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氷の滅慕  作者: SH
一章 楽園
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特訓と指標 ※挿し絵あり



 小さなテーブルの前に腰掛けたアルフラは、真剣な面持ちで高城の話を聞いていた。


「マナ、オド、霊力、気。いろいろな呼び方はございますが、我々魔族は一般的に魔力と呼んでいます」


「はいっ」


「魔力を行使するには、まず魔力自体を感じ取らなければなりません」


 アルフラは言われた通り魔力を感じようとする。しかしそれがどういう物なのか、いまいち理解出来ない。


「魔力は力です。大気のなかにも存在しますが、それは微量な物です。まずは内在するみずからの魔力を把握出来るよう(つと)めて下さい」


――魔法を使えるようになれば、きっと白蓮さんに褒めてもらえる


 想いは強かったが、いかんせんアルフラにはその素養が感じられなかった。

 部屋の外に対する好奇心はすでに消え失せ、白蓮に気に入られたい一心で、高城の講義を受けていた。


 日に数回、白蓮が様子を見にやって来るが、ほんの少しの間アルフラが四苦八苦している様を(なが)め、すぐに居なくなってしまう。

 自分が上手くやれれば白蓮はもっとかまってくれるのではないかという期待と、このまま結果が出せず白蓮に見限られてしまうのではないかという不安が、アルフラをせき立てる。


 なかなかに辛い日々であったが、白蓮は毎晩かならずアルフラの部屋を訪れ、一滴の血を与えた。

 血を飲んだ時に感じる恐ろしいほどの高揚と、身体の熱を鎮めるために白蓮が触れてくれる瞬間は、アルフラにとって至高のひとときであった。

 なにせその時だけは、好きなだけ白蓮に抱きついてもよいのだから。


 まだまだ親の肌が恋しい年頃なのかもしれないが、白蓮に向けられるアルフラの想いは親愛ではなく、信仰心に近いものだったかもしれない。



 常に無表情で冷淡な態度を取る白蓮は、一体なにを思い人間の少女に接していたのだろう。





 高城の講義が始まってから数日。しかしアルフラは、魔力を知覚するという最初の段階でつまづき、遅々として結果がついてこない。


「奥様。結論を出すには早計ではございますが、アルフラ様には、その方面の才覚があるように思えません」


「そう……」


「やはり我らと人は根本的に違います。魔族であれば、教わる事なく子供の頃から魔力を行使出来ますが、人間はそうもゆかないようです」


 白蓮は玉座脇のサイドテーブルに置かれたゴブレットに手を伸ばす。


「もしアルフラ様に魔法を習得させることを第一にと考えるのなら、人間の魔術士を育成する機関に預けるのが最も確実かと」


「機関?」


「大きな都市になら、魔術士ギルドや養成学校のようなものがございますので、その辺りでしょうな」


所詮(しょせん)、人間と魔族は違う、という事か」


 なにか深く考え込むように、手にしたゴブレットをじいっと見つめる白蓮に対し、高城は口をつぐむ。


「魔力は扱えないが、あの子の回復力や耐性は向上している」


「はい。無意識の内にやれているようですな。力を外に向かわせることは出来ないようですが」


「体内で行う分には呼吸をするのと同じで、人であっても特に意識せず出来るのだろうか?」


「おそらくはそうでありましょう」


「……お前は徒手空拳での戦闘術を修めていたな?」


「はい。遥か東方の島国に古より伝わるアイキ、と呼ばれる武術を少々」


「では、あの子に戦い方を教えてやりなさい」


「かしこまりました」



 白蓮は陰欝(いんうつ)な面持ちで、ゴブレットの中の葡萄酒に口を付けた。





 高城から教わったザゼンという特殊な座り方で、体内にある魔力の流れを感じ取ろうとしていたアルフラは、少しうとうととしかけていた。

 白蓮がやって来たのは、ちょうど眠たくなって来る、そんな昼下がりのひとときであった。


「私達魔族は力を重んじるわ。強い者が奪い、もっとも強い者が王になる。弱者は奪われ強者に従う」


「は……い」


 話が見えないながらも、かろうじてアルフラはうなずいた。


「もともと魔族は好戦的な種族ではあるけど、だからこそ力は絶対よ」


「はいっ」


「高城から戦い方を学びなさい」


「……はい?」


「ついておいで」



 所詮、人間と魔族は違うのだと呟いていた魔族の女は、みずからを敬愛する人間の少女に、魔族の価値観を押し付けようとしていた。





 初めて室外に出たアルフラは、きょときょと周りを見渡す。どこもかしこも光沢のある白い壁。

 落ち着きなく首を(めぐ)らせながらも、白蓮に付き従い階段を登ってゆく。すると古めかしい石壁に囲まれた、古城といった雰囲気の通路に出た。さらに歩いて行くと、開かれた鎧戸が幾つも並んでおり、外の雪原を見ることが出来た。


――あたしが居た部屋は、地下だったんだぁ


 久しぶりに見た外の世界は、太陽光をキラキラと乱反射した雪が目に痛かった。

 さらにしばらく歩き、アルフラがたどり着いた先は、天井の高い大広間であった。奥には白木造りの食卓があり、高城がお茶の用意をしていた。


「お待ちしておりました」


 白蓮は高城が引いた椅子に座ると、優雅にティーカップを傾ける。


「始めてちょうだい」


「はっ」


「……え? あたし、なにをすればいいんですか?」


「まずはこれにお着替え下さい」


 高城から手渡されたのは折り畳まれた衣服。

 くるりと振り返り、老執事は後を向く。

 アルフラは戸惑いつつもワンピースを脱ぎ、チェニックに袖を通して腰で縛るタイプのズボンに着替えた。


――やっぱりパンツはないんだ……


 すこしがっかりしてしまう。


「アルフラ。高城から戦いの素質があると認められたら、ご褒美として今日は少し多めに血をあげるわ」


「――――――!?」


 アルフラは答えることが出来なかった。


――名前! いま名前で呼ばれた!?


