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氷の滅慕  作者: SH
四章 覇王
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未明の騒乱



 早朝。日の出を間近と控えたまだ辺りも暗い時間帯。

 静寂に包まれた宿舎の空気を甲高い早鐘の音が引き裂いた。


「――なんだっ!?」


 かばりと上体を起こしたシグナムが寝台から飛び降りる。

 眠りの浅い野生動物の習性を持つルゥも、すぐに目を覚ます。


 (とこ)に着くことなく部屋の片隅に座り、神への祈りを捧げていたジャンヌは立ち上がって鎧戸を開いた。


「魔術師が大勢集まっていますわ。十数名ほどでしょうか」


 中庭を覗きこんだ神官娘の言葉を受け、シグナムは慌てて扉を開く。

 やや遅れて、同じように他の部屋の扉が開かれ、戦士達が廊下へ姿をあらわした。


「なんの騒ぎだ!?」


 シグナムの声に、やはり慌てた様子の戦士が答える。


「敵襲……いや、非常招集だ!」


「非常招集?」


「ああ、急いで武装を済ませ、中庭に集合だ! あんた達も急いだ方がいい」


「わかった」


 戦士達は次々と室内へと戻っていく。

 シグナムもそれに(なら)い、鎧を着込むため部屋へと戻る。


「非常招集だそうだ」


「ボク、お腹すいたぁ」


「飯はあとだ。早く着替えな」


「えー」


 不満げなルゥの尻を、シグナムがぺちりと叩く。


「給金分の仕事はしないとな」


 素早く寝巻を脱ぎ捨てたシグナムは、ふたたび床に膝をついて祈り出したジャンヌに目を止める。


「おい、なにやってる。お前もさっさと用意しろ」


 両手を組み、瞳を閉じたまま天井を仰いでいたジャンヌが片目を開く。上半身裸であるシグナムの腹部を見て、神官娘の唇から感嘆のため息がこぼれた。見事に割れた腹筋に思わず見とれてしまったことをごまかすように、こほんと一つ咳ばらいをする。


「ま、まだ祈りの途中です。――それに、わたしは魔術師などに力は貸しません」


「お前なぁ、ギルドには一宿一飯どころじゃない借りがあるだろ? つべこべ言ってないで働きな」


「……」


「ダレスの信徒は、恩も返せないような礼儀知らずなのか?」


「ぐっ……」


 低く呻き、渋々といった感じでジャンヌが立ち上がる。


「――て、アルフラちゃん!? なんでまだ寝てんだよっ!」


 寝台へ駆け寄ったシグナムがアルフラから布団を剥ぎ取る。

 惰眠をむさぼるお寝坊さんは、寝乱れた薄い肌着から形のよいヘソを覗かせ、むにゃむにゃと口の中で不満を訴える。


「ん~~……どうせまた、待機してろって言われるよぉ……」


 まだ寝ぼけているのか、あまりろれつが回っていない。

 心地好く丸まろうとするアルフラの腕を、シグナムがぐいと掴む。


「アルフラちゃん! 最近ちょっとだれてるんじゃないかっ!? あたし達は傭兵なんだよ!」


 寝床からアルフラを引きずり出そうとしたシグナムだったが、逆にアルフラから引っ張られてしまい、身体が泳ぐ。

 思わぬ強い力に、そのまま覆いかぶさるように倒れ込んでしまった。


「わぷっ」


 巨大な双丘の下敷きとなったアルフラから、嬉しそうな悲鳴が上がった。


「ちょ、ちょっと! アルフラちゃん?」


「だひじょぶ。シグナムさんも、もぅすこし寝てよ……」


 胸に埋もれたアルフラが、もごもごと口を動かしながら顔を擦り寄せる。その動きが、ぴたりと止まった。


「――なっ!?」


 驚いたように身を離し、まじまじとシグナムの胸を見つめる。


「なんで裸なのっ!?」


「いや、だから非常招集がかかってるんだって!」


 しばらく呆然としていたアルフラだったが、めったにない幸運だと判断したらしい。ふたたびシグナムに抱き着く。


「こらっ! まだ寝ぼけてんのかっ」


 シグナムの声音に怒気が含まれ始める。

 枕代わりにされることにもさすがに慣れてきたが、今はそれどころではないのだ。


「いいかげんにしないと――」


 ぐりぐりと顔を振り、アルフラはたっぷりと肉の詰まった乳房を堪能する。その首ねっこをシグナムが掴んだところで――不意に扉が開かれた。

 術士の着用するローブではなく、普段着姿のカミルが部屋へ入ってくる。


「みなさん、おは……よ…………」


 笑顔を浮かべたまま、カミルは立ちすくんだ。

 室内の動きが一瞬止まる。投げ出されたシグナムの胸と、その谷間に顔を押し付けるアルフラ。さらに、着替えの時にはまずすっぽんぽんになるルゥと、神官服を脱ぐと腰布一枚のジャンヌ。


