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氷の滅慕  作者: SH
三章 死線
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貪欲な悪鬼と暴虐な戦鬼



 深く濃い、夜闇(よやみ)の落ちた森の中。アルフラは気配だけを頼りに、魔族を追走していた。


 月が雲に隠れているため、かなり夜目が()くアルフラであっても、かろうじて足元が見える程度の視界しかない。

 魔族の攻撃と、薄く積もる雪に隠れた木の根が、追跡を困難なものとしていた。足元に注意を払いながらなので、速力が出しきれない。


 一定の距離を置き、弾丸の様な水滴を放ってくる魔族は、アルフラの間合いに入ることを酷く嫌っているようだった。

 追い縋るアルフラへ、二発の水弾が放たれた。強い魔力のこめらた水の(やじり)が、周囲の木々に穴を穿つ。

 凄まじい貫通力だが、あまり脅威は感じなかった。


 気分は高揚し、体が軽い。感覚が研ぎ澄まされ、身の内から力の流れを感じる。

 アルフラは度重なる実戦の中で、戦いによる高揚感がみずからの血を沸き立たせることを、本能的に悟っていた。

 心が熱くなるほどに体の芯は冷え、心地好い冷たさが、じわりと身の内に広がる。


――きっと、この冷たく沸き返る血は、白蓮のだ


 己の中に、白蓮の存在を感じる。

 以前に高城が言っていた、体内の魔力を感じとる、というのはこのことなのだと思った。

 ふたたび放たれた水弾を、アルフラは思考の片手間に避ける。

 魔族の力の流れも、ぼんやりとだが読み取れるようになっていた。

 あらかじめ予測できるので、回避することはそれほど難しくない。


「白蓮」


 言葉に出して呟やいてみた。

 甘い陶酔感が訪れる。

 自然と浮かぶ笑みを、堪えることが困難になって来た。

 冷たさが増す。

 凍えるようだ。

 寒さにではなく、その心地好さに身震いした。

 どこか性的な快楽にも似た悪寒に、身を委ねる。


 もし、アルフラに魔力が観れたなら、みずからの体から大量の魔力が溢れ出ている様を、知覚することが出来ただろう。


 体はさらに軽さを増し、一足で数合の間合いを翔け抜ける。

 魔族との距離がみるみる縮まってきた。


 ――不意に、アルフラの後方から真っ白な光がさした。

 振り返った魔族の顔が、闇の中に照らし出される。

 女、だった。その表情には、驚愕と怯えのようなものが浮かんでいる。

 アルフラはそれを見間違いだと思った。

 強い魔族が人間に怯えるなど、あろうはずもない。


 もうすこしで細剣の間合いに、という所で女魔族の腕が空を切り裂く。

 それまでとは比べものにならない魔力の高まりを感じ、アルフラは滑り込むように上体を寝かせ、急制動をかけた。


 細く伸びた水流の帯が、周囲の木々を薙ぎ倒す。それまでアルフラの首があった場所を正確に駆け抜けたそれは、まるで水の刃。

 凄まじい切れ味だ。そして間合いも広い。一振りで幾本もの針葉樹が両断され、その内の一本がアルフラへ倒れかかる。


「――――ッ!?」


 完全に意表を付かれていた。

 近い間合いを嫌う女魔族。てっきり近接戦が苦手なのだとばかり、思い込んでいたのだ。

 倒木を避けるために地へ転がったアルフラを、ふたたび流水の刃が襲う。

 体勢を崩したアルフラに、避けるすべはない。

 反射的に細剣を掲げるが、水の刃を受けることなど出来るのか? という疑問が心をよぎる。


 刀身をすり抜けた流水の刃が、己の身体を切り裂く未来が見えた。


「クッ!!」


 ――しかし、アルフラと女魔族。両者の顔に驚愕が浮かぶ。

 細剣と交錯した水の刃は、脆くも砕け散っていた。

 一瞬にして氷結した刃が、細剣にぶつかり粉々に四散したのだ。


「っ――――!?」


