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23.分かたれる信念・上

『カリバーン杯ミドルクラス・決勝戦の幕開けです!』


 審査人の声と共に、ワーッと歓声が上がる。

 ロランとイルヴァは隣り合わせに観客席に座って、この大事な試合の行く末を見守ることにした。


「いよいよロランの恩師がハイクラスになるかミドルクラスに留まるかが決まるのね」


 そう言ってイルヴァは舞台を見渡した。


「……そうだな」とロランは頷くと、息を飲んでいた。


「勝ってほしいな……俺もクレハに、おめでとうって言いたい」


 ロランの素直な吐露に、「うん」とイルヴァは頷いていた。


『お待たせ致しました! 強者への門の前に立っている、剣闘士の――入場です!』


 審査人のそんな声の後、ガラッと格子門が跳ね上がった。

 東側からはクレハが姿を現し、西側からはヒューマン族の剣士が現れた。


『東の剣闘士は――スカーレットデーヴァのクレハ・タチバナ! 女性だてらここまで勝ち進む剣闘士がここに居ると誰が予想したでしょうか?! 独特の意表を突く戦術の前に多くの難敵たちがひれ伏した! 幾度もの難所を越えて今ここに立っています!』


『そして――』と審査人の声を聞きながら、クレハは前に立つ最後の敵を見る。


 そこに立っていたのは、草色の髪をした青年である。デザインこそ違うものの、ブリガンダイン《胴当て》を身につけている上、盾も持っていないため、ロランのような軽装剣士に見える。

 腰に吊り下げられているのは西式の直剣に見えるが、通常のロングソードの二倍は幅があり、装飾のある鞘に収められている。


『西の剣闘士は――旋風の魔剣使いエドリック・ワイズマン!』


 その名前を聞いた時、クレハは表情を険しくしていた。

 旋風の魔剣使いといえば、そこそこ名の知れた剣闘士だったからだ。

 二つ名の示すとおり、腰に吊り下げられているのは風の魔剣であるそうで、魔法の直接的な使用が禁じられている舞台において、唯一の使用が許されている魔法技術とも言えよう。


『風を巧みに扱う技は、これまでどんな剣闘士も寄せ付けませんでした! 果たしてスカーレットデーヴァをも退けてしまうのか?! ガルダ族の魔剣と、ガルダ族の技術がぶつかり合う! 風精霊シルフィードはどちらの剣闘士に微笑むのでしょうか?! ――ミドルクラス・決勝戦、ハイクラスに負けず劣らぬ名勝負になりそうです!』


「ガルダ族の魔剣……ね」


 クレハはすっと表情を引き締めていた。

 ガルダ族の魔剣といえば、ハウリングブレードとも風鳴き剣とも呼ばれている、“風穴”を持った剣が一般的だ。

 それがどういった剣なのか、ガルダ族の――しかも、魔法技術を重んじる風潮の強いアマツヒ王国出身のクレハは重々知っていた。だからこそ、どれだけの難敵であるかも。


『両者――構え!』


 審査人の声に従い、クレハは腰の二つの剣を引き抜いていた。右手に小太刀を握り締め、左手には真新しいショートソードを逆手に握り締める。

 手に馴染まないそれをフォローするためになめし革を巻きつけたものの、それがどれだけのマイナスになるか、今はまだ判断することができない。

 万全と言えない状況で、すらりと腰の剣を引き抜くエドリックを睨み付けていた。


 エドリックがたった一本きりの剣を引き抜くと、風が集約するヒュウウという音が鳴り始めると共に、剣を中心として空気の渦が出来上がる。

 半透明の剣身の真ん中にはあながあり、そこを通りながら風が渦巻いているのがわかる。

 エドリックは腰を落とすと、その剣を肩の上に構えた。ロランとは全く異なる、我流が目立つ荒削りな構えだ。


「……魔剣」


 イルヴァがギリリと唇を噛み締めていた。

 きっと、ジュードが持つ黒い魔剣のことを思い出しているのだろうと思ってロランは苦い気持ちを抱いていた。


『――始め!!』


 審査人の声と共に、鐘が鳴り響いた。

 エドリックは剣を振り上げると、ぶん! と横薙ぎに振り払った。

 次の瞬間、ブオッ! と旋風が吹き荒れる。


「クッ……」


 クレハは半身になって風を受け止めるが、絶え間なく吹き荒れる風が足を掬い上げようとする。

 いよいよ翼をバサリと広げると、羽ばたきの力を借りてその場に押し留まっていた。


「初っ端からこの私に風精霊シルフィードで勝負しようっていうの? ……良いよ。受けて立ってあげる! どちらが風精霊シルフィードを上手く扱えるか、勝負しようじゃないの!」


