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46.東方と東方・上

 とうとう迎えた、タナトス杯三日目――

 この日がいよいよ、ロランが舞台の上へと上がる日だった。


『さあ――とうとうこの時間がやって参りました! タナトス杯初戦・最終戦が始まります!』


 人々のひしめき合う客席が、ワーッと沸き立つ。

 彼らにとってもこの試合は一番楽しみにしていたものなのだ。

 何故なら、アイアン・ティターニアを破った、現在の現役剣闘士の中では間違いなく一位の強さを持っているであろう、ロラン・ノールドが出場する試合だからだ。


『さて――初戦の最後を飾る、勇ましき剣闘士たちの入場です!』


 ガシャンと東西の格子門が跳ね上がった。


『東の剣闘士は――ハイクラス、ホープバニッシャー《希望を消す者》のリュナン・ヴァフラート!』


 そんな声と共に東の門から姿を現したのは、トゲトゲの黒髪をしたヒューマン族の男だ。

 チェインメイル《鎖かたびら》の上からスケイルアーマーを身につけており、背には背丈ほどもある巨大なクレイモアを背負っている。


『ヒューマン族であるに関わらず、オーガ族に引けを取らないパワータイプ! その豪腕から繰り出される剣撃によって、これまで破れた剣闘士は数知れず! 彼こそがアブソリュート《絶対》を打ち破る要となるのでしょうか?!』


『そして――』と、審査人が続けると共に西の門から姿を現したのは、ロランだった。


『西の剣闘士は――ハイクラス、アブソリュートソード《絶対たる剣》のロラン・ノールド!』


 ロランはその声を胸を熱くさせながら聞いていた。

 何故なら、ここに来てようやく自分自身が、イルヴァがかつて行き着いたクラスまで上り詰めた事を実感することができたからだ。


(――ハイクラス、か)


 いつの間にかそこまで来たんだな。なんて思いながら、目の前の相手を見遣る。


『彼こそがもう一人の剣王の息子! 既にその力は対アイアン・ティターニア戦で明かされており、折り紙つきです! 彼こそが今現在、尤も頂に近い存在と言えるでしょう! アブソリュートの名に相応しい、確固たる実力を持った剣闘士です!』


 まるで難敵に目を向けるかのごとく、ジッと睨みつけてくるリュナンの視線を受けて、ロランは苦笑していた。


(……あまり過大評価されても困るんだけどな)


 そう考えた後、すぐに表情を引き締めていた。


『両者――構え!!』


 そんな審査人の声に応じ、ロランは腰の漆黒の色をした剣をすらりと引き抜くと、正中線上に構えていた。


 その一方で、リュナンもまた背中のクレイモアの柄に手を伸ばすと、止めているベルトをぱちんぱちんと外した後、両手でグッと柄を掴み直すなり、グンッと前へ向けて構えるようになる。


『――始め!!』


 審査人の声と共に鐘の音が鳴り響く。


「お手柔らかに頼みますよ……アブソリュートさん!」


 リュナンが笑ってそう言ったかと思うと、クレイモアを振り上げながら飛び込んできた。

 その思いの他素早い動きに、慌ててロランは剣を使って横薙ぎの動きを受け止めていた。

 ガキィン! という音がして、足が横へと一メートルほど引き摺られる。


「ホッ、ハッ!」


 続け様、二撃、三撃と振り回してきたリュナンの剣を、ロランは身を捻ってスッスッと避けていた。


「……ふふ。そう来なくっちゃね!」


 リュナンは高く飛び上がると、「ハアァッ!!」と気合の声と共にクレイモアを一気に振り下ろしてきた。


 バコンッ!! と、まるで打撃武器のような音を上げながら、クレイモアが床をしたたかに打ち付ける。

 ロランは横へと剣撃をかわしながら、捻っていた身を再び元に戻すと、地を蹴っていた。

 リュナンが大剣を振り上げる動作に合わせるようにして、一気に懐へと身を刷り込ませる。


「はっ!」


 短く息を吐くと、ロランは脇に狙いを定めて剣を振り上げていた。


「ッおっ?!」


 慌ててリュナンは開いていた脇を締めると、肩を前に出してスケイルアーマーの肩部でロランの剣を受けていた。


「……っとと……! 危ねぇ、危ねぇ……!」


 そのままバックステップで下がりながら、リュナンは剣を両手で構え直す。

 肩の金属部に傷が付いているのを確認した後、リュナンは溜息を吐き出していた。


「さすが、ティターニアを破った力は伊達じゃないな。こんなに攻撃しまくってるのに、少しの隙を突いて反撃してくるとはね……。憧れの剣闘士が相手だからって、喜んでばかりじゃいられねぇ……!」


