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氷の滅慕  作者: SH
三章 死線
64/251

神殿を目指し(後)



 対峙する戒閃とアルザイール。その戦端を切ったのは四人の魔族だった。


 ある者は火球を、ある者は岩のつぶてを、またある者は圧縮した魔力の弾丸をアルザイールへ放つ。

 そのことごとくは正確に怪しげな魔導師の身体を貫いていた。


 しかし……


「むっ……これは――――?」


 魔族の一人が狼狽の声を上げた。

 火球の直撃を受け、周囲を炎に包まれながらもアルザイールは悠然とその場に立っている。

 両の掌から流れだした粉末状の黒い煙が、なおも量を増して辺りを闇で満たしてゆく。


「魔力障壁……いや、なんらかの結界魔術を使っているのか?」


 配下のつぶやきに、戒閃が呆れたように告げた。


「あなた達では少々手に余るようですね。ここはわたしに任せ、神殿周囲の戦線へ戻りなさい」


「ですが――」


「あちらも苦戦しているのでしょ? わたしも魔導師を倒し、すぐに向かいます」


「……わかりました」


 立ち塞がるアルザイールを迂回し、神殿へ向かおうとした魔族たちに黒い触手が襲い掛かる。密度を増していく闇から伸ばされた幾本もの触手が、まるで意思でもあるかのように(うごめ)きのたうつ。四人の魔族を絡め取ろうと這い寄って来るそれに、息を飲む音が響いた。


「な、なんなのだ、これは!?」


 慌てて身を引いた魔族の放った魔法も、黒い触手を揺らめかせるだけで、目に見えた効果は上げていなかった。

 得体の知れない魔術を行使する相手から距離をとった魔族たちの間を戒閃が駆け抜ける。不気味にうねり、絡みついてくる触手を気にすることなく突き進む。完全に闇に包まれたアルザイールの手前で直角に方向転換し、民家の建ち並ぶ路地へと駆け込んだ。


 そのまま戒閃は速度を落とすことなく走り、目的の場所へたどり着いた。


「な……!?」


 そこには、驚愕に身をすくませたアルザイールが居た。

 なんらかの魔力を帯びているのであろう、黒い粉末を使って描かれた簡易式魔法陣の中央で、信じられない、といった顔で戒閃を凝視している。


「なぜ、あっさりと幻術が見破られたのか? と聞きたいのでしょう?」


 息も乱さず、笑みさえ浮かべて問いかける戒閃へ、アルザイールが搾り出すような声で尋ねる。


「何故……だ?」


「ハハッ。むしろわたしの方が問いたいですね。なぜ爵位の魔族に、人間の扱う幻術などが通用すると思ったのですか?」


「爵位の魔族だと!?」


「おや、気がついてませんでした? やはり力に差がありすぎると、相手の力量を計るのは難しいですよね。わたしもちょっと見ただけでは、お前の持つ魔力が、配下の一兵卒とどれ程の違いがあるのか計りかねますからね」


 戒閃は先刻のアルザイールの仕草をまね、丁寧に腰を折り、一礼して見せた。


「お初にお目にかかる。わたしは凱延殿の副官を務める、戒閃子爵だ。――先程、ガルナの門でお会いしたのも、本体ではなく幻影だったのでしょ?」


「馬鹿な……子爵だと!? 爵位の魔族が一時(いちどき)に二人も攻めてくるなど――」


「まあ、同じ主に仕える貴族同士も、基本仲が悪いですからね。私達(まぞく)には、互いに協力して、などという考え方はありませんし……でも、たまにはこういうこともあるんですよ。王の命令でもあればね」


 気圧(けお)されたかのように、じりじりとアルザイールが後ずさる。

 愉快そうに眺める戒閃は、のんびりと自然体で立ち、とくに警戒するでもなく魔導師の様子を観察していた。


「降伏なさい。宮廷魔導師というからには、いろいろと有益な情報を持っていそうだ。素直に(くだ)るのなら身の安全は保証します」


 無言で後ずさるアルザイールの手が、微かに動く。


「確かに幻術は魔族に対して、それなりに有効ではあります。わたしたちの中には、あまりそういった術を扱う者はいませんしね」


 フードの奥から覗くアルザイールの目は、なんとかこの場から逃れる(すべ)を探していた。


「――ですが、わたしの従妹(いとこ)に幻術を得意とする夢魔がいるのですよ。以前、かなり酷い目に遭わされたことがありましてね……あの方が使う幻術に比べれば、お前の術など子供だましのようなものです」


