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31.未熟な心・上

 シャルロッタとの一夜が明け、翌日が訪れた。

 その日も快晴で、空は青く晴れ渡っている。

 シャルロッタはローブの上からケープを羽織り、バックパックを背負って杖を持つと、「参りましょうか」と言った。


 ロランもまた支度を終えていたから、「そうだな」と頷いていた。



 昨日より一層増している人込みを抜け大通りを歩き、二人はソードパレスへと向かっていた。

 シャルロッタ曰く、ソードパレスのすぐ隣に、文官省の本拠地である会館があるから、そこへ行く必要があるのだという。


「いずれにせよ、生き残りの魔導士として、魔導士村に起こった事を文官省へ伝達する義務が私にはあります。それからの事は、きっと思うような流れに持っていけるはずです。何しろこちらには“あなた”が居ます」


「俺が……?」


 俺の存在が一体何の足しになるんだろう。と思ったものの、今は信じるしかないとロランは思い、従うことにした。


 それにしても……。


 昨日同様に、ロランは主に衛兵からの視線を受けていたため、居心地が悪くてたまらなかった。


(まるで犯罪者にでもなった気分だ……)


 そう思って落ち着かない気持ちのまま、道を行くしかなかった。



 首都の中心部にある、コロッセオ。その奥にソードパレスは聳え立っていた。

 町の入り口から見ると見えなかったその姿も、間近で見ると実に雄大で堂々としている。

 灰色の石でできた巨大な尖がり屋根の城は、どうやら庭だけは一般公開をしているようで、高い塀に囲まれながらも中央にある門を堂々と開いている。


 その左右には衛兵が立っていて、槍を持って見張りをしていた。

 門の前に立つと、衛兵の一人がシャルロッタに話しかけてきた。


「これはこれは、魔導士様とは珍しい」


 シャルロッタが身につけているローブや杖は、一目で魔導士村の魔導士のものだとわかるものであるため、衛兵はすぐに彼女の身分に気付いたのだ。


「ご苦労様です」と、シャルロッタは物腰柔らかに衛兵に対して挨拶をすると、ロランの方を振り返った。


「参りましょうか、ロラン」


「あ……ああ」とロランは頷いていた。


 それにしても落ち着かない。二人の衛兵は気にした様子で、ジロジロとロランのことを見てきていたからだ。

 町中では持ち場もあって遠巻きだった衛兵が、現状はかなり近い位置からロランのことをじっと見ている。


「もしかして、そちらの方の件ですか……?」


 どうしても好奇心を抑えられない様子で、衛兵の片方がシャルロッタに恐る恐る尋ねてきた。

 シャルロッタは衛兵の方を振り返ると、「……はい、そのようなものですね」と中途半端な返事をしていた。


「では、失礼致しますね。お勤め頑張ってください」


 温和な態度でそれだけ言い残すと、シャルロッタはロランを促して門をくぐっていた。



 手入れされた広い庭の先には、ソードパレスと、それに隣接する形で館が建っている。

 シャルロッタが先導する形で、館の入り口である扉の前まで行くと、そこでシャルロッタは立ち止まるようになった。


「会館は文官以外は立ち入り禁止なんです。話を付けてきますから、ロランはここで待っていてくださいますか」


 振り向いてシャルロッタに言われ、ロランは頷いていた。


「うん、わかったよ」


 するとシャルロッタは申し訳無さそうにぺこりと頭を下げていた。


「すみませんが、よろしくお願いします。できるだけすぐに話を通しますから」


 それからシャルロッタは扉を押し開いて、足早に行ってしまった。

 一人残されたロランは、とりあえず、近くの花壇のふちに腰掛けていた。


 特にやる事も無くてぼんやり空を眺めると、(……良い天気だな)なんてロランは考えていた。


 と言っても、ここブレイディアは涼しく乾燥気味の空気と穏やかな気候の土地なので、精々、週に一度あるか無いかくらいの降雨しか無い。

 大体は、いつ見上げても空はからっと晴れていたりするのだが。


(……上手く行けば良いんだけどな)


