32.未熟な心・下
マティアスとの話が終わってから、ロランはシャルロッタに言われた通り、文官省の会館に足を運んでいた。
『関係者以外の立ち入りを禁ず』と書かれた札が掛かった扉を恐る恐る開くと、館内に足を踏み入れた。
傍らに衛兵が立っていて、既に話を聞いていたようで、ロランの姿を見るなり「ロラン・ノールドだな」と声を掛けてきた。
「シャルロッタ様と、文官長様がお待ちだ。ついてきたまえ」
衛兵に先導される形で、ロランは奥へと歩いて行った。
廊下を抜けた先にはドアが幾つも並んでおり、その中の一つで衛兵は立ち止まるようになった。
「ここだ」と言われたため、ロランはドアに手を伸ばすとガチャリと開いていた。
その先は本棚が立ち並ぶ書斎のようで、中央には大きなテーブルと、それを取り囲むようにして何脚もの椅子がずらずらと並んでいる。
その中の一つに文官長のアスラが座っており、その傍らにはシャルロッタが立っていた。
「あ、ロラン」と、シャルロッタはロランの姿を見つけるが否や笑顔を見せるようになった。
「話は終わったのですね」
歩み寄ってきたロランにシャルロッタが話しかけてきたので、「ああ」とロランは頷いていた。
「……何を話しましたか?」
ふいに真剣な表情になってシャルロッタが尋ねてきたのは、それだった。
「…………」
ロランは沈黙していた。
「文官省からあれだけの事を言われたのです。剣王はきっと、あなたに重大な話をしましたよね。だって、あなたは……――剣王の御子息ですから」
シャルロッタの穏やかな物言いに、ロランはギョッとして目を見開いていた。
「しゃ、シャルロッタ。キミは――」
どうして知ってるんだ?! という表情を浮かべたロランに、シャルロッタの代わりにアスラが教えてくれた。
「あの剣王の遊び癖というのは、昔から文官省の悩みの種でね。どこかにキミのような者が居るだろうと、みんな思っていた事だ」
そう言ったアスラは、さっきマティアスに見せていた厳しい態度からは予想できないような、おっとりとした物腰だった。
「それで……どういう話になったのかね?」
アスラに改めて尋ねられたから、ロランは頷くと、説明することに決めた。
シャルロッタの方に目を向けると、決意に満ちた面持ちで言ったのだ。
「俺は……イルヴァを倒すよ」
彼が言い出したのはそれだったため、シャルロッタは目を見開いていた。
「……?! ど、どういうことですか? ロラン」
「父さんに言われたんだ。剣をやるから、それでイルヴァを剣闘士の座から引き摺り下ろせって。それが出来たら……俺は息子になれるんだ。あの人の“本当の息子”にしてもらえる。剣王の息子としてジュードを殺す“権利”を、俺は――父さんから貰った」
ロランの目に迷いは無かった。
シャルロッタは溜息をつくと、アスラの方へ目を向けていた。
「……文官長」
「うむ。一筋縄では行かない相手だろうとは思っていたが……。やはり、素直には動いてくれんか」
「それが剣王が示した代償というなら……。ロランは、どうしたいですか?」
シャルロッタの目が真っ直ぐにロランに向けられた。
ロランはしばらくの間躊躇ったようにして黙り込んでいたが……。
やがて素直な心情を吐露していたのだ。
「俺は……勝ちたい。イルヴァに今度こそ実力で勝ちたいんだ。それが彼女の剣闘士を終わらせることに繋がることはわかっている! わかっているんだけど……“勝てるかもしれない”と思うと、心が打ち震える。これがきっと……“剣闘士”なんだな」
そう。ロランの心はあろうことか、熱く打ち震えていたのだ。
父さんに認められる。そして、高嶺の花だった筈のイルヴァを超えられる。
二つの誘惑が、ロランの心を掴んで話さないのだ。
「……剣王はキミを利用するつもりだろう。良いのか? それでも」
確認するようにアスラが質問を投げ掛けてきた。
「…………」
ロランは俯いていた。
利用なんかじゃない。と言いたかったが、言えない自分も居たからだ。
(……それでも良いんだ)
