41.勝者と敗者・下
(はあ……やっぱり負けてしまったわね)
イルヴァは控え室の中にある椅子に腰掛けながら、はーっと大きく息を吐き出していた。
さっきからずっと、ぼんやりと天井を見上げていた。
これで剣闘士は引退。二度と舞台に上がることができない。
そんな実感、未だに無かったけど、両足に取り付けたままになっているサバトンとガントレットの重厚な重みが、事実として訴えかけてくる。
「……重たい」
いい加減イルヴァは不快感に耐えかねて、ガシャガシャと残りの防具も全て外してしまった。
ガラリと控え室の床に転がすと、大きく手足を伸ばしていた。
「まあ……ほっといても、職員の人が片付けるでしょ……」
それから、やっと控え室から出ようとして立ち上がり、ドアノブに手を伸ばしたその時だった。
コンコン。と、ドアをノックする音がする。
イルヴァは驚いて手を引っ込めていた。
そんなイルヴァの目の前で、ドアがガチャリと音を立てて開いた。
そこに立っていたのはコロッセオに所属している、制服を身につけた男性職員だった。
「アイアン・ティターニア。いつまで居られるつもりですか。落ち着きましたら、一緒に来て頂きますよ。……或いは、治療士が必要ですか?」
職員は淡々としようと勤めながらも、イルヴァに対して、どこか申し訳なさそうな目を向けてきていた。
だからイルヴァは戸惑ったものの、大人しく頷いていた。
「……治療は必要無いわ」
「そうですか。……では、失礼致します。これも逃げ出さないようにとの、剣王様からの命令なので……」
職員はイルヴァの両手を取ると、ロープを括りつけていた。
(ああ……これで本当に)
イルヴァは表情を険しいものへと変えていた。
(――私の剣闘士は終わった。そして、私の人権も)
そんなもの、里生まれのエルフがブレイディア社会へ溶け込もうとした時点で端から無きに等しかったものの――さすがに最低限ぐらいはあったし、こんな風に縄で繋がれた事も無い。
まるで前時代の奴隷制度があった頃のような処置に、イルヴァは不快感を隠す事ができなかった。
「申し訳ありませんが、従ってもらいます」と、職員は頭を下げた後、イルヴァを引いて行った。
ロランが控え室から出ると――ぺこりと頭を下げてくる者の姿があった。
やがて頭を上げてにっこり笑ったのは、シャルロッタだ。
「お疲れ様です、ロラン。そして――ハイクラスへの昇格、おめでとうございます」
シャルロッタは微笑みながらそう言った。
「うん……ありがとう」
ロランもまた笑みを返していた。
「俺は、勝ったよ」
拳を握り締めたロランの表情は、達成感と喜びに満ち溢れていた。
そんな彼を見て、シャルロッタもまた満面の笑顔を浮かべるようになった。
「はい」
シャルロッタが頷いたその時だった。
「ロラーン!!」
そんな声が遠くから聞こえてきたので、ロランとシャルロッタは同時に声の方向へと目を向けていた。
廊下の先から血相を変えて走ってきたのは、クレハだった。
「クレハ」とロランは笑っていた。
久しぶりだな。と言おうとする前に、クレハが「大変だよ、ロラン!」と詰め寄ってくるようになる。
その迫ってくる相変わらずの巨大な胸に、ロランは赤面していた。
「な、なにがだよ?」
「イルヴァが!」
クレハがずいと前に差し出してきたのは、四辺が引き破った様子になっている張り紙だった。
そこには、『本日の副賞・元アイアン・ティターニアのイルヴァ、賞金と合わせての受け渡しとなりますので、ご用の方はコロッセオ褒賞窓口までお越しください』と書かれていた。
「…………」
それを見てロランは笑顔を消していた。
(父さんは……やっぱり本気だったんだな)
失望と落胆が入り混じった気持ちながらも、思いの他動揺はしていなかった。
ただ、やっぱり。と思ったのだ。やっぱり父は野蛮で粗暴な人物なのだと、確信した瞬間でもあった。
「ありがとう、クレハ」
ロランはクレハの手からその張り紙を受け取ると、足早に歩を進めるようになった。
「決勝戦は決闘のルールを適応、か。……よく言うよ」
ロランは険しい表情を浮かべていた。
(決闘なら強制期間さえ終われば再決闘でカタを付ける事だってできる。でも……――今のイルヴァは……!!)
