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34.食い違う信念・下

 そして、瞬く間に月が変わる頃になった。


 その日の首都はいつも以上に、いっそうの賑わいを見せていた。

 それもそのはず。今日は、剣王主催の大会『ソードマンズ・ヴィクター杯』が始まるからだ。


『さて――始まりました!! 剣王主催・ソードマンズ・ヴィクター杯!』


 審査人の声に、ワーッと会場が歓声に包まれる。

 今回の大会は剣王主催という事もあって、他の大会では殆ど見られないクラス無制限マッチとなっている。ハイクラス、ミドルクラス、ルーキークラス、無関係に戦うことのできるこの大会は、その他の大会以上の刺激を齎してくれるが故に、多くの人が観戦に集まっていた。

 しかし実際には、観戦に来た観衆たちの目的は、それ以外にも存在していた。


『本戦にはアイアン・ティターニアの参加が確定しています! ここに集まった剣闘士たちは皆、この女王の牙を穿ちに来た挑戦者チャレンジャーなのです! ここに集まった皆様もアイアン・ティターニアの負ける様が見たくてたまらない筈だ! さて、皆様の期待に答えてくれる猛者は本戦に現れてくれるのでしょうか?!』


 再び沸き立つ客席の様子に、同じく客席の中に紛れていたイルヴァは、怖気が走る思いだった。


「勝手に他人の名前を使って客寄せするなんて……。剣王ってヤツは、どれだけ悪趣味なのよ?!」


 こんな場所でもイルヴァが観衆に紛れていられるのは、鎧を身につけていないが故である。鎧を身につけずに髪を降ろすとイルヴァの印象は随分と変わるから、誰も彼女の存在に気付かないのだ。


「大体、なんなのこの大会は! エントリーする前からエントリー済みとか、頭おかしいんじゃないの?!」


 そんな大会に誘ってきたロランは、どうかしているとイルヴァは心底思っていた。

 ブツブツと言うイルヴァを、「まあまあ」と窘めたのはクレハだった。


「剣王主催の大会は変なルールが多いらしいからね。バトルロワイヤル式じゃないだけマシって思わなくちゃ」


 腕組みをしてイルヴァの隣でうんうん頷くクレハの方を、イルヴァは振り返っていた。


「って……なんでここに居るのよ?!」


 するとクレハはにこにこした笑顔をイルヴァに向けた。


「あれ、覚えてないの? 前に言ってたじゃない。私も首都に行くって」


「……そういえばそうだったわね……」


 むっとした表情のまま黙り込みそうになるものの、慌ててイルヴァはクレハに言っていた。


「で、でも、だからって、なんでこんな場所に……」


「こんな面白そうなイベント、私が見逃すと思う? まあ……イルヴァに殺されたくないから、エントリーはしなかったけど。無鉄砲な剣闘士が意外と集まったって聞いて、正直驚いてるくらいだよ」


 からからと笑うクレハに、イルヴァは今度こそ黙りこんでいた。


(面白そうって、他人事だと思って……)


 そんな風に考えているイルヴァに、反対側から話しかけてくる人が居た。


「お二人は仲良しなんですね」


 にこにこしながらイルヴァを見るのは、シャルロッタだった。

「シャルロッタ?!」とイルヴァはギョッとしていた。


「お久しぶりですね、イルヴァ」


 シャルロッタは丁寧に頭を下げてきたから、イルヴァは拍子抜けしていた。


「な……なんでこんな所に居るのよ? 魔導士って、剣闘士とは一番縁遠い職業のイメージなんだけど?」


「そうかもしれませんね」とシャルロッタは微笑んだ。

「実際、コロッセオに足を運ぶのは初めてです。でも、どうしても見てみたくて」


 シャルロッタが不安げな面持ちに変わって、視線を向ける先には舞台があった。


「……シャルロッタ……あなたは」


 イルヴァは開きかけた口を閉ざしていた。

 聞きたい事が山ほどあったけれど、今は沈黙して舞台へと目を向けていた。

『それでは、初めは主催者である剣王からの挨拶です!』と、審査人が言ったからだ。


 剣王は剣闘士が入場する格子門をくぐって姿を現した。

 貴族用の礼服を身に纏っている、日に焼けた体格の良い肉体、蒼い髪に、錆色の瞳の初老のその男を見た時、イルヴァは険しい表情を浮かべていた。


(あれが……剣王。ジュードの父親……!)