 そんな事を考えていると。


「アレがやつじゃないか?」


「おお、本当にソックリだな……」


 そんな風にひそひそとする声がどこかから聞こえてくる。

 振り向いてみると、そこには二人の衛兵が立っていた。

 目が合ったのを好機としたか、二人の衛兵はロランの方に歩み寄ってきた。


「な……なんですか?」


 ロランは戸惑いながら聞いていた。

 すると衛兵二人は笑顔で、ロランに話しかけてきた。


「いやあ、“王子”の若い頃にソックリの人が城に来ていると噂になっていてな」


 ここの衛兵はフレンドリーそうな物腰をしていたため、ロランは少しだけホッとしていた。


「そうですか」


(やっぱり誰が見てもそう言うんだな)とロランは思っていた。

 実際にジュードと対面した時、自分でも驚くくらい似ていると思ったほどだ。


「で、だ」と衛兵は続けた。


「そんな男に会ってみたいと、剣王がキミを呼んでいる。一緒に来てくれるね?」


 にこやかに衛兵に言われ、ロランは固まっていた。


「え」


「まあまあ、緊張しなくて良い。剣王はフランクな人物だからな」


「さあ、こっちだ」


 衛兵にしきりに促されたため、ロランはギクシャクとしていた。


(ま……まずくないか? これ。シャルロッタが、先に文官に話を付ける手筈だったんじゃ……)


 そう思ったものの、衛兵と……その上剣王に呼ばれて行かないわけにもいかないだろう。

 ロランは渋々と立ち上がると、衛兵に従っていた。


(シャルロッタ……ごめん)


 心の中で謝りながら、ソードパレスへと足を運ぶのだった。





 王の私室と呼ばれる場所に連れて来られたロランは、衛兵の後に続く形で豪華な木のドアをくぐり、部屋に足を踏み入れていた。


 踊り場にもできそうなぐらいだだっ広い部屋の先には三人掛けのソファーがあって、そこの真ん中に深々と腰掛ける人物が居た。


 蒼い髪をして、錆色の目をして、歳相応の皺のある初老のその男。

 丸太のように鍛え上げられた日焼けした腕、ロランより頭一つ大きい程の大きな体格。

 王らしく質の良い衣服を身に付けているが、異国の王のようなマントや冠を身につけているわけではなく、シャツにズボンにブーツだけというラフな格好だ。


 その男を見た時、ロランは絶句していた。

 ロランや、それ以上にジュードに似ていたからではない。


「……父さん」


 ロランの呟きに対して、その男は訝しげな表情を浮かべるようになった。


「誰だそれは? 俺は貴様を知らんが?」


 その男――剣王マティアス・レムンハル・カイザーは、そう言って薄く笑ったからロランはショックを受けていた。


 そのまま立ち尽くすロランをよそに、マティアスはしっしと手を振り払う。

 それに応じるかのように、二人の衛兵は部屋を後にするようになった。

 この場には、ロランとマティアスの二人だけが残されるようになった。


「…………」


 ロランはしばらく黙り込んでいたが、やがて深く項垂れていた。


「す……すみません。俺の父にあまりに似ていたもので……あなたが」


 搾り出すようにして謝罪の言葉を口にするロランに、マティアスは「フン」と鼻を鳴らした。


「似ているだろうともさ。ああ、似ているだろうとも。剣術は有効に使えているか? ロラン」


 怒りを噛み潰すかのような笑みを浮かべるマティアスを見て、ロランは再び言葉を失くしていた。


「なんだ。驚くほどのことか?」


 マティアスに言われ、ロランはやっと首を横に振った後、声を吐き出していた。


「あ……あなたは。さっき、父ではないと……」


「当たり前だ。貴様のような腑抜けが、まさか、この俺様の血を引いていると知られてみろ。どんな嘲笑を受けるともわからないではないか」


 ニヤついた笑みを浮かべるマティアスの姿は、ロランの記憶の中に居るどの父親とも合わない。

 けれど、その声は。その姿は。……何よりも自分の名前を言い当てたことが示している。


(……この人が……俺の……――父さん)