ロランはそう考えていた。
(きっとこれが……俺の望むことだから)
ロランはゆっくりと頷いていた。
「……構いません」
ロランの言葉を聞いて、シャルロッタは戸惑いを覚えていた。
「ほ……本当に良いのですか? だって、あなたは……イルヴァを大切にしていると思っていたのに……」
「……うん。そのつもりだよ」
ロランが頷くと、「だったら!」とシャルロッタが語気を強めた。
「だったら何故……?」
「それが父さんに言われた条件だからからだよ」
ロランはそう言いながらも、どこか後ろめたそうに視線を逸らしていた。
そうしながらも、「……それに」と、続けていた。
「キミは以前イルヴァに言ったよな? 本当なら、もっとエルフらしく生きられた筈だって。父さんがくれる剣には、その“可能性”があるんだ。イルヴァを元通りのエルフらしいエルフに戻してやれる可能性がある。大体、キミだって反対なんじゃないのか? イルヴァみたいな“子供”が剣闘士の舞台に上がることは」
ロランの目が真っ直ぐにシャルロッタを映す。
それは言い訳じみた言葉だった。
ロランがイルヴァを子供と表現することに違和感を覚えながらも、結局、「……そうですね」と頷いていた。
「確かに……あなたの仰るとおりです。イルヴァにその道があるのなら、そうしてあげた方がイルヴァのためになるかもしれません」
それからしばらく沈黙した後、「……わかりました」とシャルロッタは頷いていた。
「この先のジュードの処置は、あなたに任せます。元よりイルヴァにジュードは倒すことができませんでした。あなたがそれでジュードを倒す事ができると言うなら、きっとイルヴァにとっても嬉しいことのはずです」
シャルロッタはそう言うと、微笑んでいた。
「……うん」
ロランはなんとなくホッとして頷いていた。
シャルロッタに許されたことが、まるで自身の考えは悪くないと言って貰えたような気がしたからだ。
「さて、ロラン・ノールド」と、話が終わったのを見て、アスラが話し掛けてきた。
「そうなると、しばらくソードパレスに滞在するつもりかね?」
アスラの質問に、ロランは素直に頷いていた。
「……はい。稽古をつけるから居るようにと、父さんに言われています」
「そうか」
アスラは微笑んで頷いた後、すぐにシャルロッタの方を振り返った。
「ならばその間は、この者を傍に置きなさい」
アスラが指し示したのはシャルロッタだったため、「え?」とロランは聞いていた。
「剣王は……見てわかるかもしれんが、個性的な人物だからな。キミの精神上“影響”が強すぎて、ともすれば気が変わらないとも言えない。それでは我々文官は困るのだよ」
アスラは改めてロランの方に目を向けたが、その目は真剣な眼差しをしていたから、ロランは何も言い返せなかった。
「キミを完全に信頼できるほど、我々はキミをよく知らない」と、アスラはハッキリと言ったのだ。
要するにシャルロッタは、文官省のお目付け役なのだろう。
(父さんの影響があるからって、ジュードを殺す意志が変わる筈もない)
ロランはそう思ったが、特に嫌がる理由も無かったため、「わかりました」と、ロランは頷いていた。
「うむ」と頷いた後、アスラは改めてシャルロッタを見た。
「ではシャルロッタ、頼んだよ」
「……はい、文官長」
頷いた後、シャルロッタはロランにはにかんだ笑顔を見せていた。
「よろしくお願いします、ロラン」
軽く頭を下げて、彼女はそう言ったのだった。
それからのロランは、ソードパレスでの暮らしが始まった。
初日早々からマティアスに庭にある訓練所へ連れて行かれると、そこで剣の訓練を受けることになった。
もちろん、目付け役になったシャルロッタは、そんな二人について来た。
何時間もの付きっ切りの訓練のあと、「今日はこの辺で終わりにしよう」とマティアスは言った。
「後は自主訓練をするなり、自由時間にするなり、好きにすると良い。俺はこう見えて忙しいんでな」
そう言ってマティアスは立ち去るようになった。
