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氷の滅慕  作者: SH
三章 死線
63/251

神殿を目指し(前) ※挿し絵あり



「うひー」


 援護のため、呪文を紡ごうとしたフレインの視界に、着地の瞬間を狙われ地面に身を投げ出すルゥの姿が見えた。

 三度(みたび)放たれた水の矢が、商家の外壁を揺るがす。


「おい、あたしの武具にも魔力付与の儀式をしてくれたんだよな? あれは楯で受けられるのか?」


「なるべく避けて下さい」


「……だよなぁ」


「ですが結界を張りましたので、だいぶ威力は削がれているはずです。かなりの衝撃はあると思いますが」


 シグナムと対峙した魔族が、今度は先程とは比べ物にならない大きさの水槍を生成しようとしていた。


「なあ、あれはどうだ?」


「絶対避けて下さい」


「ああ……だと思った」


 シグナムが回避行動に移ろうと腰を落とした瞬間、不意に建物の影から二人の戦士が踊り出た。それまで機を(うかが)っていたらしい戦士二人が、魔族の左右から襲いかかる。

 息の合った絶妙なタイミングだった。


 虚を突かれた魔族は、それでも慌てることなく水槍を二つに分け左右に放つ。

 よけそこねた戦士が上体を弾かれ背中から敷石に叩きつけられた。直撃は避けたものの、鋼の肩当てが大きく歪み、苦悶の表情で地を転がる。


 もう一人の戦士はなんとか水槍を回避し、鋭い呼気とともに魔族へ斬りかかった。それを見たシグナムも間髪を入れず楯を構えて間合いを詰める。

 魔力障壁を斬り裂かれ、胸元を血で染めながらも距離を保とうと後ろへ飛びのいた魔族が、シグナムへ向かって無数の水つぶてを打ち出した。


「くっ!」


 大楯で受けながら前に出るシグナムだったが、絶え間なく叩きつけられる衝撃がその突進を止める。時折、横合いからフレインの援護であろう青白い魔力の矢が魔族を襲うが、あっさりと障壁により無効化されていた。

 さらに距離を取ろうと後ろへ飛んだ魔族を戦士が追撃し、大楯の影から飛び出したルゥが魔族の着地点を狙って剣を薙ぐ。


「グッ――!」


 足を払われ倒れ込んだ魔族に剣を振り下ろそうとした戦士を、放たれた水の矢が牽制する。

 そのまま石畳を転がり立ち上がった魔族だったが、背後へと回りこんだシグナムの一撃により、ふたたび地へと打ち倒された。

 その胸元をルゥが踏みつけ、戦士の剣が止めとばかり腹に突き立てられた。

 血を吐き散らしながら、なおも立ち上がろうとした魔族の頭部へ、シグナムの大剣が叩きつけられる。

 ようやく動きを止めた魔族を見て、戦士が肺の中に溜め込んでいた空気を吐き出した。


「ふぅ――恐ろしく手強かったな」


 肩で息をしながら、頬に一文字の古傷をもつ戦士がシグナムとルゥに笑いかける。二人にとっても宿舎でよく見かける顔なじみの男だった。シグナムにも劣らぬ上背を持つギルド最古参の戦士である。


「ああ、助かった。あんた、たしか……」


「バイケンだ」


「そうそう、バイケンだった。いい腕してるな」


 バイケンは用心深く周囲を見渡し、シグナムも魔族の扱う魔法に巻き込まれないよう、油断なく辺りに気を配り大剣を構える。魔族たちも数倍する術士の相手で手一杯のようだった。


「ねぇさんもな。しかし、その馬鹿でかい鎧を見た時にはたまげたぜ。見覚えのある大剣ぶん回してるから、ねぇさんだってのはすぐ分かったがな。それを知らなきゃ中身が人間だとは思えない大きさの鎧だ」


 真顔で甲冑の巨大な肩当てを叩くバイケンへ、シグナムが苦笑する。


「ひでぇ言われようだな」


「いやいや、こんなべっぴんさんが出てくるとは思えない、ってことさ」


 兜の面頬を上げ、顔をあらわにしたシグナムへ、バイケンがあまり器用とは言えないウインクをぱちりとよこす。そして手にした独特な反りのある片刃の剣を一振りし、刀身の血脂をきり落とした。


