表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
氷の滅慕  作者: SH
三章 死線
58/251

狂信の徒



 凱延襲来の報を受け数日。城塞都市ガルナの東部平原では、すでに一万近い兵が集結し、日を追うごとに各地から招集された将兵が続々と到着していた。


 ガルナの西側では、難を逃れるため荷車などに家財を詰め込んだ民衆が列を成し、街道を西へ西へと移動していた。

 難民の流れを阻害せぬよう、街道からやや離れた場所には、四百名にもおよぶ神官団の天幕が張られ、その周囲を国教騎士団の一部隊が警護している。


「なあ。あたし達、別に必要ないんじゃないか?」


 ガルナへ到着したアルフラたちであったが、神官の警護はすでに騎士団の者があたっている。六人ほどが寝泊まり出来る天幕を割り当てられているものの、とくにすることもなく手持ち無沙汰な時間を余儀なくされていた。


「現在ギルドでも、あなた達の扱いについては頭を痛めているのです」


 朝食後のカンタレラを持って、アルフラたちの野営地を訪れたフレインが、シグナムの疑問に答える。


「もともとギルドは皆さんをガルナへ随伴させるつもりはなかったのですよ。それどころか、当初はギルド本部にアルフラさんを軟禁せよ、といった話まで出ていました。魔族との戦いに際し、アルフラさんを王都へ残した場合、勝手に動かれても困るということでね」


「なんだそりゃ。ひでぇ話だな」


 当のアルフラ本人は、木の棒を遠くに投げてルゥに取って来させる、といった遊びに熱中していた。とりあえず、魔族の軍勢が姿を現すまでは、後方での待機命令に文句はないようだ。


「ですが、アルフラさんを監視している者が強く反対しましてね。魔王雷鴉の意図が分からぬ以上、アルフラさんから反感を買うような扱いは避けた方がよい、と」


「へえ。なかなかいい奴だね」


「私の知っている限り、アルフラさんを監視しているサダムという者は、尊大で陰湿な(たち)のある魔導士です。いい奴、とは掛け離れた性格なのですが……」


「ふうん……その監視してる奴って男なのか?」


「ええ、そうですが?」


 それが何か? といった顔をしたフレインへ、シグナムが意地の悪い笑みを返す。


恋敵(ライバル)出現だね」


「……は?」


「きっとアルフラちゃんを監視してる内に惚れちまったんだよ。だからそいつは軟禁することに反対したんじゃないか?」


「そんな、まさか……」


「あんた、そういう事にはからっきしうとそうだもんな。でも間違いないって。あたしの勘が外れた覚えはないからね。こりゃあんたも、うかうかしてらんないよ」


「は、はぁ……」


 フレインをけしかけるように肩を叩いたシグナムであったが、実際のところは覚えていないだけで、シグナムの女の勘は空回りしがちである。


「もうすぐ、あの凱延が攻めて来るんだろ。あんたたち魔導士は前線に出るんだから、今回ばかりは生きて帰れる可能性は低いんじゃないか? その前に、ちゃんと言葉にしてアルフラちゃんに好意を伝えてみちゃどうだ」


 シグナムは、ルゥから棒を受け取ってふたたび遠くへ放ったアルフラを微笑ましげに眺めながら、フレインの背を押す。


「いえ。我々ギルドは勝ちますよ。大導師様は、長年この時のために備えて来ました。それにアルフラさんは、白蓮という人を愛されていますし……想いを伝えるといっても、なんと言葉にすればよいのか、私にはわかりません」