 ロランはただただ驚いているしかできなかった。

 ただの剣闘士だと聞いていた父が、剣王だったなんて。いや……それよりも、あの、優しくて大きかった筈の父が。


 ――馬鹿な子供だ。


 かつて言われた言葉が胸を締め付ける。

 結局、父は昔から本当は優しくなんてなかったのだ。


 けれどもロランはそれを受け入れることができずにいた。

 いつまでも黙り込んだまま動かないロランに、おもむろにマティアスが話しかけてきた。


「貴様、その身なり……まさか本当に剣闘士になるとはな」


 マティアスの……父の声に、ロランは慌てて頷いていた。


「……父が教えてくれた剣術のお陰です」


「馬鹿な」とマティアスは笑った。


「俺は貴様に触りしか教えたつもりは無かった。そうしておけば、勝手に挫折するか……或いは、きちんと剣を教わることができる衛兵にでも転向すると思ったんだが。しかし、たまに顔を出す度に貴様には驚かされたものだ。俺のくれてやる微々たるものに食いついて、モノにする。そんな貴様を見た時、俺は怖気が走る思いをしたものだ。このまま俺の技術をくれてやっては、貴様はいつか俺様の障害になりかねんと思ってな。――だから俺は貴様を捨てることにした。貴様の母親はあれでいて見た目も器量も良かったから惜しかったが、まあ、他でも女は幾らでも手に入る」


「…………」


 ロランは立ち尽くしたまま、拳をぎゅっと握り締めていた。


(……これが俺の父なのか)と、呆然と思っていた。


 そんなロランに、「でもまあ」とマティアスは言葉を続けた。


「貴様のことだ。どうせルーキークラス止まりだろう?」


「いえ、俺は」


 ロランは今度こそ顔を真っ直ぐ上げると、マティアスに目を向けた。


「この前、カリバーン杯で優勝して、ミドルクラスになりました」


 それでも父に褒められたいと思ったのだ。


(目の前に居る父さんは――本当は、強くて優しくて一本気な人のハズなんだ。今こんな風に俺に対して振舞っているのも、何か理由があるに違いない)


 そんな風に思ったから。

 しかしマティアスはよほど意外だったようで、目を見開いて「なに?」と言った。


「まさか、そんな馬鹿な」


 マティアスは険しい表情になっていた。


「今の剣闘士は俺が現役だった頃と比べて、よほど質が落ちたようだな。まあ、それもトップを見ていればすぐにわかる。アイアン・ティターニアなんて、簡単にミドルクラスに落ちるような、どこの馬の骨ともわからない女エルフが持て囃されるような今の剣闘士界ではな」


「……イルヴァは本当に凄い剣闘士です」


 それだけは幾ら父でも否定されたくなくて、ロランは思わず言っていた。


「質が落ちたなんてとんでもない。父だってイルヴァの試合を見ればすぐにわかります。彼女は間違いなく最強だ」


 ロランは急に頑なな目を向けるようになったから、マティアスは驚いていた。

 しかしその驚きを表に出さないまま、「フッ」と笑っていた。


「最強だって? 馬鹿馬鹿しい。そもそも剣闘士の舞台に上がることそのものがおこがましい。女はな、男に蹂躙じゅうりんされるために生まれてきた生き物だ。証拠に、アイアン・ティターニアだってミドルクラスに落ちたではないか」


