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氷の滅慕  作者: SH
四章 覇王
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光輝の凱歌


 魔族の領域中西部。

 遠く天山グラシェールの威容を望む小高い崖の上に、ふたつの人影があった。


「くそっ、道間違えたな。登り坂が多いからおかしいとは思ってたけど……」


 人間でいえば十代後半。かろうじて二十歳(はたち)に届くかどうかといった外見の彼は、それより遥かに長い時を生きる魔族の青年だった。白蓮や高城から“あの方”と呼ばれる人物である。


「本当はもうすこし近くまで行きたかったんだけどなぁ……まぁ、あんまり近寄り過ぎるのもアレだし、ちょっとこの辺りで様子を見てみようか?」


 傍らに立つ連れへ、なんとはなしに話を振るが返事はない。彼女の視線はグラシェールの上空。浮塵子(うんか)のごとく群れ飛ぶ有翼人へと向けられている。


「勇壮じゃなぁ……」


 かなりの距離があるため個々の判別はつかないが、遠目からは有翼人の白い翼が一塊となり、ひとつの巨大な積乱雲のようにも見える。それらが絶え間なくうごめき、時折陽光を反射してキラキラと銀光を発していた――遠すぎて目視することは不可能だが、軽金属の胸当てなどで武装しているのだろう。

 ほうっと吐息をもらした連れの隣で空を見上げた彼も、その驚くべき光景にしばし見入っていた。


「以前に聞いてたより、だいぶ数が多いね。下手すると四、五万くらいは居そうだなぁ」


「うむ……良いのう……勇壮じゃのう……」


 連れの珍妙な言葉遣いに、彼は苦笑を浮かべる。


「……ん? あれは……」


 眼下に広がる平野部へ視線を落とした彼は、かなりの速度で西進する二百名ほどの魔族を発見した。


「斥候かな……いや、威力偵察か?」


 一個中隊に相当する魔族達は、ただの偵察というには危険なほど、グラシェールへ近づきつつあった。

 遠方から敵情を視察する役割を負う通常の偵察部隊ではありえない。おそらく彼らは敵陣に肉薄し、戦端を交えることにより相手方の戦力を計る威力偵察部隊。

 グラシェール上空に群れる有翼人達の一部が、その存在に気づき急降下していく。


「猛禽みたいな奴らだな。……にしても数が多い。偵察隊全滅しちゃうんじゃないか?」


 高空から舞い降りた有翼人は、全体からすればほんの一部だが、それでもゆうに千を越えている。魔族達の十倍近い数だ。


 翼なき者の手の届かぬ宙空に位置取り、有翼人は次々と魔力の矢を降り注がせる。だが、圧倒的に魔族側が不利かと思われたのもつかの間、地上から大量の土砂(どしゃ)が吹き上がり、翼ある者達を一瞬で飲み込む。

