っていたより元気そうで良かったな。と思ったからだ。


 胸を撫で下ろしながら二人の喧嘩を見ているうちに、シャルロッタが帰ってきた。


「お待たせしました」というシャルロッタの声を聞くなり、ピタリと言い争いを止めるイルヴァは、さすがだなとロランに思わせた。


「クレハ、これを」


 シャルロッタはノックした後、開いたドアの隙間から伸びてきた手に、折りたたまれた衣服を手渡していた。



 少ししてようやく控え室から出てきたクレハが身につけていたのは、城の女性の召使が身につけているのと同じ、メイド服だった。腰のコルセットの隙間には二振りの小太刀が差し込まれている。


「シャルロッタ。これ、胸の部分が苦しいんだけど……」


 居心地悪そうに胸を押さえるクレハの胸元では、ブラウスのボタンが弾け跳びそうにピチピチになっていた。

 そんなクレハに対して、シャルロッタが「召使に用意させたらこれが出てきて。少し我慢して頂けますか」と話し掛けている。


「…………」


 無言でクレハの姿を目で追うロランの様子に気付いて、イルヴァはロランの腕を引っ張っていた。


「……何見てるの?」


 イルヴァがジト目を向けてきたため、ロランは思わず赤面していた。


「い、いや。前にキミもこういう格好をしてくれた事があったなあ。と、思い出して」


「……っ」


 ロランのそのセリフに、イルヴァまで赤面していた。


「あ、あれは、誰にも言わないでよ? わかっているわよね?」


 潜めた声で言うイルヴァに、ロランはコクコクと頷いていた。

 そんなロランの目の前に、ずいっとクレハが歩み寄ってくるなり、「ロラン」と話し掛けてきた。


「このままの格好でいつまでも居るわけにもいかないから――今から付き合ってもらうよ。責任、取ってくれるんだよね?」


 仁王立ちするクレハの姿を見て、ロランは慌てて頷いていた。


「あ、ああ、そのつもりはあるが……。一体何をすれば良いんだ?」


 するとクレハはにっこり笑った。


「私の衣服を買いに行くのと、あと――欠けたカタナを修理に出しに行きたいから、ついて来てよ。まだ日は高いから、十分時間はあるでしょ?」


 なんだ、その程度で良いのか。と思ってロランはホッとしていた。


「それぐらいで良いなら、喜んで付き合うよ」


 ロランの返事に、クレハは「なら、決まりだね!」と言って笑った。


「それでは、しばらくの間はソードパレスへは帰宅しないということですか?」


 シャルロッタの質問に、ロランは頷いていた。


「ああ、そうだな。夜になるまでには帰るとは思うけど」


「でしたら、魔導士としての執務もありますから、“私たち”は先に会館へ戻っていますね。帰ってきたら第十八番書斎へ顔を出してください」


 それに対して、「――え」と言ったのはイルヴァだった。


「わ、私たちって。私も帰るの?」


 イルヴァの質問に、“何を言っているのですか?”と言わんばかりのキョトンとした目を、シャルロッタは向けていた。


「もちろん、そうですよ。だって、イルヴァも魔導士ではありませんか」


「そ、それはそうなのだけど……」


 イルヴァは不安げな目をロランに向けたものの、やがて頷いていた。


「……仕方ないわね。ロラン、先に帰ってるわね」


 イルヴァはそれだけ言うと、シャルロッタと一緒に立ち去ってしまった。

 きっと、信用されたと見なすべきなのだろうとロランは解釈していた。


「――じゃあ、行くか?」


 ロランがクレハに尋ねると、「ええ」と彼女は頷いていた。


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