 だらりと垂らされた戒閃の拳が、淡い白光を放ち出す。


「選択肢はそう多くありませんよ? 捕虜となるか、この場で死ぬか――」


 戒閃が踏み出した瞬間、アルザイールが両の腕を振り上げる。

 ゆったりとした導衣の裾から大量の粉末が巻き散らされ、一瞬で周囲一帯の視界が閉ざされた。


「チッ、またそれですかっ!」


 戒閃は一気に距離を詰め、微かに感じる魔力だけを頼りに拳を振るった。


「グゥ――――ッ!!」


 言葉にならない低い呻きと共に、魔導師の気配が頭上へと移動する。――残された手ごたえは掠った程度のものだったが、戒閃の周囲にアルザイールの血が降り注ぐ湿った音が響いた。


 おそらく致命傷に近い手傷を負わせたことを確信した戒閃へ、無詠唱で放たれた魔力塊が浴びせられた。


「――?」


 それは戒閃にとって、いまみずからの障壁に何か当たったのか? と首を傾げる程度の威力。ほとんど殺傷力というものを感じなかった。

 人間とは呪文の詠唱なしでは、これほどまでに微弱な魔力しか扱えないのか、と軽い驚愕をもたらした。

 戒閃は魔力塊の飛来した方角からアルザイールの位置を推測し、視界を覆う闇の中から跳躍する。


「あいてっ!」


 ごつん、と何かにぶつかってしまった。

 そのままぶつかった何かを突き破り、戒閃は背中から大きな食卓の上へ転がり落ちていた。

 どうやら民家の外壁に激突し、屋内へと墜落したらしい。

 辺りには壁の残骸や真っ二つに割れた食卓、脚の折れた椅子、砕けた花瓶などが散乱している。壁を突き破り落下した戒閃が巻き込んでしまった家具は、ほぼ全損していた。


「…………」


 思わず自分の発してしまった変な声と、マヌケな状況に赤面してしまう。

 あいて、とは言ってしまったが、実際壁にぶつかったのは魔力障壁であり、戒閃は別段痛い思いをしたわけではなかった。


 とりあえず、誰かに見られていなかったか確認するように、きょろきょろと周囲を見回す。

 人目がないことを確認すると、戒閃は取り繕うように、ぽんぽんと埃をはたきながら立ち上がる。みずからが空けた穴から外へと飛び出し、民家の屋根へと移動してみた。当然のようにアルザイールの姿はない。

