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14.開幕~カリバーン杯・上

 それからのロランは大会が始まるまで、昼はイルヴァと書店へ行き、夜はクレハと鍛錬をするという暮らしを続けるようになった。

 そして月の光が白から金の色へ移り変わる頃、《天駆ける馬の月》から《火の竜の月》へ切り替わるシーズンになって、いよいよカリバーン杯は始まった。



 朝、まだ涼しい時間から、闘技場コロッセオの客席には多くの人々が集まっていた。

 といっても、この時間帯はルーキークラスの試合であるため、更に上位のミドルクラス、ハイクラスと比べると、人もまばらになっている。

 そんな中で、風精霊シルフィードの魔法に乗せた審査人の声が響き渡る。


『お待たせ致しました! カリバーン杯・ルーキークラスの開幕です!』


 ワーッと上がる歓声の中に、イルヴァとクレハの姿もあった。

 くじ運が良いのか悪いのか、ロランの試合は一回戦目早々に行われる予定だったから、二人も試合を見るためにこの場に訪れたのだが……何故かこの二人、舞台が見えやすい前のほうの席に並んで座っていた。


「……なんでここに居るの」


 ボソ、と呟くイルヴァに、クレハは機嫌良さそうに答える。


「だって私もロランの試合見たかったもん」


「クレハもミドルクラスに参加するんでしょ?」


「良いんだよ。私の試合は今日じゃないから」


「……だとしても、なんで私の横に来るの? 別々に見れば良いじゃない」


 イルヴァの冷ややかな指摘にも、クレハは意に介した様子無く「良いじゃない」とにこにこ笑っている。


「知らない仲でもないんだし、大体、可愛い愛弟子の“奴隷”の面倒くらい見てやらないと、ね♪」


 奴隷の部分を強調されたため、イルヴァは「う」と呻っていた。


(だ……だからこいつは嫌いなのよ!)


 心の中で叫んでいた。


「まあ、このお姉さんが一緒である以上、少なくとも絡まれないようには配慮してやっても良いよ? 感謝してよね、お・姉・さ・ん・に」


 にやにや笑うクレハを見て、イルヴァは「ぐぬぬー!」と呻っていた。


「なーにがお姉さんよ! 私より百年以下も生きてないくせにっ!」


「これだからエルフ族は。誇れるものはその無駄に長い寿命しかないの?」


 ふふん、とほくそ笑むクレハと、歯軋りするイルヴァ。


「なによ! ガルダ族なんてその無駄な胸以外に誇れるものが無い種族に言われたくない!」


 びし! と指差したイルヴァに、「羨ましいの?」とクレハは笑った。


「う、う、羨ましくない!」


 イルヴァはそう叫んでいたが、誰がどう見ても完敗だった。


『本大会最初にあいまみえる剣闘士は――前回のオータム杯で準優勝を飾った、リュカオン族のシグルト・スナッパー! そして――ルーキークラスのブラックホース! ラッキーソードのロラン・ノールドです!』


 審査人のそんな声で、イルヴァとクレハはぴたりと口喧嘩を止めていた。


 舞台では東側と西側の格子門が跳ね上がるように開き、それぞれの入り口から二人の剣闘士が登場する。


 東門から最初に歩み出てきたのは、栗色の毛並みをした、狼のような狐のような頭を持つ獣人種――リュカオン族の若者だった。

 リュカオン族はその種族柄、俊敏性を生かした戦い方を得意とする種族である。彼もそれに違わないようで、ズボンにブーツだけの軽装の上から、鉄製のグリーブ《脛当て》と、武器も兼ねているらしき鉄のガントレットを身に着けただけの格好をしていた。


 彼は規定の位置で立ち止まると、首を捻って軽くウォーミングアップをしている。


 一方、西門から姿を現したのは、ロラン・ノールドだった。若干緊張した面持ちながら規定の位置に立ち止まると、じっと前を見据えるようになる。


『東の剣闘士は――シグルト・スナッパー! 彼は前大会でも良い試合を見せてくれた剣闘士です! 今回もまたあの俊敏さで舞台の流れを支配するのか?! 今回こそは優勝を勝ち取りたい! 文句無しの優勝候補者です!』