彼女にはもう剣闘士としての力が残されていない。
つまりそれは、“永続的”を指しているのだ。
強制期間さえ超えたら自由になるための術がある。だから旧時代の奴隷制度とはワケが違う。そんな言い訳が今回に至っては、通用しないのだ。
ロランの後を追いかけながら、クレハは隣を歩くシャルロッタに話しかけていた。
「シャルロッタ! 文官の力でなんとかできないの? シャルロッタは、文官省の人なんでしょ?!」
「それはそうですが」と、シャルロッタは唇を噛んでいた。
「私はあくまで上からの指示で動いているだけの身なので……上の判断が無ければ、なんとも致しかねます。とは言え、剣闘士のあらゆる権限は剣王側に委ねられておりますので、上の指示があったところで何かできるとは思いません……。文官省管轄下の衛兵と、剣王管轄下の剣闘士とで権力が別れているのです」
そうは言いながらもシャルロッタは、何の手立ても持つことができない自分自身に歯噛みしている様子だった。
「剣王ってヤツ……最低だね」
クレハは吐き捨てるように呟いていた。
「ロランは本気で、あんなヤツの息子になんかなるつもり?」
クレハの質問に、ロランは答えなかった。
答える代わりに、聞き返していた。
「そんな事よりも、今はイルヴァだろ?」
「そうだけどっ……」
クレハはムッとしていた。
「……ねえロラン。ロランは変わらないよね? 以前と変わっていないよね? イルヴァに対しても……前と変わらないで居てくれるよね?」
クレハの質問に、ロランは沈黙していた。
イルヴァが職員の手によって連れて来られた先は、コロッセオのホールから入ってすぐ脇に位置している褒賞窓口のある個室だった。
その部屋は褒賞を受け渡すためのカウンターが設置されており、その奥には賞金などを管理するための部屋へと繋がるドアがある。ドアの横には武装警備員が立っている。
カウンターにもまた職員が居るが、そのすぐ横に――剣王マティアスその人が、ニヤニヤとした笑みを浮かべながら待っていた。
「ようやく来たか。敗者イルヴァ」
マティアスの歪んだ笑みを見て、イルヴァは反吐が出そうな気分になった。
確かに敗者だが、こいつにだけは言われたくない。と心底憎憎しく思ったせいだ。
「剣王ともあろう人が、私を嘲笑いにきたの? よっぽどの暇人なのね」
そう言って嘲笑を浮かべるイルヴァの姿に、マティアスは大笑いしていた。
「フッハハハ! ……口の減らない女だな! 俺の一番嫌いな人種だ!」
マティアスはイルヴァを睨みつけていた。
普通の人ならすくみ上がるような威圧感をマティアスは出している。証拠に、職員たちの間には緊張が走るようになっていた。
しかしイルヴァ当人はさして気にした様子もなく、フッと微笑していた。
「それは奇遇ね。私も、お前みたいな人種が一番嫌いなのよね」
「フン……貴様は、今の己の立場を理解していないようだな?」
マティアスはカウンターを飛び越えると、つかつかと真っ直ぐにイルヴァの目の前まで歩いてきた。
そして職員が持っていた縄を奪い取ると、グッとイルヴァの手を括りつけている縄を引っ張っていた。
「今の貴様にはもはや人権は存在していない。つまりこの俺様が公然と好きに扱っても、誰からも文句を言われないと言うわけだ」
マティアスの目は舐めるようにイルヴァのことを下から上までじっとりと見ていたから、イルヴァは怖気立っていた。
思わず後退りすると、マティアスを睨み付けていた。
「何を勝者面をしているの? 私に勝ったのはお前ではなく、ロラン・ノールドよ。お前には私を好きにする資格なんて無いわよ!」
「フッフフフ。ロラン・ノールドか」
マティアスは笑っていた。
「あいつは素直で良いヤツだな。俺の傀儡のように動いてくれる。きっと貴様だって、俺が差し出せと言えばあいつはその通りにするだろうさ。何しろ、腑抜けで、弱くて、……――芯の無い剣闘士だ」
