19.粗暴≒愛憎・中
一日が過ぎ、二日が過ぎ。
再びロランが舞台に上がる日が訪れた。
『さて――とうとうここまでやって参りました! カリバーン杯・ルーキークラス、準決勝戦の始まりです!』
そろそろここまで来ると客席に居る観客の数も増えてきたようで、ワーッと言う歓声と共に拍手の音が鳴り響くようになる。
そんな中で、以前と同じように、イルヴァとクレハは隣り合わせに座っていた。
その頃にはイルヴァの痣は完治していたので、こうして堂々と外出することができたのだ。
「今日はクレハも試合があるんでしょ? 観戦していて大丈夫なの?」
イルヴァの質問に、「大丈夫、大丈夫」とクレハは上機嫌で答えた。
「どうせミドルクラスは午後からだし、それまでに準備時間なら幾らでもあるよ」
「……でも、クレハも準決勝まで来るなんてね……」
ボソ、とイルヴァが呟いた言葉に、「なに?」とクレハはイルヴァを見ていた。
「まさかと思うけどイルヴァ、私が負けるとか思ってたの?」
ふっとイルヴァは笑っていた。
「まあ、心配はしていたわよ? 力押しで勝てない、回り込まないと勝てない、随分と軟弱な剣闘士みたいだから?」
「あれ? チーターに心配されるほど私は落ちぶれてないんだけど?」
クレハもまたにっこり笑ってイルヴァに目を向けていた。
「チーター言わないでくれる? 不正じゃなくて、正当だから」
イルヴァはクレハを睨んでいた。
その時、『両者――入場です!』という審査人の声が聞こえた。
ガラッと格子門が跳ね上がり、それぞれから剣闘士が舞台の上に姿を現す。
『東の剣闘士は――ラッキーソードのロラン・ノールド! 前戦を不戦勝で勝ち上がった! なんというラッキーの持ち主! ラッキーソードという名は伊達ではありません! 幸運は奇跡へ昇華されるのか?!注目の剣闘士です!』
舞台に上がると、規定位置で立ち止まったロランに対して、こちらにやってきたのは、鋼鉄のフルプレートアーマー《全身鎧》を身につけたヒューマン族の剣士だった。
腰にロングソードを吊るし、ナイトシールド《中型盾》を左腕に固定しており、銀色の髪を風でなびかせている。
『西の剣闘士は――銀明の騎士、シャイン・グローリー! 甘いマスクと美青年ぶりによって、早くもファンが着いている一番人気の剣闘士です! 安定した戦いで、衛兵上がりの貫禄を見せ付けてくれていますが、本戦でもその腕前に期待が集まります!』
シャインは客席から投げ掛けられるキャーキャーという声に手を振って答えているが、コロッセオの客層は男性の方が大多数であるため、ブーイングの方が大きく聞こえる。
「ラッキーソード、やっちまえー!」
「そんなスカした男、切り殺せ!」
そうやって声を張り上げる観客たちの言葉を聞いて、イルヴァは苦笑いを浮かべていた。
「いつも思うけど、観客ってゲンキンよね」
「でも、シャインって人は確かにカッコイイ見た目だね」
にこにこクレハが答えたので、イルヴァは怪訝そうな目を向けていた。
「……なに? クレハ、ロランに気があるんじゃなかったの?」
「心配せずとも、イルヴァの大事なご主人様を取ろうとはしないよ」
足をぶらぶらさせながらクレハはニヤニヤ笑いを向けてくるようになったから、イルヴァはイラッとしていた。
「じゃあ、なんで腕組んだり胸押し付けたりするのよ?」
「それは、ロランのリアクションが可愛いからだよ」
「なにそれ。なによそれ!」
思いの外イルヴァは怒っている様子だったので、クレハは目を丸くしていた。
「あれ? イルヴァってもしかして、純情?」
「そ、そんなんじゃないわよ! わ、私だって剣闘士なのだし! お、男くらい!」
ギクシャクした喋り方をするイルヴァを見て、「ふーん」とクレハは笑っていた。
「……やっぱり純情なんだ?」
「うっ……そ、そういう見下した目は止めてくれない?!」
イルヴァは腹立たしいやら悔しいやらで、苛々して仕方なかった。
そんなイルヴァに、クレハは珍しくやんわりと微笑んだのだ。
「見下してないよ。良いんじゃない? むしろ逆にホッとした。無理はしない方が良いと思うし、そっちの方が“らしい”よ」
「…………」
イルヴァはうっと息を飲んで、黙り込んでいた。
(……やっぱりバレてるんじゃない。これだからガルダ族は)
バツの悪い気持ちを押し込めながら、イルヴァは再び舞台へ目を向けていた。
『両者――構え!』
審査人の声に従って、ロランとシャインはそれぞれ腰の剣を引き抜いていた。