『そして――』と、審査人は続ける。


『西の剣闘士は――ラッキーソードのロラン・ノールド! 彼は大会では二回戦進出までの戦歴しかありませんが、先日あのハイクラスの名手であるアイアン・ティターニアを決闘で打ち負かした経歴を持っています! その実力は果たしてラッキーなのか、それとも本物なのか……?! 本大会きっての注目の剣闘士です!』


 その審査人の解説を聞いて、イルヴァは頭を抱えていた。


「ああ……どうせロラン側でこんな解説が入るなら、潔く私もミドルクラスに参加すれば良かったかしら。上位下落組だし、今からならギリギリ間に合うわよね? 申請してこようかしら」


「え。イルヴァ、ハイクラスじゃないの?」


 キョトンとした目を向けたクレハに、「なに言ってるの」とイルヴァは答えた。


「格下の剣闘士に決闘に負けたら、問答無用で降格するでしょう? 知らなかったの?」


「決闘なんて何年も誰もしなかったから、意識してルール確認なんてしてないよ。それよりも……ダメ! 反対! イルヴァは絶対に出ないで!」


「なんで」


「そんなの、私が優勝できなくなるからに決まってるでしょ?!」


 必死にクレハは両手をぶんぶんしてバツの字を作っている。

 良い弱点を見つけたと思って、イルヴァはほくそ笑んでいた。


「んー、どうしよっかなー」


 微笑むイルヴァに、クレハはムッとした表情を向けていた。

 そんな時だった。


『両者――構え!』


 そんな声が聞こえたため、二人は会話をぴたりと中断していた。


『――始め!!』


 審査人の声と共に鐘を叩く音が鳴り響いた。

 正中線上にすっと剣を構えるロランに対して、シグルトは地を蹴って一気に跳躍していた。


「お前の剣がラッキーだということを、この俺が証明してやるよ!」


 そう叫びながら、シグルトは頭上からロランに飛び掛る。

 ロランは足をすっと後ろへ引くと、紙一重でそれを避けていた。

 ストッ! と着地した姿勢のまま、シグルトは足をなぎ払うように振るうが、ロランはそれを跳んでかわしていた。


「どこまで俺から避けられるつもりかな?!」


 シグルトは折り曲げた体をバネのようにして、一気に伸ばすと肘打ちを叩き込んでくる。


「クッ……!」


 ロランは剣を前に出すと、バックステップしながら肘打ちを弾いていた。

 バチッ! と音がし、シグルトは弾かれた衝撃で身を横へと大きく逸らしていた。

 その軌道上を彼の足がぶん! と通り過ぎていく。

 彼は弾かれた衝撃をも利用して蹴りを繰り出したのだ。しかし、ロランが距離を取っていたためそれは当たる事はなかった。


「ふん……」


 鼻を鳴らしながら、シグルトは獣のように四つんばいになっていた。

 ロランの目は何の感情も無い様子でじっとシグルトを見ている。それがシグルトを苛立たせた。