「い……イルヴァは!」


 彼女だけは侮辱されたくなくて、思わすロランは語気を強めていた。


「実力のせいで落ちたわけじゃない! あれは決闘で個人的に負けただけだし、あれだって本当は俺なんかの力で勝てるような剣闘士じゃなかったんだ!」


「……なに?」


 マティアスは眉を潜めたが、それも一瞬だった。

 間もなくクックッと笑い始めたかと思うと、よほど可笑しかった様子で声を上げて笑うようになった。


「ハッハハハハ! なんだと、貴様が……貴様が、あの傲慢な女を引きずり落とした張本人だったのか!」


 今度は嘲笑ではなく、嬉しそうな目を向けられて、ロランはハッとしていた。

 ……そうだった。今の発言では、明らかに“俺が決闘で勝ったせいでイルヴァはミドルクラスに落ちました”と宣言している。

 しかし父にとってはそれは快挙として映ったようで、未だにクックッと笑っていた。


「そうかそうか。アイアン・ティターニアが階級を落としたとは聞いていたが……その理由がまさか貴様にあったとはな。これは良い話を聞いた。ならばロラン、アイアン・ティターニアは既に貴様のモノだということなのか。さすが俺の血を引いているだけあるじゃないか」


 誇らしげな目は、ロランにとって複雑だった。

 ずっと認められたかった父に、今こうしてやっと褒められたことで、こみ上げるような嬉しさを覚える反面、(……違うんだ)と内心で言っていた。


「お……俺は、実力でそうしたわけじゃないし……。だ、大体、イルヴァは俺のモノじゃありません。とっくに再決闘して契約解消したし……」


 俯くロランの姿に、マティアスはどうやら拍子抜けした様子で、面食らったような顔になった。


「……なんだ。貴様、牙を抜かなかったのか」


 マティアスはあからさまに落胆していた。


「アイアン・ティターニアと言えど、所詮女なんだぞ? 何故気力がそぎ落とされるまで蹂躙し尽くしておかなかった?それでも俺の息子か?」


 それからガッカリした様子で溜息をつかれたため、ロランの胸はズキズキと痛んでいた。


(お……俺は、間違っているのかな……)


 ロランはそんな風に思い始めていた。

 優しくて強い父のようになりたいと思ってやって来た道の筈なのに。

 まるで全てが裏目に出ているようで、落胆の目を父に向けられることが、ひどく惨めで悲しかった。


(イルヴァが最初に言っていたように……相手が泣いても喚いても、蹂躙してこそが剣闘士なのか)


 ここまで来て、ロランの信念はぐらついていた。

 正しいと思うことを正しく成す剣闘士であろうと決めた筈のなのに。


(……正しいことって、何なんだろう)


 幻想や記憶の中ではない、リアルの父を目の前にして、そんな風に思ってしまうのだ。

 父に認められたくて、ここまでやって来たはずなのに。


(……俺は今まで、何をしてきたんだろう)


 ロランは足元がぐらつくような感覚を覚えていた。

 そうやって立ち尽くしている時――コンコン。と、ドアをノックする音が聞こえた。


「なんだ?」


 ロランを無視して、マティアスが返事をする。

 するとドア越しに、しゃがれた声が聞こえてきた。


「剣王様。文官長のアスラ・ラーナンド・ワイズマンです」


 そう言うが否や、ガチャリとドアが開かれた。


「お取り込み中のところ、失礼」


 アスラと名乗ったその、深紫に金色の刺繍が入ったローブを身にまとった白髪の老人は、ロランの横をすり抜けると、眉間に皺を入れたまま、マティアスの前まで行った。


 その後に続くようにして「失礼致します」と部屋に入ってきたのはシャルロッタで、彼女の方はロランの隣で立ち止まるようになった。


「もはや許容はできない事態ですぞ、剣王マティアス・レムンハル・カイザー殿。あなたの息子の件で、どう責任を取られるおつもりですかな?」


 アスラは急に詰め寄るような態度をマティアスに見せ、マティアスは表情を消していた。


「……なんの話だ?」


「剣王子ジュードの件です!」と、アスラは語気を強めていた。


「そこのシャルロッタ・レーゼ・イェーラ・ソーサリーから話は全て聞きましたよ。多少のお戯れだけなら、目を瞑って居れました。ですが、精霊研究魔導士養成所となると話は別です。あそこは文官省の管轄であり、大切な施設であるとお話した筈ですが?」