 絶句した女魔族の言葉は続かなかったが、その顔を見れば誰もが何を言いたかったのか想像が付いたであろう。


 女魔族の呆気に取られた表情が、そんな馬鹿な、と雄弁に語っていた。


 アルフラも見開かれた瞳を刀身へ向ける。

 白蓮から貰ったその細剣は、ただの贈り物ではなく、白蓮自身の力が篭められているのではないかと思えた。


 じっと見入るアルフラに、わずかな油断が(しょう)じる。

 目の前にいる女魔族以外の気配を感じたとき、かなり近距離にまで接近を許してしまっていた。


 だが、敵の気配は密着しそうな位置まで近づいて来ているにも関わらず、その姿は目視出来ない。

 焦燥感に駆られ、勘だけを頼りに回避行動をとろうとしたアルフラは、周囲の空気が激しく揺れるのを感じた。


 不可視の刃がアルフラを正面から切り裂く。

 革鎧の前面が断ち切られ、フレインから貰った抗魔の護符が、真っ二つに割れ飛ぶ。

 首筋から股間にかけ、焼けるような痛みが走ると同時に、凄まじい風圧が襲いかかり、背中から大地に叩き付けられる。


 アルフラは激痛と衝撃とに出かかった悲鳴を噛み殺す。痛みは酷いが傷自体は浅い。むしろ背中を強打したことによるダメージの方がつらかった。

 吐き気をこらえ、立ち上がろうとしたアルフラの頭上から、男の声が降ってきた。


「はっ、たあいもない。ずいぶんと苦戦していたようですね、流湖(りゅうこ)?」


 その言葉に続き、針葉樹の枝を足場としていたらしい男が、地へ降り立つ音が聞こえた。周囲の暗さと立ち込めた雪煙のため、正確な距離は分からないが、かなり近い。


 アルフラは唖然とした。


 戦いの最中であるにも関わらず、頭上から攻撃をしかけてきた敵は、みずからアルフラの間合いへ入って来ていた。

 まるで殺してくれと言っているようなものだ。


 アルフラには関知しえない事であったが、目の前の魔族はつい今しがた、二人の戦士を輪切りにして来たばかりだった。そこには人間に対する(あなど)りがあった。

 今回も、すでに仕事を終えたつもりになっていた。


 魔族の男は、息を潜めていたアルフラへ、その死体を確認しようと身を乗り出す。


張旋(ちょうせん)! 迂闊に近寄っては――――」


 流湖が警告の声を発する。


 だが遅い。


 アルフラは迷わず細剣を突き出した。


「ッ!」


 跳ね起きたアルフラへ、張旋が驚愕の表情を浮かべた

 その喉に、細剣の切っ先がずぶりと沈み込む。

 刀身からは、脊椎を両断した感触が伝わってきた。


 細剣を引き抜くと、吹き出した血潮が大量に、アルフラの顔へと浴びせられた。

 力を失った張旋の身体がゆらぐ。

 降り注ぐ血を桃色の舌で受けながら、アルフラは倒れかかる張旋を優しく抱きとめた。



 闇夜の悪鬼でさえも、その(かお)を見れば怯えて逃げ去るのではないかと思える凄まじい笑みが、アルフラの顔を歪めた。





 それは、何も知らぬ者が遠目に見たのならば、とても幻想的な光景と感じたかも知れない。


 闇の中で寄り添い合う二つのシルエット。


 長身の男を支えるかのように抱きしめる少女が、その喉元へ口づけをしていた。

 しかし、二人の足元。周囲の雪は、(なま)ぐさい臭気を放つ鮮血で(いろど)られている。


 ごきゅっ、ごきゅっ、と少女が喉を鳴らした。


 震えながら後ずさった流湖(りゅうこ)の脳裏に、今なら――と考えがよぎる。


――隙だらけだ


 少女の意識は完全に流湖から()れている。

 流水の刃で命を刈り取る絶好のチャンスだ。

 だが、その間合いへ入るには、数歩足りない。


 さきほど後方から発せられた白い光を思い出す。

 逆光の中、かすかに見えた少女の顔。

 ぎょろりとした双眸は、婬欲(いんよく)な光をたたえて流湖を()めつけ、だらしなく笑みを形取った口許は(くら)い洞のようだった。

 その洞は、今も張旋を呑み尽くそうとしている。


――あれに、近づく……?