「気に食わねェな……!」


 シグルトは再びロランへと飛び掛っていたが、さっきと同じようにスレスレで回避された。


「ガアッ!」


 再びシグルトは拳を振り上げると、ロランへ三度目飛び掛る。

 しかしそれもまた避けられ、シグルトは余計に苛々としていた。


「逃げてんじゃねぇ!」


 ぶん! と回し蹴りを振るうと、ロランはやはり軽くしゃがんでギリギリの位置を保ちながら避けた。

 かと思うと、そのままひゅっ! と一気に懐まで飛び込んできた。


「ここは俺様の距離だぜ!」


 シグルトはロランの体を掴もうとして腕を脇から大きく振った。

 ……が、ロランはまたスレスレの位置でかわしていたのだ。

 シグルトの動きをじっと見ながら、一気に頭を低い位置まで落とすと共に、下から上へと剣を振り上げていた。正確に。真っ直ぐに。


 シュッ! と、細い音がして、「野郎!」とシグルトが吼えた。

 その低くなった腹に蹴りを叩き込んでやる! と言わんばかりに、シグルトが足を後ろへ引いた時。


 ブシュ! と、脇の下から血が吹き上がる。


「な……!」


 シグルトは驚愕の表情を作ると共に、バランスをくずしてよろめいていた。と同時に、ブランと片腕が垂れ下がる。

 そう――さっきロランに斬られたせいだ。彼は脇の下にある腕の腱をスッパリと断ち切ってしまったのだ。


「テッメェ……!」


 怒りの余りに牙を剥くシグルトに対して、ロランは表情を一つも変えないまま、バックステップで距離を取ると改めて構えなおしていた。



「おお、偉い偉い。ちゃんと私のアドバイス通りに出来てるじゃない。筋や腱の知識が無い時はどうしようかと思ったけど、ちゃんと勉強もしたんだね」


 ぱちぱちと手を叩くクレハと、一方で頬杖をついて「あはは……」とイルヴァは乾いた笑い声を零していた。


「大半の本を漁ったのは私だけどね……。ロランのあの空っぽな頭に知識を叩き込むのに、苦労させられたわよ。誰かさんのせいで」


「誰かさんって、私のこと?良いじゃない。これで大事な大事なご主人様が強くなるんだよ?安いもんじゃない」


「だっ……大事って」


 イルヴァは思わず赤面していた。


「だ、だ、誰がよ。私はね、ロランが死んでくれた方が清々するわよ!」


「へーへー、そういうことにしておこうか?」


「そ、そういうことじゃなくて……!」


 むーっとした表情を浮かべるイルヴァに目もくれず、クレハはぴっと指先を舞台の方へ向けた。


「……あ。動いたよ、ロランが」


「えっ」とイルヴァは舞台へ視線を戻していた。


 その先ではロランが、剣を振り上げながら自らシグルトの方へ突っ込んでいた。


「この野郎!!」


 シグルトも同じように、ロランに向かって飛び掛った!