 口元を歪めて笑うなり、「諸君!!」と言ったマティアスは、ロラン以上にジュードの父親であることに深く納得できるような、容姿と雰囲気を持っていた。


「これほど大勢の見届け人が居てくれる試合が執り行えること、真に光栄だ!」


 そう言うなり、マティアスはバッと両手を広げていた。


「俺はこの崇高な舞台を愛しているが……一つ、気に食わん事がある! それは、アイアン・ティターニアの存在だ!!」


 マティアスは拳を握り締めると、高らかに叫んだ。


「あいつはエルフだ!! しかもエルフの女だ!! そんなモノが至高とうたわれる現状は許されざるものである!! 何故なら剣闘士の高みというのは、屈強たる男のモノだからだ!! 女は底辺で這い蹲っていれば良いのだ!」


 イルヴァはぎゅっと膝の上で拳を握り締めていた。


「あいつ……!」


 歯を食い縛るイルヴァをよそに、マティアスは更に言う。


「今、コロッセオ文化は変革の兆しを見せている!! 何故か?! アイアン・ティターニアのせいだ!! 強く野蛮な男たちの原始的な舞台に、女を立ち入らせる余地がある今の状況は、真に嘆かわしい限りだ!!」

「だからこそッ!!」と、マティアスは拳を振り上げた。


「滅ぼすべきだ!! 剣闘士の舞台を、在るべき姿へ戻す為にな! なあッ、聞いているだろう! この会場のどこかで、俺の言葉を聞いているだろう、アイアン・ティターニア!!」


