5.理想と現実・上
それは大きくて偉大な人。
蒼い髪をした逞しい壮年が、大きな手の平でくしゃりと少年の頭を撫でる。
「大きくなったな」
いつも彼は少年を見る度に、そんな風に笑って言う。
父は一年に一度くらいしか家に顔を出す事は無かった。
母はそんな父について、「お父さんはお仕事が忙しいのよ」といつも言っていた。
少年はその言葉を素直に信じていて、ただ、久しぶりに顔を出す父を見る時の母が、とても嬉しそうだったから。だから少年も父が帰ってくる日を嬉しく思った。
少年は父に一振りの木製の剣を差し出す。それは子供用の玩具でしかないが、父は笑って受け取ってくれる。
「お前も男だな。剣に興味があるのか」
「うん。僕、剣闘士になりたいんだ!」
目を輝かせて言う少年の姿を見たときの、父のその驚きに見開かれた眼。
その意味を感じ取れるほどに少年は大きくない。
「お父さんは、剣闘士なんでしょ? だから僕も剣闘士になりたい! お父さんみたいに、強くて優しい剣闘士になりたいんだ」
「……お前は」
父は破顔した。
「俺を優しいと思っているのか?」
父の質問に、少年は迷わず頷く。
「うん! だってお父さんは、いつも帰ってきたら僕と遊んでくれるでしょ?」
「……そうか」
父は手に持った玩具の剣を何度か軽く振るった後、頷いた。
「良いだろう、お前に剣を教えてやろう。男は強くあるべきだからな。しかし……お前は剣闘士向きではない。衛兵にでもなればどうなんだ?」
「僕は剣闘士になりたいんだ」
少年はニコニコと笑っていた。
「そうか」と父は頷いた。
馬鹿な子供だ。
そう、口が動いた。
幼い自分には何て言ったのかわからなかった。
でも今、今更になって、父の口の動きの意味がわかった。
「馬鹿な子供だ」
父は笑って、そう言っていた。
「…………」
ロランは黙り込んで、天上をぼんやりと見上げていた。
幼い日の事を、会わなくなって十年も経つ父の姿を、久しぶりに夢で見た。
きっとそれは、昨日イルヴァと戦ったせいかもしれない。
こうして久々に夢で見て今振り返ってみると、彼女の戦い方は――伝え聞いている父の剣闘士としての戦い方と、どこか似ているものを感じるのだ。
(だから俺はイルヴァにこれほど憧れるんだな)と、ロランは思っていた。
「それにしても……」
ロランはごろりと寝返りを打っていた。
「……わからない」
(なんで父は俺を馬鹿と言ったんだろう。何故俺を馬鹿と言いながら、剣を教えてくれたんだろう……)
結局父は、十年前から二度と家に帰ってきてくれなくなった。
それはきっと、いつまでも腑抜けで弱い自分に嫌気が差してしまったせいなのかもしれない。
(俺は……だから強い剣闘士になるんだ。そうすれば父は帰ってきてくれる)
ロランはしばらく考え込んでいたが、いつまでもこうしちゃいられないと思いなおすと、体を起こしていた。
ここは普段の自分ではとてもではないが泊まれないような、グレードの高い宿の個室だ。
そこの床でロランは寝たのだが、絨毯が敷いてあるため思いの他寝心地が良かった。
お陰で、のんびりと夢を見ていられるぐらいグッスリ眠れた。
「……しかしイルヴァには悪いことをしたな。結局、一泊世話になっちゃったもんな」
今日こそ奢られてばかりではいられないと思って、ロランは頷いていた。
まだイルヴァは眠っているのかな?と思ってベッドの方を見ると、誰も居なかった。
代わりに、そういえばさっきからシャワーを浴びるサーという音が聞こえる。
(朝風呂か。マメだな)と思っているうちに、シャワーの音が止んだ。
しばらくして、カーテンが開くとそこから出てきたのはイルヴァだった。