「そんなの決まってるじゃないか。この戦いが終わったら結婚してくれ、とかさ」


 きわめて死亡率の高い、物騒なフラグを立てさせようとするシグナムへ、フレインが困惑の目を向ける。


「い、いきなり結婚ですか!?」


「そういうのはびしっと言わないとね。言葉にすればアルフラちゃんも意識して、なにか進展があるかもしれないよ」


「しかし……アルフラさんは、男性全般に対して不信感を持っているように思えるのですけど」


「うーん、それは……あるかもね」


 思い当たる節がいくつもあるシグナムは、難しい顔でうなる。

 (いくさ)を間近に控えているとは思えない、なんとものんきな会話に花を咲かせていた二人に、声をかけて来る者たちがいた。


「おお。やはりフレイン殿ではないですか」


 数人の大柄な神官たちがゆったりと、シグナムとフレインのもとへ歩いて来る。


「あなたたちは……ダレス神殿の方々ですね。なにかご用でしょうか?」


 フレインが白い神官服の胸元に縫いとめられた鋭角的な紋章を認めて応じる。その赤い刺繍は、武神ダレスの信徒を意味するものだ。

 フレインがこっそりとシグナムに囁く。


「彼らはレギウス神教の中でも魔族に対する最強硬派、武神ダレスを信仰する宗派の者達です」


 興味なさげに神官たちを眺めるシグナムを、先頭に立つ男が一瞥し、フレインへ語りかける。


「ホスロー殿のまな弟子であるフレイン殿の姿が目にとまりましたのでね。挨拶をと思いまして」


 言葉使いこそ丁寧なものだったが、神官たちはあからさまに見下したような笑みを浮かべていた。


「それはご丁寧にいたみいります」


 礼儀正しく目上の者に対する礼を取ったフレインとは逆に、シグナムは我関せず、といった感じでそっぽを向く。


「ギルドの者は、ガルナでなにやら忙しく動き回っていると聞いていましたが……フレイン殿はこのような所で油を売っていてもよろしいのですかな?」


「いささか所用がありまして。ですが、すぐに私もガルナへと戻るつもりですよ」


「そうですか。しかし、普段は魔術師の塔に篭りきりの大導師ホスロー殿みずからが、ガルナで何事かを行っているそうですね。いったい何をなされておるのですかな?」


 神官たちの中で最も体格のよい男が、フレインを見下ろしながら、厭味な口調で問いかけた。


「その件に関しては箝口令(かんこうれい)がしかれておりますので、どうかご容赦下さい」


「なるほど。魔族へ対するなんらかの策があるとは聞いておりますが、その内容は我々神殿の者にも口外出来ないと?」


「まあ、ありていに言えばそうなりますね」


 じろり、と威圧的な目でフレインを睨みつけた神官が、不快げな顔で更に問いかける。


「フレイン殿は、魔術士ギルドの行いについて、いろいろと疑問の声が上がっているのをご存知ですかな?」


「いえ、寡聞(かぶん)にして存じません。我々ギルドの者は、公式の場に出ること自体すくないですからね。そういった話を耳にする機会もあまりないのですよ」


「そうですか。ならば僭越(せんえつ)ながら私の口からお伝えしましょう。――いえいえ、遠慮なさらずともよい」


 口を開きかけたフレインを遮り、武神の信徒は話を続ける。


「口さがない者達の間ではね、魔術士ギルドは魔族と結託して、このレギウス教国を意のままにしようとしている、などと言われておるのですよ」


「それは初耳ですね。しかし、そういった事実はありませんのでご安心下さい」


 あくまで落ち着いた物腰で対応するフレインに、シグナムはすこし感心していた。よく我慢出来るな、と。


「ギルドの長であるホスロー殿にしても、以前に凱延を撃退したなどと言ってはいるが、それは百二十年も昔の話でしょう? いかに魔導師とはいえ人間が百年以上も生きていられはずがない。実際のところは、代々ギルドの長がホスローという名を受け継いでいるのであって、現在のホスロー殿とはなんの関係もないのでは?」


「さあ? そういった話はギルド内でもあまりなされないので分かりかねます。ただ、私の知る限りでは、ここ二十年の間、ギルドマスターが代替わりした事はないですね」


「ほう。ギルドの者ですら分からぬと? ホスロー殿がフードを目深に被り、人前に顔を晒さぬのは、爵位の魔族に打ち勝ったいう伝説を演出するためのものではないのですかな? 顔を隠し、代替わりしたことを悟られぬようにし、あたかも百年以上を生きていると周りの者に思わせるため、では?」


