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20.粗暴≒愛憎・下

 控え室の前までクレハは来ていた。


 イルヴァに手を引かれてロランが出てくると、「ロラン!」とクレハが駆け寄ってきた。


「大丈夫なの?」


 クレハの質問にもロランは答えない。


「とにかく、気分転換を兼ねて場所を変えたほうが良いわ」


 イルヴァの提案で、ロランを闘技場の外へ連れ出していた。



 出入り口の脇にあるベンチに座らせ、しばらくそっとしておく間にも目の前では観衆の往来があった。そこで彼らは当然のように、さっきの戦いの行く末を語らっている。

 中にはロランに「良くやったな!」と声を掛けていく人も多数居る。その中にはロランがした事を咎める者など一人も居ない。

 さっきシャインにキャーキャーと言っていた女性陣ですら、「あいつ、あんなに弱かったんだ……」「ねー。ただのビッグマウスだったなんて、失望した」なんて不満そうに喋っているのを耳にして、やっとロランは動いていた。


「……なんだよそれ」


 ロランは呟いていた。


「死んだかもしれないってのに。なんなんだよ……それ……」


 ロランは膝の上で拳を握り締めると、俯いていた。


「……情けない」


 イルヴァは溜息を付いていた。


「あの勝ち方は情けなかった。賞賛を得るだけマシと思いなさい」


「い、イルヴァ……」


 クレハはイルヴァを咎めようとしたが、イルヴァはそれを振り払って尚もロランに厳しい口調で話しかけていた。


「そもそも、剣闘士というのはそういうものよ。あなただって、知った上でこの世界に入ったんでしょう?」


「…………」


「まさか知らなかったの? ……そんなものが通用すると思わないで。あなたのその腰にぶら下がっているモノは何よ。剣よ! それが人を傷つけないものとでも思っている?! そんな筈が無いでしょう! 剣は誰かを殺すために作られたものなのよ!」


「そうだけどッ……!」


 ロランはバッと顔を上げるとイルヴァを睨んでいた。

 しかしその紺碧の瞳と目が合うと、再び視線を落とすようになった。


「俺にはできないよ……。イルヴァみたいな凄い剣闘士みたいに、簡単に割り切ることなんか……できない……」


「……なにそれ」


 イルヴァは腹立たしくなっていた。


「割り切る、ですって? 馬鹿なんじゃない? それを受け入れた上で舞台に立つのよ、私たちは!! それが出来なくて何が剣闘士なの! 単純な正義のヒーローになりたかったなら、衛兵にでもなれば良かったじゃない!」


「イルヴァ!」


 クレハは強い口調でイルヴァを咎めたため、イルヴァは口を閉ざしていた。


「言いすぎだよ……私にはわかる。人の死を感じて気持ちの良い人なんて居ないよ。それがわからないなんて、イルヴァはもしかしてドSなの?」


「なっ……わ、私だって、気持ち良く殺しているわけじゃないわよ!」


 イルヴァは今度はクレハを睨んでいた。


「それでもやらなければならない時はあるのよ! 今日みたいな戦いがそれよ! 挑発返しをして、ただで済むと思う? 屈辱ほど耐えがたいものは無いのよ、剣闘士にとって! 生死を賭すのが剣闘士なのよ! その死を誇りあるものだと尊重することが弔いとは思わないの? 勝者が敗者の死を悔やむことほどの冒涜は無いわよ!」