 クレハは目の前の剣闘士があっという間に嫌いになっていた。

 何故なら彼は剣を振り上げると、ぶうん! と無造作に振り下ろす。

 つまり魔剣の力だけを使って、魔力マナの見返りも無く、精霊を酷使しているのだ。


 ビュオオォッ!と、一気に風が吹き付けてきた。

 クレハは翼を何度も羽ばたかせると、臆することなく風の中へ突っ込んだ。


「ウィル・ファー・ラ・シェルフィーン! 風精霊シルフィード! 我がクレハ・タチバナの声に応えよ! うたえ、旋風の声! ファマ・リーシィズ・ジーナ!」


 まるで歌うような不思議な旋律を聴いて、イルヴァはがばっと席から立ち上がっていた。


「なに、クレハ……――剣闘士のクセに魔法が使えるの……?!」


 目を見開くイルヴァの見守る先で、吹き荒れていた風がクレハの周りだけ凪ぐようにぴたりと止まった。

 その狭間を縫うようにクレハがエドリックの懐まで一気に近付くと、エドリックはギョッとした表情を浮かべるようになった。


「なっ……――なんだ貴様っ、俺に近付くな! 離れろよッ!」


 エドリックは飛び退くと剣を振るうが、放たれた風はクレハの前で霧散してしまう。


「な、なんだよこのッ……くそっ、くそ!」


 我武者羅に風を起こそうと剣を振り続けるエドリックを見て、クレハはガッカリしていた。


「なんだ……ただの魔剣便りの剣闘士なの?」


 クレハは右手の小太刀を突き向け、左手のショートソードを横に構えると、つかつかとエドリックに歩み寄っていた。


「確かにミドルクラスには魔剣使いが殆ど居ないから、有利かもしれないね。でも、武器便りの剣闘士がハイクラスで通用するわけがないでしょう?」


 クレハに冷淡な目を向けられ、エドリックはじりじりと後ずさる。


「まっ、魔導士が、なんで剣闘士をやってるんだよ! 卑怯だぞっ……!」


「剣闘士憲章を見たこと無いの? 魔法は直接的な攻撃に使用しなければ許されるんだよ」と言って、クレハは微笑んだ。


「あと、私は魔導士じゃないから。私の国では、ガルダ族の武士もののふは簡単な魔法も合わせて習得するんだよ。わかったかな?」


 そう喋りながら、クレハはずいずいとエドリックに歩み寄っていく。

 一方で、エドリックは後退を続けていたから、とうとう舞台の端まで来て、ドンと背中を壁にぶつけてしまうようになった。


「ひっ……――」


 顔をこわばらせて、息を飲むエドリックの情けない姿を見て、クレハはサディスティックな笑みを浮かべていた。


「ふふ……怯えちゃってるの? 可愛いね」


 ガン! とクレハはショートソードをエドリックの顔のすぐ横に突き立てる。

「ひいっ!」と身を竦ませるエドリックに、ずいと顔を近付けると囁き掛けていた。


「見掛け倒しの弱虫クン? 言うことは何か、無いかな?」


 すっと小太刀を首元に宛がって、クレハはにこりと微笑んでいた。


「こ……降参です……」


 次の瞬間。


『今――決まりました! ここにミドルクラスの優勝者が決まりました! スカーレットデーヴァ! スカーレットデーヴァのクレハ・タチバナが、今、堂々と頂に登りましたあぁッ!』


