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氷の滅慕  作者: SH
三章 死線
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交錯の王都



 ホスローの居室へ呼ばれたフレインが入室すると、すでにカダフィーを始めとした高位の導士たちが集っていた。


「む……? フレイン、その頭の怪我はどうしたのじゃ」


 ホスローがフレインの頭頂部に目をやり、怪訝そうな口調で尋ねた。頭には包帯が巻かれており、はた目にも大きく腫れ上がっていることがわかる。


「はぁ、それが……よくは覚えてないのですが、階段から転げ落ちたのだと聞きました」


「ふ……む?」


「見た目ほど大した怪我ではありません。ただ、頭を打った衝撃で、すこし記憶が混乱しているだけだと思います」


 手紙をシグナムへ渡したことは覚えているのだが、なにかとても大切なことを忘れているような気がするフレインだった。


「……まあよい。普段から充分気をつけるのじゃぞ」


「はい、申し訳ございません」


「では本題に入ろう」


 集まった十数名に及ぶ魔導士を見回したホスローが、フードの奥から瘴気とともに言葉を紡ぐ。


「探知の術に秀でた者はすでに気づいておろうが、この王都にまで魔族の斥候がやって来ておる」


 どのくらいの者が気づいていたのかは分からないが、言葉を発したり驚愕の仕草を見せる者は一人も居なかった。


「今回王都に現れたのはサルファ近辺に出没しておった奴らとは、まったくの別物じゃ。おそろしく巧妙に気配を隠しておる。ただの斥候ではなく、手練(てだれ)の間者であろう」


 殷々(いんいん)と響くホスローの声が不気味に反響する。室内には緊張の気配が漂っていた。


「遠見や探知を得手とする術師を動員しておるのじゃが、その動きを捕捉することすら困難な状況じゃ。ただ、非常に統制のとれた行動をしておることから、かなり優秀な指揮官がおるものと予測されておる」


「ホスロー」


 短く呼びかけたカダフィーへ首を巡らせ、ホスローはかすかに頷く。


「うむ。今回はそなたに任せよう。じゃが、充分に注意せよ。とくに指揮をとっておる者はあまりに得体がしれん。信じられん話じゃが、常人の域にまで(おの)が魔力を隠匿することが出来るらしい」


 魔術を扱う者ならば、隠形(おんぎょう)と呼ばれる術を使い、みずからの魔力や気配を絶つことも可能だ。しかし、強大な力を持つ魔族が(おのれ)の魔力を人のレベルまで抑え、隠すことは、ほぼ不可能だと考えられていた。


「ここに集めた者たちは使ってもいいんだろ?」


「そのつもりじゃ。すでに(つか)いを出して、古参の戦士を十名ほど編成するように通達もしておる」


「フフ、手回のいいこと」


 カダフィーの瞳が鮮血色(せんけつしょく)の輝きを帯びる。


「うむ。お前のことじゃから心配は要らんとは思うが、くれぐれも――」


「大丈夫、わかってるわ。念のため、夜になってから動くつもりよ。なんの問題もないわ」


 百五十年を生きる人の姿をした女魔導師は、溢れ出る禍々しい妖気を隠そうともせず、口角を吊り上げてにやりと笑う。



「明日の朝には、あなたの前に魔族共の首を列べてあげるわ」





 王都の南西部に位置する貧民街。長いこと人の手が入っていない廃屋で、高城は定時の報告を受けていた。


「どうも魔術師達が我々の存在に気づき、なんらかの対策を講じているようです」


 高城は王都に(ともな)った七名の間者を二人づつ三組に分け、残った一人を伝令として使っていた。


「軍の兵舎を見張っている者達からは、なんの異変も感じられないとのことでした。おそらくは、魔術師共が独自に動いているものと思われます」


「そうですか。対象である少女を見かけた者は?」


「今のところはおりません」


 高城は間者たちにアルフラの外見を詳しく伝え、それぞれに諜報活動を行わせていた。

 活発な動きを見せている魔術師のギルドに一組。人の多く集まる市街地にも一組。そしてロ・ボゥから、アルフラが兵士と行動を共にしていた、と聞かされていたこともあり、国軍の兵舎にも見張りを回していた。