「それにしても、ギルドから渡されたこの刀……今までの物より強い魔力を帯びてるって話だったが、あまりあてに出来んな。最初の一撃で()ったかと思ったんだが」


 愚痴るような口調で笑うバイケンにシグナムもあいずちを打つ。


「あたしもかなり硬い手応えがしたな。鋼の塊でも斬ったような感触だった。――人間相手なら五回は殺せてる」


「違いねぇ」


「それだけ相手が強いということでしょう。あまりのんびりとはしていられませんよ」


 商家の路地から姿を現したフレインが周囲を見渡す。魔族と戦士が入り乱れ、魔法が飛び交うその区画は、どちらが優勢なのか瞬時には判別がつかないほどの混戦と化していた。


「あんたの魔法も足止め程度にしか役に立ってなかったしな。だいたい、あたしたちは戦いに来たんじゃない。アルフラちゃんを探しに来たんだぞ?」


「この状況ではそうも言っていられませんよ。とりあえず手近な所から加勢に入りましょう」


「なあ、思ったんだが……とりあえずちょっとこっちに来い」


 シグナムがフレインの導衣を掴み、混戦から身を隠すように路地裏へ引きずり込む。

 ルゥとバイケンもすかさず後に続いた。


「あんたらは神殿に凱延以外の魔族を入れないよう命令されてるんだろ?」


「はい、そうですが?」


「凱延は邪魔が入らないよう神殿の入口を固めろって魔族共に言ってたよな」


「ええ」


「どっちも神殿に入るつもりがないなら、ギルドの奴らは無理してここで戦う必要ないんじゃないか?」


 フレインの頬がぴくりと震えた。


「……あ」


「あ、じゃねえよ。まあ、いまさら撤退するわけにもいかないだろうし、そうなったらこっちも困るけどな」


「はい。どのみち入口を押さえておかないと、アルフラさんを止めるのは難しいですからね」


「その入口なんだけどさ、かなりでかい神殿だよな。アルフラちゃんが裏口とかから入っちまう可能性もあるんじゃないのか?」


 路地から神殿の方を窺いながらシグナムが渋い顔をする。


「それは大丈夫です。神殿内から凱延を逃さないよう、正面以外の入口は外から土のうを積み上げて木材で補強してあります」


「ちょっと待て! それって外からなら手間はかかるが入れるんじゃないか?」


 ふたたびフレインがぴくりと頬を震わせた。


「……あ」


「お前……なにげに大事なとこで抜けてるよなぁ。他に入口は幾つあるんだ?」


「全部で四つです」


「ちっ、どう考えても手がたりないな。――しょうがない……正面の入口を突破して中に入ろう」


「な――!? いけません、大導師様は私たちギルドの者も決して神殿内部へは入るなとおっしゃっていたのです」


 顔色を変えたフレインをシグナムが怒鳴りつける。


「馬鹿野郎! ほっといても他の入口からアルフラちゃんが入る可能性があるんだぞ。いまさらだ」


「しかし――」


「別に爺さんの邪魔をしようなんて思ってないよ。貴族の相手なんて頼まれてもごめんだ。物陰にでも隠れてアルフラちゃんが来るのを待ってればいい」


「わかり……ました」


 それまでじっと成り行きを見守っていたバイケンが口を開く。


「正面入口には十人近い魔族がいるぞ お前らあそこから入るつもりなのか?」


「ああ、ちょっと野暮用があるんでね」


「あのアルフラって嬢ちゃんを探してるのか? 戦いが始まる前、見掛けたら保護しろって伝令が来てたが」


「まあね。そんなとこだ」


「なるほど。確かにあの歳で死なせるには惜しい玉だよな」


 何事かを納得したらしいバイケンがひとつ手を打った。


「よし、俺も手伝おう。周囲の奴らを呼び集めて、お前らを入口まで送り届けてやる」


