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16.蒼髪の嫌疑・上

 朝というのは一日の中で尤も気だるい時間帯だ。

 特に近頃は大会中であることもあって、必要以上の運動ができない。

 おかげで一日の過ごし方が、名前も知らない剣闘士の観戦に行くか、部屋に備え付けてあるチェスで遊ぶかの二択になっている。


 最近ロランは、ランクのそこそこ良い宿の部屋には必ずチェスボードが置かれているということを知った。普段彼の借りている部屋というものは、チェスボードどころか備え付けのシャワールームさえ用意されていない安宿だからだ。

 それは宿泊客の暇潰しになるようにという宿側の配慮だろうが、それもロランにとっては無意味なものなのだ。

 何故なら、体を動かしている方がずっと楽しいと感じるからだ。


 だというのに、イルヴァときたら。


「ねえロラン、チェスしない?」


 にこにこしながらチェスボードを持ってきたイルヴァを見て、ロランは苦笑いを浮かべていた。


「……毎日毎日、よく飽きないな」


 ロランは、たまにイルヴァが子供のように感じる時がある。それがちょうど今のような時だった。


「飽きないわよ」とイルヴァは言った。


「だってまだロランに勝てていないもの」


 そう言いながらイルヴァはボードをダイニングテーブルに置くと、駒を並べ始めるようになったから、ロランは溜息をついていた。


「何度やっても今のキミじゃ俺には勝てないよ。むしろ、勝てるわけない。ナイトが最強だと信じてるうちは」


「そんなこと思ってないわよ。私はただ、ポーンを信用していないだけ」


「そう言っているうちは無理だよ」


 そう答えながらも、チェスボードの前に椅子を持って行って座る辺り、ロランはかなり優しい性格をしている。

 イルヴァもそれがわかっているから、気軽にこうして好きな遊びに付き合ってもらおうとするのだが。


「そうだ。たまには違うルールで遊ばないか? 毎日同じだと飽きるし」


 ふとロランは提案していた。

 イルヴァは頷いていた。


「良いかも。どうするの?」


「んー……そうだな。ポーンも他の駒を取れるようにするとか。そうしたら、少しはイルヴァもポーンを見直すだろ?」


「なんだ。そっちのルール変更?」


 イルヴァはつまらなそうな様子なので、「他になにか良い案でもあるのか?」とロランは聞いていた。

 するとイルヴァは駒を並べる手を止めると、足をぶらぶらとさせながら「んー」と視線を漂わせた。


「せっかくだし、もっと刺激的なルールにすれば良いのに」


「刺激的?」


「うん」とイルヴァは頷いた。


「……例えば、負けた方は罰ゲームとして何でも命令を聞くとか」


「ぶっ」とロランは噴き出していた。


「そういうルールはもう少し強くなってからにしろよ。それとも、そういう動機があった方がキミは強くなるのか?」


「そういう嫌味な言い方は止めてくれない?」


 唇を尖らせながら、イルヴァは手に持っていた駒をボードにコトリと置いていた。


「……でも、勝ちたいとはもっと思うかも?」


 ぼそ、とイルヴァが呟いたため、ロランは苦笑いしていた。


「確かに俺たちの間には慣例があるとはいえ、わざわざそんなことしなくたって、なにかしてほしい事があるならちゃんと聞くのに」


「本当に?」


 目を丸くしたイルヴァに対して、ロランは気軽に頷いていた。


「ああ、もちろん。で、なにか俺に頼みごとでもあるのか?」


「それは、……その」


 イルヴァは何やら赤面するようになった。


「……?」


 キョトンとしているロランに対して、やがてもじもじと言う。


「その、えっと。……続き、しないのかなあ、と……」


「続き?」


 ロランは益々ポカンとしていた。

 鈍い男。と内心で毒づきながらも、イルヴァは仕方なく吐き出していた。


「だ、だから。この前、キスまでしたでしょ?」


「う……うん」