 リュナンのその呟きを聞いて、ロランは驚いていた。


「おっ――俺が、憧れの剣闘士?!」


 思わず叫んだロランを見て、リュナンは笑っていた。


「驚くほどの事でもないじゃないすか。前の大会を見て目標になったヤツなんて、ごまんと居る筈ですよ。何しろ、あなたの剣は――!」


 リュナンはグッと剣を持ち上げていた。


「太刀筋に迷いが無ぇ! 勝利に向かって、真っ直ぐに目標を定めて――切り込むッ!!」


 言うが否や、リュナンは再び切りかかってきた。


「その剣に憧れないわけが無ぇ!」


 ブンッと真っ直ぐに振るわれた重厚な剣撃を、ロランは剣で受け止めていた。


 ガキィン! という音と共に、体が後ろへと吹き飛んだ。


 それを追うようにして、リュナンが突っ込んできた。


「――さあ、いい加減に真剣勝負と行きましょうや!!」


 リュナンの剣が再び振るわれると同時に、ロランの足が地に着いた。


「……――やってやる!!」


 ロランはキッと目を鋭く細めると、体を小さく捻り、右側へと大剣を見送った。その切っ先の上に自らの剣を置くと、ジャッと走らせる。


(……二……――三!!)


「はあぁっ!!」


 がら空きになったリュナンの胴目掛けて、ブンッ! と大きく振るわれたロランの剣が、リュナンの身につけているスケイルアーマーをガリガリと切り裂いていく。

 振り切ったロランを目の前に、パックリと開いた自分の鎧を確かめた後、リュナンがニイッと笑った。


「……――残念。チェインメイルまでは届かなかったようで」


 呟かれたリュナンの言葉に、ロランは舌打ちしながらバックステップで距離を開けていた。


(やっぱり、動きながらの集中じゃ本当の力を発揮できないか……)


 再び構えの体勢を取るロランに対して、リュナンもまた剣を構え直していた。


「一つ――弱点を見つけました」


 おもむろにリュナンがそう宣言したので、ピクッとロランの眉が動いていた。

「それは――」と、リュナンがグッと剣を持ち上げた。


「鉄を斬る攻撃の後に限って、剣が完全に振り切られているから、あなたの得意なコントロールが生かされなくなっていること!」


 斬りかかって来たリュナンに対して、ロランもまた腰を落としていた。

 ブンッと横薙ぎに振るわれてきたそれを避けた後、ロランはすぐさま突っ込む。

 そうしながら、「奇遇だな!」と言っていた。


「俺もあんたの弱点を見つけたよ! それは――」


 ロランの剣が、ヒュッと大きな弧を描く。


「はあぁぁっ!!」


 気合の声と共に振り払われた剣を、リュナンは剣を振り払った体勢のまま、体を退いて避けていた。

 するとロランの剣が軌道を変えて、リュナンの体を追いかける。――と同時に。


「……てやぁ!!」


 ロランの振り上げた足が、ドゴッ! と鈍い音を立てながら、リュナンの胴に綺麗に嵌っていた。


「ぅおぉ?!」


 ごろごろと後ろへ転がるリュナンをそのままロランは追いかけていくと、ドンと足でリュナンの胸を強か踏み抜き、そのままスッと喉元に剣先を突き立てていた。


「――あんたは喋りすぎだ」


 ロランはそう言葉を括っていた。


「く、くく……」


 リュナンは剣を突き立てられたまま、笑い出していた。

 そしてしばらく笑った後、「……確かにその通りだ」と答えていた。


 そんなリュナンに、ロランは微笑みかけていた。


「これでチェック・メイトだな。とは言え、俺は無益な殺しはやらない主義なんだ。……降参しろ」


 するとリュナンは頷いた後、剣から手を離すと両手を上へ上げていた。


「ああ、わかりましたよ……アブソリュートさん。俺の降参です」


 次の瞬間。


『降参です――ホープバニッシャー、降参しました! よってこの勝負、アブソリュートソードの勝ちです! 勝者、アブソリュートソードのロラン・ノールドに決まりました!!』


