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氷の滅慕  作者: SH
三章 死線
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強襲の森



 サルファ近郊に出没する魔族討伐のため派遣された人員は、総勢で十四名の部隊となった。

 フレインを含めたアルフラたち四人と高位の神官が四名、魔導士が一名、そしてカンタレラにより身体能力を強化された戦士が五名だ。それぞれが四台の馬車に分乗し、一行はサルファへと向かった。

 実際には、魔族との戦闘を監視するための魔導士が二名いたのだが、それはアルフラたちの知りうる埒外(らちがい)のことであった。


 魔術士ギルドと神殿の紋章を立てられた馬車は、関所で止められることもなく順調にサルファへの距離を縮めて行く。

 王都を発って二日目の夕刻。城塞都市ガルナへ到着した一行は、あらかじめギルドによって部屋を押さえられていた宿屋に入った。


「うっ……ん~~」


 伸びをして肩をぐるぐると回しながら、アルフラは革鎧を外していく。はふぅ、と一息ついて疲れた体を寝台へと投げこむ。

 各地に張り巡らされた街道の中でも、王都近辺は比較的敷石の状態が良好だ。馬車の揺れもそれほどひどくはない。しかし、日がな一日座りぱなしだと、さすがに身体の節々がぎくしゃくとする。


「それで? なんであんたも同室なのよ」


 ふかふかの毛布にほお擦りしながら、フレインへきつい眼差しを向ける。


「い、いえ。あの……急に派遣される人員が増えたので部屋に余裕がなくて……本当にやましい気持ちなどは――」


 本心はどうあれ、すでにうろたえ気味のフレインの言葉には、あまり説得力がなかった。


「まあまあ、ちゃんと寝台は四つあるんだ。べつに構わないだろ。アルフラちゃんも、そうつんけんしなさんなって」


「そうだよ。新入りだからっていじめちゃだめだよ」


 かわいい子分をルゥが擁護する。すでに狼少女の中で、フレインはそういう位置付けとなっていた。


「ぅ……」


 顔をしかめたアルフラが短くうめいた。一人だけごねているため、本当にルゥが言うように、まるでいじめているような構図となってしまっている。

 自分一人が悪者にされたような気がして、軽く皮肉の一言でもかけてやろうかと考えていると、扉の叩かれる音が室内に響いた。


「ああ、おそらく魔族の監視を行っていた術師でしょう」


 真顔に戻ったフレインが扉を開く。部屋へ入って来た男は、闇色のローブをまとった枯れ枝のような魔術師だった。


「フレイン様、報告がございます。至急他の者達もこの部屋へお呼び下さい」


 男はその外見から予想通りの陰気な声音で告げた。



 一瞬、躊躇の色を浮かべたフレインであったが、すぐにうなずき別室の者達を召集しに部屋を出た。





 半刻(約十五分)ほどのち、室内には集められた者達が思い思いの場所に立っていた。それほど狭い部屋ではないが、総勢十五名ともなると、さすがに圧迫感をきんじえない。

 アフマドと名乗った男が、会した一同を見回して口を開く。


「サルファ近郊の魔族達に動きがありました。奴らは現在、このガルナの近くにまで足を延ばしてきております」


「なるほど。これはサルファまで向かう手間が省けそうですね」


 思慮深げな顔でフレインが問いかける。


「魔族達の動きは把握出来ているのですか?」


「確認出来ているのは四名です。サルファでは八名の魔族が諜報を行っていたと報告がありましたので、その内の半数がガルナまで移動してきたのではないかと思われます」


「四人……残りの魔族がガルナへ来る可能性を考えれば、早めに手を打った方がよさそうですね」


 討伐隊の指揮権をホスローより(ゆだ)ねられたフレインが、今後の方針を思案し始める。


「数名の術師を監視に付けておりますので、奇襲をかけることも可能かと思います。ただ、あちらも我々の存在には気づいているようですが」


 それじゃ奇襲って言わないだろ、と思わずシグナムは呟いてしまう。

 アフマドの咎めるような視線を、さらりとかわし提案する。


「相手の場所がわかってるのなら、さっさと仕事を済ませちまおうぜ」


「そうですね。どの程度の力を持った魔族なのか分かりますか?」


 シグナムに同意しながらも、フレインはさらにアフマドへと問いかけた。


「申し訳ございません。我らごときでは恐るべき魔力を持っている、としか判別がつきません。ただ……巨大な体躯をし、頭部に角を持った個体を確認しております。ずば抜けた力を感じました」