両手で正中線上に構えるロランと、一方でシャインは引き抜いた剣をすらりと斜め下へ降ろし、盾をしっかりと構える。
口元には常に微笑を湛えたまま、キザな態度を崩さずにロランを見据える。
『――始め!!』
鐘が鳴った。
まずは構えたまま観察するロランに、シャインが言った。
「来いよ」
「…………」
ロランは沈黙を保ったまま動かないでいる。
「怖いのか?」
シャインは尚も微笑を崩さないままロランに尋ねてきた。
(挑発する剣闘士か)
ロランは冷静に、そう分析をしていた。
「いつまでも黙ってちゃ、わからないんだが?」
シャインは肩を竦めた後、スッと降ろしていた剣を縦に持ち上げていた。
「それなら、僕の方から行ってやろうか? 臆病者のラッキーソード!」
シャインは地を蹴り、一気に距離を詰めてきた。
ヒュン! と剣が振るわれたのを、ロランは横へわずかに身を捻ってかわしていた。
「ふん!」
そのままシャインは勢いを殺さずに、盾をロランにぶつけようと体ごと突っ込んできた。
ロランは今度は反対側に身を捻ってそれを避けていた。
「ちょろまかと!」
シャインは再び剣を横薙ぎに振るった。
ガキン! と、ロランは剣を使ってそれを止めていた。
そんなロラン目掛けて、ブン! と再び盾が振るわれる。
「クッ……」
ロランは片足を上げると、足の裏で盾を強く蹴り出し、その勢いでバックステップして距離を開けていた。
そんなロランを見て、シャインはふっと笑った。
「逃げてばかりでは僕には勝てないぞ? それとも、キミはその程度の剣闘士なのか?」
自信ありげに微笑むシャインに、ロランは尚も無言のまま剣を構え直していた。
「なにか言えばどうなんだ? 臆病者のラッキーソード?」
シャインのその言葉にも、ロランは返事を返さなかった。
相変わらず黙り込んだまま、じっと冷静な態度でシャインのことを見ているのだ。
「……チッ」
シャインはつまらなさそうな表情を浮かべていた。
(やり難いやつ)
内心でそう毒づきながら、シャインは改めて剣を縦に構えなおす。
「臆病者ならビクビクして殺されるのを待つしかないな!」
シャインは盾を持った側の足を前へ出すと、剣を後ろへ引き下げ、そしてヒュンッ! と突きを繰り出していた。
ロランは相変わらず体をわずかに捻り、剣を脇へ見送っていた。
そうしながら、タイミングを見計らって一気に体を前へ出した!
一瞬で距離が詰められ、ロランはシャインの懐へと体をねじ込み、剣を下段から振り上げた。
その時、シャインの腕がわずかにぶれ、カキンッ!と音がして、ロランの剣はシャインの鎧に弾かれていた。
「くっ……」
ロランはすぐに後ろへ跳んで距離を取ろうとしたが、すぐさまシャインが剣を横方向へ振り回してきた。
ガリッ! と鈍い音がし、ブリガンダイン《胴当て》の上を擦った。
ロランはそのまま二、三歩後ろへ跳んで距離を開けていた。
「前の剣闘士のように行くと思うなよ」
シャインはニヤリと微笑んでいた。
彼は、ロランの初戦を観戦していたのだろう。だから脇の下が狙われやすいポイントであると知っていたのだ。
「……そうか」と、ロランは呟いたあと、改めて構えを取り直していた。
「やっと喋ったな」
シャインはそう言って勝ち誇ったような笑みを見せた。
やっとロランが挑発に乗ってきたと思ったのだ。
盾を前に構えると、剣を斜め下に降ろして立っていた。
「今度はキミが来る番だぞ! 臆病者のラッキーソード! それとも、臆病者にとっては自ら飛び込むことは恐ろしくて仕方ないのかな?!」
「……わかりやすいよ、あんた」
ぼそ。とロランは呟いていた。
でも、こうもわかりやすい挑発でも、何度も繰り返し繰り返し“臆病者”と言われると、本人度外視で腹が立って仕方がなくなってしまう者も居るのだ。
「なによ、あいつ……!」
イルヴァは席から身を乗り出して歯噛みしていた。
「さっきから臆病者、臆病者って……!」
「あー……はいはい。ご主人様が貶されるのって、腹立つよねえ」
クレハは心にも無いような、適当な相槌を打っていた。
イルヴァがロランの悪口に過剰反応するタイプの女だというのは大方透けて見えていたせいだ。むしろ、めんどくさ。とすら思っていた。
「ねえねえ。イルヴァって、挑発系には超弱いでしょ?」
おもむろに話を振ったクレハに、イルヴァはというと。
「そんなことないわよ」と即答した。
「そう?」