 やや遅れて低い地鳴りが轟き、激しい爆発音が響いて来た。

 半数ほどの有翼人は高空へと逃れていたが、残りの半数はもうもうと立ち上る土煙りに巻かれて姿が見えない。


「おー。かなり高位の魔族が混じってたんだな。魔王とまではいかないと思うけど、将位くらいの奴が来てるみたいだね」


 彼はさきほどからまったく返事をしてくれない連れへ、すこし寂しそうな目を向ける。


「なぁ、なんかオレ馬鹿みたいじゃない? さっきからずっと独り言つぶやいてるみたいでさ……」


「……うむ」


 生返事をする連れの視線は、眼下の戦いではなくグラシェールの頂上付近へ向けられていた。何となくその視線を辿った彼は、かるく眉をひそめる。


「……ん? これは――――?」


 グラシェール山頂。“神の宮”と呼ばれる神域が、淡い光を発していた。天からは細かな光の粒子が淡雪のように舞い降り、山頂部に光が集まっていく。


 平野部での戦いは依然続いている。

 魔族にとっては先程の爆発が開戦の狼煙であったらしく、高空の有翼人へ向けて無数の火球や石弾が放たれていた。

 目先の戦いに気を取られ、魔族達は山頂付近で起きている異変に気づいていないようだった。



 神域へ降り注ぐ光はゆるやかに滞積していき――突如、視界を焼きつくすかのような光輝へと変わった。





 グラシェール山頂“神の宮”内部。


 光沢を持たぬ冷たい金属に囲まれた広い空間。その中心では、ゆらゆらと光の粒子が漂い、ゆっくりと一所(ひとところ)に密集していく。

 五人の老人が輝きを増す光の渦を囲み、神妙な面持(おもも)ちで(ひざまづ)いていた。彼らはいずれも有翼人の大部族を束ねる(おさ)達であった。そしてその背後には、やはり両膝を(にび)色の床につけ、光量を増していく部屋の中央に見入る大勢の有翼人達。


 やがて、まぶたを閉じてさえ眼球に痛みを感じるほどに輝きが強まる。広い室内を埋め尽くす者達は、祈るように額を床へつけた。


 轟――と大気が揺れた。

 凄まじい存在感が光の中に生まれる。


「オ、オオオォォ――――」


 有翼人達から歓喜の声が洩れる――だが、誰も顔を上げることは出来なかった。身を縛りつける畏怖心がそれを許さない。


 部屋の中央には筋骨隆々たる偉丈夫が顕現(けんげん)した。

 全身を光輝に包まれ、強い神性を備えたレギウス神族の一柱。


「翼ある者達よ! 忠実なる(しもべ)らよ! 我が降臨を(しゅく)せ!!」


 どっと周囲が沸き返り、有翼人達は口々に祝福の言葉を連ねる。辺りは瞬時に熱狂の坩堝(るつぼ)と化した。


(おもて)を上げよ! (たっと)き我が姿を――この武威を目に焼き付けよ!!」


 有翼人達は恐る恐る顔を上た。


 そこにあるのは、一糸まとうことなく光輝をまとった神々の守護神。溢れ出す神性が物理的な力となり、空気が渦を巻く。重厚ではあるがしなやかさも備えた筋肉の束で全身を鎧い、その身から撒き散らされた光が奔流となり、空間全体を埋め尽くしていく。


 ある者は、その勇壮さに心酔し、言葉にならぬ絶叫を上げた。

 ある者は、その美々しさに塩の柱と化したかのように一切の動きを停めた。

 またある者は、あまりの神々しさに忘我(ぼうが)し、ただただ涙を流していた。


 戦神はそれらの者達を満足そうに眺め、光の粒子を振り撒きながら両の(かいな)を大きく頭上へ掲げる。


「我を畏れよ! 我を敬え! そして我が御名(みな)を讃えよ――――我こそは! 戦神バイラウェなり!!」


 バイラウェの手に光が集まり、とてつもない光度を放つ長槍が形作られた。



 戦神の名を讃える叫びは割れんばかりの大音声(だいおんじょう)となり、神域全体へと伝播していった。





 平原の大地が爆音とともに弾け、間欠泉のように土石流が噴き上げた。

 魔力の矢を構えていた数体の有翼人が、岩や土砂に打ち据えられ地へと墜ちてゆく。

 わずかに残っていた上空の襲撃者達は、明かな不利を悟ったかのように仲間達の元へ逃げ帰っていく。


李巡(りじゅん)将軍。何やらグラシェールの方からただならぬ気配が」


「分かってるわ」


 李巡と呼ばれた女魔族は、うるさそうに腕をひと振りする。彼女は中央の魔王、一早(かずはや)から先遣の部隊を任され、グラシェールの偵察に赴いて来た将位の魔族であった。