 クレハはイルヴァを睨み返していた。


「それが美学と言いたいの? イルヴァは。そういうトコ、歪んでるよ。その精霊刻印スティグマだって、あなたが過激だという証拠なんだよ」


「こっ……この腕は関係無いでしょ?!」


「関係あるよ! イルヴァは、自分の命を粗末にするから、他人の命だって粗末にできるんだよ!」


 クレハに強い口調で言われ、イルヴァはぐっと押し黙ると、視線を背けた後、地面を睨んでいた。


「……く、クレハに私の何がわかるの」


「わからないよ。でもイルヴァのやっている事は、エルフ族に対する冒涜だよ」


「……だからガルダ族なんて大嫌いなのよ」と、吐き捨てるように言った後、イルヴァは沈黙するようになったから、クレハは後悔を覚えていた。


「……ごめん、今のは言い過ぎた」


 謝ったものの、ロランもイルヴァも黙り込んだままだったため、今の空気を打破しようと思って「……よし」と頷いていた。


「ここでクヨクヨしているよりもさ、医務室に行ってみない?ひょっとしたら、治療士が治してるかもしれないよ」


「無駄よ。あんな深い傷」


 イルヴァは投げやりにそう言ったが、「わからないよ」とクレハは返した。


「瀕死の剣闘士もササッと治せちゃうくらい、ブレイディアの治療士は優秀なんだよ。ね、ロラン。行ってみよう?」


 クレハはロランの手を引っ張ると、立ち上がらせていた。

 イルヴァは溜息を付くと、二人について行くことにした。





 闘技場の剣闘士用の出入り口の先に医務室はある。

 連なって並ぶ無人のベッドの一番奥側に、青白い顔をしたシャインが寝かされており、二人の治療士が付き添って手当てを施している途中だった。といっても、治癒魔法を使っているのは一人だけで、もう一人は傍に立って様子を見ている状況だ。

 シャインの顔に出来た傷は塞がっていたものの、相当深かったようで傷跡がクッキリと残されていた。


「あーあ。イケメンが台無しだね」


 人事のようにクレハが言ったことに対して、ロランは非難がましく言っていた。


「それどころじゃないだろ?」


「そうだけど」


 二人の会話で第三者が居ることに気が付いたようで、治療士のうち一人が振り返ってきた。


「あなた方は、対戦者の……?」


 ロランは躊躇したものの、意を決すると歩み出ていた。


「ロラン・ノールドです。……その、大丈夫なんでしょうか?」


 すると治療士は肩を落とし、首を横に振った。


「目を覚ましませんね。失血が多かったのかもしれません。もしかしたら、このまま……」


「なんとかならないんですか?」


 ロランは食い下がっていたので、治療士は驚いた様子で目を見開いた。

 その目は、何を言っているんだ? と言いたげにしている。

 対戦相手が心配して駆け付けるなんてこと、普通は早々に無いことだからだ。


「俺は……本当は、こんな事をするつもりじゃなかった。死なずに済む命なら、助かってほしいって思うんです」


 ロランの言葉に、治療士は困惑したものの、やがて、言っていた。


「……この先は患者の意志力の問題が大きいんですよ。治療士というのは、傷を塞ぐことしかできないし、今もああやって自然治癒力を高めていますが……それが限界なんです。だから、患者自身が何が何でも生きたいって思わないと。その大前提が無いと、あれほどの傷ですから。なんとかなんてなりませんよ」