 マティアスの声は確かにイルヴァに届き、同時にイルヴァに沸々とした怒りの感情を湧き起こらせていた。


「……聞いているわよ」


 ぼそっと言うが否や、イルヴァは立ち上がると、だん! と手すりに手の平を叩きつけていた。


「聞こえているわよッ、このクソ剣王!!」


 イルヴァが叫ぶと、観衆の視線が一気に彼女の方へ集まった。

 マティアスはイルヴァの姿を確認すると、ニイッと笑った。


「これは貴様への宣戦布告だ」


 マティアスはゆっくりとイルヴァを指差し、宣言していた。


「貴様は余地無く滅び去るべきなのだ。よって!!」


 マティアスはイルヴァにニヤついた笑みを向けたまま、言った。


「ここに俺の権限を持ってして、特別なルールを制定する!!」


 ――来た。と、その時誰もが思っただろう。

 剣王主催の大会というのは、剣王が独自のルールを制定する事が許されている、剣王のための大会なのだ。

 剣闘士憲章への抵触さえ無ければ、如何なるルールであっても許される。

 だからこそ、どれだけ野蛮なものにしようとも、或いはどれだけ洗練されたものにしようとも、剣王の自由なのだ。


 しかし彼の場合――剣王マティアスの場合、後者はまずありえないだろう。


「アイアン・ティターニア!!」と、マティアスはイルヴァを呼んだ。

「この者と戦う事のできる者は、決勝戦まで勝ち進んだ猛者に限ることにする! そして――」


 マティアスは続けた。


「アイアン・ティターニアを見事に打ち破った剣闘士には、ハイクラス優勝と同程度の賞金の他に、アイアン・ティターニアの全権限を譲渡する!!」


「……――?!」


 イルヴァは息を飲んでいた。


「い、イルヴァ……」


 クレハが動揺した目をイルヴァに向けてくるようになる。

 滅茶苦茶だ。と思った。


「な、なにを勝手に……!!」


 イルヴァは無性に腹立たしくなっていた。


「決勝戦に、決闘と同じルールを適応するということ?! 無茶苦茶なことを言わないで!! だっ、誰がそんな条件を飲むものですかッ!!」


 思わず叫んだイルヴァに、マティアスはニイッと笑った。


「……飲む、だと? 貴様に拒否権は無いぞ、アイアン・ティターニア!!」


 それからマティアスは笑い声を上げていた。大声で笑いながら、言ったのだ。


「これが剣王だ!! これが俺の力だ!! ブレイディアの剣闘士になるという事は、そういう事なのだぞ!!」


 それから、ハハハハハという笑い声を浴びせられ、イルヴァは悔しさの余りにギリッと手すりを握っていた。


「さすがジュードの父親だけあるわね……胸糞悪すぎるんだけど?」


「嫌ならば負けなければ良いではないか。――貴様は、最強の剣闘士なのだろう?」


 ニヤッと笑うマティアスに、腹立たしく思いながらも――(なるほど、そういう事)とイルヴァは思っていた。


「勝った者の意志こそが尊重され、負けた者の意志は消えて無くなるだけ……。それが剣闘士の世界……! 良いわよ!! つまり、私を世間に認めさせたければ、勝てば良いということでしょう?!」


 イルヴァはマティアスを鋭く睨み付けていた。


「その通りだ」と、マティアスは笑った。


「――だが。果たして勝てるかな? 俺は知っているぞ、貴様の弱点を。ハッキリ言って、決勝戦までは余興にしか過ぎぬのだ。貴様を穿つことのできる可能性は、俺の手の中に在る」


 グッとマティアスが強く握り締めた拳を突き出していた。


「……――」


 イルヴァは言葉を失くしていた。

 マティアスの言う可能性が誰の事なのか、すぐにわかったからだ。


(……ロラン)と、イルヴァは考えた。


(本当に、良いの? こんな男に乗せられて。あなたは……あなたの純粋な気持ちは、父親を(かた)るこの男に利用されているのよ……!)


 マティアスはニヤニヤとした笑みを浮かべていたが、やがて、イルヴァから背を向けていた。


「……以上、健闘を祈る」


 それだけ言い残すと、マティアスは舞台の上を立ち去った。


『以上――剣王からの挨拶でした!』



 審査人の声を、ロランは控え室の中で聞いていた。

 格子門へ続く廊下へ出るための薄い扉に、背を凭れ掛からせながら、ロランは今しがたの剣王とイルヴァのやり取りを聞いていた。


(……父さん。どういうことだよ……!)


 ロランはぎゅっと腰に吊り下げている慣れない剣の柄を握っていた。

 黒塗りの鞘に収められた、黒塗りの柄は、ロングソードと全く異なる様相をしている。

 その恐ろしい雰囲気を纏った剣を触りながら、ロランは憤りを感じていた。


(ここまでするなんて聞いていない!! 俺はただ、イルヴァに勝ちたかっただけであって……!! 剣闘士を辞めさせる事も、イルヴァの為になると思っていたから……!!)


 ロランはギリリ。と奥歯を噛み締めていた。


「……父さんの考えるモノが、こんな大会だったと知っていれば、俺は……。これじゃあ、イルヴァを踏みにじるだけじゃないか……」


 ロランは悔しくて悔しくてたまらなかった。

 こんな事に力を貸す事になってしまった自分と、今の今まで、マティアスの真意に気付かなかった自分自身に。


(シャルロッタは……こうなる事を知っていたんだろうか? 知っていて、俺に、協力してほしいと……)


 ロランは誰も彼もが信用できない気持ちになっていた。

 そもそもが彼にとって、一番ショックだったのは父の演説そのものだった。


(父さんは……強くて優しい剣闘士じゃなかったんだろうか……)


 ロランは失望と共に項垂れ、溜息をついたが……。


『それでは、両者――入場です!!』


 そんな審査人の声を聞いて、柄を握る手をすっと離していた。


(もう後戻りはできない。だって俺は、イルヴァが他の誰かのモノになるのを、指をくわえて見ていられるのか?)