「そうよ! だってそれで負けた事なんて無いもの。相手が死ぬのが早まるってだけで」
「あ……そうだよね」
クレハは口を噤んでいた。
力押しで勝てる人は簡単で良いよね。という言葉は飲み込んでいた。
そんなクレハをよそに、「あーじれったい!」と一言、イルヴァはガバッと立ち上がると手すりを掴んでいた。
「ちょっと! そこのスカした勘違い男! 的外れな挑発してるんじゃないわよ!! ロランは臆病者なんかじゃないわよ!!」
とうとうイルヴァは、舞台上の剣闘士に向かって野次を飛ばし始めてしまった。
「ちょ……イルヴァ?」
動揺するクレハが感じた嫌な予感は的中していた。
「ちょっと! 今の声誰?!」
「なにシャイン様の悪口言ってるのよ!」
どこからともなく誰のものともわからない女性の声が聞こえてくる。
当たり前のようにイルヴァは大声で言い返していた。
「弱い一般人のクセに、外野は黙りなさいよ! 悪口言ってるヤツに悪口言う何が悪いのよ! 大体私のは的外れじゃない! あっちの金髪野郎のは的外れだから!」
するとそれを皮切りにしてか、他の観衆までもが声を上げ始めるようになってしまった。
「そうだ、そうだ! なんだあんな顔だけ野郎!」
「なんであんなのにファンが着くんだよ?!」
「これだから女ってのは! ミーハーで観戦やってんじゃねえ!」
主に男連中の嫉妬の声だった。
そうやってざわつくようになった観客席の声が耳に届いて、ロランは思わず苦笑いを浮かべていた。
「なにやってるんだよ……イルヴァのやつ」
つい、ぼやいてしまったロランの言葉を聞いて、シャインの表情が変わった。
「……イルヴァ……だって?」
「ん? なんだ、彼女を知ってるのか?」
ロランは勘違いをしていた。
てっきり、同じ剣闘士同士面識があるのだろうかと思ったのだ。
「知ってるって、むしろキミが知ってるのかよ?!」
シャインが聞き返してきたから、一体何なんだと思ってロランは首を傾げていた。
「アイアン・ティターニアだろ? それがどうしたんだよ」
「ちょっ……と、待ってくれ! 居るのか?! アイアン・ティターニアが、居るのか?!」
シャインはガバッと客席の方へ顔を向けるようになった。
なんて無防備な。と思って、戸惑ったものの、親切にもロランは客席の方を指差していた。
「……あれ」
ロランが指差した先には、手すりから身を乗り出している、髪を降ろしたエルフの姿があった。
「ちょっと、なにしてるのロラン! 今のうちに斬りなさいよ! そんな舐めきったキザ野郎、切り刻んでスープの出汁にでもしたら良いわよ!」
イルヴァは指差しながらロランに向かって叫んでいたから、ロランは思わず苦笑していた。
「スープって」
(そこまで容赦の無いことはできないんだが……)なんて思っているうちに、ガバッ! と再びシャインがロランへ視線を戻してくるようになった。
その目は何故か涙目になっていた。
「何故だ! 何故なんだ! 何故お前みたいなヤツが……!」
「な、なにが?」
ロランはあっ気に取られていた。
そもそも、目の前の彼は舞台の上であることを忘れているんじゃないだろうかと思うぐらい取り乱している。
「この僕ですらアイアン・ティターニアと直接話したことが無いんだぞッ! それなのに、なのに……!!」
シャインがぷるぷると震えているのを見て、「……ああ」とロランは納得していた。
(こいつ、イルヴァに憧れているのか)
とすると、これは格好のネタを仕入れたも同然だった。
しかも見たところ、シャインはまだロランとイルヴァの関係を知らない様子だし。
(……やるしかないな)とロランは確信していた。
後でイルヴァに怒られるかもしれないが、まあ、その時はその時だ。と軽く考えた後、ロランはあえて笑っていた。
「なんだよ。キミはイルヴァが好きなのか?」
ロランの問い掛けに、シャインはムッとした表情を浮かべるようになった。
「僕ほどに整った外見になるとね。釣り合いが取れるのはエルフ族くらいなんだよ。冴えない見た目でしかない、キミにはわからないだろうけど」
なるほど。こいつはよっぽどの自信家らしい。とロランは確信していた。
だとすると、これは相当のダメージが入るだろう。
「なるほど。でも、残念だったな。イルヴァは既に俺のモノなんだ」
あえてにこやかに言い放っていた。
「……は?」
怪訝そうな目を向けるシャインと、一方で客席でそれを聞いていたイルヴァは。
「な……な……!」
(なにを堂々と言ってるのよ!)