「……なんだと?」


 マティアスの表情もまた、険しいものに変わっていた。


「俺の息子が、何をしたって?」


 ゆっくりソファから立ち上がったマティアスに対して、アスラはシャルロッタの方を振り返っていた。


「シャルロッタ。話を」


「はい」と頷いた後、シャルロッタは淡々とマティアスに向けて説明をしていた。


「先日、ジュード・レムンハルが、私たちの居る精霊研究魔導士養成所にやって来て、黒い魔剣を使って全ての魔導士を殺して行ったのです。唯一生き残ったのは、近くの町へ助けを呼びに行った私だけでした」


 それに続くようにして、アスラはマティアスに聞いていた。


「……この責任、どのように取られるつもりですかな? このままでは、あなたの身分を剥奪させて頂く事も考えなければなりませんな。ブレイディア王国憲章に則って、多数決を使って剣王の王位権の剥奪をする権利が文官省には認められています。それをゆめゆめ忘れてはならぬと、あなたが剣王の座に着く際に、こちらは申し上げた筈ですが?」


 アスラはマティアスを睨み付けていた。

 マティアスはそれをしっかり受け止めたあと、歯の奥を食い縛っていた。


「……あのドラ息子め」と、呟いていた。


(……やっぱり。ジュードが、父さんの息子なんだよな……)


 ロランは今更それをしみじみと実感して、俯いていた。

 父は自分の為にこんな顔を見せてくれた事があっただろうか。ここまで気を揉むような事があっただろうか。それを考えると、胸が重く苦しい。


「――これが最後のチャンスです」と、アスラはマティアスに向けて告げた。


「残念ながら我々には、王族時代に犯した罪を裁く法律がありませんので。剣王様の権限を使って、ジュード・レムンハルをどうにかして頂きたい。それがあなたが剣王の座に在り続けられる、条件です」


「わかりましたな? マティアス・レムンハル」と、念押しした後、アスラはきびすを返した。

 そしてロランに目を向けた後、部屋を出て行ってしまった。


「……むう」


 呻りながらどさっとソファに深く腰掛けなおしたマティアスをよそに、シャルロッタがロランに話しかけてきた。


「ロランが居なくなっていたからどこへ行ったのかと思ったのですが。ここに居たのですね。やはり剣王に呼ばれたのですか?」


「うん、そうなんだ」とロランは頷いていた。


「そうですか」


 シャルロッタは小さく笑った後、マティアスの方を気にしてから、ロランに伝えていた。


「私は文官長と会館に戻ります。話が終わったら、会館のほうに来てください」


「ああ……うん」


 ロランは頷くと、シャルロッタを見送っていた。


 ドアがパタリと閉じるのを聞いて、「……ロラン……貴様」とマティアスが呻った。


「文官省所属の魔導士は、この俺でも手出しできない相手だぞ? 文官に睨まれてしまうからな。それが……まあ良い。それよりも、さっきの女は随分と可愛かったじゃないか。お前のか?」


 じっとりとした目で睨まれて、ロランは慌てて首を横に振っていた。


「ち、違いますよ」


「ふん」と言った後、マティアスは天上を仰ぎながらぶつぶつと言い始めた。


 あいつめ……ヤツのせいで俺の身分が……など、呟いていたかと思えば、おもむろにマティアスはロランに目を向けてくるようになった。


「ロラン。お前、ミドルクラスと言っていたな?」


「は、はい」


 慌てて頷いたロランを、マティアスが指差してきた。


「俺の息子になる気はあるか?」


 ニヤニヤとした笑みを浮かべるようになったマティアスの姿に、ロランは目を見開いていた。


「……え?」


「ジュードは……あいつは、もう要らん。文官に睨まれるような事を仕出かしたクソガキだ。それより俺は、貴様に興味が沸いた。アイアン・ティターニアを従属させた事のある貴様こそ、俺の息子に相応しいではないか」