 ディース神殿の方へ点々と血痕が続いていた。戒閃は、アルザイールが残した血溜まりへと手をかざし、そこから立ち上る微量の魔力を吸い上げてみた。


――かなり有力な魔導師とはいっても、やはり人間……所詮こんなものか


 それは戒閃にとって、おそろしく微少な魔力だった。それこそ魔族の一兵卒と、大した違いがない程に。


「しかし、まさか最後にあんな手を使ってくるとは……」


 誰に聞かせるともなくつぶやく。あるいはテレ隠しだったのかもしれない。


 戒閃は決して目測を誤って壁にぶち当たったのではなかった。アルザイールの放った魔力塊が、巧妙なミスリードとなったためなのだ。


――無駄な足掻きと思って気にもしなかったけど、まさかこれを狙っていたとは……


 ぐっと拳を握り締める。


「恐るべし! 宮廷魔導師!!」


 戒閃は、そう思うことにした。

 むしろそう思わないと、恥ずかしくてやっていられなかった。

 そして革手袋の拘束感が心地好かった。





 閑散としたガルナ市街の中心部へと向かっていたアルフラは、遠く南の方角から見えた白光に足を止めた。


「なんだろう――?」


 数瞬の間を置いて、かなり遠方から微かな地鳴りのような音が聞こえて来た。


「とりあえず、あっちに行ってみよ」


 後ろから追いかけてくるジャンヌは、長い鎖を肩に巻き、鉄球を担いでいるためなかなか速力が上がらない。

 気が()いて、すこしいらいらとしながらも、アルフラは重い足音を響かせるジャンヌに歩調を合わせて走っていた。

 伝説的な魔族と戦うことに、不安を感じていたのかもしれない。


「大丈夫ですわ。相手はあの凱延です。神の加護もない魔導師ごときに、そうやすやすと倒せるわけがありません」


 ジャンヌのその言葉にはアルフラも同感だった。

 冷静に考えてみれば、いくらギルドの魔導師が罠を張り巡らせたところで、竜巻を起こしてしまうような魔族を倒せるとは思えない。

 ガルナを囲む南の城壁がだいぶ近づいて来たあたりで、アルフラがふたたび立ち止まる。


「どうしました?」


「……聞こえる。たぶん向こうで戦ってる」


 アルフラの視線を辿り、ジャンヌも耳を澄ませてみる。

 たしかに微かな戦いの喧騒らしきものが、ジャンヌにも感じられた。


「あちらはディース神殿がある方角ですわ」


「ディース神殿?」


「ええ、死神(ししん)ディースを(まつ)る神殿です」


 戦いの気配に惹かれ、アルフラがそちらへと走りだす。

 二人は最短距離で移動しようとしたため、大通りを外れて細い路地に入り、思わぬ袋小路に行き当たったり、見通しの悪い曲がり角で若干迷いなどしながらも、なんとか神殿付近にまでたどり着いた。