服は着ているが足は素足で、背中まで降ろされた髪がしっとりと濡れている。
イルヴァは床に座っているロランを見つけて、「あ」と呟いた。
「おはよう、ロラン」
そう言うイルヴァの表情は気まずそうだ。
「どうして床で寝てしまったの? ベッドで寝れば良かったのに」
「いや、キミの寝床が無くなるだろ?」
ロランは笑顔でそう答えたが、イルヴァは納得していない様子だった。
「十分に広いから二人で寝られるわよ。それともまさか、また気遣ったんじゃないでしょうね?」
イルヴァの指摘は図星だった。
だからロランは「はは……」と小さく笑っていた。
「あのねえ」と、イルヴァは溜息を付きながら、ロランと視線を合わせるためにしゃがんだ。
「昨日の事は、……その、私の失態。だからあなたは気遣わなくて良いの。むしろ気遣われると私の居場所が無くなるというか……居たたまれないのよ」
イルヴァの耳はぺたりと伏せられていた。
どうやらよほど落ち込んでいるらしい。
そんな彼女を励ますつもりで、ロランはあえて明るく笑い掛けていた。
「失態なんて思わなくて良い。仕方ないよ、むしろ仇に似てるヤツと平然と接しろって言うほうが無理があるだろうしな」
「仕方ないなんて逃げの言葉で片付けてはいけないのよ。これは私の努力と覚悟が足りなかっただけなのだから」
真剣な眼差しでそう言った後、イルヴァは立ち上がっていた。
「だから今日は、リベンジさせてほしいの。挽回のチャンスをちょうだい!」
「リベンジ……なあ」
ロランは腕組みをすると、じっとイルヴァのことを見ていた。
「ほ、ホントにこんな事するの……?」
躊躇いを見せるイルヴァに、ロランは頷いていた。
「ああ、もちろん」
「ほ、ホントのホントに……?」
「うん」
「で、でも……」
ロランは、そうやって怖気付くイルヴァをじれったく感じていた。
「これぐらい、簡単だろ?」
「か、簡単じゃないわよ……」
弱弱しく溜息をつくイルヴァに、ロランが握らせたもの。――それは、包丁だった。
ちょうど備え付けのキッチンがあって良かったとロランは思った。
何故なら、イルヴァに料理や家事といった事をしてもらえるからだ。
ロランはキッチンの調理台に並んだ食材を指差すと、「ほら」と言った。
「キチンと買ってきたんだぞ。人参に、タマネギに、ジャガイモに、サーモンに……あと、調味料はここに揃ってるみたいだし。俺、サーモンのクリーム煮が好きなんだ。頼めるよな、イルヴァ?」
にっこり笑うロランを見て、イルヴァは「……う」と呻っていた。
「ほ、ホントのホントに良いの……?」
恐る恐る確認を繰り返すイルヴァに、ロランはキョトンとしていた。
「良いのって……良いから頼んでるんだろ?」
「……あなたが、そこまで言うなら」
やっとイルヴァは意を決した様子で、キッチンに向き合っていた。
ロランはホッとして彼女から背を向ける。
さて、俺は武器でも磨きながら待っていようかなーなんて思いながら椅子を引いたロランの耳に、だんっ! という音が聞こえてくる。
だんっ! だんっ! だんっ!
……という、なまじ包丁を扱っているようには思えない、木を叩き付けるような重たい音。
(なんだ……?)
怪訝に思って振り返ると、そこではイルヴァが包丁を両手に構え、集中した様子で、すうっと息を吸う。そして。
だんっ! と、上段から振り下ろして人参を両断していた。
「??!!」
ロランはギョッとして絶句していた。
なんというか……まるで闘技場の試合を見ているかのような、殺伐とした空気がここまで漂ってくる。
いつもロランが実家で見ていた、キッチンに立つ母の背中とは随分と違う様相だ。
(だ、大丈夫なのか……?!)