 戸外の喧騒とはうらはらに、室内では気まずい沈黙が流れていた。


 真っ先に、そして唯一、年頃の娘らしい反応を示したのはジャンヌだった。


「きゃあぁあっ!」


 普段からは想像もつかない甲高い悲鳴を上げ、ジャンヌが小ぶりな胸元を隠す。

 そんな神官娘を不思議そうに一瞥(いちべつ)し、ルゥは何事もなかったように着替えを続行する。

 アルフラは下着丸出しの寝巻姿だったが、魅惑の台地を探索中なため夢見心地だった。その頭部は完全に埋もれてしまっているので、頭隠して尻隠さずといった状態である。


 我に返ったカミルも、慌てて後ろを向いた。その背に、肌を見られたことを気にした風もないシグナムが問う。


「カミル。この早鐘、何があったのかお前わかるか?」


「え……ええっ、はい!」


 どぎまぎとした様子のカミルが、ええと、あの、を多用しながら事の次第を説明しだす。


「ええと、あの、脱走者が出たらしくて、そのぉ、市内各所に、ええと、検問が敷かれ――」


「すこし落ち着け。ちゃんと詳しく説明してくれ」


「は、はい、ごめんなさい。ギルドの施設から囚人が脱走したらしくて、市内を含む近辺の街道に、検問と関所が急造されるそうです。現在その人員を(つの)っているところです」


 シグナムが囚人という言葉に顔をしかめる。

 つい最近、ギルドの地下に囚われている魔族の話を聞いたばかりだ。


「その脱走者ってのは、どういう奴なんだ?」


「その辺りは極秘裏にされていて、僕にはわかりません。ただ、みなさんには待機命令が出ています」


「はぁ?」


 シグナムは思わず、みずからの胸に埋もれるアルフラを見下ろす。


「……アルフラちゃん?」


 顔を上げたアルフラが、にんまりと得意そうに微笑んだ。


「ね? だから言ったでしょ。もうすこし寝てても大丈夫だって」


 まるで、あらかじめこの事を知っていたかのようなアルフラの言葉に、シグナムの表情が強張る。


「……カミル、もういい。部屋から出てってくれ」


「え!? あ、はい。すみませんでした」


 後ろを向いたまま頭を下げたカミルが、急いでその場から駆け出す。

 勢いよく閉じられた扉を見て、シグナムは真剣な眼差しをアルフラへ向けた。



「さ、話してもらおうか。アルフラちゃんは、いったい何をやらかしたんだ」





 至近からシグナムに見つめられ、アルフラはうろたえてしまう。


「ギルドから脱走した囚人てのは、爵位の魔族なんじゃないのか?」


「あ、あたし……知らない」


 ただ待機命令が出るだろうと口にしただけなのに、なぜその事を問いただされるのか、アルフラには解らない。

 だが、反射的に目を逸らせてしまったことが、シグナムに確信を与えたようだ。


「こら、ちゃんと目を見な」


 何も答えぬアルフラに、シグナムが大きなため息を落とす。


「なあ、アルフラちゃん……そんなにあたしが、信用出来ないのか?」


 悲しげな響きを帯びた声音に、アルフラは慌ててかぶりを振る。


「そんなことない! あたし、シグナムさんのことはすごく信用してる」


「だったら……話してくれ」


 アルフラにとって、シグナムは姉のような存在だ。

 今では身寄りもない自分にとって、唯一頼れる相手だと思っている。

 雪原の古城を後にし、一人国境の砦を目指していたアルフラを助けてくれた恩人でもある。

 直接的、間接的にもシグナムからは、常に庇護されてきた。

 実際、彼女との出会いがなければ、右も左もわからない世間知らずな自分は、かなりの確率でオーク襲撃時に命を落としたのではないか、と考えている。――それ以前に、兵隊達のなぐさみ物にされていた可能性も高い。