「……いいのか?」


 複数の魔族が固める正面入口を突破するには、かなりの危険が伴うはずた。しかしバイケンは気安く笑う。


「任せとけ。嬢ちゃんの安否を優先しろって命令も受けてるしな。それに男ってのは美人の前ではいい格好を見せたくなるもんさ」


「なるほど、そりゃ納得だ」


 大人な笑みを浮かべるシグナムの横で、ルゥがバイケンへ胡散臭げな視線を向ける。


「俺が先に出て戦士を呼び集める。敵まで集まっちまうだろうが、そのまま突っ込む。入口付近の魔族との交戦が始まったら、お前達は一気に扉を突っ切ってくれ」


 シグナムとフレインが頷きかけた時、南の方角からまばゆい白光が閃いた。一瞬のことではあったが、周囲が真っ白に染め上げられる。


「なんだ――!?」


 反射的に腕で顔を覆ったシグナムの口から驚愕の声が洩れる。それを掻き消すかのように爆音が鳴り渡った。さらに岩が崩れ落ちるような轟音が地響きとともに駆け抜ける。


「これは……まさか城壁が――!?」


 つかの間、動きの止まった戦場に、魔族の者が何事かを叫ぶ声が響いた。それに応え、入口を守っている魔族の内数人が南の方へと走って行く。


「おい、よく分からんがチャンスだ。今なら手薄になってる」


 すかさずバイケンが駆け出し、仲間に声をかけながら神殿へと向かう。その動きに呼応し、ふたたび動き出した戦場の中心は、神殿の入口近辺へと移動し始めていた。


 シグナムたちは散在する魔族と無理に交戦することを避け、神殿の壁沿いに移動する。途中からは魔術師の援護も加わり、追い縋る魔族をかわし、なんとか入口付近に辿りついた。


 シグナムがルゥとフレインへ叫ぶ。


「こっからは一気に突っ切る。はぐれるなよっ!」


 戦士たちと魔族が入り乱れる混戦の中を、甲冑と大楯の重装甲を活かして駆け抜ける。

 神殿の大扉を守るように立ちはだかる魔族がシグナムへ向かって腕をかかげた。

 目の前に吹き上がった炎の壁に息を呑みながらもシグナムは止まらない。


「くっ――」


 炎を巻きながら向かい来る巨大な鋼の塊に、さすがの魔族も横へ飛びのく。シグナムはそのままの勢いで大扉に肩から当たり、神殿内部へと転げ込んだ。

 後に続くルゥとフレインも神殿へと踏み入る。



 ディース神殿への侵入を果たしたシグナムたちが見たものは、人外魔境とも言える恐るべき光景だった。





 凱延と別行動を取り、ガルナの城壁を南側からぐるりと迂回する戒閃の足取りはとても軽かった。

 気難し屋な上官のお守り――本人は真剣にそう思っている――から解放され、ステップでも踏むかのような(かろ)やかさで西へと向かっていた。なにやらふんふんと鼻歌なぞも鳴らしている。


 なかなかにご機嫌な戒閃の目に、前方から三十人ほどの魔族が戻って来ているのが見えた。

 途中で拾った数名の配下を先行させ、追撃している者を呼び集めさせたのだ。

 駆け寄ってくる配下の者へ戒閃が尋ねる。


「ちょっと少ないですね。他の者達は?」


「それが……こちらの被害はほとんどありませんが、十数名ほどかなり先の方にまで行ってしまっているようです」


「まったく、しょうがないですね。凱延殿から深追いはするなと言われていたのに」


 戒閃は思案するように首を(かし)げ、耳に垂れかかる短めの髪を手櫛で後ろへ流す。真顔で黙考する姿は、凛とした顔立ちも相まって周囲の者に軽い緊張をもたらしていた。

 配下の魔族は戒閃が何か重要な事柄について考えを巡らせているのだと思い、息を詰めて彼女の口が開かれるのを待っている。――だが実際のところ戒閃は、思ったよりだいぶ距離のある西門まで移動するのがすこし面倒だな、などと物ぐさなことを考えていた。