耳の先まで真っ赤になりながら、わなわな震えていた。
当たり前だがシャインは信じなかった。一瞬動揺したものの、ふんと鼻で笑っていた。
「なっ……何を言っているんだ、キミは。気でも違ったか?」
「いや、嘘じゃないんだって」とロランは答えた後、イルヴァの方へ目を向けていた。
「なっ、イルヴァ!」
ロランはあえて客席に居る彼女に話を振っていた。
「なっ、って……!」
イルヴァは口をパクパクとさせていた。
クレハは頬杖を付くと、ニヤニヤ笑っていた。
「なるほど。挑発返しってやつだね。イルヴァ、協力してあげたら?」
まるで他人事のように言うクレハの方を、イルヴァはガバッと振り返った。
「きょ、協力って、なにしろっていうのよ!」
「わかってるんでしょ?」
にっこりクレハは笑った。むしろイルヴァの動揺を面白がっている節があった。
「うー……」
イルヴァはしばらく呻っていたが、「ロランの為だよ」と言ったクレハの言葉で、やっと舞台の方を改めて見ていた。
そんな風に言われると……イルヴァは弱いのだ。
「そ、その通りよ! 私は、ロランの奴隷なの! だから、あんたなんてスカしてるだけのヒューマン族、釣り合うわけがないでしょ?!」
イルヴァは真っ赤になりながら、叫んでいた。
それを聞いた後、「な」と笑顔でロランはシャインの方を振り返った。
それは想像以上のダメージをシャインに与えたようで……カラン。と音がしたかと思うと、シャインの手から滑り落ちた剣が床に転がっていた。
もはやどこからどう見ても戦意喪失だったが、ロランはすっと剣を突き向けると、シャインの額スレスレに宛がっていた。
「で、やるか?」
ロランの問い掛けに答えないまま、シャインはガクッと膝をついていた。
そして全く動かなくなったシャインを見て、ロランは動揺していた。
「ちょっ……お、おい?」
どうしよう。と、困り果てるロランにイルヴァが叫んだ。
「殺りなさい! その剣で首を掻っ切れば、あなたの勝ちになるのよ! ためらってはいけないわ! ためらえばためらうほど、状況は無駄に悪くなるだけなのよ!」
「っ……――」
ロランは剣の柄を両手に握り締めながら、一歩身を引いていた。
(……できるかよ)
内心でそう返していた。
「ロランっ!」
クレハもまた立ち上がると、ロランに向かって声を掛けていた。
「殺しちゃダメだよ! わざわざそんな事しなくたって、後は降参の声を聞けばあなたの勝ちになるんだから!」
「……そうだよな」と、ロランは呟いていた。
(イルヴァの実力は凄いと思うけど……簡単に殺しちゃダメなんだ)
ロランは剣を構え直すと、ごくりと唾を飲み込んでいた。
「降参しろ」
ロランはシャインにそう伝えたが、シャインは聞こえていないのか答えなかった。
(……この場合、どうしたら良いんだ?)
ロランは戸惑っていた。
なにしろコロッセオのルールでは、降参の声を聞くか、殺すか。その二択でしか戦闘を終わらせることができないのだ。
ロランが呆然と見守るうち、やがて打ちひしがれていたシャインが床に落ちていた剣をぐっと握り締めるようになる。
「ロランッ!」
イルヴァの催促するような声を、ロランは聞き流した。
「き……さまぁ……!!」
呻るような声を上げながら、よろよろとシャインは立ち上がっていた。
その表情は怒りに染まっており、その目には憎悪が篭められている。
イルヴァは腹立たしくて仕方なくなっていた。現状は実にまずい形であると理解しているのは、この場でイルヴァだけなのだろう。
(馬鹿ッ……のろのろしてるから……!!)