 あまりの嬉しさに言葉も出ない。アルフラにとってそれはすでに、これ以上ないほどのご褒美だった。


――たぶん、はじめて白蓮さんと会った日いらい!?


 鳶色の大きな瞳をこぼれそうなほどに見開き、ぷるぷると感動に震えるアルフラの顔を見た白蓮が、眉をよせる。


「アルフラ、返事! それに口を閉じなさい」


「はいっ!!」



 白蓮から少々きつめの声で叱責されるが、アルフラのテンションは振り切れたまま、とどまる所を知らなかった。





「まずは基礎体力作りから始めたい所ですが、とりあえずはアルフラ様に学んで頂くアイキという武術の術理を説明しましょう」


「はいっ!」


「よい返事ですね。基本は簡単です。力の方向を変える。これに尽きます」


「力の方向を、変える?」


「そうです。では私の腕を両手で掴んでみて下さい」


「はいっ」


「力を込めて押しますので、押し負けてその場を動かされないよう力を入れて下さい」


「こうですか?」


 アルフラは軽く腰を落とし、足を開いた。


「よろしいみたいですね。ではゆきますよ」


 徐々に加えられていく力に逆らい、押し返そうとするアルフラだったが、あまり長くは持たずよろめいてしまった。


「もう一度やりますよ」


「はいっ!」


 先程よりさらに腰を落とし押し返そうとしたが、今度は不意に腕を横に引かれ、ぐらりとつんのめってしまう。


「きゃっ!」


 倒れこみそうになったアルフラの襟を掴んだ高城が、にっこりと笑っていた。


「これが力の方向を変える、という事です」


「はい、びっくりしましたぁ」


「加えられる力を正面から受けると、十に対し十の力が必要です。しかし相手の力を横や手前に流してしまえば、二三の力で充分です」


「すごいですっ!」


「これを“受け流す”と言います。最初は言葉通り、受けて流すといった動作になります。最終的には流す動作と相手に攻撃をくわえる動作を、一呼吸で行えるよう鍛練を重ねましょう」


 身振り手振りを交えて説明する高城の言葉を、一言も逃すまいとアルフラは聴き入る。


「これは武器を使った戦闘にも応用出来ます。“柔よく剛を制す”と言う理念の元、力に勝る者に勝利するための術理ですね」


「はいっ!」


「まずは初歩的な型をいくつかお教えしますので、反復練習から始めましょう。動きを見ながら、日課とする基礎体力作りのメニューを決めます」


「よろしくお願いします!」


「アルフラ様は体格の割に力もあり、意外と足腰もしっかりしていますね。なかなか教え甲斐がありそうですな」


 高城に褒められ、白蓮の方をちらりと盗み見るアルフラ。しかし、すでにそこには誰もおらず、しょんぼりと肩を落してしまう。だが、初めて知る武術という知識にやがて夢中となり、煩悩は次第に消えていった。





 バルコニーの外では、夜のとばりが降りていた。室内は薄明かりを放つ数個のカンテラだけが光源であった。


「アルフラ様はなかなか筋がよろしいですね。見た目の割に力が強いのは、奥様の血によって筋力や体力が向上してるからではないでしょうか。特に瞬発力に関しては素晴らしいものがあります」


「そう」


 表情を変えることなくアルフラへの評価を聞く白蓮が、コツッ、コツッ、と玉座の肘掛けを指で叩く。機嫌が良いときの仕草だ。高城が、あまり感情を表に出さない主の機嫌を判断出来る、数少ない要素の一つである。


「飲み込みも早いですし、修練に対しても真剣に取り組んでいます。アルフラ様が元来持たれている素直さの(あらわ)れでしょうな」


「では、そのうちに武器を使った戦い方も教えてあげなさい。出来るわね?」


「お任せ下さい。この城には蛮族が住んでいた頃の武具もございますし、折をみて倉を少々(あさ)ってみるとしましょう」


 コツッ、コツッとリズミカルな音は続く。


「ただ、なにぶん古い物ですので、手入れには時間がかかるでしょう。場合によっては物を揃えるため、街まで買い出しへ行く必要があるかもしれません」


「手入れや買い出しは他の者にやらせなさい。高城はなるべくアルフラについているようにして」


 おや、という顔で白蓮の顔を見るが、やはりその表情から感情を読み取ることは出来ない。「あの子」ではなく「アルフラ」と名で呼ぶようになった主の心の動きに興味を抱いたが、分をわきまえた高城は、もちろんそれを口に出したりはしない。


「御意に。ならばアルフラ様のこまごまとした物も、一緒に手に入れて来させましょうか?」


「こまごまとした物?」


「この城には他に子供もおりません。生活に必要な品で、何か不足している物もございましょう」


「そうね。気が回らなかったわ。何か欲しい物があるか、アルフラに聞いておきなさい」



 アルフラが、念願のパンツを手にする日も近いようだ。


挿絵(By みてみん)


イラスト イケサハラ様

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