「ガルナというのはかなりの大都市ですね。よくもまぁこんな巨大な城壁を……」


「お疲れですか、戒閃様? すこし休憩を入れましょうか。追撃している者も、その内戻って来るでしょう」


「さすがにそこまでおっとりとはしていられませんよ。優雅なお茶の時間でも挟みたいところですけどね。お姫様育ちのわたしとしては」


 どちらかといえば、男装の麗人といった雰囲気のする戒閃の口から“お姫様育ち”という言葉が出て来たことが意外だったらしく、配下の者たちが微妙な顔をした。

 その表情を読み取った戒閃が、すこしむっとした顔をする。


「失礼ですね。地元では公爵家の美人三姉妹と呼ばれ、領民からも花の…………誰ですか? いまクスッと鼻で笑ったのは誰ですか? 怒らないから正直に名乗り出なさい」


「……戒閃様」


「貴様かァ――――!!」


「い、いえ! 違います。そうではなくて、城壁の方から何か強い魔力の流れが……」


「ああ……わたしも気にはなっていたのですけどね。――なんなのでしょうか」


 城壁の方へ歩き出した戒閃の後を、配下の者たちが追う。


「姑息な魔術師共が、なんらかの魔術を行っているのではないでしょうか」


「みたいですね。西門まで行くのもめんどくさくなって来たし、適当な所から市街に入って凱延殿と合流しましょうか」


「適当な所と申されましても……これだけの高さがあると、自力では越えられない者もいるかと……」


「なにも飛び越えろとは言ってません。壁の薄そうな所を崩します」


 見るからに重厚な岩壁を、戒閃が拳でこつこつと叩く。


「この城壁を崩せるのですか?」


「ああ、わたしの力を見たことのある者は、この中には居なかったのですね」


 振り返り、配下の者を見回した戒閃が困ったように笑う。


「どうもあなた達は、わたしがこの美貌だけで爵位を与えられたと思っている節がありますけど…………誰ですか? いま軽くため息をついたのは誰ですか?」


 すすっと目線を逸らした配下たちを一睨みし、戒閃が城壁へ向き直る。


「まったく。こんな辺境に飛ばされる前は、並み居る大貴族の御曹司をぶいぶいイわせたものなんですけどね……」


 ぶちぶちと口の中でつぶく戒閃だったが、背後から伝わりだした白い空気を敏感に察知し、ちょっとお茶目が過ぎたかと軽く反省する。


――わたしは凱延殿とは違って、空気の読める大人の女ですからね


「まあいいです。面白いものを見せてあげましょう。すこし下がっていなさい」


 懐から革手袋を取りだして両手にはめる。有翼魔獣の革をなめして作られた、非常に耐火性の高い物だ。

 なかなか貴重な品であるが、戒閃が扱う場合、数度の使用にしか耐えられない。そのうえ特に必要という訳でもない。しかし形から入ることを非常に好む彼女は、常に数枚の予備を持ち歩いていた。


「よし」


 ぎちり、と拳を握りしめ、革の感触と拘束感を楽しむ。思わずにまにまと緩みかけた頬を引き締め、戒閃は魔力を左手に集中させた。それに呼応し、まばゆい光を放ち出した拳をぐいと振りかぶる。


「消し飛べっ!」


 激しい閃光と共に、地を揺るがす爆音が鳴り響いた。


「な――!?」


 戒閃は背後から聞こえた驚愕の声に満足の笑みを浮かべる。分厚い石材を幾重にも積み重ねた城壁には巨大な穴があいていた。言葉通り、戒閃が殴りつけた部分が綺麗に消失している。


「気をつけなさい。崩れますよ」


 戒閃の頭上からばらばらと岩のかけらが降り注ぐ。やがて支えを失い自重に耐え切れなくなった城壁上部が轟音と共に崩落した。

 落下してきた石材を魔力障壁で弾き、戒閃は瓦礫と化した城壁部を一足跳びに越える。

 城壁に付設された物見塔から、魔術師たちの慌てふためく声が聞こえていた。

 瓦礫を越えてガルナ内部へと移動して来た部下たちへ、戒閃が口早に指示を出す。


「十名づつ二手に別れ、城壁の上に陣取る者たちを掃討せよ。どうせよからぬ術を行っているのでしょう。左右から城壁をぐるりと周り、魔術師たちを完全に沈黙させなさい」


「はっ!」


「その後は凱延殿と合流するように。所在が掴めない時の集合場所はここです。――残りの者は……」


 戒閃は言葉を切り、思考をまとめる。通常ならば退路を確保するためにこの場に部下を残すのが定石だろう。かといって、人間相手にそこまでする必要もない。だが、レギウス軍を追撃していった者がいずれ戻って来ることを考えれば、やはり人を残していくべきだ。そう判断した。