「……――否」


 顔を前に上げると、扉を押し開き、足を踏み出した。


「やるしかないだろ……。やって……用意された舞台で、最善を尽くすんだ……!」


 ロランは真っ直ぐに歩み出ていた。





 イルヴァが久しぶりに舞台で見たロランの姿は、見慣れないものだった。


 これまでの装備とは全く異なっており、黄味掛かった色を帯びた軽鉄けいてつ製のブリガンダイン《胴当て》とゴルケット《喉当て》を身につけ、ブーツだって先端を金属でカバーしたものに変わっていたからだ。


『東の剣闘士は――ミドルクラス、ラッキーソードのロラン・ノールド! アイアン・ティターニアとの戦歴は一勝一敗! 過去に女王を負かした経験を持つ、唯一の剣闘士です! 此度こたびもその剣は《奇跡》を巻き起こすのでしょうか?! ミドルクラスという階級をも覆す潜在力を秘めた剣闘士です!!』


 ワーッという歓声を浴びながら、ロランは真っ直ぐに同じように舞台へと上がってきた対戦相手を見据えていた。


『西の剣闘士は――ハイクラス、アイアンフォートレス《鉄の要塞》のダンダルシア・グラスケット! その鉄壁は難攻不落! 誰にも破られたことの無い剣闘士です! アイアン・ティターニアと同じ、不敗の名を冠する“要塞”が今、奇跡の前に立ち塞がる!』


 ロランを真正面から睨んできた剣闘士は、三メートルのオーガ族だった。ただしこれまでのオーガ族と異なる所がある。それは、ただでさえ鋼の肉体を持っているに関わらず、その上から更にフルプレートアーマー《全身鎧》を身につけていることだ。

 腰の左右にはそれぞれ、メイスとハンドアックスが吊り下げられている。

 ダンダルシアは険しい表情を浮かべながら、ロランを見下ろしていた。


「……ロラン」


 心配そうに見るシャルロッタの姿に、イルヴァは不快感を覚えていた。


「……やっぱり、シャルロッタなのよね? ロランを……この場に引っ張り出したのは」


「イルヴァ、私は……」


 シャルロッタは困惑した目をイルヴァに向けた後、懺悔するように話していた。


「我々文官は“利用”する気でいたのです。剣王の権力を、あの父子の制裁のために。ですが一筋縄では行かなかったようです。剣王がこんなことを仕出かすなんて。そのために私が付き添っていたのに……ロランに相談も無く、こんな事をするなんて……!」


「あいつは野生と暴虐の化身よ」と、イルヴァは言っていた。


「あんな暴君が、何もしないワケが無いじゃない! あなたたち文官は、一体剣闘士の何を見ているの?!」


 イルヴァはシャルロッタを睨んだものの、しゅんとした彼女の表情を見て、首を横に振っていた。


「……何も見ていないわよね。わかっている。文官と剣闘士はかけ離れた存在だもの。剣闘士が何を考えているかなんて、あなたたちには理解できない事の筈よ」


「……イルヴァ。こうなってしまった以上、私たちには干渉する事ができません。万が一誰かに負けることがあれば、あなたは奴隷に身を貶めてしまいます。ですから、全てが済み次第、出来る事なら亡命のお手伝いくらいなら……」


 シャルロッタの真剣な眼差しは、イルヴァにとってこの上なく不快だった。


「何を言っているのよ」と一蹴した後、言っていた。


「置かれた立場から逃げ出すことはね、剣闘士の名折れなのよ! 単純な事よ。この世界はね……勝てばそれで良いのよ。負ければ、それまでだったというだけ」


「イルヴァ……ですが!」


 シャルロッタはイルヴァを思わず睨んだが、それを止めたのはクレハだった。


「シャルロッタ。あんた達が決めた事でしょう? イルヴァを国外に逃がして楽になれるのは、あんたたちだけなんだよ」


「そ、そんなつもりは……」


「そんなつもりだったかどうかは関係無いよ。してしまった事は仕方ないけれど、代わりにキチンとその目で最後まで見なよ。この大会の行く末を。それがあんたにできる唯一のコトだよ、シャルロッタ」


