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38.誰が為、己が為・上

 朝も早くから、ジュードは苛々を募らせていた。

 むしゃくしゃとしながら、まだ人気の無いソードパレスの廊下を足早に歩いていた。


(何だって言うんだよ。あの、クソ親父……!!)


 ジュードが苛立っているには原因があった。それは、昨日行われた会話のせいである。


 やっと自宅へ帰宅したジュードは、真っ先に父親である剣王の元へ向かった。

 俺はこれだけ強くなったぜ! という事を示して、剣闘士の舞台に上がるための許可を得るためだ。

 しかし王の私室にて出迎えた父親は、愛用のソファに相変わらずどっしりと腰降ろしていたものの――眉間に険しいしわを作っていた。


「よくもヌケヌケとここへ戻ってきたな……愚か者のジュード……!」


 ジュードの顔を見るが否やマティアスが言ったのはそれだったから、ジュードは戸惑っていた。


「なっ……なんでそんなに怒ってるんだよ? 俺は親父に言われた通りに……――」


「俺はこんな事を言った覚えは無いぞ……貴様ッ、何を考えているんだッ!!」


 マティアスは割れんばかりの怒声を上げていた。


「精霊研究魔導士養成所を襲撃したんだって?! おかげで俺は文官省に睨まれるようになった!! 全ては貴様のせいだぞ、ジュードッ!!」


「ッ……――!!」


 ジュードはびっくりして目を見開いていた。

 少しの間黙り込んでしまったものの、慌てて言い返していた。


「しかし、親父! 親父がこの剣をくれた時、俺に言ったじゃないか! “弱者が俺の息子を名乗られても困る。剣闘士として表舞台に立つ前に、お前は強くなれ。”って! だから俺は、親父の言いつけ通りに国中を回って、この剣に力を与え続けた!」


「確かにな、俺はそう言ったさ。だがな!!」


 マティアスは拳を振り上げた後、ドンと乱暴にソファを叩いていた。


「誰が魔導士養成所まで壊して良いと言った!! 俺が貴様に許してやったのは、エルフ共の隠れ里までだ!! あそこは文官省の管轄でない上に、エルフ共が持つ良質な魔力マナが手に入るからだ。それなのに、俺の言いつけを破りやがって!!」


「そんなメンドクセェ事、いつまでもできるわけがないだろ?!」


 とうとうジュードは苛立ちを隠せなくなって言い返していた。


「ブレイディア王国の地図に無いエルフ共の隠れ里を見つけるのに、どれだけ手間が掛かると思ってんだよ!!」


「だからこの俺が文官省を説き伏せて、知っている隠れ里の位置を二、三箇所は出させただろう!! 俺の親心を踏み躙りやがって!!」


 マティアスのその言葉は、(冗談言いやがって)とジュードに思わせたから、思わずハッと鼻で笑っていた。


「なにが親心だよっ! 俺はわかってんだぜ? 親父だってホントは参加したかったのが、文官に睨まれるから、代わりに俺にこんな剣を持たせたんだろ? 本当は他の魔剣でも良かったはずだぜ。俺は強いからな。でも親父はあえて精霊喰いを俺に持たせたんだ。魔力マナを喰らえば喰らうほど強くなるこの剣をな! でもそれはただの理由作りであって、本当はエルフ狩りを間接的にでも満喫することで、日ごろの鬱憤を晴らしたかったんだろ?」


 可笑しそうな目をジュードに向けられ、マティアスはやっとニイッと口の端を持ち上げていた。


「フン……そこまで知っていて、魔導士養成所に手を出すのが愚かしいと言っているんだ!!」


 マティアスは口元こそは笑みを浮かべていたものの、目が笑っていない。今もジュードを睨みつけている。つまり、ジュードを許したわけではなかったのだ。

 いつもならここで笑い声を上げて終わりになる筈なのに、尚も口調を和らげる様子を見せない父親に、ジュードは戸惑いを覚えていた。


 その時だった。


「ロランっ!」という声が、ドア越しに聞こえたため、驚いてジュードとマティアスは同時に沈黙していた。


 やがてジュードはドアの方をゆっくりと振り返る。


「……なんだ? ロランとは誰だ? どこぞの召使が立ち聞きか?」


 ジュードの言葉に、マティアスはクツクツと笑っていた。

 再び振り向いてきたジュードの前で、マティアスはしばらくの間笑っていたから、ジュードは戸惑うしかなかった。


「な、なんだ……?」


「ロラン・ノールドのことを……貴様には紹介していなかったな」


 マティアスはニヤニヤとした笑みを浮かべていた。今度こそ笑っていたのだ。

 だからジュードはホッとして、マティアスの事を見ていた。


「な、なんだよ。新しい召使でも雇ったのか?」


「フフ。馬鹿な子だ」


 マティアスは笑いながらジュードを指差していた。


「既に俺の手元には居るんだよ。貴様の代わりになりそうな、可愛い息子がな」


「なッ……――?!」


 あっ気に取られるジュードに、マティアスは教えてやった。


「貴様はもう要らん。俺の足を引っ張るようなドラ息子など、俺には不要だ。それよりも、あいつは……ロランは良いぞ。何しろ現剣闘士最強と言われている、アイアン・ティターニアを決闘で打ち負かした経験がある上に、剣術の筋が良い。素直で聞き分けも良い。よく俺の言うことを聞いてくれる。お前と違ってな、ジュード」


