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36.選び取る道・中

 そして更に二日が経ち――


『お待たせ致しました!! 本日のソードマンズ・ヴィクター杯、開幕です!!』


 ワアーッという歓声が会場を包み込む。


 ひしめき合う観客の遥か頭上を、クレハは翼を使って飛んでいた。

 そして額に手を添えながら辺りを見渡した後、「――お」と呟いていた。

 すうっとクレハが降りていった先は、後方半ばの席。シャルロッタが座っている場所だった。


「シャルロッタも来てたんだ?」


 クレハが声を掛けると、「あ」とシャルロッタは笑顔を向けるようになった。


「クレハさん。ここ、座りますか?」


 シャルロッタは横に詰めてくれたので、「ありがと」と答えた後、遠慮なくクレハは座っていた。


「シャルロッタはずっと観戦してるの?」


 おもむろにクレハが聞いてきたため、シャルロッタは首を傾げた後、やんわりと微笑みながら答えていた。


「私が見ているのは、ロランの出る試合だけです。ロランのお目付け役なので、ずっと見張っているように文官省から言われているんです」


「……文官省様の目から見て、ロランは操りやすい?」


 嫌味っぽくクレハは聞いたが、シャルロッタは相変わらず穏やかな態度を崩さなかった。


「そうですね。ロランは……真面目な方ですから。今のところ、期待を裏切るような事はしていません。正直な所、見張り役なんて不要なのではないかと私は考えているのですが……。言ったところで、文官省はそれを容認してくれないのです」


 シャルロッタは困ったように微笑んだため、クレハは肩透かしを食らった気分になっていた。


「あんたってさあ……」


「……?」


 シャルロッタが首を傾げた、その時だった。


『さて――本日の一戦目に参りましょう! まずは東の剣闘士の入場です!』


 審査人の声と共に、格子門が跳ね上がった。そこから姿を現したのは、軽鉄製のブリガンダイン《胴当て》とゴルケット《喉当て》を身に付けているロランだった。


「あ。ロランが来ましたよ」


 両手を合わせて無邪気にニコニコしているシャルロッタを見て、クレハは苦笑を浮かべていた。


「……そうみたいだね」


『東の剣闘士は――ミドルクラス、ラッキーソードのロラン・ノールド! ミドルクラスとは思えない実力でここまで勝ち上がってきた! 彼の剣に斬れないものはありません! 堂々の優勝候補者です!』


『そして――』と審査人が続けるうちに、西側の格子門が口をあけた。

 そこから姿を現したのは、リュカオン族の男だった。


『西の剣闘士は――ハイクラス、ライトニングヒッターのウィンドル! 彼の攻撃に“停滞”という言葉は無い! ハイクラスのスタミナとスピードが合わさったからこそ生まれるその妙技! 彼の動きを止められた者はいまだ存在しません!』


 黒い毛並みを持つその獣人は、布の衣服の上から革製の胸当てとブーツを身につけただけのラフな格好だ。リュカオン族は自慢の機敏な動きを妨げる原因になる重武装を好んでいないからだ。彼は腰の左右にダガーを吊り下げており、両方の柄を握り締めるとニヤッとした笑みをロランへ向けた。


『両者――構え!』


その声と共にロランは腰の剣を引き抜くと、正中線上に構える。

 片や、ウィンドルもまた左右の剣を引き抜いていた。二本一組になっているツインダガーを前後へと構えると、腰を低く落とすようになる。


『――始め!』


 そんな審査人の声と鐘の音が響くと同時に、ウィンドルは動いた。

 まるで反復横跳びのような動きで左右へとジグザグに動きながら、ロランに迫ってきたのだ。一人でありながら、左右から追い詰めてくるような動きに、ロランはじりっと後退していた。


「スピードタイプ……」


 クレハは目を細くすぼめていた。


「私の推測が正しければ、こういうのってロランは苦手そうなんだけど。シャルロッタはどう思う?」


 クレハの疑問に、シャルロッタはすんなりと答えた。


「同感です。今のロランがザンテツを使おうと思えば、集中時間が二秒ほど必要になるのです。その二秒を与えてくれる相手でないと、武装を両断するのは難しいでしょうね……」