 審査人の声と共に、ワアァァ! という歓声と、同じだけのブーイングが上がる。

 当たり前だ。大切な決勝戦で肩透かしな戦いを見せた上、戦意喪失したのだから。今後エドリックの名声は地に落ち、どこへ行っても石を投げられるような目に合うだろう。


 それがわかっているのか、エドリックはガックリと地に膝をつき、「ああ……」と呻りながら頭を抱え込んでいた。


「こんな魔剣を使うからだよ」


 冷ややかな目を向けて、クレハは言っていた。


「これに懲りたなら、これからは自分自身の実力を磨けばどうなの? キチンと態度で示せば、お客さんも少しは見直してくれるかもよ」


 それからクレハは背を向けると、小太刀とショートソードを鞘に収めた後、舞台を立ち去る。

 クレハが立ち去った後も、観衆の声はいつまでも消えなかった。



「クレハって……Sなのかなあ……」


 ぼそ、とロランは呟いていた。


「そんな、安易に思っちゃいけないわよ。剣闘士なんだから、あくまで演出ってコトもある……わよね……?」


 イルヴァまで自信無さげに答えるようになっていた。





 クレハが控え室から出ると、ロランとイルヴァが待っていた。


「おめでとう、クレハ」


 ロランの言葉に、クレハは笑顔になっていた。


「ありがとう、ロラン」


「とうとうクレハもハイクラスの剣闘士ね」


 イルヴァがそう言ったから、クレハは誇らしげな笑みをイルヴァに向けていた。


「そうだね。ミドルクラスのイルヴァよりも格上になっちゃったね」


「なっ……!」


 イルヴァはカチンと来てクレハを睨んでいた。


「こ、これは、ロランに負けたからこうなっただけで……! 本当の実力は、私の方がずっと上なのよ?!」


「ふふ。そうだね、そういうことにしておいてあげようか?」


 にこやかに言うクレハに、益々イルヴァは腹を立てていた。


「そういうことって! 事実でしょうが!」


「あはは。イルヴァっておっかしー」


 クレハは我慢ならなかったようで、お腹を抱えて笑うようになった。

 それでからかわれている事に気付いたイルヴァは、ムッとした様子のまま口を閉ざしていた。


「まあでも、良かったね。二人とも優勝できたじゃない」


 クレハに言われ、イルヴァはムッとするのを止め、ロランは頷いていた。


「うん、そうだな。クレハのお陰だよ」


「もう良いって。それにこれから先は、ロランが自分自身の力だけで頑張っていかなくちゃ。ね?」


「うん」と、ロランは頷いていた。

 そんなロランを見て、うんうん。と笑顔で頷いた後、「さーて!」と言ってクレハはぐぐっと大きく伸びをしていた。


「ハイクラスになったことだし、今後は色々と考えなくちゃね。いつまでも慣れないショートソードというのも不安だし、これから首都へ行こうと思ってるんだ」


 クレハがそう言ったので、ロランはキョトンとしていた。


「首都?」


「そうだよ」とクレハは頷いた。


「首都には、世界中から色々な武器が集まってくるからね。良い武器が調達しやすいかなって思って」


「そっか。じゃあ、しばらくは会えそうにないな」


 ロランは微笑んでそう言っていた。


「あなたたちは今後、どうするつもりなの?」


 ふと疑問に思ってクレハは聞いていた。

 それで、ロランとイルヴァは目を合わせていた。


「今後……か」


 ロランの呟きに対して、イルヴァは黙り込むようになった。

 ……そう。大会が始まるシーズンと共に月が変わっているため、とっくに終わっているのだ。『強制期間』と呼ばれるそれが。


 その上これからはフリーマッチのシーズンに入るため、決闘の為の場所が無かったこれまでと違って、いつでも決闘をすることができる。


「何も考えてなかったけど、やっぱり……まずは再決闘をしなくちゃな」


 ロランがイルヴァの方へ目を向けると、イルヴァは目を背けていた。


「…………」


「…………」


 沈黙する二人を見て、「ふうん?」とクレハは首を傾げていた。


「解消する気なの? イルヴァは。あんまり嫌そうには見えなかったけど」


「…………」


 イルヴァは沈黙を保ったままだったが、一瞬だけクレハに向けられた目が物語っていた。

“私はやらなくてはならない。”そんな意志と、後ろめたさのようなものが混在した目を彼女はしていた。


「……そっか」


 クレハは肩を竦めていた。