「角? たしか東部の方では、そういった魔族の亜種がいるとは聞いていますが……人の領域で目撃されるのは非常に稀なはず……」


「その者達は現在二手に別れて行動しているようです。南西に広がる森の中にある、打ち捨てられた小屋を拠点としていることも確認しております。もとは木こりが使っていたものらしいです」


「なるほど……そこまで分かっているのなら、早めに動いた方がよさそうですね」


「はい。やつらはガルナ周辺の住民を拉致することまで行っております。おそらく情報を取るためでしょう」


「ずいぶんと乱暴な諜報活動だな」


 あきれたようにシグナムがため息をつく。


「ていうかやりたい放題じゃないか。あんたらいったい何をやってたんだ? 見てるだけなのかよ?」


 みずからへ向けられた怒気にアフマドがかすかに身をすくませた。


「シグナムさん。彼らを責めないで下さい。一般の術師は魔族との交戦を禁じられているのですよ」


 同僚を庇うかのようにフレインがシグナムをなだめる。


「人間の扱う魔術では、魔族に傷を負わせることすら至難なのです。下手に戦いとなれば、一方的にこちらの被害が増すだけなのですから」


「まったく。情けない話だね」


「それだけ魔族とは強大な存在なのですよ。しかし、そうと分かれば今日中にでも動きましょう。そろそろ日も落ちてきます。食事を摂った後、拠点とされている小屋に夜襲をかけようと思います」



 異を唱える者はおらず、一行は食事を部屋へと運ばせ、細かい段取りについての話し合いを始めた。





 月の光もささぬ暗い森をアルフラたちは歩いていた。フレインの魔法で作り出された、小さな光球の放つ淡い光だけを頼りに歩を進めて行く。

 風が強く、雲の流れが早い。しんしんと冷え込む乾いた空気が、ほどよい緊張感をもたらしていた。


「止まって下さい」


 先頭を行くフレインから制止の声がかかる。

 この場にいるのは五名。アルフラたち三人とフレイン、神官が一名である。

 現在、森の木こり小屋に二人の魔族が逗留していると、監視の者から伝えられていた。アルフラたち五名で襲撃をかけ、二人の魔族を無力化させる手筈となったのだ。


 ギルドから同行した戦士五名と魔導士、そして神官一名は別行動をとっている。彼らは、二手に別れている魔族の合流を防ぐため、その足止めに向かっていた。そちらはあくまで足止めであり、まずは拠点を制圧したのち、残りの魔族を一丸となり討伐するという段取りだ。――各個撃破。戦術の基本である。


 神官の内二名は万一に備え、ガルナの城門付近で待機中だ。貴重な治癒魔術の使い手を、全員戦闘に参加させることをフレインが危惧した結果だった。


「これを身につけておいて下さい」


 懐から取り出した白銀に輝くプレートを、フレインが各自へ配る。


「強い抗魔の呪印と高度な儀式を施した護符です。ただし、魔法の直撃を食らってしまえば、気休め程度にしかなりませんので気をつけて下さい」


「また微妙な品を……」


 苦い顔をしたシグナムが胡散臭げに護符を眺める。


「なあ、ガルナの守備兵を連れて来た方がよかったんじゃないか? 協力要請とかしてないのかよ?」


「それは可能ですが、通常の武器では魔族の持つ障壁を破れません。かすり傷くらいは負わせることも出来るでしょうが、兵士を無駄に使い潰すだけです」


 その障壁を素手で殴りつけ、痛い思いをした事のあるシグナムが閉口する。


「まあ、盾くらいにはなると思いますけど、足手まといになる可能性の方が高いでしょうね」


「なかなかきついこと言うね、あんたも。しかし、この格好じゃ心もとないな」


 重甲冑ではなく革鎧をまとったシグナムがぼやく。魔法での攻撃に対し、鋼鉄の鎧はあまり有効とは言えない。ただの重しにしかならないため、甲冑ではなく動きやすい革鎧をフレインに勧められたのだ。腰にはギルドから貸与された魔剣を差し、使い慣れた大剣を背に吊していた。