「……ちょっと。シャルロッタ?」


 余りにすんなりすぎる答えを聞いたせいで、クレハはギョッとしていた。


「何をアッサリとロランのザンテツの秘密について答えてくれちゃってるの? 普通、そういう事は弱点になりうるから、他の剣闘士に話しちゃいけないよ?」


「え……そうなんですか?!」


 慌てて口を抑えたシャルロッタを見て、(……この人、天然?)とクレハは感付いていた。そもそも、前々から態度がおかしいと思っていたのだ。あからさまな敵意を向けてくる相手に対しても、無邪気に穏やかな態度で対応しているし。

 クレハの場合、にこやかに対応するのは“計算”だが、シャルロッタの場合その計算の部分が見つからないのだ。余りにも無防備すぎるというか。


(多分、良い人は良い人なんだろうね……)


 クレハは溜息を付いていた。


「ホントは試合の様子を見て推測して割り出そうと持ってたんだけど……」


 クレハはじっとシャルロッタに目を向けていた。


「この際、シャルロッタからでも良いや。ロランの魔剣って、どういう効果があるの?」


 クレハは真正面から疑問をぶつけていた。

 するとシャルロッタは口を抑えたまま、首を左右に振っていた。


「い、言えません」


「チッ……」


(ウッカリ話しちゃダメなんて言わなかったら良かったよ……。さすがに学習するか……こうなっちゃうと)


 クレハは内心、さっきの自分のうかつな発言を後悔していた。


 その時、客席からオオッというどよめきの声が上がったから、クレハとシャルロッタの二人は、慌てて舞台へと視線を戻していた。

 そこではロランを壁際まで追い詰めたウィンドルが、攻撃を仕掛けているところだった。


「シャッ!!」という声と共に、ウィンドルは右から左からダガーを繰り出す。


 ロランは険しい表情を浮かべながらも、それをなんとか剣を使って、カンッ、カン!と受け止めていた。


(攻撃そのものは軽いが、ダメージを受けるのはまずいよな……)


 ロランは苦虫を噛み潰した表情を浮かべていた。

 斬鉄の技は手に入れたものの、まだハイクラスのスピードに付いて行けないせいだ。


「シャァッ!」


 ヒュッ! とまた横から振るわれたダガーが、ロランの顔を捉えた。

 斜めに振り下ろされた剣の軌道が、ロランの額から頬までを切り裂いたのだ。

 幸いにも咄嗟に身を引いたおかげで、切り傷は浅いものだった。

 しかし、ロランはそのまま後ろへと倒れこんでしまった。


 好機だと見なしたウィンドルが、その尖った口元に笑みを浮かべるようになる。


「フヒヒッ……!」


 ウィンドルは腰を低く落とすと、「シャァ!」という声と共に跳びかかってきた。


(このままじゃ、俺はッ……!!)


 いちかばちか、ロランは剣を大きく振るっていた。

 ガキィン! という大きな音がして、ウィンドルが高らかに飛び上がった。

 ひゅんひゅんと空中で曲芸士のように体を回転させながら、ウィンドルは地面へと着地する。


(そうか……! こいつは!)


 ロランは急いで起き上がると、低い姿勢で剣を構えながらウィンドルを睨んでいた。


「フウッ……!」


 ウィンドルは改めてツインダガーを構えながら、再びあのジグザグな動きでロランへと迫ってきた。


 そこでロランは剣を構えると、「はぁっ!!」という気合の声と共に、渾身の力を篭めてでダガー目掛けて打ち込んだ。そこには、次の攻撃に対する準備など存在しない。


「グッ……?!」


 ガキィン! と再び大きな金属の弾ける音がし、火花を散らしながらウィンドルは後退していた。


(やっぱり、そうだな)


 ロランはウィンドルの方を真っ直ぐ見据えると、剣を構えていた。


「雨のような攻撃に、反撃を二の次にしてつい身をかわす方向に行きがちだが、そうしてはならない……」


 ロランはギッとウィンドルを睨み付けていた。


「全力で穿ちに行くッ!!」


 ロランは叫ぶと、「はあぁっ!!」という気迫の声を上げながら、ウィンドルの懐に一気に飛び込んで剣を振り下ろしていた。


「大降りの攻撃が当たると思うなッ!!」


 ウィンドルは再び腰を落とすと、横へと跳躍する!


 が、ロランの剣は振り下ろされている途中で軌道を変えてウィンドルを追い掛けてきたのだ。そう――それはロランが得意とする、太刀筋の操縦だった。


「なっ――?!」


 その奇怪な動きをする剣に驚きながらも、ウィンドルは慌てて両手のダガーをクロスさせて防御行動を取っていた。――が。


 ガチィンッ!!