 笑みをロランに向けてくる彼こそ――父こそが、ロランの苦しみの根源だった。


 しかしロランはそれに気付かないまま、やがて、「――……はい」と頷いていた。

 それどころか、父の今の言葉によって期待で目を輝かせながら、ロランは真っ直ぐにマティアスを見て、言ったのだ。


「……俺なんかで良いなら、父さんの息子になりたい」


 ロランは心底から渇望していた。

 父に認められたい。父に認めてもらえる。

 そんな気持ちで胸がいっぱいだった。


 そんなロランにマティアスは笑顔を向けたのだ。それはロランが知っている記憶の中の父と同じ笑顔。優しげな表情だった。


「ならば……――ロラン。ロラン・ノールドじゃなく、ロラン・レムンハルとして……ジュードを殺す気はあるか?」


 マティアスに投げ掛けられた問いは、ロランにとって願ったり叶ったりだった。


(それが出来たら。……それが出来たら、みんなが俺を認めてくれるかもしれない)


 胸が高鳴ったが、けれど、イルヴァが敗れたことを知っていたから、ロランはごくりと唾を飲んでいた。


「……俺なんかが、できるのでしょうか?」


「大丈夫だとも、ロラン」とマティアスは頷いていた。


「ジュードにくれてやったサテュロスの魔剣。それを打ち破ることのできる剣を、お前にくれてやる。そして今度こそちゃんとした稽古を付けてやろう。お前は、俺の与えた剣を持ち、俺の与えた剣術で舞台に上がれ。そして――“剣王の息子”として栄光を掴み取れ」


 ――剣王の息子。それこそが、ロランが父に認められるという証なのだろう。


(……俺が手に入れたかったもの)


 ロランには断る理由が無かった。


「……やらせてください」


 マティアスの目を真っ直ぐ見据えると、ロランは言っていた。

 マティアスは満足げに頷いていた。


「良い返事だな、ロラン。しかし……“剣王の息子”という名をくれてやるからには、もう少し箔をつけてもらう必要があるな」


 マティアスが言い出したことに、ロランは目を見開いていた。


「箔……ですか?」


「そうだ」とマティアスは頷いた。


「アイアン・ティターニアを従属させた過去がある……そいつは結構。だがそれでは少々、インパクトが弱い。何故なら、あの鋼鉄女王を檻から逃がしてしまったせいだ」


 マティアスは厳しい眼差しをロランへと向けるようになった。


「クソったれな腑抜けを返上しろ! 腑抜けのまま俺の息子になってもらうわけにはいかん。だからまずはアイアン・ティターニアに勝て! そして――今度こそ再起不能なまでに、剣闘士の座から引き摺り下ろしてやれ。俺がくれてやる剣は、そのためにも役立つだろうからな」


「……――」


 ロランは言葉を失くしていた。


(……イルヴァを……剣闘士の座から、引き摺り下ろす?)


 そんなこと、これまで考えた事も無かった。

 それこそ不可能ではないのかとロランは思ったから、咄嗟にマティアスに言っていた。


「無茶ですよ。イルヴァは強いし……」


「エルフが強いわけがなかろう」と、マティアスはさらっと返していた。


「どうせ胸糞の悪い小細工をしているに決まっている。エルフだからな、精霊の力でも使っているんだろう。そんな仮初かりそめ、魔剣《精霊穿ち》があればいとも容易く破ることができる」


「精霊穿ち?」


「そうだ。ジュードにくれてやった剣《精霊喰い》の兄弟にあたるサテュロスの魔剣がソードパレスにある。本当は、ジュードが万が一にでも調子付いて歯向かうような事があれば、この俺が直々に葬ってやるつもりだったが……。お前にくれてやっても良いんだぞ。俺の大切な剣を。俺の大切な息子に」


 ……俺の大切な息子。

 その言葉が、ロランの胸を打った。


 気付けばロランは言っていた。


「やらせてください!」


 マティアスの方に歩み出ると、ロランは言っていたのだ。


「俺が……きっと、父さんの期待に応えられるような息子になる! だから……やります。イルヴァをこの手で……実力で……次こそは」


 ロランの言葉に、マティアスは満足げに頷いていた。


「それでこそ我が息子だ。舞台は俺が用意してやろう。アイアン・ティターニアは、お前が連れて来い」


「はい!」とロランは頷いていた。


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