「その選択が決断の上にあるものなら何でも良いと思うけどさ。相性良さそうだなって思ってたんだけどな、ロランとイルヴァって」


「とんでもないよ」と言ってロランは首を横に振っていた。


「俺なんかに、イルヴァは勿体無い。でも、イルヴァがこの関係を嫌いじゃないってもし言ってくれるなら、それは嬉しいことだとは思うけどな」


 ロランはそう言ってにこにこ笑っていたから、クレハは微笑していた。


「勿体無い……ね。ロランはイルヴァのことを“何も知らないのに”優しくしてるんだね。良い人だね、ロランは」


「え?」


 聞き返したロランに、クレハは背を向けていた。


「それじゃ、そろそろ私は行くね。また会える日まで、生きていることを願ってるよ。ロラン、イルヴァ。またね」


 クレハは手をヒラヒラと振ると、窓に足を掛けるなり、バサッと翼を広げて羽ばたいて行ってしまった。


「……クレハ」


 ロランは窓から顔を出して空を見上げると、クレハが見えなくなるまで見送っていた。





 賞金を受け取った後、ロランとイルヴァは二人で部屋に戻っていた。

 ロランはブリガンダイン《胴当て》も脱がないまま、早速ダイニングの椅子に腰降ろすと、貰ったばかりの巾着入りの貨幣を何度も数えた後、「よっしゃあ!」とガッツポーズを作っていた。


「喜べ、イルヴァ!」


 おもむろに話を振られ、ソファに座ってぼーっとしていたイルヴァは「え?」とロランの方に目を向けていた。


「イルヴァに借りていたお金、これでなんとか返せそうだよ」


 嬉々として言い出した事は何かと思えばそれで、イルヴァは呆れ果てていた。


「なによそれ。返さなくて良いって言ってるでしょ?」


「そうは行かないよ。はい、これ」


 ロランは袋に入ったままイルヴァに差し出してきたから、イルヴァは溜息をついていた。


「あなたって人は……。つくづく、自覚が無い」


「え?」


 キョトンとするロランに対して、イルヴァは立ち上がっていた。


「ご主人様の自覚が無いって言ってるのよ、私は! 結局そのまま、ここまで来てしまったじゃないの」


 イルヴァは腰に手を当てると、深々と溜息をついていたからロランは戸惑っていた。


「そ、そうかな? でもキミは俺に良くしてくれていると思うしなあ……」


「それではいけないのよ」とイルヴァは言った。


「この際、ちゃんとあなたに自覚を持ってもらわなければ。このままじゃ、再決闘を申し込むにできないし」


「気にしなくて良いのに」


 苦笑いするロランに対して、イルヴァは首を横に振っていた。

「気にするわよ。それに……」


 イルヴァは途中で言いよどむと、みるみる頬を染めていった。


「……?」


 キョトンとするロランから目を背けながら、イルヴァはぼそぼそと言った。


「……それに、今日のご褒美だって要るでしょ?」


「……――!!」


 ロランは息を飲んでいた。

 ってことは、前みたいなことしても良いのだろうか? と思った。


「……あれ? でも、ご褒美は何か違うって前にイルヴァ言ってなかったっけ?」


 ふと疑問に浮かんだことを口にすると、「うん、そうね」とイルヴァは頷いた。


「……だから、ちょっと今回は……色々変えるつもり」


 口元に手を当てて、イルヴァは恥ずかしそうにそう言っていた。


「色々……?」


 キョトンとするロランの元へ歩み寄ってきたかと思うと、イルヴァはロランの手を引っ張って立ち上がらせていた。


「さて、そういうことだから、ちょっとそこら辺で時間を潰してきてくれる? 準備がしたいから」


「じゅ、準備?」


 一体何の準備なんだろう。と思うロランの後ろへ回り込んだかと思うと、イルヴァはぐいぐいとロランの背中を押してドアの前まで行った。

 それから、パタンとドアを開けてロランを促した。


「じゃあ、行ってらっしゃい、一時間ほど」


「は……はあ」


 ロランは戸惑いながらも部屋を出ていた。

 後ろでドアの閉まる音を聞きながら、ロランは自分の手元に握り締めたままの巾着に気付いていた。


「あ……結局、渡しそびれてしまった……」


(……仕方ない)


 ロランは溜息をつくと、町へ出る事にした。


(ああ言っている以上、イルヴァは絶対に素直に受け取ってくれないだろうしな……)


 他に何か方法を考えるしかないな。と思って、ロランは歩を進めるのだった。


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