 考えただけで悪寒が走る。


――駄目だッ! 出来るはずがない!!


 むしろ逃げるべきだ、と判断した。

 じりじりと距離を取り、背を向けても安全な間合いを計る。

 横へ移動し、少女との間に立ち木を挟んだ瞬間、身をひるがえして全力で駆けた。


 流湖には、はなから戦意と呼べるようなものは無かったのだ。最初に少女から向けられた、あまりに異質な殺気を感じ取った時から。

 自分の方が弱いとは思わなかった。しかし、なぜか悪い予感しかなかった。


 まず、仲間と合流することを考えた。

 行動を共にしていた可砕(かさい)ではきつい。呉欄(ごらん)とであれば、なんとかなると思った。

 そして、牽制を交えた攻防を重ねる内に、後方の少女から放たれる魔力は、信じられない勢いで増していった。

 呉欄でも危ないのではないか、と不安がよぎった。

 もはや流湖の中で戦うという選択肢はかけらも無い。


 込み上げる恐怖が状況把握を困難にし、判断力を()いでいた。

 位置感が狂い、合流すべき仲間の気配が掴めない。

 少女との距離を空けることに夢中となり、自分が森のどの辺りを移動しているのかが曖昧になっていた。


 そして不意に――後方から声が響く。


「ねぇ……どうして逃げるの?」


 ぞっとした。

 聞こえてきた声の、その近さに。

 悲鳴が漏れなかったのは、肺の中にほとんど空気が入っていなかっただけの話だ。


「おねがい……待ってよ」


 悲しげな声が、ふたたび呼びかけてくる。


 さらに距離が近づいていた。


 これまで夜の闇を恐れたことなどなかったが、流湖はこのとき初めて、暗闇とは不気味なもなのだと認識した。

 今にも木々の隙間から、少女の手が伸びてくるのではないかと気が気でなかった。


「フェルマーが言ってたわ」


 少女がわけの解らないことを言い出した。


「人間に舐められて、黙っているような魔族はいないって」


 息を切らせて疾駆する流湖に、答える余裕などあるはずもない。


「なんで戦わないの?」


 悪夢のような声から逃れたい一心でひた駆ける流湖の正面で、木々が開け、街道が見えてきた。


「あっ……」


 何かに(つまづ)いた流湖の口から、呆然とした声が出た。

 その身が地面へ投げ出される。

 彼女の足をすくったのは、血と汚物に塗れた下半身のみの屍だった。


 慌てて立ち上がろとした流湖は、血にぬめる敷石に足を滑らせ、ふたたび倒れ伏す。

 目の前に……悪鬼のような少女が立っていた。


「白蓮だって言ってたわ。魔族は戦いを好み、力を重視するって」


 傲然と見下ろしてくる少女の、ただただ悲しげな声に、流湖はわずかな希望を感じた。


「ま、待って! わたしは戦うつもりなんてない。ここに転がってる死体もわたしがやった物じゃないわ!」


 ついさきほど、エミリアがそうした場所を、今度は流湖が尻でずり上がった。

 誰の物かも分からぬ血と臓物が絡みついた腕を突き出し、すこしでも少女から離れようとする。


「あなたの方が強いわ! 認めるっ、だからお願い。見逃して……」


「え……あたしの方が強いって、認めるの?」


 少女はとても不思議そうな声でつぶやいた。

 流湖を見下ろすその顔は、影になって表情が見えない。


「強い者が奪って、弱い者は従うんだよね?」


 白蓮が言ってたよ、と嬉しそうな声音で少女は告げる。

 流湖には、なにかまずい方向へと話が進んでいるように感じられた。


「待って! わたしは本当にあなたと――」


「心配ないわ。フェルマーも全部あたしの物にしたの。ちょっと前には魔族の斥候からも奪ったわ。――さっきの男はまだ途中だったから、あとで一度戻らないといけないわね」


 考えこむように少女は小首をかしげる。

 こんな状況でもなければ、可愛いらしい仕種(しぐさ)といえるだろう。


「だから、ね? あなたも仲間に入れてあげる」


 少女はとても楽しそう。


「な、なにを、言ってるの……?」


 そう問いながらも、流湖には解っていた。

 蒼白い燐光を放つ少女の細剣が煌めきを増す。

 生暖かい風が流れた。その夜初めて、暗雲の天蓋(てんがい)から月が顔を覗かせる。


「だいじょうぶっ。あたし、慣れてるから♪ 痛くはしないわ」


 優しげに告げた少女を、真円の月が照らし出す。

 張旋の血を吸った朱色の舌が、ちろりと唇を這う。


 流湖は絶望の内に目を閉ざした。



 貪欲な悪鬼は、とてもよい表情で嗤っていた。





 何事かを口の中で唱えるフレインへ、呉欄は鬼火を投じた。


光壁(こうへき)