 なんでそんな話になるんだろう。と思いながらも、ロランは照れ臭くなっていた。


「もう平気なことはあなたもわかってくれたのに……どうして、なにもして来ないのかな、なんて思ったりして……」


 消え入りそうな声でイルヴァは吐露した後、耳まで赤くなって顔を伏せてしまった。


「…………」


 ロランまで真っ赤になって黙り込んでしまった。

 しばらく沈黙していたが……やがて我に返って、慌てて首を横に振っていた。


「いや。な、なななな、なにもって。だ、だってアレは、ご褒美だろ?」


 するとイルヴァは首を横に振った。


「そ、そうなんだけど。……そうだけど……やっぱり何度考えても、ヘンじゃない?」


「なにが」


「だって、私はあなたのモノなのよ? なのに、ご褒美にするのって、おかしくない?」


「ん……そうなのか?」


「そう」と、イルヴァは頷いてからロランに伺うような目を向けてきた。


「だって、わざわざそんなことしなくても、私のココも……あなたのモノなのよ?」


 イルヴァは自らの唇に触れていた。

 そんな風に言われると、ロランは堪らなくなっていた。


「あ、あ、あのなあ、イルヴァ! もう少し発言に気をつけろよ。本気にしちゃったらどうするんだよ?」


「本気にしないの?」


 聞き返してきたイルヴァからロランは目を背けていた。

 このままじゃヤバイと思ったからだ。


(いや……待てよ。待てって。そりゃ、確かに俺はイルヴァが好きだよ。続きをしたいとは思うよ!でも、そのせいで傷付けたくないわけで! イルヴァは無理をするタイプだから、本当に大丈夫だって、平気だって、誰が保障してくれるんだよ!)


 いつまでも黙り込むロランをイルヴァはじっと見つめていたが、やがて息を大きく吐き出した後、スッと立ち上がっていた。

 そしてロランの前へ来たかと思うと、ぽん。と、ロランの膝の上に跨ってきたのだ。


「……?!!!!」


 思わずギョッとしてイルヴァを見たロランに、イルヴァは恥ずかしそうに微笑みかけていた。


「また考えていたのでしょう? 私が傷付くかもしれないって」


「う……」


 見透かされた気持ちで黙り込んだロランに、イルヴァはぎゅっと抱きついてきた。


「ありがとう。でも、私は大丈夫。だって、ロランがこんなに大事にしてくれるから」


「……イルヴァ……」


 ロランは思わず唾を飲み込んでいた。


 本当に? 本気にして良いんだよな? 良いんだよな? なんて、何度も心の中で繰り返すロランの目を、イルヴァは顔を上げて至近距離からじっと見つめるようになった。

 やがて体の力を抜いた様子で彼女は目を閉じたから、ロランはドキドキしながらもゆっくり唇を近付けていた。


「……んん」


 唇が触れ合うと、イルヴァの口からくぐもった声が毀れた。

 唇が離れた時、イルヴァが小声で囁くように言った。


「あ、あの。念のため言っておくけど、慣例だからしているんだからね」


「うん。わかってるよ」


 頷いたロランの頭を、イルヴァが抱き締めてきた。

 そしてそのまま再び唇が重ねられる。


「んっ……ん……」


 イルヴァは少しだけ腰を上げて、ロランに体をぎゅっと押し付けてきたから、ロランは堪らなくなっていた。

 ついつい、強く彼女の背中を抱き締めていた。

 するとイルヴァの体が小さく震えた。


 しばらくキスを繰り返してからやっと唇を離すと、苦しかったのか、はぁはぁと乱れた呼吸をしながらも、イルヴァがぽーっとしたような、熱っぽい目を向けてくるようになった。

 ロランは思わずゴクンと唾を飲み込んでいた。


「い……イルヴァ。もう少し、先に進んでいい?」


 ロランが聞くと、イルヴァはおずおずと視線を漂わせた後、小さく頷いた。


「……うん」


 きゅ、とイルヴァの両手がロランの背中を抱き締めた。

 ロランは堪らなくなると、再び唇を重ね合わせていた。


(コレが……俺のモノなんだよな? 俺の好きにして良いんだよな?)