 しかし彼の直線的な動きはロランにとって見抜きやすいものなのだ。


 ロランは身をわずかに捻るとスレスレで避けつつ、「はっ!」という気合の声と共に、一閃、振り下ろしていた。

 俊敏なはずの彼の背中に、ロランの剣が食い込む。

 血を流しながらシグルトは転がった後、起き上がっていた。


「ハッ。ハッ」


 肩で息をしながら、振り返ると憎憎しげにロランを睨み付ける。

 ロランは再び正中線上に構えなおしていた。


「降参するなら今のうちだ」


 ロランの言葉に、シグルトは牙を剥いていた。


「降参……だとォ?! 舐めるなッ、幸運野郎! 今のもどうせラッキーだろうがよ!」


 シグルトは唯一自由な腕を振り上げると、ロランに殴りかかってきた。

 彼は自覚していなかったのだ。片腕でもバランスが崩れてしまうと、スピードが落ちてしまうということを。


 当然、ロランは容易く避けると、今度は腕が伸び切ったタイミングを見計らい、再び剣をヒュンと振る。

 彼の切っ先は深く肉を抉る事が無く、掠めるように通り抜けるだけ。

 しかしその音の殆ど無い一閃が、プツッという小さな音だけ残して、正確に腕の腱を断ち切っていた。


 だくだくと血が滴り、とうとう反対側の腕も垂れ下がるようになった。


「ハァッ。ハァッ」


 出血もかさんできたようで、シグルトがロランを睨む目にも覇気が失せてくる。


「ラッキーと思うか?」


 一言、ロランは聞いていた。


 それで全てシグルトは悟っていたのだ。

 ……これは偶然なんかじゃない。

 やつは意図的に、寸分違わず、こちらの腱を切りに来ているのだと。


 それに気付くとシグルトは、どっとその場に膝をついていた。全て無駄だと悟ったのだ。


「く……くそっ……。デタラメな野郎め……」


 シグルトはうな垂れるように灰色の石で出来た床を睨み、そして言った。


「……降参だ」と。


 次の瞬間、ワッと会場が沸き立った。


『勝者――ロラン・ノールド! こ、これは、驚くような戦法で確かな実力を見せつけました! ロラン・ノールドの勝利です!!』


 審査人の驚きも入り混じった声が、歓声をBGMに張り上げられる。

 ロランは顔を上げると、観客席の方へ目をやって、二人の協力者の姿を見つけると笑顔で手を振っていた。


「あははっ。やったねーロラン!」


 満面の笑顔で身を乗り出して手を振り返すクレハと、一方でイルヴァは頬杖をついたまま、はーっと溜息をついていた。


「あんまり目立つようなことしないで……」


 恥ずかしい様子で俯いてぼそぼそと呟いていた。





 ロランは控え室のドアを閉めると、満足感で胸を満たしながら、すぐ近くまで来ていたクレハとイルヴァの元へ歩み寄っていた。


「やったよ、二人とも」


 ロランは笑顔でそう声を掛けていた。

 するとクレハは機嫌良さそうに何度も頷いた。


「よくやったね、ロラン。これでわかったでしょ? あなたのその剣は、正確だからこそ、正確に狙うべき所を狙って初めて生かされる」


「うん……そうだな」


 ロランは頷いてから、自らの拳に目を落としていた。


「少し戦い方に意識を払うだけで、ここまで違うなんて。……こんなに自分が“出来る”と思ったことは初めてだよ。だから、ありがとう、クレハ」


 そう言って誇らしげに笑うロランに、クレハもまた笑顔を向けていた。


「うんうん。私から見ても、十分成果は上げてたと思うよ。教えた身としては嬉しい限りだよ。だからこれは、ご褒美!」


 クレハはそう言うなり、ぎゅっとロランの顔を胸の中に抱き締めてきたから、ロランは驚いていた。


「く、く、クレハ?! わぷっ」


 胸に溺れるとはこのことだろう。クレハの柔らかい二つの果実がむにむにと頬を挟みこんできて、ロランは赤面するしかなかった。


 というか……やばい。このままじゃ息が出来ない。

 どうしたものかと焦っている時、イルヴァがクレハを引っ張って引き剥がしてくれた。


「クレハ。誰の許可があってロランにくっ付いてるわけ?」


 イルヴァは明らか不機嫌ど真ん中の顔をしてクレハに迫っていたが、クレハはにやにやとからかうような笑みを浮かべていた。


「誰の許可がいるの? まさかー、奴隷様の許可、って言わないよね?」


「うん……やっぱり決めた。大会に参加申請してくる」


 据わった目をして告げたイルヴァに、クレハの表情が焦りへと変わった。


「あっ! ごめん。ごめん、イルヴァ! 私が悪かった!」


 大慌てで謝り出すクレハは、よほどイルヴァに参戦してほしくないらしい。

 イルヴァはふっと笑っていた。


「そんなので良くハイクラス目指せる気になれるわね」


 それに対して、クレハはぶ然とした表情を浮かべていた。


「イルヴァのは常識外れだから! 大体なんなのその、加重無効ウェートインバリッドの数! チートだから! そういうの、チートって言うから!」


「不正行為じゃないわよ。エンチャント系がダメって、剣闘士憲章のどこにも書いてないじゃない」


「そりゃ普通、そんな無茶苦茶な精霊刻印スティグマ誰が入れると思う?」


「……私」と、イルヴァは自分を指差していたから、クレハは肩を落としていた。


「そうだね……あんただよね。って、そうじゃなくてさ……」


 クレハは何か言いたげな目をしてイルヴァのことを見るが、イルヴァは何も言うことなんて無いから。と言わんばかりに、視線を背けていた。

 そんな二人を見て、ロランはのん気に笑っていた。


「はは。二人とも、仲良いんだな」


『どこが?!』と、二人は異口同音で答えるのだった。


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