 クレハに言われ、シャルロッタは息を飲んだ。

 そうして再び、舞台へと目を向けたのだ。


『両者――構え!!』


 審査人の声と共に、まず最初に武器を構えたのはダンダルシアである。

 ガントレットで覆われた両手で、無骨なメイスとハンドアックスの柄をそれぞれ握り締めると、腰を落として構えを取る。


 それを見てから、ロランはすらりと腰の剣を引き抜いて正中線上に構えていた。

 それはぼうっと青白い輝きを放つ、漆黒の色に塗られた片刃の直剣だった。

 それこそが、ジュードが持つ魔剣《精霊喰い》の兄弟であるという魔剣――《精霊穿ち》。

 不気味ながらも幻想的な輝きを放つその剣が、ロランの新しい相棒だった。


「あれは――あの剣はッ……――!」


 ジュードの持っていたものと瓜二つのシルエットを持つその剣の姿に、イルヴァは息を飲んでいた。

 手が震えているイルヴァに、静かにシャルロッタが答えた。


「……――精霊穿ち。あれこそが唯一、ジュードに太刀打ちできる剣です」


「…………」


「あの剣を手に入れるために……ロランはあそこに立っているのです、イルヴァ」


「…………」


 イルヴァは黙り込むようになっていた。


『――始め!!』


 審査人の声と共に、鐘を打つ音がした。

 ダンダルシアは両手の武器を振り上げると、「うらぁっ!」と声を上げて一気にロランへと飛び掛っていた。


「フッ……!」


 ロランは細く息を吐き出すと、横薙ぎに振りまわれたメイス、続いてアックスと、最低限の動きでかわして行く。

 ダンダルシアは続けざま、武器を振るい続けてきた。

 ロランはそれを着実に避けながら体をダンダルシアへと引き寄せると、ヒュッと剣を振るっていた。


 ガキッ!


 ロランが脇の下目掛けて正確に振るった剣は、ダンダルシアの身につけていた鎧に弾かれてしまった。


「急所狙いが効かない……?!」


 クレハはギョッとしていた。

 それに対して、イルヴァは客席に深々と背を凭れかけさせると、腕組みをしていた。


「直接戦ったことは無いけれど、ダンダルシアの名前なら私も知っているわ。オーガ族のただでさえ少ない弱点を全て鎧で覆い隠しているのよ、アイツは。だから力で勝てない以上、アイツを破ることはできない。ダンダルシアはきっと、力自慢の筋肉馬鹿ばかりのオーガ族の中でも、頭が働く方なのよ」


「それじゃあ、ロランの戦術じゃ滅茶苦茶相性が悪いじゃないの!」


 焦りの表情を見せるクレハを見て、シャルロッタは微笑んでいた。


「ロランのことを気に掛けてくださっているのですか?」


「…………!」


 慌てて口を噤むクレハに、シャルロッタはホッと胸を撫で下ろしていた。


「前はガッカリしたと仰られていましたけれど、嫌いにはなっていなかったのですね。良かったです。私のせいでロランが嫌われたかと思うと、心苦しかったから……」


「確かに私はロランを嫌ってはいないけどね、許したつもりは無いからね。それより、随分と余裕そうじゃない? ロランが心配にならないの?」


 クレハの質問にもシャルロッタは微笑を崩さなかった。


「大丈夫ですよ、彼なら」


 そう言ってシャルロッタは舞台の方を指差して、「ほら」と言った。


 そこではロランが、バックステップで距離を開けている所だった。

 そうやってある程度距離を取った後、目を閉ざすなり、息を吸って吐いてと深呼吸を繰り返すようになった。


「試合中に目を閉じるだと……?」


 ダンダルシアはロランのその行為に不快感を覚えていた。


「舐めやがって!!」


 ダンダルシアは再び構え直すと、ロランに飛び掛っていた。


「フンっ!」


 気合の声と共に、二つの武器を振り上げ、ロランの頭上へと渾身の一撃を叩き込む!