 呪文を完成させたフレインの前面に、光の膜が形成される。

 封魔の結界が張ってあるため、鬼火の威力も減じているが、防護の魔術も本来の効力からは程遠い。


 あっさりと光壁を打ち破った鬼火が、勢いを弱めながらもフレインを直撃する。

 地に転がったフレインは、苦悶の表情を浮かべながらも立ち上がろうともがく。


 石槍を避けるルゥも、刻一刻と全身に傷を増やしていた。

 その戦いを中断させたのは、ずらずらと大地を削る鋼の音だった。

 全員が動きを止め、音の出所へ視線を移す。鋼の大剣を引きずるシグナムへと。


「……呆れた女だ。貴様ほど頑丈な奴は、我の同族にすらおらんぞ」


 呉欄が顔をしかめる。可砕も驚愕の眼差しでシグナムを見やっていた。


 胸には深々と石槍を刺し、額、頬、肩、わき腹、太もも――いたるとこから流れ出た血で、全身を真っ赤に染めた酷い有様だった。

 立って歩くどころか、生きていることの方がまず不思議だ。


 歩を止めたシグナムは大剣を引き寄せ、身を預けるようにして口を開く。


「いいから早くかかって来い」


「……ここまで来ることも出来ぬほど、疲弊しているのではないか?」


「ああ、でもここまで来てくれりゃあ、お前をぶち殺すくらいは出来る」


「…………」


 さすがにため息をつく呉欄を、シグナムが殺しそうな勢いで睨みつける。


「いいからとっととかかって来い」


 ほうっておけば死にそうな深手を負いながらも、一向に戦意の衰えない――どころか、勝つつもりでいるらしい。

 戦いを信奉する呉欄は、シグナムに対し敬意すら感じた。

 先程まで相手にしていた有象無象とはまったく違う。

 これほどの戦士が相手ならば、礼を尽くさなければならぬであろうと己を改める。

 東部の出身である呉欄は、仁、義、礼といったものを非常に尊んでいた。


「まずは貴様を背後から不意打ちした事を詫びよう」


「……あ?」


 シグナムは訳が解らない、という顔をする。


「なに言ってる。戦いに卑怯もくそもないだろ」


「おお、非礼を重ねてしまったようだな。確かに貴様の言うとおりだ」


「だったら早くしてくれ。結構つらいんだ――立ってるだけでね」


 ぐいと大剣を持ち上げたシグナムが、身体の節々に及ぶ痛みに顔を歪めた。


「よかろう」


 それでもやはり呉欄は、所詮人間と(かろ)んじていた。

 動くこともままならない相手であれば、鬼火を放てば勝負は一瞬で決しただろう。

 しかしそうはせず、呉欄は岩棒を構えた。

 凄まじい気概を見せるシグナムと、打ち合ってみたいと考えたのだ。


「――ゆくぞ」


 わざわざ警告を発したのも、一撃で終わらせるのは勿体ないと感じたからだった。


 驚くべき跳躍力を見せ、呉欄の巨体が宙を舞った。

 そのままの勢いで、岩棒を振り下ろす。


 岩が鋼を打つ激しい衝突音が響く。


「グッ――!!」


 辛うじて受け止めたシグナムであったが、あまりの衝撃に全身の関節から悲鳴が上がった。

 質量にすれば、シグナムの倍はありそうな呉欄の筋肉が膨れ上がる。

 さらに加わる圧力が、シグナムを押し潰そうと襲いかかった。


 なんとか押し返そうとするが、胸に受けた傷から激痛が走り、咳込みながら膝をついてしまう。

 口から血の泡を吹きながらも、ぎちりと歯を噛み鳴らしたシグナムは、戦鬼もかくやといった形相だった。


「――見事! 見事だ!!」