 白蓮とは違った意味で、アルフラにとってシグナムは特別なのだ。


 シグナム自身も、そのことについては自覚がある。

 だから、揺るぎない真っ直ぐな視線で問いかける。


 あたしには話せるよな、と。


「昨日、フレインと……どこへ行ってたんだ?」


「……ギルドの地下」


 伏し目がちに答えたアルフラに、シグナムが軽く息をのむ。


「確か……爵位の魔族が囚われてるのは、ギルドの地下だったよな?」


「うん。……すこし、血をもらってきたの……」


「すこし?」


「……全部」


 シグナムが片手で顔を覆う。


「まいったな……急いでここを引き払う用意をした方がいい」


「それは、大丈夫だと思う。フレインがばれないようにしてくれるって言ってたから」


「あの馬鹿っ! ……そうか。逃亡騒ぎになってるってことは、死体を残して来た訳じゃないんだな?」


「う、うん……」


 アルフラは思わず口ごもってしまう。

 もちろん死体をギルドの地下になど残して来てはいない。だが、その行方を詳しく説明することも出来ない。


 爵位の魔族は、今ごろ暗い土の中だ。――その穴を掘った男達と共に。


 アルフラにも、さすがに三人の人間を殺したとシグナムに告げるのは、非常にまずいと感じるくらいの分別はある。


――絶対おこられる……


 そんな子供っぽい思いがアルフラに嘘をつかせる。


「……フレインが処理してくれるって」


 シグナムが眉間にしわを寄せ、これ以上ないというほどの渋面を作る。


「アルフラちゃん、フレインみたいなおっとりした奴が、そんな気の()いたこと出来るはずないだろっ! 死体が見つかればかなり面倒なことになるのはアルフラちゃんにだって分かるよな?」


「えっと……」


 アルフラはシグナムの表情をうかがいあたふたとしていた。

 単純な強さという意味合いでいえば、アルフラがシグナムを恐れる必要はない。だが、身寄りのない今のアルフラにとって、庇護者であるシグナムの機嫌を損ねるという事態は、ある種の恐怖を喚起する。

 実年齢より幼いその精神は、不機嫌な時の親と接する子供にも似た不安と重圧を感じていた。


「あ、あのね、フレインが言ってたの。サダムっていう、そういうことに慣れた魔導士が手伝ってくれるから大丈夫だって」


「サダム? 誰だそりゃ?」


「あたしのこと見張ってる魔導士なんだって」


 シグナムが考え込む。


「……そういえば前に聞いた覚えのある名だね。しかし、いつの間にそんなことになってたんだ?」


「あたしもよく知らないけど、前に高城が来た時に、その魔導士にいろいろ頼んでくれてたらしいの」


 あまり言葉を交わすことなく去って行った高城だったが、アルフラの知らないところで自分のために動いてくれていたことを、フレインから聞かされたのだ。

 そして高城だけではなく白蓮もサダムという魔導士に、くれぐれもアルフラのために尽くすようにと、お願いしてくれたらしい。


 やはり自分は白蓮から愛されているのだ、という自信が、最近アルフラの機嫌がよい最大の理由だった。


「なるほどね。でも用心しとくに越したことはない。最悪、いつでも王都を離れられるよう準備だけはしておこう。――血を抜かれた死体が見つかれば、真っ先に疑われるのはアルフラちゃんだろうからね」


「うん……」


「まあ、囚われてた魔族も、半死半生のまま飼い殺されるより、一思いにばっさりやってやるのが情けってもんだろうさ」


 それまで黙って話を聞いていたジャンヌが口を挟む。


「アルフラ、前々から言おうと思っていたのですが……」


 胸当てを着込むために綿敷きの付いた肌着を身につけ、その上から神官服をまとったジャンヌが、アルフラの正面に立つ。


「魔族を殺すことは、レギウス神の理にも叶った善行です。――しかし、その不浄な血を口にするのは、忌むべき行いですわ!」


 アルフラは魔族が嫌いだ。憎んでいるといってもいい。

 だがそれは、憧れや羨望の裏返しでもある。

 アルフラが人間ではなく魔族だったなら、白蓮はもっと自分のことを愛してくれたのではないか?