ロランは不安を覚えながらも、イルヴァに口を出す気にはなれなかった。
……殺される。と、ロランは思った。
今の彼女の意識に少しでも触れれば、殺されてしまいそうな殺気をビンビンに感じる。
(……そっとしておこう)
ロランは椅子に深く腰掛けると、祈るように両手を組んでいた。
そして――およそ二時間後。
テーブルに並べられた料理は、えもいわれぬ様相を醸し出していた。
何をしたらこうなるのか、木の器に盛られているにも関わらず煮えたぎっているし、クリームスープなのに何故か泥のように濁った色をしている。
サーモンの頭部がスープから生えており、タマネギやジャガイモは皮のまま。その上、途方も無く生臭い匂いが辺りに充満している……。
「……う……」
ロランはごくりと息を飲んでいた。
(こ……これを今から食べるのか……?! 俺が……?!)
自問自答しながらイルヴァの方を見てみると、彼女は不安げな目をロランに向けていた。
だからロランは――意を決していた。
「い、いただきますッ!!」
ロランは叫んだ後、スープを一思いにスプーンの上にすくう。
そして目を硬く閉じると、勢いのまま口に放り込んでいた。――次の瞬間。
ブーッと盛大に吐き出していた。
「……やっぱり」
はあ。と息を吐き出すイルヴァをよそに、ロランは床の上に転がり落ちるとのた打ち回っていた。口の中を様々な刺激が行き交い、「水、水!」と悲鳴を上げる。
イルヴァはすぐに水を汲んでくると、「はい」とロランに手渡してくれた。
ロランは一気にそれを仰いだ後も何杯かおかわりを要求し、そうやってようやく落ち着いていた。
「な……なんなんだ、この悪魔的な料理は……!」
打ちひしがれたまま、あ然とするロランに、イルヴァは申し訳なさそうに耳をぺたんと垂れ下げていた。
「……私、料理が出来ないのよね。だから、ホントに良いの?って聞いたのに……」
早く言ってくれ!! と、ロランは全力で思っていた。
仕方なく、続いてロランが彼女に要求したこと。――それは掃除だった。
「まあ、どうもこの部屋は宿の人が清掃に入るみたいだけど……やっぱり奴隷の仕事といえば、掃除だよな。俺は少し散歩してくるから、後の事は任せたよ」
ロランの言葉に従って、イルヴァはせっせと清掃を行っていた。
そして戻ってきたロランが見たもの。――それは、あちこちが水浸しになり、物が散乱した部屋だった。
「……イルヴァ」
見る影も無く無残な部屋を目の当たりにして、ボソッと言うロランに、「……はい」とイルヴァは小声で返事をする。
「で、結局キミは……具体的に、何が出来るんだ?」
ロランが尋ねたことといえば、それだった。
イルヴァは顎に手を当て、しばらく熟考した後――やがてぎこちない笑みと共に返していた言葉は、これだった。
「えっと……よ、夜伽……?」
「それも出来ないじゃないかあぁッッ!!」
ロランは思わず叫んでいた。
「ご……ごめんなさい……」
イルヴァはしょんぼりとした様子で耳を伏せると、項垂れていた。
「はぁ……」
ロランは宿を出てすぐにある、ひさしの下のベンチに腰掛けて溜息をついていた。
外は昨日と一転して気持ち良いぐらいの快晴だったが、ロランの気持ちは憂鬱なものとなっていた。
「どうしたものかな……」
誰に言うでもなく呟く。
まさか彼女がここまで何も出来ない人だとは思わなかった。
舞台の上ではあんなに光り輝いているのに、さすがにプライベートまで卒なくこなせるわけではないらしい。
きっと彼女自身にその自覚があったから、昨日は初っ端からロランに体を差し出そうとしていたのだろう。
(後は何か頼めるような、当たり障りの無いものって……無いよなぁ……)
うーんとロランが頭を悩ませていると、ガチャリとドアが開いてイルヴァが出てきた。