だから、ロランは残って木偶の前で訓練用の木剣を振るうことにした。
シャルロッタはそんなロランの傍らで、ベンチに腰掛けて本を開いていた。
目付けとは言え、シャルロッタは特にロランのやる事を制限するわけではない。ただ、剣王と一緒の時は下手な会話が無いように見張っているようで、マティアスもそれを理解してか、必要以上の話をロランに振ろうとはしなかった。
文官側としては、ジュードを殺さないで済むような“悪巧み”を父子でされては敵わないのだ。そのためのシャルロッタだったから、ロランのやる事について行くだけが仕事といった調子である。
しばらくの間、ヒュッ、ヒュッ、という、木剣が風を切る音だけが聞こえていた。
特にロラン自身にも変わった様子が無かったから、(今日は無事に終わりそうですね)と、シャルロッタは思っていた。
その時、ふと、空から声が降ってきたのだ。
「おーい、ロラーン!」
シャルロッタにとっては聞きなれない声だったが、ロランにとっては覚えのある声だった。
まさか。と思って空を仰ぐと――そのまさかだった。
ひらりと空から舞い降りたのは、鳶の翼を持った、東方の民族衣装を身につけた黒髪の少女。
「久しぶりだね、空から見つけたから降りてきちゃったよ。ロランも首都に来てたんだ?」
人懐っこい笑顔と共に話し掛けてきたのは、クレハだった。
「クレハ」と、ロランは笑顔になっていた。
「そういえば、キミも首都に行くって言ってたな」
「そうそう。これ見て、新しく買ったんだよ」
クレハはロランに腰に差した二振りの剣のうち、一本を見せてきた。
それは真新しい二本目の小太刀で、黒塗りの鞘に収められている一本目に対して、赤塗りの鞘に収められているものになっている。
「二本ともコダチにしたんだな」
ロランがそう言うと、「ええ」とクレハは頷いた。
「やっぱり、こっちの方が馴染みが良いからね」
「……ロラン、その方は?」
気付くと、シャルロッタが立ち上がって歩み寄ってきていた。
「シャルロッタ」とロランは笑顔を向けたので、クレハは怪訝な面持ちを浮かべるようになっていた。
「彼女は、クレハ・タチバナ。俺が世話になった剣闘士だよ」
「で、こっちは――」と、ロランは今度はクレハに向けてシャルロッタを紹介しようとした。
「シャルロッタ・レーゼ・イェーラ・ソーサリーです。元ブレイディア国立精霊研究魔導士養成所所属の中位第一級魔導士。今は……文官省直下宮廷魔導士を勤めております」
そう言ってシャルロッタは、クレハに対して丁寧に頭を下げた。
「……なに、ロラン。浮気してるの?」
ズバリクレハがロランに向けた言葉が理解できなくて、ロランは思わず苦笑していた。
「浮気って、誰と誰が?」
「ロランと……この人」と、クレハが指差したのはシャルロッタで、シャルロッタは頬を染めるようになった。
「う、浮気って。私とロランはそんな関係ではありません」
首を横に振って否定するシャルロッタに、同意と言わんばかりにロランは頷いていた。
「ふうん?」とクレハは頷いていた。
それよりもロランには聞き捨てならないことがあった。
「そもそも浮気って、俺は誰とも付き合ってなんかないぞ」
「またまた」と言ってクレハは笑っていた。
「イルヴァとあんなに仲良しだったくせに」
「あ、あれは、過去の話だろ?」
ロランは動揺したような声を零していた。
「じゃあホントに再決闘しちゃったの?」
クレハは目を真ん丸くしたから、「再決闘?」とシャルロッタが質問していた。
「うんそうだよ」とクレハは頷いた。
「ロランとイルヴァは元々、決闘で主従関係を結んでいたから」
クレハの発言に、「……え」とシャルロッタはあっ気に取られた様子になって、ロランのことを穴があくほどまじまじと見るようになった。
(……しまった)とロランは頭を抱えたくなっていた。
法に真面目なシャルロッタに聞かせて良い話ではないと咄嗟に思った。
「そ、そうは言っても、い、イルヴァは子供だから、何もしていないぞ!」