 王都カルザスは一国の都だけあって人口が多い。高城もそう簡単にアルフラが見つかるとは思っていなかった。


「魔術師達の動きは気になりますね。ギルドの関連施設の方も探ってみましょう。市街地を回らせている者に通達して下さい」


「わかりました」


「それと、万が一の場合でも、なるべく交戦は避けるよう伝えて下さい」


「かしこまりました」


 一礼し、音もなく廃屋から立ち去った男を見送り、高城は満足げな笑みを浮かべる。

 灰塚から借り受けた五名の間者は、よく訓練された者たちだった。気配を隠すことにも長けている。

 相手が魔術の心得がない一般人であれば、魔族と見分けられる者もいないだろう。魔術師だけに気をつけていれば問題はないはずだ。



 そしてみずからの仕事を果たすべく、高城も廃屋を後にする。





 シグナムが宿舎へ戻ると、普段とは違った慌ただしい雰囲気が流れていた。

 常時より人の行き来が多く、帯剣している戦士が目につく。ローブ姿の者も数人見受けられた。


――なんかあったのか……


 部屋の扉を開けてみると、アルフラがルゥへ棒を投げて遊んでいた。外の気配には気づいているだろうに呑気なものだ。などと思いつつ、意外と楽しげなルゥに苦笑する。


「あ、お姉ちゃんおかえりぃ。フレインはだいじょぶだった?」


「ああ、ちょっと大きめのこぶをこさえた程度だね」


「まったく……いったいなにしに来たのかしら、あいつ」


 まだ怒りの収まらないアルフラがつぶやいた。やはり男性から胸について言及されるのは、シグナムやルゥに指摘されるのと違い、かなりの嫌悪感があるらしい。

 すこしやりすぎな感はあったが、アルフラのそんな少女らしい反応を見られたことは、シグナムにとって軽い安堵感をもたらしていた。いろいろな意味で……


「そのことなんだけどね……アルフラちゃん、いま誰かに見られている気配はあるか?」


「え? いまはとくになにも感じないけど……」


「そうか」


 ぐるりと部屋の中を見回したシグナムが、寝台へ上がり毛布に潜りこむ。


「ちょっとおいで」


「え、えぇぇ――!?」


 手招きしたシグナムに対し、アルフラが何故かあたふたとする。

 頬を赤らめつつ、いそいそと服を脱ぎ出したアルフラを、シグナムが慌てて制止した。


「いやいや、そういうんじゃないから。話がしたいだけだ。ルゥもおいで」


「はぁい♪」


 ルゥが無邪気に寝台へ飛び乗る。


「なっ……さん、ぴ――――」


「まったく、いつまでもふざけてないで。ほら、真面目な話なんだ」


 のりのりなアルフラは口元を手で覆い、かくかくと震えている。その手を掴んだシグナムは、うむをいわさず寝台へと引きずりこむ。

 三人ならんで頭から毛布を被り、声を潜めてフレインから託された手紙の内容を話し始めた。

 最初はなにかのおふざけだと思い、じゃれついてきていたルゥとアルフラも、話が進むにつれて事の重大さを理解したようだ。


「あたし、まだしばらくはギルドにいたい。いますぐに危険てわけじゃないんでしょ?」


 小声で囁くアルフラの声音は、とても落ち着いていた。


「ああ、実際どう危険なのかもよくは分からないしね。ただ、フレインだって自分の立場が危うくなるリスクを踏んでまで伝えてきたんだ。あまり楽観は出来ないと思う」


 ルゥはとくにどうしたいという意見もないらしく、二人の会話に耳を傾けていた。


「あたしとしては、すこし様子を見るにしろ、ギルドを抜けるのは早いに越したことはないと思うんだけどね」


「大丈夫。もし襲われても返り討ちにしちゃうわ」