 アルフラがその区画へ足を踏み入れた時には、辺りはすでに混戦状態だった。


「凱延はどこだろ……」


 魔族とギルドの戦士が入り乱れる戦場を見回し、アルフラが途方に暮れる。

 ジャンヌは肩に担いだ鉄球を抱え直し、鎖を振り回し始めた。今にも戦いの輪の中へ飛び込んで行きそうな勢いだ。

 そんな二人の姿を見咎めたギルドの戦士が声を上げる。


「おおっ!? 見つけたぜ嬢ちゃん!」


 放たれた火球をかわし、乱戦の中から抜け出した戦士がアルフラへ駆け寄ってくる。


「あ……えっと、バイ……?」


 アルフラにとっては、宿舎での修練中に何度か声をかけられたことのある戦士だった。


「バイケンだ」


 頬に特長的な傷をもつ男が名乗り、追って来た魔族へ向き直って刀を構える。


「悪ぃな、一人連れて来ちまった。話があるんだが、ひとまずこいつをかたずけよう」


 すでに抜き身の細剣を手にしていたアルフラは、軽く腰を落とし前傾姿勢をとる。

 機先を制し、二人へ火球を射出しようとた魔族より先に、ジャンヌが動いた。


「魔族に死をっ!!」


 剣を構えた二人に注意を向けていた魔族の横合いから、唸りを上げた鎖が襲い掛かかった。

 飛んで来たのが鎖だったという油断もあったのだろう。だが、ジャンヌが教団の至宝と言うだけあって、脳天かち割りはあっさりと魔族の障壁を打ち破っていた。

 したたかに頭を打ち据えられた魔族が苦悶の声を漏らす。


「グオッ――――!?」


「ふっふっふ。次はどいつの脳天をかち割ってやろうかしら」


 低く笑ったジャンヌが、ぐりんぐりんと周囲を見回す。


「おい、脳天かち割れてないぞ。せいぜい額だ」


 アルフラが言いたかったことをバイケンが先に代弁してくれていた。


「ええっ!?」


 驚きの叫びを上げたジャンヌは、今しがた打ち倒したはずの魔族へ目を向ける。

 額を押さえ、血を滴らせた魔族は怒りに顔を歪ませていた。


「そんな……脳天かち割り丸の一撃を受けて生きているなんて……」


 そこでアルフラとジャンヌ、二人にとって驚愕の事実がバイケンの口から語られた。


「なあ……それ、鎖じゃなくて鉄球をぶん回して投げつける武器だぞ」


「ええっ!?」


 二人の声が綺麗に重なった。


「おい、そこ驚くところか? どう考えても鎖が持ち手で、鉄球が得物だろ」


 なにやら鉄球を指差し、ひそひそとやり出した二人にバイケンが呆れた顔をする。


「てっ――ぅおい! 避けろっ!!」


 ふと魔族へ視線を戻したバイケンが警告を発した。

 魔族の頭上には巨大な火球が膨れ上がり、今にもアルフラたちへ投げつけられようとしている。

 ジャンヌに向けられていた魔族の視線が、声を上げたバイケンを捉えた。


「くそっ」


 バイケンが飛びのいた瞬間、放たれた火球が弾けた。

 嵐となって押し寄せる炎に半身を(あぶ)られながらも、なんとか細い路地へと逃げ込む。


「おい! 嬢ちゃん!!」


 紅蓮の海と化した大通りから身を引きながら呼びかける。

 間髪置かず、炎に包まれたジャンヌが転がり出てきた。


「うぉっ!?」


 慌ててバイケンが炎をはたき消そうとする。

 神官服の所々を燃え上がらせたジャンヌが、すっくと立ち上がった。


「熱いですわっ!」


 ジャンヌが強引に神官服の袖口を引きちぎる。


「お、お前……大丈夫なのかよ……?」


 唖然とするバイケンに構わず、ジャンヌは鎖を手繰り寄せ、いまだ炎の中に残された鉄球を回収しだした。


「ダレスの信徒は、暑さ寒さに根を上げたり(いた)しませんわ。それよりアルフラが――」


 ジャンヌは炎の中から、聞き慣れない東方風の名を口にするアルフラの声を聞いたような気がした。



 二人の前で轟々と燃えさかる炎が、急激に勢いを減じ始めていた。





 額から血を流す魔族が軽く眉根をよせた。

 鋼すら舐め尽くす魔力の炎が、妙な揺らめき方をしている。


 危険を感じた、という訳ではなかった。しかし彼は腰を落とし身構える。

 大量の魔力を注ぎ込んだ炎だ。直撃をうければ生きていられる人間などいないだろう。だが、さきほどの戦士は回避行動をとろうとしていた。そのため炎から十分な距離をとり、油断なく身構える。