それを聞いたイルヴァは、目を丸くしていた。
しかしすぐに微笑すると呟いていた。
「……見誤ったわね」
「なんだと?」
眉を潜めるマティアスに、イルヴァはハッキリと言ってやった。
「あの人はね、ロランは……――確かに他人の意見に左右してフラフラしているように見えるけれど、あれはあの人が善良であろうとしているからなのよ。ロランは、こと“善良さ”においては一本芯を貫いているのよ。お前がどれだけそれを歪めようとしたところで、それだけはロランは曲げられない!」
イルヴァの言葉に、マティアスはギリリと歯を噛んで拳を振り上げていた。
「貴様ぁ……どこまでもクソ生意気な女め……!!」
その時、ガチャリとドアが開いた。
そこからつかつかと入ってきたのは、シャルロッタとクレハとロランの三人だった。
「剣王」とシャルロッタは真っ直ぐにマティアスを見据えた。
「他者の私物に対して、何をなされるおつもりですか?」
その有無を言わさない言外の威圧に、マティアスはぐっと呻った後、ゆっくりと拳を降ろしていた。
「お堅い文官省め……」
溜息をついた後、マティアスはロランの方を振り向いていた。
そして笑みを浮かべると、ロランの頭に手を乗せていた。
「よくやったじゃないか、ロランよ。それでこそ俺の自慢の息子だ」
頭を撫でられながら、「……父さん」とロランは複雑そうな表情を垣間見せていた。
その暖かい大きな手こそがロランの待ち望んだものだった。その誇らしげな父の表情が、ロランに自信を取り戻させた。……――その筈だったのだ。
イルヴァやクレハやシャルロッタから視線を向けられながら……――ロランはやがてマティアスの手を振り払うと、一つ一つ、言葉を伝えていた。
「俺は……――イルヴァをあなたに差し出すつもりは無い。これは俺が勝ち取った、俺のモノですよ、父さん」
そう言ってからロランは、マティアスの手に握られていた縄を取っていた。
それがマティアスにとって、ロランの初めての反抗で。
「……フン」とマティアスは笑っていた。
「まさかアイアン・ティターニアに勝ったのは、お前一人だけの功労だとでも? 誰のお陰だと思っている? ……まあ良い。今は目障りなヤツがいるからな。こういう話は、ジュードの件が片付いた後、文官省が納得した後にでもしようではないか。父子水入らずで。……なあ、ロラン」
それからマティアスはロランたちの横を通り抜けると、ドアをくぐって立ち去るようになった。
マティアスの姿が見えなくなった後、一同が胸を撫で下ろすのがわかった。
「ふう……剣王とは、いつ見ても恐ろしい方です」
そう言ったのは職員のうち一人だった。
「それより、来られたのなら手続きをどうぞ」
職員に促される形で、ロランはカウンターへ行くとずっしりとした手応えを感じる賞金の小さな皮袋を受け取っていた。
恐る恐る覗き込んでみて、「……おお!」とロランは声を上げていた。
「金貨だ……金貨の山がある! こんなもの初めて見た……!」
「えっ。どれどれ、見せて!」
クレハが横からロランの袋を覗き込んできて、「おおー!」と声を上げている。
そんな小市民二人をよそに、イルヴァとシャルロッタは話し合っていた。
「これからなのですが、今後の事を相談するためにも、一度イルヴァには文官省会館に来て頂きますね」
シャルロッタが言い出したのはそれだったため、イルヴァはキョトンとしていた。
「ロランは文官省の方に居るの? ソードパレスだと思っていたのだけど」
「ええ、そうですね。どちらもソードパレス内であることには変わりありませんけれど……剣王に妙な事を吹き込まれても困るので、文官省側で監視させて頂いております」
「か、監視?! ……それは穏やかじゃないわね……」
イルヴァはあっ気に取られながらも、内心ホッとしていた。
気になっていたシャルロッタとロランの関係が、思った以上に事務的なものなのだと理解したからだ。