慌てふためいて取り繕おうとしているロランの態度を見て、クレハは(何ロラン、この人に隠してるの?)と悟っていた。
いやそれ以前に、聞き捨てならないセリフがあった。
「……子供って。ロラン、知ってるの?」
「知ってるって……」
「イルヴァのこと。知っちゃったの?」
まるで問い詰めるような口調でクレハに詰め寄られ、うっとロランはたじろいでいた。
大体クレハに歩み寄られると、相変わらずの豊満な胸が目に付いて仕方ない。
赤面して目を逸らしながらも、「し……知ってるよ」と答えていた。
「……ふうん」
クレハは、何かもの言いたげな表情をしながらも、頷くに留めていた。
「ところで、イルヴァはどこなの?」
代わりにきょろきょろと辺りを見回したクレハに、ロランは伝えていた。
「イルヴァは居ないよ。もう一緒に行動していない」
「……ロラン。あの子のこと、一人にしちゃったの?」
クレハは今度は責めるような目をロランに向けてきたから、なんとなくロランは罪悪感を覚えていた。それを誤魔化すために、まるで言い訳ように言っていた。
「俺は……考え無しにここに居るわけじゃないよ。こうする事が、彼女の為になるんだ。一人も何も、俺にとっては高嶺の花だったから……今の俺が一緒に居たって仕方ないだろ?」
「高嶺の花って……まだそんな事を言ってるの?」
クレハは困惑していた。
「イルヴァにはロランが必要だよ。私にはそう見えてたよ」
クレハの言葉に、「そんなことないよ」とロランはすぐに首を横に振っていた。
「弱い俺なんて必要ない。だから強い俺をイルヴァに見せたいんだ。強い俺ならきっと、彼女は……イルヴァは、俺を認めてくれるだろ?」
そう言って笑ったロランの姿は、益々クレハの困惑を深めていた。
(イルヴァは、そんな事しなくたって……)
それでも彼は信じているのだろう。強い自分じゃなければならないと。
「ふうん……そっか、そうなんだね」
クレハはなんとなく寂しさを覚えていた。
結局彼は、何も気付かないままここに来たのか。と思ったからだ。
「ロランがそう思うなら、そうすれば良いんじゃないかな」
そう言った後、クレハはシャルロッタの方へ目を向けていた。
「……でも、その原因がそこの魔導士にあるなら、考え直した方が良いと思うけど」
クレハは警戒したような目でシャルロッタを見ていた。
だからシャルロッタは首を横に振っていた。
「……クレハ・タチバナと仰いましたね。あなたが私を警戒する気持ちはわかります」
そう言ってシャルロッタは温和な笑顔を見せていた。
「ですが、信じて私に任せてくださいませんか? 悪い状況にするつもりはありません。私は……いえ、私たち文官はただ、あるべき形へと終結させたいだけなのですから。それはロランの事も、イルヴァの事も、そして――ジュードの事もです」
「……ジュード」とクレハは呟いた。
「それって、イルヴァが言っていた名前だよね。イルヴァとジュードは何か因縁がありそうだったけど……」
「ああ」とロランは頷いていた。
「イルヴァを助けるには、ジュードを殺すしかないんだ。俺はそのためにも強くならなくちゃならないんだ」
「……強くならなくちゃ……か」
クレハはここに来てようやく全てのピースが嵌った気持ちになった。
イルヴァが何故あれほどに力を渇望しているのか、その理由についてだ。
「……だったらそれはイルヴァがやるべき事だよ」
ぼそっとクレハは言ったが、シャルロッタとロランは揃って首を横に振っていた。
「子供のやる事ではありません。イルヴァにはもっと相応しい立場がある筈です」
シャルロッタの言葉に続いて、ロランもまた言った。
「その為に俺がここに居るんだ。イルヴァの事なら、俺が何もかもやってやる」
「……やってやる、って」
クレハは険しい表情を浮かべていた。
今の彼の言葉で、もはや彼は彼らしくないと思ったせいだ。
「ロランはいつからそんなに傲慢になっちゃったの? イルヴァはそんなこと、望んでると思う?」
クレハの疑問に、ロランは目を背けるようになった。