 人事ではあるが、だんだんと我慢の出来なくなってきたシグナムが、目顔でフレインに尋ねる。言ってくれればこの神官のよく回る口を塞いでやるぞと。

 苦笑いでやんわりと遠慮したフレインへ、神官たちの一人が(あざけ)るように声をかける。


「大導師などと言ってはいるが、あのこけおどしのローブを脱いでみれば、中身は貧相な小男なのではないか? フレイン殿なら見たこともございましょう」


 あからさまな侮蔑の言葉に、さすがのフレインも時間の無駄だと見切りをつけたようだ。


「……申し訳ありません。すこし時間を過ごしてしまいました。私は神官団の警護の者達に届け物をしに来ただけなので、そろそろガルナ市街へ戻らねばなりません。話の途中ではありますが、そろそろおいとまさせて頂きます」


「なに、こうして語らうことも滅多にないのです。もうしばしよろしいではないですか。しかし、魔術士ギルドからも警護の人員が割かれるとは聞いておりましたが……」


 神官が慇懃無礼な態度で、棒を投げて遊ぶアルフラたちへと目をやり、意味ありげに苦笑する。


「まさかこのように小人数のうえ、女子供ばかりとはね」


 神官たちから、その肩書にはあまり似つかわしくない、品のない笑い声が上がる。


「あー、あたしはお邪魔のようだね。失礼するよ」


 みずからに話が向けられ、あまり長くは怒りを抑えきれないと判断したシグナムは、アルフラたちのもとへと歩いて行く。しかし、その背に武神の信徒が追い撃ちをかけた。


「ふっ、女だてらに傭兵の真似事をし、我ら武神ダレスの神官を警護するなどと……身の程知らずが」


「……あ?」


 目を細め、ゆっくりとした動作で振り向いたシグナムへ、フレインが慌てて駆け寄る。


「シグナムさん! ここはどうか……」


「あのなあ、武神の信徒だかなんだか知らないけどさ」


 フレインを片手で押しのけたシグナムが、冷たい眼差しで神官たちを睥睨(へいげい)する。


「お前らを力づくで黙らせることなんて、わけねぇんだぞ?」


「そうですっ、言葉を慎みなさい! 武神ダレスの神官ともあろう者が、戦いを生業とする者を蔑むなど……ダレス神はお許しになりませんよ!」


 シグナムの言葉に被せるようにして、神官たちの背後から元気のよい少女の声が響いた。

 巨漢の神官たちを掻き分け、前に進み出た少女が非礼を詫びるように頭を下げた。そして暴言を吐いた男へ向き直る。


「トマス。たとえ女や子供であれ、武の道に生きる者であれば、ダレス神の前にみな平等なのです」


「ジャンヌ様……申し訳ありません。つい頭に血が昇り、心にもないことを……」


 トマスと呼ばれた神官が、あたふたと言い訳を口にする。彼にしても、背後に居たジャンヌという少女の存在を失念していて、口を滑らせてしまったらしい。


「言葉による謝罪は必要ありません。三日間の断食と瞑想を命じます。その間ダレス神に祈りを捧げ、いま一度武神ダレスの教えについて考えなさい」


「はっ! これよりトマスは三日間の断食と瞑想を行い、ダレス神の教議を再考いたします!!」


 直立不動の姿勢で、武神ダレスの聖印を握りしめたトマスが復唱した。そしてそのまま後ろも見ずに走って行く。


「えっ……と」


 怒りの矛先に駆け去られたシグナムが、呆然とした声をもらした。


「大変な失礼をいたしました。わたしはジャンヌと申します。あなたの名をお伺いしてもよろしいですか?」


「あ、ああ。シグナムだ」


 シグナムはあまりアルフラやルゥと歳も体格も変わらないこの少女の視線に、やや当惑気味だった。


「シグナム様ですか、よい名ですね。同じ女性だというのに、なんと見事な体格……それに引き締まった実戦的な筋肉も、とても素敵ですわ」


 うっとりと見つめるその視線に、シグナムはアルフラのものとはまた違った危なさを感じた。

 ゆったりとした神官服を着ているが、ジャンヌが小柄で細身なことは一目で見分けられる。華奢な外見と肩口で切り揃えられた見事な金髪、一見可憐な外見ではあるのだが、目の下に浮かぶ青いくまが、どこか病的な印象を受けた。