「ロラン、お待たせ。別の部屋を借りてきたわよ。あの部屋は……宿の人が清掃するって。わざわざ個別で清掃する必要は無いって、念押しされてしまったわ」
イルヴァは肩を落としながらそう言った。
「そうか」とロランは頷いた後、「……さてと」と言って立ち上がっていた。
「じゃあ、荷物を置きなおしたら、そろそろ行こうか」
そう言ったロランに、イルヴァはキョトンとした目を向ける。
「行くって、どこへ?」
するとロランがにっこり笑って答えたのはこれだった。
「フリーマッチに行くんだよ。昨日でちょうど大会の期間が終わっただろ?となると、今日からフリーマッチの期間に入ったハズだからな」
「フリーマッチ?!」
イルヴァはギョッとしていた。
「頼むから、馬鹿なことを考えないでちょうだい! 一体なんでフリーマッチなんて行く必要があるのよ?!」
イルヴァは何やら苦々しげな表情を浮かべていたから、大げさに感じてロランはキョトンとしていた。
「なんでって、お金が無いんだよ。ただでさえ一泊世話になったのに、これ以上女の子にたかるわけにはいかないだろ?」
「たかるって。私はあなたのモノなのよ? つまり、私のお金もあなたのお金。そういう余計な遠慮なんて要らないのよ」
「遠慮じゃないよ。人の嫌がることはしちゃいけないんだぞ」
「あのねえ、ロラン」
イルヴァは溜息を付いていた。
「『脳の無い奴隷がやる事といったら金蔓ぐらいだ』くらいのセリフが言えないわけ?」
「……キミは俺に一体どんなキャラを求めているんだよ……」
思わずボソッと呟いたロランを見て、わかってない。とイルヴァは思った。
「そういう問題じゃないでしょう? いい加減、分からず屋よね。だから私がこんなに苦労するのよ。少しは模範的な剣闘士になったらどうなの?」
「……模範的、と言われてもだな」
釈然としない表情を浮かべるロランを、イルヴァは睨んでいた。
「なんだってそう、フニャッとした反応をするのよ。少しは強気に出ればどうなの? あなたって、剣闘士界の不良よね。ええそうよ、そうに違いない」
「俺は善良に生きているつもりなんだけどな」
「それがいけないの! 剣闘士というのは、もっと貪欲にならなくちゃ!」
イルヴァはギュッと拳を握り締めたが、やがて諦めた様子で首を横に振った。
「とは言え……もう良い。そろそろ何を言っても無駄な気がしてきたわ。あなたの好きにすれば良いわよ。どうせ私は、奴隷なのだから。あなたに従う」
はぁー……と、深い溜息を吐き出したイルヴァは思いの他素直だった。
だから少し悪いことをした気がしたものの、「助かるよ」とロランは笑っていた。
一旦借り直した部屋に行ってから、ロランはブリガンダイン《胴当て》とロングソードを身に付けて、その後改めて出発していた。
イルヴァは全身鎧を着てこなかった。髪は降ろしたまま。民族衣装のままで、草編みのサンダルだけ履いてロランの後ろを付いてきた。自分が戦うわけではないからだ。
イルヴァ曰く、無駄に鎧を着るのはマナの無駄遣いになるからしたくないらしい。
「んー……良い天気ね」
町を歩きながら、そう言って目を細めるイルヴァは、色白だし華奢だしで、どこからどう見ても剣闘士には見えない。
それは周りを歩く人も同様であるようで、誰もアイアン・ティターニアと気付かずに通り過ぎて行くようだ。
しかし昨日の出来事のせいで、ロランの方までも有名人になってしまったようだ。
「おっ、ラッキーソードがいるじゃないか!」
「ってことは……そっちのお嬢ちゃんがアイアン・ティターニアかよ?! おいおい! 奴隷になったら途端に女らしくなったじゃねえか!」
結局、ロランと一緒に居るという理由でイルヴァの正体にも気付かれてしまう。
町行く人に、冷やかされたり茶化されたりしながらも、しばらく無視を決め込んで歩いていたが、とうとうロランは本音を零していた。