「生きたい……ですか」


 ロランの目は振り返ってイルヴァの方を見たから、イルヴァはたじろいでいた。


「な、なによ?」


「いや。……シャインは、イルヴァが好きみたいだったな、って思って」


 ぼそ。とロランは答えていたから、イルヴァは嫌な予感を覚えていた。


「だから何なの?」


「キミが応援したら生きようって思うんじゃないか?」


 ロランの返答に、「はぁ?!」とイルヴァは呆れていた。


「なんで私がそんなコトしなくちゃならないの?!」


「いや。そんなに嫌がることか?」


 困惑するロランに、「嫌がるに決まってるでしょ!」とイルヴァはキッパリ言っていた。


「大体、どうして私があなたのやった事の尻拭いをしなければいけないの?!」


「奴隷……だからじゃない?」


 小声でそう言ったのはクレハだった。

 そんなクレハをキッ! とイルヴァは睨んでいた。


「奴隷だからって何でもやると思ったら大間違いよ!」


「……奴隷だから何でもやるんじゃないの?」


 クレハは思わず苦笑いしていた。


(こんな気性が荒いんじゃ、ロランは苦労するよね)なんて思った。


「尻拭いは、悪いと思うよ」

 ロランはそう前置きしてから、「……でもキミは俺の頼み事を断らないんだろ?」と言い足していた。


「そうだけど……」


 イルヴァはぶ然とした表情を浮かべていた。

 そんなイルヴァの目を、ロランは真っ直ぐ見つめた。


「なら、頼みたいんだが」


 ロランはそう言ったが、イルヴァはこればかりは渋る様子だった。


「そんな頼みごと、してほしくない」


「どうして」


 ロランの疑問に対して、イルヴァは溜息をついていた。


「あのねロラン、あなたは私のことをどう思っているか知らないけれど……私の手足も口も、あなたのためにあるのよ。だから、あなた以外の第三者の為に使う気はさらさら無いのだけど」


「じゃあ、俺のためになると思えばやってくれるのか?」


 ロランは尚もそう聞いてきたので、イルヴァは腹立たしくなっていた。


「あなたはどうしても、私に身売りをさせたいわけ?」


「み、身売りって……そこまで言ってないだろ? 俺はただ、シャインに何とか言って励ましてくれたらと思って……」


「それがあなたの為になるの?」


 イルヴァの質問に、ロランはたじろいでいた。

 そんな彼の目をじーっと睨んでいたが、やがてイルヴァは大きく息を吸った後、深い溜息を吐き出していた。


「ええ、わかってる。わかっているわよ。生きていてくれたら、死と向き合わなくて済むものね。あなたは弱い男ね」


「…………」


 弱い男と言われたことが、まるで後ろめたい事であるかのように目を逸らしたロランを見て、イルヴァはやれやれと首を横に振っていた。


「……仕方ないわね」


 ぼそ。とイルヴァが呟いたので、クレハはムッとしていた。


「ちょっと、イルヴァ? 私に対しては何でも聞くわけ無いって怒りながら、ロランに言われたら結局聞いちゃうんだ?」


「クレハは私の主じゃないんだから、何も問題無いでしょう」


 つんと言った後、イルヴァはシャインの傍へ歩み寄っていた。


 そして、「死んではいけないわ」と言った。

「生きなさい。生きて、いつかハイクラスまでのし上がってきなさいよ。そうでなければ、永遠にあなたは負け犬のまま。ロラン・ノールドに敗北したままなのよ。それでも良いの?」


 その後、シャインをじっと見たが、シャインは目を覚まさなかったから、尚もイルヴァは続けた。


「あのね、あなたに良い事を教えてあげるわ。私は一生ロランの奴隷になっているつもりは無いのよ。この関係も、あと少しで終わらせるつもりなの。その後はフリーなのだから、ロランがやったようにあなたが私をモノにしたいと思うなら、決闘を挑めば良い。挑戦権くらいはあげるわよ。ま、勝たせてあげる気は無いのだけど、受けて立つぐらいは約束してあげても良いわよ」