 そんな風に考えていると。


 コンコン。と、窓を叩く音がしたから、ビクッとして思わず唇を離していた。


「な、なんだ?」


 気のせいか? と考えたロランの耳に、また音が聞こえる。


 コンコン。


 ……でもここは二階だ。通りすがりの人が窓を叩くような場所でもないのだが……。

 しばらく黙り込んで動かなくなったロランを怪訝に思った様子で、イルヴァが不思議そうな表情を浮かべるようになった。


「……? ロラン、どうしたの?」


 その時、コンコン。と、また音が聞こえた。

 だから二人が同時に顔を窓の方へ向けてみると。


 そこには、ニコニコ笑顔でクレハが手を振っていた。


「く、く、クレハ?!」


 我に返って耳の先まで真っ赤になるなり、ロランの膝の上から飛び退いたイルヴァと、一方でロランは椅子から立ち上がると窓の方へ歩いて行った。

 ガラッとあけると、クレハが飛翔しながら室内に舞い降りてきた。


「おはよーお二人さん。空飛んでたら二人の姿が見えたから、つい来ちゃったよ」


「なにがつい、よ! 空気読みなさいよ!」


 思わず怒鳴りつけるイルヴァに対して、クレハはまるで気にした様子も無く「まあまあ」と軽くたしなめた。


「イルヴァがロランとそーいうコトしたくてたまらないお年頃なのはわかるけど、そういうのは夜になってから、ね?」


「なっ! な、な、何言ってるの! これは慣例なの! クレハだって知ってるでしょ?!」


 耳まで真っ赤になってバタバタ両手を振るイルヴァをスルーして、「――ところで」とクレハが珍しく真剣な顔になってロランの方に話を振ってきた。


「ん?」とロランは聞いていた。


「もう聞いた? 次のあなたの対戦相手のことなんだけど」


「次……って、明日のか?」


 キョトンとして聞き返したロランに、こくんとクレハは頷いた。


「剣闘士のジャン・コータスが、町外れの森で死んでいるのが見つかったそうだよ」


「……――!!」


 ロランはギョッとして息を飲んでいた。


「ちょ……」


 イルヴァもまた、あっ気に取られた後、慌ててクレハに詰め寄っていた。


「そ、それ、本当なの?」


 するとクレハは頷いた。


「嘘でこんな面倒臭い状況の邪魔するわけないでしょ? ただの通り魔なのか、それともルーキークラスの剣闘士を意図的に狙ったのか――。まあ少なくとも、ルーキーとは言え剣闘士を殺せるような相手なのだから一般人ではないことは確かだよね」


「…………」


 ロランは嫌な予感がして黙り込んだ。

 そしてその嫌な予感は的中したのだ。


「……今、衛兵の人があなたを探している。あなたが疑われているんだよ、ロラン」


 クレハの真面目な面持ちを見て、ロランはそれが嘘ではないことを確信していた。


「ロラン……」


 どうするの? という目を向けてくるイルヴァに、ロランは頷いていた。


「……行こう。俺を探していると言うなら、行った方が良い。何もやましい事はしてないんだ。誤解を解かなくちゃ、下手したら俺の剣闘士生命に関わることなんだから」


「うん……そうよね」


 イルヴァは頷いていた。

 ロランはそんなイルヴァに対して頷き返してから、クレハに目を戻していた。


「クレハ。悪いんだけど……」


「ええ、わかってる。ロランの嫌疑を晴らすためだもん。付き合うよ」


「ありがとう」とロランは笑っていた。





 ロランたちが宿から出ると、確かに普段よりも衛兵の数が多いように見られたが、町そのものは日常とあまり変わらなかった。


「で……どこに行けば良いんだろう?」


 町をきょろきょろと見回してロランがそう言っているうちに、一人の衛兵がロランの前で立ち止まった。


「蒼い髪、鋼色の目、中肉中背のヒューマン族……あとは刺青のある女エルフ連れ。間違いない。あんたがロランだな?」


 手に持ったメモを参考にてきぱきと特徴を確認した後、その若いヒューマン族の衛兵は、ロランに真っ直ぐ目を向ける。


「そうです」と答えてロランが頷くと、彼はロランの左右に居るイルヴァとクレハを気にした様子で見比べたものの、ごほん。と咳払いしてから、事務的な口調で訊ねていた。


「今朝の事件を知っているか?」


「……彼女から聞きました。俺の次の対戦相手が死んでいたと」


 ロランは右側に居るクレハを指差した。

 衛兵は頷いた。


「そうだ。話が早くて助かるな。あんたには現場まで同行を願おう」


「わかりました」とロランは頷いていた。特に断る理由も思い付かなかったからだ。


 衛兵はまるでロランを逃がすまいとするかのように、ロランの腕を掴んだ。そうしてから、左右にいる異種族の少女たちに目を向けた。


「ええと……ここから先は、お嬢さん方には無関係の事になる。待っていて頂きたいのだが」


 衛兵が言い辛そうに言いよどんだのは、左右の少女が揃って整った見た目をしているせいだ。

 両手に花かよ。こんな野郎のなにが良いんだ。

 内心でこっそりとそう毒づく衛兵の気を知ってか知らずか、イルヴァとクレハは一度お互い視線を合わせた後、それぞれ言った。


「私は無関係ではないからついて行くわ。あまり言いたくはないけれど、彼に従属している身だし」


 イルヴァのそんな言葉の後、クレハも続いた。


「私も行くよ。彼は私の弟子だからね」


 その後、イルヴァはムッとした様子になってクレハにジト目を向けていた。


「なにが弟子よ。ほんの数週間だけでしょう?」


「ん、嫉妬してるの? 奴隷の分際で?」


 にこにこと笑顔を向けるクレハと、あからさまに不機嫌なイルヴァとの間に、一触即発の空気が流れた。


「ま、まあまあ、二人とも」


 慌ててロランが仲裁に入ったため、イルヴァはクレハから視線を逸らし、クレハはロランの腕に腕を絡めてきた。


「なっ……! クレハ!」


 再び腹を立てた様子を見せるイルヴァに、クレハは笑って言う。


「良いじゃない~減るモノじゃないんだし。さっ、いこいこっ、ロラン♪」


「減る! 減るから離れなさいよ!」


「ええ~」


 わいわいと騒ぎ出した二人を見て、衛兵は難しそうな表情をロランに向けてきた。

 その顔は、何だこの状況は? と言っている。


「あ……あはは。気にしないでください。行きましょうか」


 ロランは苦笑交じりに言っていた。


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