 ワアァッと歓声が上がる中、ロランが剣を退けるとリュナンはゆっくり起き上がっていた。

 そんな彼を見て、ロランは剣を収めた後、肩を竦めていた。


「あんた、自分で自分の弱点を喋りすぎなんだよ」


「……俺の弱点?」


 目を丸くしたリュナンに、「そう」とロランは頷いていた。


「相手の弱点を喋るってことは、自分の狙い所を相手に明かすってことだろ? ――狙い所を狙っている途中っていうのは、ガードが空きやすいんだ」


「……――なるほど、確かに」


 リュナンは納得した様子で、大きく頷いていた。

 しかしすぐに笑顔になると、「でもまあ」と言ってロランに対して手を差し出してきた。


「これほど勉強になった試合は初めてです。良い勝負を、ありがとうございました!」


 そう言ったリュナンの手を、ロランは一瞬目を丸くして見つめたが。

 すぐに笑顔になると、ガッチリと握手を交わしていた。


「――こちらこそ。ありがとう、ホープバニッシャー」


 舞台の上で握手を交わす二人の剣闘士に向けられる、観衆からの歓声はいつまでも止まなかった。





 控え室から出てきたロランを出迎えたのは、イルヴァとクレハ、シャルロッタの三人だった。


「ローランっ!」と言って飛びつこうとしたクレハの翼を、イルヴァがぐいっと引っ張って止めたもので、クレハは「あう!」とつんのめっていた。


「なにするの、イルヴァ!」


 むっとした様子で振り向くクレハに対して、イルヴァが向けた表情はあからさまに怒っていた。


「ロランに飛びつこうとするからでしょ? 何回こういう事を繰り返したらわかるのよ……馬鹿クレハ!!」


「イルヴァ? 馬鹿は良くありませんね」


 にっこりシャルロッタに微笑みかけられ、「……ごめんなさい」と答えながら、イルヴァはパッとクレハの翼を離していた。


「それよりも、一回戦お疲れ様です、ロラン」


 シャルロッタはロランにそう話しかけた後、微笑んでいた。


「ああ、ありがとうシャルロッタ」


 ロランは笑顔でシャルロッタに対してお礼を言ったので、イルヴァとクレハは揃って不服そうな表情を浮かべるようになっていた。


「……私だって応援していたんですけど?」


 そう呟いたイルヴァに対して、「ああ、そうだね」と、ロランは慌てて頷いていた。


「そうだよそうだよ。シャルロッタだけ、ずるいよ」


 イルヴァに続いて何度も頷いたクレハに対しても、「あ、……ああ」と頷いた後、(……俺、なんでこんなに責められてるんだ?)とロランは疑問を覚えていた。

 でもまあ、二人に対しても礼を言うべきだろうと判断したため、ロランは改めて三人を見回した後、言っていた。


「イルヴァ、クレハ、シャルロッタ、三人とも、ありがとうな」


 すると三者三様、納得した様子で頷いた。


「今回のは特に名勝負だったね」と言ったのはクレハだった。

「そうね」と笑って頷いた後、イルヴァは深刻な面持ちを浮かべていた。


「……――まるでこの先の剣闘士の行く末を、象徴するようだった。きっとジュードが見せた戦いが、ジュードが勝った後に繋がる――そしてロランが見せた戦いが、ロランが勝った後に繋がる、これからの“剣闘士”なんだろうなって……そんな気がするのよ」


 イルヴァの言葉によって、他の三人は沈黙するようになった。


 やがて改まった様子で「――ロランは」と口を開いたのは、シャルロッタだった。

 シャルロッタはロランのことをじっと見ると、言っていた。


「今や文官省にとっても、無くてはならない剣闘士です。あなたの“王道”を――これからも貫いてください。決して、他の人に譲ってはなりません」


 シャルロッタの真剣な目に、ロランは一瞬戸惑ったものの、すぐにしっかりと頷いていた。


「――うん、わかったよ」


 そんなロランを見て、イルヴァは微笑んでいた。


「見ない間にロランは随分と自分の独善を進化させているように見えていたけれど……なるほど。シャルロッタはそうやって発破をかけているのね」


「……独善って」


 思わず苦笑いを浮かべたロランに、イルヴァはにっこり笑っていた。


「良いじゃない、独善で。独善でも、救われる人が居るのだから。少なくとも……――私はその独善で、随分と救われているのよ」


「確かにロランって、独善的だよね」


 そう言ってクレハも笑っていた。


「でも私は、そういうロランだからこそファンになったんだから。優しさを押し付けるような人だからこそ……ね。だから、貫いてもらわないと困るのは私も同感!」


「……みんな」


 ロランは思わず笑みをこぼしていた。


「ありがとうな。俺がここまで来れたのは、間違いなくみんなのお陰だよ。だから……――」


「そんな話は、後で良いのよ」


 イルヴァはポンとロランの背中を叩いていた。


「全て終わってから。ジュードの件が片付いてから。……そうでしょ? ロラン」


 イルヴァに微笑みかけられ、「――ああ」とロランは頷いていた。


「……さてと」と、ふいにクレハが大きく伸びをしていた。


「無事にロランも勝ち進んだことだし。次は私との戦いになるね、ロラン」


 クレハがにっこり笑って言った発言に――この場の三人は一瞬、固まった。そして。

「ええっ?!」と、声を重ねて驚いていた。


「何を驚いているの」


 クレハは戸惑っていた。


「順当に勝ち進めば当たるのは当然の事でしょ?」


 クレハの言葉に、イルヴァは納得していた。


「確かに……そうよね。そうだけど……」


 イルヴァの目線の先にはロランが居た。


「そうか。次はクレハと戦うのか」


 ロランはニコニコと嬉しそうに笑っていた。


「そういうことだよ」と言って、クレハは拳を差し出していた。


「お互い手加減は不要だから。全力で戦おうね、ロラン」


 クレハの言葉に、ロランもまた拳を差し出すと、こつんと打ち合わせていた。


「ああ、もちろん」


 そうやって、二人は闘志を確認し合っていた。


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