「アルフラちゃん。もっとちゃんと考えなよ。そう簡単な話でもないだろ。毒を盛られる可能性だってあるし、魔術師の中には優秀な暗殺者だっているらしいんだから」


「毒だったらボクすぐにわかるよ」


 得意げなルゥが寝そべったまま胸をはる。


「ああ、ルゥが居れば毒の線は安心か」


 遠方からでも相手の臭いをかぎ分けられるルゥなら、料理に混入した異物を探知することも容易だろう。それ以前に、匂いも嗅がず口へ含んでしまうのではないか、という心配もあるのだが。


「暗殺者だって平気よ。きっと気配でわかると思う。それに……ここはいい所だわ。毎日カンタレラを貰えるし、魔族の情報も持って来てくれる」


 アルフラにしてみれば至れり尽くせりな環境だ。


「でもねぇ……魔術師なんてほんと得体が知れないからさ。そりゃあたしだって、まともにやり合えばアルフラちゃんがそうそう遅れを取るとは思わないさ」


 でもね、と額をつき合わせるようにしてシグナムは囁く。


「ここは奴らの腹の中みたいなもんなんだよ? 四六時中気を張ってるわけにはいかないし、気配を隠すような魔術もあるって話だ。いきなり後ろから毒矢を射かけられることだって有り得るんだ」


「それは……」


「とにかく、すぐにどうこうって話じゃない。でも、なにかあった場合、いつでもここを引き払えるよう準備だけは整えておこう」


「……うん」


 不満そうにしながら、それでもアルフラはうなずいた。

 これまで、こういった物事の裁定は総てシグナムに頼りきりだった。こうして自分の意見を強く()すこと自体、めずしいと言える。


「じゃあ、日が暮れる前にあたしとルゥで買い出しに行って来るよ。細々(こまごま)とした物を揃えとく必要がある」


「えっ、買い物にゆくの?」


 ルゥが毛布の中で、もごもごと嬉しそうに身じろぎする。


「二人で? あたしは?」


「アルフラちゃんには見張りがついてるんだから普段通りにしてな。夜になる前には帰ってくるからさ」


「えー」


「しょうがないだろ。ちゃんとお土産買ってきてあげるからさ」



 シグナムはこつりとアルフラに額を当てて毛布を剥ぐ。飛び出すように寝台から降り立ったルゥに笑みを漏らしながら、その後に続いた。





 シグナムとルゥが市場へと出かけた室内で、アルフラは今後の身の振り方を考えていた。


 もしギルドから離れたとして、どうやって魔族と戦うか。

 斥候を頻繁に送って来ていることからも、魔族の進攻は近いのではないかと思う。やはりまた傭兵団なりに所属するのが一番早いのだろうか。

 しかし自分の身に危険が迫っていると言われても、あまり実感が湧かない。第一、アルフラからしてみれば、ギルドから狙われる理由にまったく心当たりがないのだ。


 つらつらと思案を重ねていると、最近頻繁に感じるようになった、あの見られている、という気配がしてきた。

 うっとおしく思いながらも、鎧戸から傾きかけた太陽をぼんやりと眺める。


「――――?」


 不意に、いつもの視線とは違った気配がした。

 見られている、という感じもまだある。


 しかし、それとは別に何か覚えのある……


――魔族!?


 思い当たってからの行動は早かった。

 愛用の細剣を掴み宿舎から飛び出す。

 北側に広がる雑木林から動揺が伝わってきた。

 それはごくごく微細なものではあったが、アルフラにははっきりと感じられた。おそらくこの世で最も魔族を欲しているのは、(ほか)ならぬアルフラなのだから。


 気配だけを頼りに雑木林に分け入るが、魔族は移動しているようだった。追跡している内に、相手が複数であることに気づく。


――二人……いや、三人?