 胸元には新たな火球を生成し終え、迎撃にも余念がない。


「――ッ!」


 揺らめく炎の中から、片手で顔を覆い、もう片方の腕を交差させて細剣を振り上げた少女が飛び出して来た。

 炎に巻かれながらもまったく無傷なうえ、冷気すらまとい彼へと殺到してくる。


 後方へ飛びのきざま、火球を投じた魔族の目が、驚愕に見開かれた。

 どれ程の魔力を宿しているのか。――少女の振るった細剣は、いともたやすく火球を切り裂き、両断された炎が後方で爆ぜる。

 地を蹴った魔族の足がふたたび大地に降りるより先に、少女の顔が眼前に迫っていた。

 冷たい眼差しに、ふっと笑みがこめられる。

 背筋に氷を突き込まれたような悪寒を感じたのと、喉元を氷の刃が通り過ぎたのは、ほぼ同時だった。

 彼の意識はそこで途切れ、身体は地に投げ出される。薄皮一枚で繋がっていた首は、その衝撃で完全に胴体から離れ、血をしぶかせながらころころと転がっていった。





 アルフラは細剣の切っ先を汚す血を人差し指で拭った。

 転がっていく首を眺め、べっとりと血の付着した指をくわえ、舌でねぶりながら考える。

 やはり豪勢な食事の前には、なるべくお腹を減らしておくべきだろうか、と。


 すこしの逡巡(しゅんじゅん)の後、アルフラは首を失った魔族に背を向け、すでに消えかけた炎の方へと歩き出す。

 わずかに残った炎を踏み越え、路地からジャンヌとバイケンが姿を現した。


「おおっ、無事だったか」


 バイケンは、斬り飛ばされた首以外、目立った外傷のない魔族の胴体を見て感嘆(かんたん)の表情を作る。


「一撃かよ……やっぱり並の腕じゃねえな!」


 無言でアルフラを見つめるジャンヌも、青みがかった目許を丸くして賞賛の視線を向けていた。


「ん……どうした? 怪我したのか?」


 指を口に含んだままのアルフラに、バイケンが尋ねた。


「あ、ううん。大丈夫、なんともない」


 ちゅぽんっ! と音をたて、引き抜かれた指を見て、バイケンが安堵の笑みを浮かべた。

 アルフラもにんまりとする。

 てらてらと濡れ光る人差し指は、汚れ一つなく綺麗なものだった。


 辺りは日が傾きかけ、だいぶ影が長くなってきている。

 アルフラは早く晩餐会の場所を確認しておかなければと思った。


「ねぇ、バイケンさん。凱延がどこにいるか知ってる?」


「おう、そのことなんだが、俺も話があるって言ったろ?」


「うん?」


「でっけえ鎧のねえちゃん……シグナムって言ったっけか? それとよく嬢ちゃんが遊んでるちっこい娘と魔導士がお前のこと探してたぜ」


「え? シグナムさん、ここに来てるの?」


 シグナムの姿を探し、やや離れた戦いの場をアルフラが凝視する。


「いや、あいつら神殿の中だ。凱延もな」


「えぇ!?」


 凱延とは戦うな、と言っていたシグナムとフレインが何故そんなところに、とアルフラは疑問に思った。


「神殿にはいくつか入口があるから、中で嬢ちゃんを待った方が確実だとか言ってたぞ。だが、下手したら凱延との戦いに巻き込まれてる可能性もあるな」


「……あたし、行かなきゃ」


 不意にジャンヌがアルフラの肩を叩いた。


「あそこ、なにやら魔導士が集まって来てますわ」


 ジャンヌが指差した先では、ぼろぼろになった導衣の半身を血で真っ赤に染めた男と、それに駆けよる数人の魔導士の姿が見えた。

 血まみれの男は、右の肩から先が消失していた。止血はされているようだが、失った血の量が多く、みずからの足で立っているのがやっとのようだ。かなり危険な状態と言えるだろう。

 バイケンが、まずいな、とつぶやく。


「アルザイールまでやられちまったのか」


「アルザイール?」


 アルフラの問いに、ジャンヌが乾いた声で笑った。くまの浮いた目を厳しいものへと変え、蔑むように吐き捨てる。


「宮廷魔導師ですわ。教王陛下に魔族への降伏を進言している不届き者です。――天罰が降ったのでしょう。いい気味ですわ」


 そのアルザイールを囲んでいた魔導士たちが、撤退を告げながら周囲に散っていく。


「この状況で撤退かよ。追撃を受けたら全滅しかねんぞ。……あ、そういや嬢ちゃんを見かけたら、保護しとけって命令もあったな」


 アルフラが素晴らしく滑らかな動きでバイケンから身を引く。


「いや、まてまて。なにも馬鹿正直に嬢ちゃんを捕まえようなんて思ってねえよ」


「……」


「神殿内へ入りたいんだろ?」


「……うん」


「よしっ。俺が手伝ってやる」


「え?」


「先に神殿へ入った仲間を助けたいんだろ? 貴族なんて化け物と戦いになるかもしれないのに、自分の命もかえりみず仲間のために…………いい話じゃねえか」


 バイケンが一人うんうんと頷く。

 とかく物事を良い方へ良い方へと解釈しがちな男だった。

 実際は、今現在シグナムたちが危険にさらされている原因はアルフラにあったし、その目的も仲間を助けるというよりは、凱延の血が欲しいだけなのだ。


 そこでふたたびジャンヌがアルフラの肩を叩く。


「光ってる人が神殿に走って行きますわ」


「光ってる?」


 そちらへ目をやろうとしたアルフラの視界を、凄まじい光芒が真っ白に染め上げた。その直後、鼓膜に痛みをもたらす程の轟音が耳を刺す。


「うおっ!? なんだこりぁ……」


 閃光と爆音とに五感の内の二つを奪われ、三人はしばらくの間棒立ちになっていた。

 耳鳴りが収まり、視力が戻って来ると、神殿の外壁に人が通れる程の穴があいていた。さらに神殿内部から倒れてきた神像と、壁が崩れたことにより、穴を塞ぐような形で瓦礫の山が築かれる。


「なんだったんだ……今のも魔族の仕業か?」


「わかりませんけど、あの瓦礫を越えれば中に入れますわ」


「結構な高さがあるぞ? 確かにあれを越えれば手っ取り早いが、目立つし後ろから狙い撃ちにされちまう」


 バイケンが物問(ものと)いたげな顔でアルフラを見る。


「あそこから行く」


「……わかった。じゃあ後ろは任せろ。嬢ちゃんたちに注意が行かないよう、派手に暴れ回ってやる」


 頬の傷をゆがめ、バイケンが笑う。

 数度しか言葉を交わしたことのない男の好意に、アルフラは素直に感謝した。


「ありがとう」


「なあに、礼なら今度酒でもおごってくれ。上等のやつをな」


 お互い生きてまた会おう、との含みを持たせた言葉だと気づいたアルフラが破顔する。

 以前、シグナムとゼラードの関係がすこしうらやましいと感じていたアルフラは、いつか聞いた二人の会話を思い出していた。

 その時のシグナムを真似、片方の口角を吊り上げてニッと笑む。


「もちろん樽ごと、でしょ?」


「ククッ、分かってるじゃねえか。ただ酒ならいくらでも飲めるからなっ」



 喉を鳴らしたバイケンが嬉しそうに笑い、神殿へ向かい踏み出した。

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