「残りの者はこの場に待機。西門付近へ斥候を出し、散在した者たちを集めなさい」


「かしこまりました」


「わたしはこのまま凱延殿と合流します」


 あらかたの住民が避難し終えたガルナ市街はしんと静まりかえり、交戦しているのであろう喧騒が遠くから聞こえてきていた。そちらへ向かい戒閃が駆け出す。


――凱延殿の気配が、うすい……?


 戒閃の上官は、神経質なその内面とはうらはらに、魔力を制御するという細かい作業を不得手としている。派手好きな性格もあり、普段から強い魔力を放出しているので、かなり遠方からでも所在を確認しやすい。――だが、不思議なことに凱延の気配が微弱にしか感じられなかった。


――魔術師共が行っている術のせいか……


 周囲に満ちる強い魔力の流れは、城壁の一部を崩したことにより大きく乱れていた。どういった術なのかは分からないが、魔術師の掃討さえ済めば完全に破れるはずだと戒閃は推測する。それも最早、時間の問題であろう。


「戒閃様!」


 よく整備されたガルナの大通りを走る戒閃のゆくてから、四人の魔族が向かって来ていた。


「どうしました? 凱延殿からなにか伝令ですか?」


「いえ、先程の閃光と爆音から、戒閃様が交戦しているのではないかと思い、様子を見に来ました」


 先頭に立つ魔族の答えに、戒閃が軽く苦笑する。


「ああ、あれは城壁を崩しただけですよ。それより凱延殿はどうしました?」


「はっ、この先にあるディース神殿の中へ、お一人で入られて行きました。おそらくそこに魔術師共の長が居るのかと。我々は神殿周辺の人間共の掃討を命じられております」


「まったく、あの人は……で、そちらの戦況は?」


「相手の数はそう多くもなく優位に推移しているのですが……人間の戦士は魔力を帯びた武器を(たずさ)えており、こちらにもかなりの死傷者が出ています。我々の障壁があまり役にたっておりません」


 その報告に眉をひそめた戒閃が、報告をした男の背後へ目をやる。


「すぐにでも戦列に加わりたいところですが、まずは凱延殿の様子を見に神殿内部へ向かいます。しばらくそちらは持たせておきなさい。それよりあなた達……つけられましたね」


「は?」


 疑問の声を上げた魔族が、戒閃の視線を追って振り返る。


「おや、気付かれていましたか。これでも隠形(おんぎょう)の術には、少々自信があったのですがね」


 声と共に民家の影から姿を現したのは、濃紫の導衣に身を包んだ一人の魔導師だった。


「お前は……先程会いましたね。確かアルザイールとかいう魔導師でしたか?」


「名を覚えていただけたとは恐悦至極。いかにも、宮廷魔導師アルザイールにございます」


 枯れた声で名乗ったアルザイールが腰を折って一礼する。

 臨戦態勢をとった魔族たちを気にすることなく、余裕すら見せる痩身(そうしん)の魔導師へ、戒閃が艶やかに微笑みかけた。


「一人で追って来たのですか? 随分と己の力を過信しているようですね。宮廷魔導師というからには、この国でも有数の魔導師だと思っていいのですよね?」


「そうですな、私より力のある術者は、このレギウスでは二人しかおりません」


「ならちょうどいい、魔導師というのがどの程度の力を持っいるのか――味見してみるとしましょう」


 ぎちぎちと握りしめられた戒閃の拳が白い燐光を放つ。

 それを見た痩身の魔導師は、陰鬱(いんうつ)な声音で笑った。


「それはこちらとしても好都合だ。あなた達には色々と尋ねたいことがある」



 だらりと垂らされたアルザイールの掌から、黒い粉末がさらさらとこぼれ落ち始めた。





挿絵(By みてみん)


イラスト 柴玉様

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