 さすがに三人と同時に戦うのは厳しいか、とわずかな不安がアルフラの中に浮かぶ。

 相手がどれほどの力を持つ魔族なのかは分からない。場合によっては、返り討ちにあう可能性も高い。

 だが……三人も倒せば大量の血が手に入る。


――またすこし、白蓮に近づける


 その想いが、芽生え始めた恐怖を掻き消し、心地好い高揚感を生み出した。

 体の芯から冷え込むような愉悦に身をまかせる。


「白蓮……」


 声に出して呼んでみた。

 さらに血が冷たく沸き立つ。

 身の内に白蓮の存在を確認する。

 

 相手の力も分からぬその追跡は、みずから死地へ飛び込むようなものかもしれない。

 だが――もはやアルフラの心に、恐れや躊躇(ちゅうちょ)などといったものは存在しなかった。


 足場の悪い林の中をぬけ、辺りが開けてくる。

 やがて宿舎の北東に位置する小高い丘に出た。なだらかな斜面を駆け上がり、なおも逃走者に追い縋る。

 魔族との距離が詰まってきていた。


――魔族のくせに逃げようとするなんて……


 獣のごとき速さで疾駆する。


――絶対に逃がさない



 見る者を凍えさせるような笑みが、アルフラの口許に浮かび上がった。





「高城殿!」


 活気のある市場を抜け、東の居住区へ向かっていた高城に、伝令役の間者が駆け寄ってきた。かなり切迫した雰囲気で息をきらせている。


「どうしました?」


「少女を発見しました。外見上の一致から、ほぼ間違いないかと思います。ついて来て下さい。話は移動しながら」


 ただならぬ状況を察した高城が、間者の後に続き駆け出す。


「ギルドの施設をあたっていた凱延(がいえん)殿の配下が発見したのですが、逆にこちらの気配に気づかれてしまい追跡を受けています」


「その二人は?」


「途中で転進し少女の方へ向かいました」


「な――!?」


「対象の少女が魔術士ギルドの関係者であることから、捕獲し尋問を行おうと考えたようです。あの少女が、凱延配下の仲間を害した者達の一味であることもあり、かなり殺気立っておりました」


「なんという事だ! 貴様は何故……ッ」


 アルフラの身に危険が迫っていることを理解した高城が、思わず間者を叱責しようとし、なんとか自制する。今はそのような状況ではない。勝手な行動を取った者たちを何故止めなかったのか、という思いをなんとか噛み殺す。

 凱延から借りた間者は、灰塚の手勢と比べれば一段劣るが、それなりの力を持つ者たちだ。しかも、仲間を魔術師に殺された疑いもあるため、血気に(はや)っている。

 もしアルフラが下手に抵抗すれば、あっさりと殺されてしまうかもしれない。

 そうでなくとも彼らならば、捕縛したアルフラに拷問を加えることも辞さないだろう。


 高城は四年の間、その成長を見守ってきた少女を想う。

 素直でとても優しい心根を持った愛らしいアルフラを、孫のように可愛く思っていたのだ。

 たとえ何人(なんぴと)といえど、その身に毛一筋ほどの傷を付けられることも我慢ならなかった。


 激しい怒りと共に、アルフラの身へ迫る危険を考えると、吐き気すらもよおす強い不安が込み上げてくる。


「場所は!? どの辺りで別れたのですか!」


 常に優雅な物腰と、柔和な面持ちを崩さぬ高城から、凄まじい怒気が発せられていた。その苛烈な詰問に気圧されながらも間者が答える。


「ここから北、丘陵地帯に近い場所です」


「私は先に行く。もしあなたが先に見つけたならば、力ずくででも凱延の配下を止めなさい」


「はっ!」


「もしお嬢様の身になにかあった場合、貴様の責も(まぬが)れぬこと、覚悟するのだぞ!」


 返事を待つことなく高城は速力を上げ、一気に翔け去る。



 そのあまりの速さに唖然とした間者も、必死で後を追った。高城の剣幕さから理解したのだ。少女の安否が、みずからの生死にすら関わりかねないことを。

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