「ご安心ください」とシャルロッタはやんわりと微笑んだ。
「イルヴァに対しても悪質な対応が無いようにと、文官省が監視させて頂きますので」
「は、はあ」
やっぱり穏やかじゃないわね。と思いながら、イルヴァは苦笑いを浮かべていた。
「シャルロッタ。イルヴァの事は任せたよ!」
クレハに重ね重ね言われた後、シャルロッタとイルヴァとロランの三人はソードパレスへと向かうことにした。
職員に繋がれたイルヴァをそのまま手渡されたため、そのままロランは縄を引っ張って来たが……――コロッセオを出た辺りから後悔していた。
何しろ通行人の目線が痛い。
グサグサグサグサ。刺さってくる。
「ああ……こんな目線。懐かしいなあ……」
ボソボソと呟くロランの姿は、半ば意識が逃避を始めていることがわかる。
それでもイルヴァは苦笑いを浮かべるしかなかった。
「とは言え、進歩したわね。すぐに縄を解かない辺り、奴隷に対する“お約束”がわかってきたじゃない。前の契約の時に懲りたの? 確かロランってば、自分でフリーマッチに出て大ヒンシュク買ったわよね」
「それを言うな……それは俺も反省点だった。キミとの契約期間というのは、剣闘士ってのは、こうも周りに監視されているのかと痛感した出来事だったよ」
「でも、これからは私抜きでも注目されるでしょうけれどね」
そう言ってイルヴァは笑った。
「“アブソリュートソード”。様になる二つ名を付けてもらえて良かったじゃないの、ロラン」
「はは……」とロランは笑っていた。
そしてロランは思っていた。
(アブソリュートソードか。でも、次に舞台に立つ時には、剣王の息子としてになるんだよな……)
そう思ってロランは、笑みを消していた。
ソードパレスの文官省会館に着いた後、玄関ホールに入ると、シャルロッタはロランとイルヴァの二人に対してお辞儀をしていた。
「私は文官長への報告がありますので、いったん失礼させていただきますね。お二人は会館内でしたら自由に行動して頂いて構いませんが、外出は控えてください。あと、会議室と事務室への立ち入りも控えて頂きたいと……あ、詳しくはロランが知っていますよね。申し訳ありませんが、私の代わりにイルヴァに説明をお願いして宜しいですか?」
「うん、わかったよ」
ロランが頷くのを見て、シャルロッタは改めて頭を下げていた。
「ありがとうございます。では、よろしくお願いしますね」
そう言った後、シャルロッタは立ち去ってしまった。
ロランとイルヴァの二人は目を見合わせていた。
「とりあえず、説明の前に一度俺の部屋に行ってから、その縄を外そうか」
ロランの提案に、イルヴァは頷いていた。
「そうしてもらえると助かるわね」
「それじゃあ行こう」
ロランはイルヴァを促すと、歩いていた。
ロランに案内された部屋を見て、イルヴァは息を飲んでいた。
何しろ、ふかふかの広い高価なベッドに、毛足の長い絨毯に、高級そうなタンスやクローゼットや調度品が並んでいるのだから。
「……なにこの部屋。ちょっとしたスイートクラスじゃない。これは幾らなんでも贅沢すぎるわよ。贅沢は敵よ……!」
ぷるぷる震えるイルヴァに、ロランは苦笑を向けていた。
「なんでも、普段は来賓が滞在する用の客間なんだってさ。異国の貴族やら大臣やら、そういう人が泊まることを想定しているらしい」
そう話しながらロランはイルヴァに歩み寄ると、早速両手を縛り付けてある紐を解こうとして結び目を探していた。……が、ガッチリと固結びしてあって、取れる気配が無い。
「なんだこれ……取れない」
手こずっている様子のロランに、イルヴァは提案していた。
「だったら、刃物か何かで切れば良いんじゃないの?」
「刃物……か」
ロランが目を向けたのは、自身の腰に吊り下げてある魔剣だったから、イルヴァは慌てて首を大きく横に振っていた。