焦るイルヴァが思った通り、シャインは一気に地を蹴ると飛び掛ってきた。
「死ねえぇ!!」
さっきとはまるで違う迫力に、ロランはうっと息を飲んでいた。
盾ごとタックルをかまされ、ゴッ! と音がしてロランの体が後ろへ吹っ飛ぶ。
背中を床に強か打ちつけて、「うっ」とロランは呻いていた。
ロランが立ち上がらないうちに、シャインが駆け寄ってきて、剣を振り下ろしてきた。
「グッ……!」
慌てて横へ転がったロランが居た場所に、ガキン! と剣が突き刺さる。
抜くのもじれったいのか、シャインは剣から手を離すと足を振り上げてロランに向かって振り下ろしていた。
どかっ! と音がして、ロランが飛び退いた後の場所にサバトンが踏み降ろされていた。
慌てて立ち上がろうとしたロランに、シャインがまた飛び掛ってきた。
ごろんごろんと床を転がりながら組み伏せられ、ロランは顔を歪めていた。
「おっ、お前……!」
(なんて型破りな戦い方をするんだよ!)
ロランは動揺を隠せなかった。
剣闘士の試合というのはエンターテイメントも兼ねているから、こんな我武者羅で泥臭い戦い方なんて、あってはならない筈なのに。
そんなロランの首をシャインは両手で掴むと、ギュッと締めていた。
「貴様さえ居なければ……貴様さえ死ねば……!!」
シャインは血相を変えてロランの首をギリギリと締め上げている。
「うっ……うう……」
ロランは苦しさのあまりに表情を歪めていた。
「ロランッッ!!」
遠くにイルヴァの悲鳴が聞こえる。
「なにやってるんだよー!」
「騎士のなりのクセして、そんな地味なやり方するんじゃねぇ!」
そんなブーイングまでもが遠くに聞こえる。
(だ……めだ……。このままじゃ……!)
意識が朦朧としながら、ロランは手に持ったままの剣を我武者羅に振るっていた。
頭がろくに回っていなかった。ただ、このままだと死んでしまうと思ったから、必死だった。
しかし振るった剣が、何かを抉る手ごたえを掴んだ。
ブシュッと赤い血が吹き出し、ロランの顔を塗らして行く。
やっと首が開放され、ロランはゲホゲホと咳き込みながら、なんとか体を起こしていた。
その時客席の方から、「キャアァァー!!」という悲鳴と、「オオオッ!」というどよめきを同時に聞いたのだ。
え? と思って、視線を前へ向ける。
目の前には、ロランが振るった剣を顔面半ばまでめり込ませたシャインが、顔中を真っ赤に染め上げながら横たわっていた。
『勝者――ロラン・ノールド!!』
あっ気に取られてシャインを見るロランをよそに、審査人の声が響き渡る。
『シャイン・グローリー、戦闘不能です! よって、勝者はロラン・ノールドに決まりました!!』
ワアアァァー! という歓声が辺りを包み込む。
まるでそれが遠くの出来事であるかのようにロランには聞こえた。
ロランはへたり込んだまま、一歩も動けなかった。
ぼんやりと見ているうちに、二人の治療士が担架を運んできて、動かなくなったシャインを積み上げて運び出して行く。
ロランはいつまでも歓声に包まれたまま、その場に座り込んでいた。
勝者になったくせに、いつまでも彼は動かないままなので、とうとうイルヴァは手すりを飛び越えて、五メートルはあるであろう高さから舞台へと飛び降りていた。
スタッと難なく着地するあたり、さすが身軽なエルフ族と言えるが、それにしても型破りな行動である。
「い、イルヴァ、良くないよそういうのは!」
クレハは立ち上がって手すりから身を乗り出すが、イルヴァは聞く気も無いようでロランの前にしゃがむようになった。
観戦は終わった筈なのに、その珍しい光景が好奇心を注ぐのか、ざわざわとしながら観衆たちが見ている。
「勝って良かった」
イルヴァの言葉に、ロランは黙り込んだままでいた。
「あのままではあなたが死んでいたわ。あれは当然の事よ」
イルヴァはそう言ったが、尚もロランは沈黙を保っている。
「…………」
イルヴァもまた黙り込むと、溜息を付いていた。
代わりに左腕の紋様を光らせると、ロランの腕を引っ張って無理に立ち上がらせていた。
「いつまでヘタっているつもり? 勝者には栄光を。敗者には屈辱を。それが剣闘士よ。胸を張りなさい」
イルヴァはロランの背中をぽんと叩いた後、腕を引っ張って、舞台の外へと連れ出していた。