 すくなくとも、皇城というところにはついて行けたはずだ。

 魔王の集う場所に人間は連れて行けないという白蓮の言葉が、今でもアルフラの心に突き刺さっている。


 そして力さえあれば、みすみす白蓮を奪われることもなかったのだ。

 だからアルフラは、自分にないすべてを持つ戦禍を――力ある魔族を憎悪する。


 だが、白蓮もまた魔族である。


「……べつに、魔族の血は汚くなんかないよ」


「いいえ。魔族は不死者同様あってはならない不浄の存在です。それがレギウス神の教えなのですから。すべての魔族は、この世から駆逐されなければなりません」


 その言葉には(おおむ)ね同意だった。

 アルフラは自分から白蓮を奪ってしまう可能性のある、すべての魔族が居なくなればいいと考えていた。

 白蓮以外、すべての魔族を皆殺しにしたいと思っていた。


 しかしジャンヌのいいざまでは、白蓮までもが汚いと言われているようなものだ。


「白蓮は、綺麗だよ」


「いえ。魔族は等しく汚らわしい存在です」


「白蓮は女神なんかより綺麗だもん。白蓮より美しいものなんてない」


 ジャンヌの青いクマに縁取られた(まなじり)が、きりりと吊り上がる。常時とは違い、熱に浮されたような危うさを湛えた瞳がアルフラを射る。


「……訂正なさい。神々が美において、魔族に劣るなどということは有り得ません!」


「ジャンヌこそ訂正しなさいよ!」


 アルフラの口調も熱を帯びる。だが逆に、その声音には危険な冷たさが含まれていた。

 たがいを睨みつけ、殺気に近い剣呑な気配が漂い流れる。


「あなたの暴言は神に対する背信です。――もう一度だけ言います。訂正なさい」


「白蓮は汚くなんかないっ!!」


「……その不遜な考えをダレス神に代わり、わたしが矯正してあげますわ」


 だらりと垂らされたジャンヌの右腕。その神官服の袖口から、じゃらりと鉄鎖がこぼれ落ちた。

 床を打つ重い音に反応し、アルフラが細剣に手を伸ばす。


「おいっ! やめろ!!」


 様子を(うかが)っていたシグナムが、殴り合いでは収まらないと悟り、割って入る。


「ジャンヌ! ダレスの信徒は拳で語り合うんだろ!? どうしてもってんなら止めないから素手でやれ!!」


「ですが――」


「うるさい! アルフラちゃんもだ! 不用な争いは避けろ。金にも得にもならない戦いをするのは馬鹿だけだ!」


「だってジャンヌが……」


 アルフラはなおも凄まじい目つきをジャンヌへ向ける。


「なあ、わかってるとは思うけど、下手すりゃあたし達はギルドから追われる立場になるんだよ」


 うんざりだと言わんばかりにシグナムが舌打ちする。


「今はこれからの事をあれこれ決めなきゃなんないんだ。頼むからいい加減にしてくれ!!」


 これまでにないほど激昂したシグナムの叫びに、アルフラが細剣から手を離す。

 ジャンヌも袖を捲り上げ、腕に鎖を巻き付けはじめた。


「ジャンヌ、爵位の魔族のことは誰にも話すな。いいな」


「ええ、それは構いませんが……もしもの時は、ダレス神殿で皆さんを(かくま)いましょうか?」


「……出来るのか?」


「はい。本殿の最奥部(さいおうぶ)は、王族ですら司祭枢機卿の許可なく立ち入ることは出来ません」


「アルフラちゃんだけ匿えないとか言わないよな?」


 ちらりとアルフラへ目をやったジャンヌだったが、怒りよりも公正さという教義に(のっと)った美徳が(まさ)ったようだ。


「もちろんです。ダレス神は他のどの神々より公正明大ですわ」


「よし。じゃあとりあえず、選択肢の一つに入れとくよ。――まあそれも、最後の手段だな。なるべくこの王都を離れるに越したことはない」


「あたし、王都から離れたくない」


 ぽつりとつぶやいたのは、アルフラだった。

 シグナムの不審げな顔が向けられる。


「だって、また白蓮が会いに来てくれるから」


「あー……そんな話もあったね。だったらフレインかサダムって奴に頼んで、連絡をとって貰えばどうだい? 魔導士なんだし、そのくらい出来るだろう。実際、白蓮て人と会ってるわけだしさ」