 その瞬間、ロランの目が開いた。


 ロランは腰を落とすと、迫り来るダンダルシアの懐へと一気に飛び込んでいた。

 そして剣をその胴体目掛けて、迷い無く振り払った。


「はあぁっ!!」


 ロランの気合が篭められた声が、空気を震わせる。


「なっ……!! 馬鹿っ、避けなさいよっ、そんな場所じゃ……!!」


 イルヴァは思わず席から立ち上がっていた。

 敵の攻撃のど真ん中に飛び込んで行って剣を振るうロランの行動が、とてつもなく無鉄砲にしか見えなかったからだ。

 しかし次の瞬間、ダンダルシアの武器がスパッと真っ二つに分かたれる。


「なっ――あ……?!」


 驚愕に目を見開いたまま、ダンダルシアはガクンと膝をついていた。

 ガランゴロンという武器が転がり落ちる音と共に、ダンダルシアの胴体からぶしゅっと血飛沫が吹き出ていた。

 それを顔に浴びながら、ロランは剣を振り払った姿勢を保ち、じっと真っ直ぐダンダルシアを見据えていた。


「……――斬鉄の太刀」


 あっ気に取られた表情で、クレハが呟いた。


「がはっ、はぁっ……!!」


 そのまま地面へと伏せたダンダルシアにロランは真っ直ぐ剣を向けていた。

 そして静かに言ったのだ。


「チェック・メイトだ」


「ああ……そうみたいだな。チッ……大した太刀筋じゃねぇか」


 ダンダルシアは小さく笑うと、腹を抑えながら、頷いていた。


「……降参する」


『――降参です!! アイアンフォートレス、降参しました! よって勝者は、ラッキーソード! ラッキーソードのロラン・ノールドです!』


 ワアァァッ!! と会場を歓声が包み込んだ。


 それは誰がどう見ても、堂々の完勝だった。

 何の小細工も要らない、真正面からの勝利。力で勝った証。


「完成させたんだね……あの剣技を」


 ほうけた表情を浮かべ、クレハは溜息をこぼしていた。

 シャルロッタは大きく頷いていた。


「剣王は荒くれ者ですが――腕だけは確かなのです。そしてその指導を直接受けるようになって以来、ロランの腕はめきめきと上達しています」


 それからシャルロッタはイルヴァの方へ目を向けていた。


「これでわかりましたよね? ロランが何故、あそこに立つ必要があるのかということを」


「腹立たしいけれど……――」


 イルヴァはぎゅっと膝の上に拳を作ると、険しい表情を浮かべていた。


「強くなったわね……ロランは。恐ろしいぐらいに、強いじゃないの……」


「……イルヴァ」


 クレハは不安げな面持ちでイルヴァのことを見ていた。


「絶対に負けちゃダメだよ。この大会……イルヴァは必ず勝たなくちゃ」


 クレハは真剣な目をしてじっとイルヴァを見ていたから、イルヴァはむしろたじろいでいた。


「なっ――なんでクレハに心配されなくちゃいけないのよ?」


「私はね、イルヴァの誰でも彼でも殺す乱暴な姿勢は気に食わないけれど、それでもこんな苛めみたいな大会はもっと気に食わないんだよ。剣王の思う壺なんて、腹が立つと思わない?」


「それは同感だけど」と、イルヴァは溜息をついていた。


(でも……――今回は、さすがに自信が無いかも)


 その言葉は、イルヴァは口に出さなかった。


 ロランのあの鎧ごと斬り伏せる技は、イルヴァにとっても脅威として映っていた。

 それと同時に、実感してしまったのだ。


(ロランは本気で、私を負かせるつもりなんだ……)


 その恐ろしい事実を現実のモノとして認識してしまって、イルヴァは震える手をぎゅっと握り締めていた。


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