 大きな音が響き渡ると共に、ウィンドルの手からツインダガーは離れ、くるくると回転しながら空高く吹き飛んでいったのだ。


「ガ……!」


 今の衝撃で、ウィンドルの足がズルズルと二メートルほど後ろへと下がっていった。

 何とか踏み止まったものの、ウィンドルは両手をぶらりと降ろした状態でロランを睨み付けていた。


「チッ、生意気なミドルクラスめ……!」


 ウィンドルの目が怒りに燃えている。

 どうやら両手が痺れてしまっている様子だ。


「キミの弱点がわかったよ」


 そう言いながらロランは、改めて剣を構え直していた。


「それは――力が弱いこと。早く動く事ばかりに特化した結果生まれた、弱点だ」


「そして――この試合で」と言いながら、ロランはすっと腰を落としていた。


「キミは敗退する!!」


 ロランは一気にウィンドル目掛けて跳躍していた!


 ウィンドルは慌ててダガーを拾おうと左右に目をやったが、距離が離れている。

 仕方なく、徒手で対処することに決めて構え直していた。

 ロランが振り下ろしてきた剣の軌道からわずかに身をかわすと、そのまま顔目掛けて一直線に右ストレートを打ち込んだ!


 ボグッ! という鈍い音と共に、ロランの体が吹き飛んだ。

 と共に、ブシュッ。と、伸びきったウィンドルの右腕の脇下から血が飛び散る。

 ロランの剣がウィンドルの脇下を通ったのだ。


「ガァッ……!!」


 ウィンドルはぶらりと垂れ下がった腕を庇いながら、ごろごろと転がって行くロランを睨み付けていた。


「こ、この野郎……!!」


 ウィンドルが視線を向ける先で、ロランがよろよろと立ち上がっていた。

 プッと口の中にたまった血を吐き捨てると、再び剣を構え直していた。

 ウィンドルの力が強ければ決定打になったはずだ。しかしロランを一撃で倒すには、ウィンドルの力は足りなかったのだ。


「く、クソが……!」


 ウィンドルは唯一動く左腕の拳を握り締めると、果敢にもロランへと跳び掛かっていた。

 ロランはウィンドルの動きをじっと見据えると――スッとわずかに身を捻ってウィンドルの攻撃から身をかわした後。


「ハッ!!」


 切り上げるように、ウィンドルの左側の脇を切り付けていた。


「グアァッ……!!」


 ウィンドルは左腕の脇からも血をだくだくと流しながら、なんとか踏み止まることはできたものの……足をぶるぶると震わせていた。


「ハァッ、ハァ……!!」


 ガバッと振り返ったウィンドルの目は、ロランを睨んでいたが……そこには恐れが宿っていた。


(コイツが……アイアン・ティターニアを負かした事のある剣闘士かよッ……――)


「規格外なヤツめ……」


 呟いたウィンドルの方へとロランは切っ先をゆっくりと向けていた。


「さて……――そろそろチェック・メイトだな」


 ロランのその言葉を聞いて、ウィンドルはふっと笑っていた。

 そして自らの震えている足に目を向けた後、項垂れていた。


「……ああ、そのようだ。降参する」


 次の瞬間、ドッと歓声が巻き起こった。


『ライトニングヒッター、降参です!! よって勝者は――ラッキーソード! ラッキーソードのロラン・ノールドです!!』


 審査人の声が響き渡る中、いつまでも歓声は鳴り止まなかった。

 ロランは剣を鞘に戻した後、グッと拳を突き上げてみせると、そのままフラフラとした足取りで自ら舞台を引き上げて行く。


「ロラン……!」


 沸き立つ客席の中、シャルロッタはガバッと立ち上がると、そのまま走って行ってしまった。

 そんなシャルロッタを見送った後、クレハは複雑な気持ちを抱えながらも目を細めていた。


「私が教えた剣を、ロランはまだ覚えていてくれたんだ……」


(すっかり剣王と文官の駒になり下がったと思っていたのに……ロランは……あいつは……)


 クレハはぎゅっと拳を握り締めていた。


「あれがロランの意志でもあるんだね……」


 クレハは溜息をつくと、席を立っていた。


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