「彼女は武神ダレスの司祭令嬢です」


 後ろからフレインが小声で囁やく。


「どうか失礼のないように」


「お、おう」


 かろうじてフレインの言葉に頷いたシグナムの方へ、騒ぎを聞き付けたアルフラとルゥが駆け寄って来た。


「どうしたの?」


 アルフラが神官たちと、その先頭に立つジャンヌに目をやる。

 ルゥもジャンヌをじろじろと眺めながら問う。


「なに? このちび」


「ちょっ! ルゥさん!」


 焦った声を上げ、ルゥの口を手で塞ごうとしたフレインをするりとかわし、ルゥはさささっとシグナムの後ろに隠れた。

 さすがに怒りをあらわにしたジャンヌが、鋭い目つきで睨みつけたのだ。目元のくまも相まって、かなり剣呑な雰囲気を醸している。

 アルフラも出会った当初、おちびちゃん呼ばわりされたことを思い出し、かるくルゥをにらむ。


「す、すみません。この子は人里離れた場所で育ったものですから、あまり礼儀を知らないもので……」


 すかさず謝罪したフレインへ、やや怒りを和らげたジャンヌが口を開く。


「トマスの言はいささか非礼でしたけど、たしかにこんな子供に警護が勤まるのか疑問ですわ」


 神官娘は肩をそびやかし、シグナムの背後に隠れて舌を出すルゥへ、きつい感じで厭味を言った。


「ジャンヌ様、それはご安心下さい。彼女たち三人は、すでに幾人もの魔族を倒した実績があるのですよ」


 神官たちの間から驚愕の声が上がる。


「それは本当ですか?」


 ジャンヌはすこし興奮した表情でシグナム、ルゥ、アルフラの順に視線を移していく。


「はい。つい先日、このガルナに現れた魔族の斥候を倒したのも彼女たちなのです」


「ガルナの? たしかに聞いておりますわ。もともとその任にあたるのは、わたしたちダレス神殿の者になるはずだったのです。なのにレギウス神殿の者が選出され、結果不手際を起こしたと」


「あー、たしかにあいつらは使えなかったね。後ろに下がってればいいのに真っ先に殺られちまいやがった」


「シグナムさん」


 フレインから咎めるように名を呼ばれ、シグナムが口をつぐむ。しかし、ジャンヌはその手をとり、両手で握りしめた。


「そうでしょう。レギウス神殿の者たちなど、戦い慣れしていない新兵のようなもの。いかに高位の神官といえど、なんの役にも立たないはずですわ」


「あ、ああ。まあ……そうだね」


 常人には理解しがたい熱意をまとい、必要以上に体を寄せてくるジャンヌから、シグナムはたじたじと身を引く。


「今回の戦いでは、ぜひわたしたちをお連れ下さいませ」


「ああ……あぁ!?」


 うんうんと頷きかけたシグナムが、すっとんきょな声を出した。


「あなた達神官団の仕事は、後方での負傷者の治癒でしょう。魔族と直接戦うことはないと思いますよ」


 フレインの言葉に賛同するかのようにシグナムも首を振る。


「あたし達は神官を警護するように言われてるんだ。後方任務なんだよ」


「あたしは一人でも爵位の魔族と戦うわ」


 流れも空気も読むつもりがないアルフラが言いきった。


「素晴らしいですわっ!」


 ジャンヌのくまの浮いた熱い視線が向けられ、アルフラもびくりとたじろぐ。


「爵位の魔族とお一人で戦おうだなんて……あぁ武神ダレスよ、わたしは今日のこの出会いに感謝いたします」


 ダレス神への祈りを捧げ始めたジャンヌと神官たちを尻目に、アルフラたちは困った顔をする。そして、その場をこっそり立ち去ろう、とお互いの意思を目で確認し合った。


「武神ダレスはこうおっしゃられております」


 じりじりと後ずさるアルフラたちへ、ジャンヌの病的な目が向けられる。


「魔族に死を! 異教徒に死を!」


 神官たちもその後に続き唱和する。


「魔族に死を! 異教徒に死を!」


「邪悪なる者に死を――キル・ケイオス!!」


 狂信者たちの熱気にあてられ、シグナムが泣きそうな顔でフレインに呟いた。



「おい、配置換えをしてくれ。いくらなんでも仕事を選ぶ権利くらいあるだろ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