「あ……うん。こんど聞いてみる」


「しかし、フレインも思い切ったことをしたな。ギルドを裏切ったのがホスローの妖怪爺さんに知れりゃ、ただじゃ済まないだろうに……」


 ぴくりと、アルフラの肩が震えた。

 目ざとくその動きを見逃さなかったシグナムが、声を落とす。


「アルフラちゃん……まさか、他にも何か隠してる事があるんじゃないだろうね?」


「え……っと……」


「……怒らないから、言ってごらん」


 鳶色の瞳が、きょときょとと泳ぎ回る。


「アルフラちゃん!」


「……あ、あのね。あいつも……ホスローも殺しちゃったの」


「――――なっ!?」


 絶句するシグナムの横で、ジャンヌも驚愕の声を上げる。


「あの呪われた不死者を!? 百年以上も生きていると言われる、あの大魔導師を!?」


「でも、あいつお爺ちゃんなんかじゃなかったよ! ばらばらにしたら溶けて消えちゃったし……」


「なんてこった……」


 シグナムが寝台に腰を落とし、頭をかかえる。

 今後の状況が、まったく読めなくなっていた。


「はっ、あははっ――!」


 ジャンヌが楽しくて仕方ないといった感じで笑いだす。


「素晴らしい! 素晴らしいですわ!!」


 アルフラの手を取り、ジャンヌがぐいと顔を寄せた。


「神意に逆らい、魔族などに降ろうとする売国の魔導師を、あなたは見事討ち果たしたのですね!!」


「う、うん……」


「ダレス神は――いえ、すべての神々はとても喜ばれるでしょう。アルフラ、あなたはまさに英雄と呼ぶに相応しい働きをしたのです。伝説の魔人、凱延に続き魔術師どもの首魁(しゅかい)たる、あの不死者まで倒したのですから」


 先程までとは打って変わり、みずからを誉めそやすジャンヌの猫撫で声に、アルフラは言い知れぬ気持ちの悪さを感じた。

 熱っぽく語るジャンヌの手を振りほどこうとする。だが、万力のような力でもって絡みつくジャンヌの指は、きつく手首に絡み付いて離れない。


「これで、魔族と和平をなどと言い出す輩は一掃されるでしょう。そして凱延を真に倒したのが誰かを知れば、このレギウスは一丸となって魔族に抗する事となるはずです。――その栄誉ある旗頭となるのは、アルフラ! あなたなのですよ!!」


 シグナムがジャンヌの腕をしたたかに打ち、無理矢理アルフラから引き離す。


「黙れっ! アルフラちゃんにそんなくだらないことさせられるか!!」


「いいえ、黙りません!」


 神々を盲信する少女の瞳には、病的な光が宿っていた。

 まともな人間からすれば、生理的嫌悪を(もよお)すような、そんな目だ。


「始まるのです!! グラシェールには間もなく戦神バイラウェが降臨なされ、各地からレギウス神を信奉する軍勢が集結するでしょう! そして大災厄以来この地上を跋扈(ばっこ)して来た魔族どもを滅ぼす、聖戦が始まるのです!!」


 聖戦、それはとても耳に心地好い言葉だ。――そう唱えるだけで、戦いによる犠牲や惨状、そして大義名分が正当化されてしまう。


 戦え!

 命を惜しむな!

 あらゆる犠牲を省みるな!

 これは聖戦なのだ、と。


 宗教者にとって、おそろしく都合よく人心を扱える言葉でもある。

 そしてまた、ジャンヌのように深く意味を考えることなく、その響きに心酔する者も多い。

 そういった者達は、戦いを生業(なりわい)とするシグナムのような人種にとって、実に鼻持ちならない連中だ。


「こりゃあ……だめだな。ここまでいっちまってるとは思わなかった」


 シグナムはなんともいえない渋い顔つきでジャンヌに背を向ける。

 両手を大きく広げ、天を仰ぎ、レギウス神の聖句を口ずさみ始めた神官娘の目には、すでに周りの情景は映っていないようだった。


「ほって置けば正気に戻るかもしれない。しばらく寝直そう。――あれじゃまるっきり狂信者だ」


 くっきりと手形のついてしまった手首をさするアルフラの背を押す。


「うん……」


 寝台を見ると、いつからそうしていたのか、ルゥがすやすやと穏やかな寝息をたてていた。



「……ルゥが一番賢いな」

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― 新着の感想 ―
[一言] フレインといいカミルといい…ノックもしない不埒者ばかりだな…全くもって嘆かわしい、、、あと!ルゥだけはどうかそのままでいてくれ
[気になる点] どう考えてもバッドエンド一直線 後シグナムが愛想つかさないのよくわからん
感想一覧
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