 手勢の数こそ二百と少数ではあるが、その内の六名は子爵位から侯爵位までの貴族達である。たとえ一国を落とせと命じられても、それを可能とする戦力だ。


「寄って来る羽虫共を落としつつ前進するわ」


「ですが、すこしグラシェールに近づき過ぎなのでは? 一旦後退して奴らの動静をうかがうことを進言いたします。一早様もあまり神域には――」


「一早様はこうも言っていたわ。邪魔な有翼人共の数をなるべく減らしてこい、とね。あのうっとおしい蚊トンボ共を、殺し尽くしても構わないということでしょ?」


「……わかりました。――ん? あれは……!?」


 遠く広がるグラシェールの(ふもと)から、とてつもない“なにか”が近づいて来ていた。周囲の空間自体を浸蝕するかのような光輝と力。多くの有翼人達を頭上の天蓋(てんがい)とし、魔王と比較しても遜色のない苛烈な存在感。


「まさか――!?」


「間違いない! 戦神バイラウェだわ!」


「李巡将軍……こ、これは無理です! 引きましょう」


 魔族達のあらゆる者が、その絶大な存在感を前に、抗すべくもない力の差を瞬時に理解した。


「なにを馬鹿な! これ程の力を見せつけられて背を向けろと? あれがバイラウェならその力を推し量り、一早様にお伝えすることこそが私の勤めだわ」


 その言葉は職務に忠実ではあるが、あまりに無謀だった。


「いけません李巡将軍!!」


 だが李巡はすでに駆け出し、制止の声はむなしくその背にこだました。



「クッ! 仕方ない、追うぞ。将軍に遅れを取るな!!」





 光り輝く戦神を前にし、李巡は今までに感じたことのない戦慄に捕われていた。


 距離はまだ遠い。

 声を張ってぎりぎり相手の耳に届くか、といったところだ。


 だが、王位にある魔族と向かい合った時に感じるものとは、まったく別種の威圧感が肌を刺す。

 全身がじゅっくりと汗ばむ。

 夏場だが、流れ落ちたのは冷たい汗だった。


 後方から追いついて来た配下の者達も似たようなものだった。

 いや、もっと悪い。

 震えることさえ出来ず立ち尽くし、戦意のかけらすらうかがえない。

 完全に気を呑まれてしまっている。


 止まってしまったかのような時の中、低くはあるがよく通る声で、戦神が大気を揺らがせた。


「名を名乗ろうとは思わぬ。なぜなら、我が威光はあまねくそれを伝えるからだ」


 天空にひしめく信奉者達が、声高らかにその名を讃え上げる。


「また、お前達の名を聞こうとも思わぬ。なぜなら、汚れし肉と魂の名など、知る価値も無いからだ」


 戦神が片手を魔族達へ向けると、その掌に神威が集まり光輝が渦巻いた。


「我は法を司る神王レギウスを守護する一柱として、すべての魔族を断罪する」


 渦巻いた光は爆発的に膨張し、辺りは白一色に染め上げられていく。


「そなた達は憐れで(よこしま)な存在だ。かといって、そなた達個々に罪がある訳では無い――――ただ魔族であることが罪である」


 光が魔族達を飲み込む――そして、慈悲とため息を持ってバイラウェは告げた。



「罪を(あがな)い光へ還れ」





 李巡は全霊で障壁を支えていた。四方は激しい光に包まれ、まったく視界が効かない。

 周囲の者達がどうなっているのかも確認出来なかった。

 おそらく、爵位の魔族であっても生きている者はおらぬであろう。それほどの力が李巡の障壁を削り続けていた。

 もう長くはもたせられない。そう感じた瞬間、まばゆい光は唐突に消え去った。


「ほう? 生きている者がいるとはな。しかも……無傷か」


 戦神の声が響いたが、まだ光に目を眩ませている李巡にはその姿を視認することが出来ない。


「それなりの力を持っているようだな。よかろう、我が神槍ゲオルグにて滅してやる。――跡形も無く、な」


 李巡は声の聞こえる方向から戦神の立ち位置を推測し、自身の前面に魔力を注ぎ込んだ。

 大地が隆起し、李巡を守る壁となる。盛り上がった土石が小山のごとく両者の間に立ち塞がり、それは山津波となり戦神へと襲いかかった。

 守りは捨て、李巡はありったけの力を質量に変換し、尊大な神々の守護者へ叩き付ける。