「な、何を言っているんだよ……親父……?」


 ジュードは思わず後退していた。足元がぐらつくような感覚を覚えるジュードに対して、マティアスは尚も笑みを向けてくるのだ。


「貴様のことは俺にソックリで気に入っていたがな。やっぱり“蛮勇”は二人も要らなかったな。お陰で、今や俺の立場は風前の灯だ。文官省はな、お前を処分しろと言っている。だから俺は決めた。お前を処分して、代わりになる新しい息子を迎え入れれば良い」


 饒舌に話すマティアスの言葉をジュードは理解しきることが出来なかった。


(……俺を処分、だと?)


「……親父は俺が、要らないと言うのか?」


 やがて搾り出すように問い掛けられた疑問に、マティアスは頷いた。


「それ以外に何がある? 貴様のような無能は、俺の息子に相応しくない」


 マティアスはどこまでも笑っていた。口元を持ち上げて、歪な笑いをジュードに向け続けていた……。


(お、親父が……ッ)


 ジュードはいつの間にか、ハァハァと呼吸を荒げていた。

 がく然とした表情を向けてくるジュードの姿を見て、見苦しい。とマティアスは思った。


「俺をここまで追い詰めておいて……何も無いと思うなよ。ジュードめ。しかしな、チャンスをくれてやらんわけでもないぞ?」


「…………」


 無言でマティアスに目を向けるジュードは、子供のそれだった。

 親に見捨てられないように、必死に縋るような。そんな眼差しを受けながら、マティアスは悠々と足を組んでいた。


「このまま上手く行けば、俺の新しい息子がお前の処刑人になるだろう。だから、舞台で迎え撃て。もし貴様が勝った場合……――俺は貴様を許してやろうじゃないか。なあ、俺の可愛い息子よ?」


「俺が……この俺が」


 ジュードはごくりと息を飲むと、険しい表情を浮かべながら呻っていた。


「俺だけが剣王の息子なんだ……クソッたれめ……!」


「……フン」とマティアスは笑っていた。


「良いか? ジュード。剣王の息子に弱者は要らないんだ。貴様もこの権力が欲しければな、快適な暮らしが欲しければな、俺の期待に答えてくれよ? “蛮勇の子”ジュード」


「……言われるまでもない」


 ジュードは拳を握り締めると、マティアスにそう答えていた。

 それから、部屋を立ち去っていた。



 それ以来ジュードはずっと苛々としていた。


(何故、俺がこんな目に)


 そんなことすら考えていた。

 こうなったら、そのロランとやらに直接会って文句の一つでも言ってやらなければ気が済まない。


 そこでジュードは通りすがりの召使を捕まえて、ロランとやらが、この広いソードパレスのどこに居るのかを聞き出して、訪ねに行くことにしたのだ。

 ロランの滞在場所がソードパレスの本宮殿ではなく、副宮殿である文官省会館内にある客間だと聞いた時は驚いたが……。


(わかったぞ。文官省の回し者ってやつか。だから親父は、ロラン・ノールドを拒めずにいるんだな)


 ジュードはそう解釈して、文官省会館の前までやって来ていた。

 とはいえ、ここは文官の管轄であるため、ジュードと言えど易々と立ち入れる場所ではない。


(所詮、この国の王族はクソッタレな文官共の人形でしかない……)


 ジュードの苛立ちは益々募っていた。

 ジュードは、『関係者以外立ち入り禁止』と書いてある札の掛かった扉を、躊躇いもせずに問答無用で開けていた。


「おいっ、ロラン! ここにロラン・ノールドは居るか?!」


 会館内のホールに向かって大声で叫んだジュードの目の前に立ち塞がったのは、二人の文官省所属の衛兵だった。


「困ります、ジュード様」と衛兵の片方が言った。


「幾ら剣王の御子息と言えど、こちらへの立ち入りを易々と許すわけには参りません。この行為は、“王族の政治不干渉”に関する憲章違反として見なされてしまいますよ」


 そう、もう片方の衛兵も言った。

 二人は穏やかな態度だったが、それ以上の強硬をジュードに決して許さない様子だ。


「チッ……」


 ジュードは足を引いたが、代わりに二人の衛兵を怒鳴りつけていた。


「文官省は王族からの政治的干渉を拒むくせに、王族は文官省からの政治的干渉を受けさせられるってのか! こんな不公平があってたまるかよ!! 傲慢ながり勉共め!!」


 捨て台詞のように吐き捨ててから、会館を後にしていた。


「クソッ、クソッ、クソッ……!!」


 結局、ジュードは行き場の無い怒りを抱え込むしかなくなっていた。

 こんな時はソードパレスに引き篭もっていても何も良いことは無いのだ。

 何しろここは文官省の目があって、多少の事でも咎められてしまう。例えば、好みの女を召使の中に見つけて自分の寝室に呼び出すことすら文官省は許してくれない。万が一にでも見つかってしまえば、後で、父親からこっぴどくどやされるのだ。


「こんな退屈な場所に居てられるかよ……」


 ジュードはすぐに王の私室のすぐ傍にある、自室へと戻ることに決めた。

 再び旅支度をした後で首都から出発するつもりなのだ。


(規定の日にさえここに居れば、親父は文句は言わないだろ……。ロラン・ノールドのやつ! 絶対に、絶対にこの俺が殺してやるからな……! 剣王の息子の威信を掛けて!!)