 それでもシャインが息を吹き返す様子が無かったから、イルヴァは溜息をついていた。


「ここまで言って無駄なら、もうお手上げね。好きに死ねば良いわ。決闘を受けて立つという約束も、無かったことにする。生きていなければどうにもならない事だものね」


 イルヴァがきびすを返そうとした、その時だった。

 シャインの手がぴくっと動き、イルヴァの腕を掴んだのだ。


「っ……!」


 咄嗟に振り返ったイルヴァに、シャインが口をわずかに開いた。

 ぼ、僕が、いつか。

 と、声にならない息を吐き出した後、すっと手の力が緩むのを感じたから、イルヴァは後ろへ下がっていた。


「……ありがとう、イルヴァ」


 ほっとした面持ちを浮かべてロランがそう言ったから、イルヴァは胸がずきずきと痛むのを感じながら、こくんと頷いていた。





「あっ、そろそろ試合の準備をしなくちゃ! じゃ、またね!」


 そう言ってクレハが立ち去るのを見送ってから、ロランとイルヴァは闘技場前のベンチに並んで腰掛けていた。


「これで良かったんでしょ?」


 訊ねたイルヴァに、ロランは頷いていた。


「うん。……ありがとう」


 お陰で人殺しにならなくて済んだ。と言いたげに、ロランは心底ホッとした顔をしていた。だからイルヴァは呆れ返って、思わず「馬鹿なやつ」と呟いていた。

 それから、非難がましい目をロランに向けていた。


「どうしてくれるの。私、触られたんだけど?」


 そう言って右手を上げたイルヴァに、ロランは不思議そうな目を向けていた。


「そんなに嫌だったのか? 普段は俺に触っても平気そうにしているじゃないか」


「そっ、そりゃ、ロランとあいつとじゃ……」


 イルヴァは言い掛けてすぐに口を噤んでいた。

 代わりに、頬をみるみる赤く染めていくようになった。


「……イルヴァ?」


 キョトンとするロランの疑問を逸らすかのように、イルヴァは話を続けた。


「し、しかも、無駄に決闘に受けて立つという約束まで取り付けてしまったのよ。本当に、どうしてくれるの?」


「キミならシャインには負けないよ」


 にこやかに言うロランには危機感が無いと感じられて、イルヴァは思わず睨み付けていた。


「万が一という事があるでしょう? そもそも、あなたには負けたという現状があるのだけど?」


「それはキミがわざと負けるように手加減したからだろ?」


「そ、それはそうだけど」


「負けようと思わない限り、キミは負けないよ。だって無敵じゃないか」


「……私にもあるわよ、弱点くらい」


 イルヴァは深刻そうな面持ちで膝の上でぎゅっと拳を作ったため、ロランはキョトンとしていた。


「……弱点?」


「……うん。もし、その対策をされてしまえば……私は」


 本気でその事を恐れている様子で、イルヴァは沈黙するようになった。


(俺ってもしかして、だいぶマズイことをイルヴァに頼んじゃったのかな?)


 今更ロランはその事に気付いていた。


「……ごめん、イルヴァ」


 慌てて謝罪の言葉を吐き出したロランに、イルヴァは恨めしそうな目を向けていた。


「今日のロランは全然守ってくれなかった」


「…………」


「それどころか、私を生贄に差し出すような事を要求して」


「ご、ごめん。必死になってしまって……余裕が無かったみたいだ」


「知ってる」

 イルヴァは頷いていた。


「そうじゃなかったら、ぶん殴っていたところよ」


「…………」


 ロランは俯くと黙り込んでいた。

 そうしながら、ずっと考え込んだ。

 イルヴァが他人のモノになってしまうという可能性に、初めて気付いたからだ。


(……嫌だ)とロランは思っていた。


(そんな事になってたまるもんか。だって、イルヴァは俺の)


 そこまで考えて、ロランは隣に座っているイルヴァの方に目を向けていた。


 碧い目がロランに向けられている。

 この眼差しやこの肢体は、余すことなく俺のモノなんだと当たり前のように考えている自分に気付いて、ロランは驚愕していた。


(なんで俺はこんなにおこがましい事を考えているんだ?)


 ロランに何故見つめられているのかがわからなくて、イルヴァは首を傾げていた。


「……ロラン?」


 怪訝そうな目を向けられて、慌ててロランは首を横に振っていた。


「な、なんでもないんだ」


 それからロランは立ち上がっていた。


「それより、次はクレハの試合だろ? 行こうか、イルヴァ」


「うん、そうね」


 疑問が払拭されないままだったものの、イルヴァは頷くと、ベンチから立ち上がっていた。


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