 もちろん李巡もこれで戦神を倒せるとは思っていない。離脱を計るなら今しかないと考えた目の前で――――うねる大地の中に、かすかな光点が生まれた。



 それが広がり光が溢れ出したと知覚したとき、李巡は高速で飛来した神の槍に貫かれ、跡形も無くその身を失った。





「……見えた?」


「ぴかぴかしておってよう分からん。だいたいこの距離じゃ、無茶を言うな」


「だよね……さすがに遠すぎるかぁ……」


 彼は崖の上から身を乗り出し、グラシェールの麓へと目を凝らす。

 だが、輝きが爆発したかと見えた次の瞬間には、巨大な光の柱が天高く立ち上っていた。


「将位の魔族……やられちゃった?」


「あれでは無理じゃろうな。何か光り物が投げられたようにも見えたが……」


「……よしっ! 撤収するか。後は戦禍に任せよう」


 グラシェールへ背を向けた彼の腕を、連れがぐっと掴む。


「上を見よ。鳥でもないのに羽の生えた者達が舞っておる」


「ん? ……あっ!?」


 彼らの頭上天高く、雲の絶え間から急降下して来る有翼人が二人。


「なんで見つかった? いくら目がいいっても、この距離だぞ!?」


「グラシェールにたむろっとる奴ではなく、斥候なのではないか? 普通に考えて、魔族の様子を探るために幾らかの兵は割いておるじゃろ」


「あ、ああ。そうね……」


「任せよ。すぐ焼鳥にしてくれる!」


 鳥でもないのにと言った口で焼鳥などと言い出した連れを、彼は慌てて止める。


「待て! 燃やしちゃだめっ! オレがやるから結界を頼む」


 不満げにしながらも、障壁を拡げて結界を作り出した連れへ、彼は口早に指示する。


「どっちか一人を受け止めてくれ。生け捕りにしたい。もう片方は無視していい」


「受け…………ああ、落とすのじゃな」


 その言葉が終わる前に、付近一帯のあらゆる物質に凄まじい重圧がかかった。

 広い範囲の地面が円形に、握り拳二つ分ほども陥没する。無数の岩が自重に耐え切れずそこかしこで砕け散った。

 大気もまた密度を増し、その影響は空にあった有翼人にまで及ぶ。瞬間的に数倍となったみずからの質量を宙空に保ちきれず、自由落下では有り得ない勢いで地へと引かれる。

 今や数人分の重量と化した有翼人の落ちゆく先には、高速落下するその大質量を、気安く“受け止めろ”と言われた連れが大きく腕を広げて待っていた――――――が、場所が悪かった。


 崖が崩れた。


「ふぉっ!?」


 地へ落ちた有翼人と彼らは、轟音と共に落盤に巻き込まれ、崖下へと転がり落ちて行った。

 もうもうと立ち込める土砂の中から這い出した彼は、いかにもすまなそうな声音を作る。


「あー、ごめんね。まさかこんな事になるとはさ……」


「思っとらんかったのか? 崖の上であれほど派手にやって?」


 巨大な岩石を押しのけ、連れが呆れたような目で彼を睨む。


「ん、いや。ほんとごめん」


「……よい。何となくこうなるような気はしておった」


 ははっ、とごまかすように笑った彼の足元へ有翼人が放られる。


「ちゃんと生きておる。ふんわり抱き止めたからの」


「おー、さすが力持ちだねっ」


「ふんっ……ただ手足や翼の骨はかなり逝っておるぞ。――まぁ、すこし魔力を流し込んでやれば、すぐ元気に飛び回るじゃろ……首枷と綱が必要じゃな」


「いや、ペットにする訳じゃないから」


 いやいや、と手を振る彼を見て、連れはすこし残念そうにする。


「戦禍への土産だよ。ほら、偵察隊も全滅しちゃったみたいだからさ。これ持ってってやればきっと喜ぶんじゃないかな」



 ひょいっと有翼人を担いだ彼は、片手で器用に崖を登りだした。

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― 新着の感想 ―
[一言] よっしゃーーーー!!!!そろそろ夏休みだしテストも終わるから気兼ねなく読めるどーー!!!
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