そうしながらも、言ったのだ。
「望むとか望まないとか……関係無いだろ? 俺は最善を尽くすだけだ」
「…………」
クレハは絶句していた。
クレハの視線から逃れるように、ロランは目を背けたままだった。
そんなロランを庇うように、シャルロッタがクレハに話しかけてきた。
「あなたは剣闘士だからわからないのです。ロランは傲慢ではありません。イルヴァの為になることを成そうとしています。とても優しくて思いやりのある方です。イルヴァは子供だから、本当に正しいことが何なのかわかりません。だから、彼のように優しい大人が導く必要があるのですよ」
シャルロッタの話し方は優しく穏やかだった。
しかしクレハは、シャルロッタを温和な人物であるとは受け取らなかった。
クレハはシャルロッタのことを睨んでいた。
「ロランが変な考え方になったのは、あんたの影響なの? イルヴァはあれで居て、真剣に生きてるんだよ。第三者の勝手な視点で、変えようとしちゃいけないよ」
「真剣に生きていることは、知っていますよ」
シャルロッタは相変わらず穏やかな表情で、そう答えていた。
「ですが……子供の視点です。放っておけば身を切り崩すだけです」
「それでもイルヴァが満足できれば良いじゃない。イルヴァの人生なんだよ?」
「それはそのまま見殺しにしろということですか? あれほどに健気な子供に対して、それでは余りに残酷ではありませんか?」
シャルロッタもとうとう、クレハに真剣な目を向けるようになっていた。
「剣闘士は誰だって、放っておいてほしいと思っているよ!」
クレハは強い口調で言っていた。
「正しいとか、正しくないとかじゃないんだよ。自分の信念を、自分の道を貫きたいんだよ! ただただ、それだけなんだよ……」
「……それだけではいけません」
シャルロッタはクレハの目を見て、ハッキリと言い返していた。
「そんな生き方は、ただの独り善がりではありませんか」
「自分の正義を他人に押し付ける事の方が、ずっと独り善がりだよ!」
クレハもまたシャルロッタの目をじっと見ていた。
しかしやがて目の前の魔導士が頑固者であることを知ると、改めてロランの方を見てくるようになった。
「……ロランはこの魔導士に従うつもりなんだね?」
クレハの質問に、ロランはためらいを覚えていた。
「お、俺は……」
「……ロラン」
シャルロッタに声を掛けられたから、やがてロランはクレハを真っ直ぐ見ると、ゆっくりと頷いていた。
「……俺は。イルヴァがこのままで良いとは思わないんだ」
「……あんなに憧れだって言っていたのに」
呟いたクレハに、ロランは首を横に振っていた。
「確かにそうだった。けれど……イルヴァは壊れやすいんだ」
「それを知っているなら、ロランはイルヴァを一人にしちゃダメだったよ」
クレハはロランに対しても睨むような視線を向けていた。
ロランが目線を逸らした時、クレハはバッと翼を広げると飛び上がった。
「今のロランは、私が好きなロランじゃないよ。ガッカリした。……イルヴァを壊したら、許さないからね」
それだけ言い残すと、クレハは飛び去ってしまった。
「…………」
ロランは空を仰ぎ見ると、クレハの姿が小さくなるのを見送っていた。
やがてゆっくりと後ろへ歩いていって、ベンチに腰降ろしたロランを、シャルロッタは心配して見ていた。
「ロラン。大丈夫ですか?」
「…………」
「気を落とさないで。あなたは間違った事はしていません。……決して、絶対に」
「シャルロッタ……。うん。そうだよな」
ロランは頷いていた。
そして、俺は決して間違っていない。と思っていた。
(だって……父さんが認めてくれる。きっとイルヴァも……認めてくれる)
だから今感じている胸の痛みも、罪悪感も、……全ては自分がやろうとしている事とは別の所に原因があるのだと思った。
(イルヴァ……待っていてくれ。俺は絶対に強くなる。強くなって、そして、キミをジュードの呪縛から救い出してみせる)
ロランは目を閉じると、そんな風に考えていた。