 呉欄が感嘆の叫びを上げた。


「だが、ひ弱な人間である種族の壁は越えられん。その上、女であり肉体的に劣る貴様では、我に勝つことなど不可能だ」


 呉爛の声は、淡々と現実だけを告げていた。しかし――それは真実ではなかった。


「ふざ、けるな」


 噛み締めた唇が裂け、血が滴る。


「女だからとか、男だから、なんて――」


 女だから劣る。それはシグナムが最も嫌う考え方だった。怒気と共に、肺の中から全ての空気を吐き出す。

 無理矢理に岩棒を押し返し立ち上がった瞬間、身体の中からごきりと音が響いた――が、怒りに目の眩んだシグナムは気づきもしなかった。


「そんなのッ!」


 渾身の力で岩棒を跳ね退ける。

 信じられない、といった顔をした呉欄がたたらを踏んだ。


「かんけえねぇ!!」


 命を叩きつけるような一撃が呉欄へと振り下ろされた。

 体勢を崩しながらも岩棒で受けた呉欄が、膝をがくりと地に打ち付ける。


「物分かりの悪そうなお前にも理解出来るよう、もう一度言ってやる」


 大剣が食い込み、岩棒に亀裂が走った。


「あたしが女だとかなぁ。そんなの関係ねぇんだよ!!」


 岩棒が粉々に砕け散り、大剣が呉欄の額を打つ。


「グォ!!」


 角がへし折れ、分厚い頭蓋に刃が食い込む。凄まじい勢いで呉欄の背が、大地へと叩きつけられた。

 全力で大剣を振るったシグナムも踏ん張りがきかず、重なるように倒れこむ。


 オーガの族長ですら両断したシグナムの一撃であったが、強力な障壁に遮られ致命傷には程遠い。

 シグナムは呉欄の顎を片手で抑えこみ、拳を振り下ろした。

 まるで鋼を打つような痛みに苦悶しながらも、二度、三度と殴り続ける。


「ガアアァァァ!!」


 獣の様な咆哮を上げた呉欄の頭上に、二つの鬼火が灯る。それまでのものと比べれば、鬼火の勢いはだいぶ弱々しい。だが、瀕死の相手に止めを刺すくらいは出来そうであった。


 シグナムはその内のひとつを血まみれの右拳で殴りつけ、もうひとつを左手で鷲掴みにした。

 肉の焦げる白い煙が上がる。

 シグナムは凄絶な笑みを浮かべた戦鬼の顔で、そのまま鬼火を呉欄の顔へ叩き付けた。


「ゴオォッ!!!!」


 焼けただれた両の拳で殴ることを諦め、うめく呉欄へみずからの頭を叩きつける。

 (あざけ)るかのような雄叫びを上げ、シグナムは何度も頭を振り下ろした。

 その暴虐さたるや、もはやどちらが本物の鬼なのかも判別がつかない。


「ご、呉欄殿ッ!?」


 それまでルゥの相手をしていた可砕が、仲間の窮地に焦りの声を上げた。

 ルゥから充分な間合いを取り、数本の石槍をシグナムへ放つ。


 背に石槍を受けたシグナムは一瞬動きを止め、ぐしゃぐしゃに顔を潰された呉欄の上へ、ゆっくりと崩れ落ちた。


「貴様ァ!」


 激昂した可砕が、すべての石槍の狙いをシグナムへと定める。


「だめえっ!」


 ルゥが悲鳴を上げてシグナムの前へ飛び出した。


「邪魔をするな!」


 両腕を広げて立ち塞がるルゥへ、苛立たしげな叫びとともに石槍が射出された。


「ッ――――!!」


 石槍の暴風に曝されたルゥが、よろりと身をよじり、前のめりにシグナムの上へ倒れ伏す。



 その背からは、胸部を貫通した石槍の切っ先が、四つ突き出ていた。

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