 ジュードは怒りに眼を燃やしながら、まだ顔も知らない“偽者の兄弟”に対する闘志を燃やしていた。





 その頃、ロランは闘技場コロッセオに足を運んでいた。


(……――とうとうここまで来たんだ)


 ロランは朝方の日差しを浴びているコロッセオの扉の前で足を止め、聳え立つそれをじっと見上げていた。


(今日、俺は準決勝を戦う。そして勝てば……――)


「……イルヴァと戦うんだな」


 ボソッとロランは呟いていた。

 すると後ろに控えるように立っていたシャルロッタが、こくんと頷いていた。


「そうですね。順調に行けば、明日」


「……うん。俺は絶対に勝ち進まなければならない。そうじゃなければ、イルヴァは……他の誰かのモノになってしまいかねないから」


「ロランなら勝てますよ」とシャルロッタが言った。


「だって、あなたは強いですから。それに、勝てると考えたからこそ、剣王だってこんな形にしたはずです」


「……それはきっと、違うと思うよ」


 ロランは首を横に振った後、苦笑を浮かべていた。


「本当は父さんは元々、俺をこの大会で壊したかったんだと思う。俺が敗退すればジュードを制裁できない言い訳が出来るし……勝てば勝ったで、父さんにとって気に食わなかったイルヴァを壊すことができる。この大会は最初から、どちらに転んでも父さんにとってプラスになるように仕組まれていたんだよ」


「……ですが、ロラン」


 シャルロッタは困惑の色を浮かべていた。

 それは、そこまで狡猾な人間が世の中に居るなんて、シャルロッタは思いもよらなかったせいだった。

 そんな彼女の方を振り返ると、「シャルロッタは良い人だな」とロランは笑っていた。


「剣闘士はさ。勝ち進もうと思ったら、狡猾でないといけないんだよ。多かれ少なかれさ、騙したり騙されたり……そういう事をやる必要があるんだ。だから父さんだって剣王である以上、狡猾に決まっているんだ」


「それに」とロランは続けていた。


「父さんは知っていた筈なんだ。剣王だから、剣闘士のことは良く知っていたはずだ。そんな父さんだからこそ、この事も知っていたはずだ。“イルヴァは負けた相手を決して生かしてはおかない剣闘士だ”って」


「……だから父さんは、きっと俺を殺すつもりで居たんだよ」そんな風に話すロランは、笑顔を浮かべていたものの、どこか寂しそうな表情をしていた。


「……ロラン」


 シャルロッタはロランに同情の念を抱いていた。

 ただ、哀れな親子関係だと思ったのだ。父性の無い父親と、そんな父親の父性を信じ続けていた子供。


 全てを悟りきった彼は、救われない自分自身を察してなのか、寂しげな目をするようになっていた。けれど本当は……違うのだ。彼は“最初から”ずっと寂しい人間だった。


「シャルロッタ。同情しなくて良いよ」


 そう言ってロランは首を横に振っていた。


「本当は最初からわかっていたんだ。俺自身を救えるのは、俺自身しか居ない。けれど、俺は……――信じていたかったんだろうな。いつか俺を救い出してくれる誰かが、現れてくれることを。そしてその希望が――きっと俺にとっては、イルヴァだったんだ」


 ロランは突き抜けるように青い空を仰いでいた。


「……だってイルヴァは、俺が抱いていた父さんのイメージのように……強くて、輝いていて……理想だった。夢だった」


「だからこそ」と言って、ロランはぎゅっと拳を握り締めていた。


「イルヴァを超えなければいけない。それは彼女を打ちのめすことになるかもしれないけれど……俺だって。いつまでも理想を追いかける子供のままじゃ居られない」


 ロランは頑なな目をしていた。

 だからシャルロッタは微笑むと、ゆっくりと頷いていた。


「あなたなら……きっと出来ますよ、ロラン」


「うん、ありがとう」


 そう言ってロランは笑っていた。


「今の父さんはもしかしたら、本気で俺に期待を掛けているのかもしれない。俺は父さんの期待に答えられているんだろうな。でも、もう、そんな事は関係無いんだ」


 ロランは再びコロッセオの方へと振り返っていた。


「ここから先は……――俺は俺の為に戦うよ」


 そう言ってから、ロランはコロッセオの扉を押し開けていた。


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