「それはさすがに! さすがに止めて! 幾らロランの剣が正確だからって、魔剣は気分的にかなり嫌なんだけど!」
「……む」
ロランは腰に伸ばそうとしていた手をピタリと止めていた。
「だったら、ナイフか何かが要るか……と言っても、鞄は預けてあるんだよな。しばらく待っていてくれ。文官の誰かに借りに行ってくるよ」
ロランはドアの方へ行こうとしたので、「待って」とイルヴァは引き止めていた。
「わざわざそんなことしなくても、ナイフなら私が持っているわよ」
「お、本当か?」
ロランが引き返すと、「はい」と言ってイルヴァが片膝を持ち上げた。
ワンピースのスリットから覗く白い太股を見て、ロランは思わず赤面すると固まっていた。
「……え?」
「ここに。付けてあるのだけど」
言いながら、イルヴァの顔が赤く染まっていく。
視線を背けるようになったイルヴァの顔と太股とをロランは交互に見比べていた。
「こ、ここにって。いやそれは、他人が触るにはかなり際どい場所じゃないかなーと……」
「わ、わかっているけれど。い、今の私は自分では取れないし……」
「……む」
ロランは改めてスリットから覗く白い太股に目を向けると、ごくりと息を飲んでいた。
そんなロランに、イルヴァは言っていた。
「そ、そう身構えるから気まずくなるのよ。普通にすれば良いの。ナイフを取るだけなのだから」
「確かに、そうだよな」
納得したため、ロランは意を決するとイルヴァに歩み寄って太股に手を伸ばしていた。
スリットから隙間に差し込んで手を這わせてみると、すべすべとしてそれでいて吸い付くような柔肌の感触が伝わってくる。
「……む」
ひどく真剣な表情になるロランを見て、イルヴァは呆れていた。
「む、じゃないから。もう少し上にベルトがあるのわかる? その、手前側」
「……あった」
ロランはイルヴァの指示に従ってナイフを見つけると、それをベルトから抜き取っていた。
「……もう見つけてしまった」
あからさまにガッカリした態度を取るロランに、イルヴァは苦笑いを浮かべていた。
「何もそこまでガッカリしなくても……。ロランって、そんなキャラだっけ? もう少し取り繕うとかしないの?」
「あのなイルヴァ、俺はな」
ロランはイルヴァの手を束縛している縄をナイフでガシガシと切りながら、力説していた。
「シャルロッタに言われて目覚めたんだよ。正しさを貫きたいなら、自分にも他人にも嘘を吐いてはいけないんだ。だから俺は決めた。もう誰に対しても嘘は付かない!」
「は、はあ」
イルヴァは困惑しながらも、ようやく自由になった手を撫でていた。
(シャルロッタは、ロランに一体何を吹き込んだのよ……?)なんて考えていた。
「――まあ、そういうことだからさ」
ロランは外し終えた縄をゴミ箱に捨てると、おもむろに振り返って両手を広げた。
「これでやっとキミは再び俺のモノになったということだ。だから……――今度こそ絶対に離さないよ。今度こそ、俺は実力で勝ち取った! 俺はやっとキミに相応しい人間になれたんだ。だから……絶対に、必ず」
ロランはギュッとイルヴァのことを抱き締めていた。
「約束通り、キミを守るよ」
(……ロラン)
イルヴァは目を見開いたものの、それも間もなくで、ロランの背中にその白くたおやかな両手を回していた。
そしてぎゅっと固く固く、抱き締め返していた。
「それ、ホントよね?」
そんな風にイルヴァに囁かれ、ロランは頷いていた。
「うん」
「守るって、ずっと守ってくれるってこと? これからずっと、一生?」
「……そうだよ」
ロランが答えると、イルヴァは破顔していた。
「もう二度と守れないなんて言い出したら、承知しないからね。約束してね。“私が死ぬまでの間”……ずっと私の傍に居てくれる……って」
イルヴァは手を伸ばすと、ロランの頬に触れていた。
そして目が合うと、どちらからともなく口付けを交わすのだった。