「……そっとしておいてほしい」
ボソッと呟くロランに、同感と言いたげにイルヴァは頷いた。
「観客っていうのはなんでこう、馴れ馴れしいのかしらね。剣闘士にだってプライバシーがあるってことをわかっていないわ」
「……キミは普段からこんななのか?」
「私のせいじゃないわよ。私だってこんなにひどい直接的な野次は初めてよ」
「じゃあ、昨日の決闘のせいか」
「でしょうね。制度こそあれど本当に決闘をやる剣闘士なんて、稀の稀みたいだし。恰好の話題になるんじゃないかしら?」
イルヴァは投げやりな口調でそう答えていた。
馴れ馴れしい町人にうんざりしながらも、二人は闘技場に到着していた。
玄関ホールを抜けると、左手のドアが観客用、右手のドアが剣闘士用と別れている。
そして、それぞれのドアの傍らに受付のための一人掛けのテーブルが置いてあって、そこには職員が立っている。
片方は、観客が観戦料を支払うための。もう片方は、剣闘士がエントリーするための。
「じゃあ、行ってくるよ」
ロランはそう言って剣闘士用の受付へと真っ直ぐ歩いて行く。
「うん……」
イルヴァは素直に見送ったものの、内心では不安だった。
(大丈夫なのかしら……)と思っていたせいだ。
そんなイルヴァが見守る前で、ロランは受付へ行くと、職員に話し掛けていた。
「ルーキークラスのロラン・ノールドです。フリーマッチにエントリーしたいんですが、日程は開いてますか?」
礼儀正しさを感じさせる立ち振る舞いのロランに、イルヴァは眉をひそめていた。
(こんな場所でもこいつは剣闘士らしくないの?)
不満を覚えるイルヴァをよそに、職員はテーブルの上の帳簿をパラパラと捲ると、すぐにロランが昨日決闘をした人物であると気付いたようだ。
ペンを取ると、テーブルの上のエントリーシートを叩いた。
「ちょうど昼一番の日程が開いているから、ここに名前を書いてくれ。名前欄に、そこの奴隷の名前。備考欄に、あんたの名前だ」
「ん?」とロランは怪訝な面持ちを浮かべていた。
「いや。あの、エントリーするのは俺なんですけど……」
すると職員はロランの顔をまじまじ見た後、ハハハと笑った。
「何言ってるんだ。剣闘士競技ってのは、市民が奴隷同士を戦わせたことが起こりなんだぞ。中でもこの、野獣と戦うフリーマッチってのは、伝統中の伝統じゃないか。そこはやっぱり奴隷が出なきゃ、お客さんは黙っちゃいないぞ」
「……はあ」
ロランは目を丸くした後、イルヴァの方を振り返った。
そんなロランの元へ、腕組みしながらイルヴァが歩み寄ってきた。
「聞こえていたわよ。……まあ、予想通りの展開だったけど。で、どうするの。私が出ても良いけど? それとも、止めておく?」
「いや……」
ロランは考え込んだ様子になって視線を脇の方へ向けた。
そんなロランに、イルヴァが話を続けた。
「べつにわざわざ野獣と戦いたいわけではないわよね? なら、参加する意味は無いと私は思うわよ。さっきも言ったように、私のお金を使えば済むだけの話なのだから」
「うん……そうだな」
ロランは煮え切らない態度で返事を返した後、改めて職員の方へ振り返っていた。
「俺がエントリーします。俺が出てもダメってわけじゃありませんよね?」
ロランの言葉に、職員とイルヴァは両方ポカンとしていた。
「ちょ……ろ、ロラン? 話を聞いていたの?」
戸惑いを隠せないイルヴァに背中を向け、ロランはペンを取ると自分の名前を書き始める。
「良いだろ。俺は俺が出たいから参加するんだ。今と過去は違うんだから、きっと、お客さんだってわかってくれるよ」
書き終えるとロランは笑顔で職員に対して言っています。
「よろしくお願いします!」
「わ、わかったよ……」
職員は呆気に取られながらも、ロランの申し込みを受理していた。