「拠点とされている小屋までそう遠くはないようです。情報通り気配が二つ感じられますね……片方は前回戦った魔族より強い魔力を持っていそうだ」


 やや緊張した面持ちのフレインが、暗い森の奥を見つめる。


「戦闘が始まったら、まず封魔の結界を張ります。少し時間がかかりますので、その間私に攻撃が向かないよう前衛をお願いします」


「わかった」


「結界が張られるまでは相手の魔法にくれぐれも気をつけて下さい。下手をすれば一撃で致命傷を負います」


「ぞっとしないね。でも気をつけろって言われてもなぁ……魔法なんてどう気をつければいいんだよ」


 返答に窮したフレインへ、ちらりと頼りなさ気な目を向けて、シグナムは白いため息をはく。


「まあいい。それはこっちでなんとかする。強い方はあたしが受け持つから、アルフラちゃんとルゥでもう片方を頼む」


「それでは、私は治癒や加護の御業を使い、後方から援護いたしましょう」


 神官が首からかけた神王レギウスの聖印を握りしめた。


「あたしは一人で平気。シグナムさんとルゥで弱そうな方の相手をして」


 アルフラは鳶色の瞳を爛々と輝かせる。もれ出る笑みをこらえるような、なんとも言えない表情をして。


「えー、ボクだって一人で大丈夫だよっ! お姉ちゃんとアルフラで弱い方をやってよ」


「お前のどこからそんな自信が出て来るんだ? 和みの精霊でどうやって魔族を倒すつもりだよ」


 ルゥの首へ腕を巻きつけたシグナムが、拳をぐりぐりと頭へ押し付ける。


「い、いたいぃ~。この前はちょっぴり調子が悪かっただけだもんっ」


「だめだ、足手まといになる。ルゥも後衛だな。戦況を見て適当に援護してくれ。ただし、吠えるのは無しな」


「本当に今日はだいじょぶなんだってぇ」


 シグナムの拳から解放されたルゥが、ひぃひぃ言いながら頭を押さえる。


「ボクは誇りある白狼の戦士なんだからねっ。それに見合ったあつかいを――」


「ルゥ……」


 解放されたばかりのルゥの首に、今度はアルフラの腕が絡みつく。その口元には、ついに抑えきれなくなった笑みが、じわりと広がってきていた。


「強い魔族はあたしの物なの。わかるよね?」


「うんっ! ボク後衛がんばるよ!!」


 ルゥは全身のうぶ毛を逆立て、がくがくと勢いよく頭を上下させた。



 たまらない笑みを浮かべるアルフラ。その凶相を目にした神官は、神王レギウスの聖句を口ずさんでいた。





 アルフラとシグナムを先頭に、森の奥へと踏み入った一行の足が、ほぼ同時に止まった。


「……チッ! なにが夜襲だよ。やっぱりばればれじゃないか」


 舌打ちしたシグナムが、不機嫌そうに呟いた。その視線の先には二つの人影。木々のまばらなやや開けた場所で、待ち構えるかのように(たたず)んでいる。

 相手もすでに、こちらの存在には気づいているようだ。


 駆け出そうとしたアルフラはふと気づく。右手の魔族の周囲に、手槍のような物が十数本ほども宙空に静止していた。見ている間にも、無数のそれがアルフラたちへと切っ先を向ける。


「なんかまずいぞっ。散開しろ!」


 シグナムの声が合図となったかのように、鋭く尖った物体が一斉に射出された。


「きゃんっ!」


 高速で飛来した手槍を完全には避けきれず、右太ももを浅くえぐられたルゥが苦悶の声をもらした。


 アルフラは木々の間に身を隠しながらも、地面に突き立ったそれが岩から削り出したかのような、石の槍である事を確認した。


「クッ――」


 こちらも回避しそこねた神官が、肩から血をしたたらせて低くうめいた。

 傷を負ったのが自分とルゥだけだということを確認した神官が、聖印をにぎり加護の聖句を唱え始める。


「だめですッ! いったん木立に身を隠して下さい」


 フレインの制止の声が飛ぶ。――しかしすでに遅かった。

 加護の奇跡が降りるよりも先に、石槍の第二射が襲いかかる。

 戦い慣れしていない神官職の者には、呪文の詠唱を必要とせず、強力な魔法を行使する相手への対応が、まったくと言ってよいほど取れていなかった。


「おいっ! 回復役が真っ先にやられてどうすんだよ!!」


 数本の石槍を胸と頭部に受けた神官は、答えることなく無言で崩れ落ちる。


「くっ――」


 短く呻き、シグナムは木々の隙間から魔族をうかがう。月が雲に覆われているため、視界は非常に悪い。おぼろげな影の形から、男であろということだけは見て取れる。すでにその周りには新たな石槍が生成されていた。そして……


――くそっ、もう一人はどこ行きやがった


 石槍を操る魔族は動く気配を見せない。だが、もう一つの人影がその場から消えていた。

 おそらく、森の中に入った自分たちを狩るため、闇に紛れたのだろう。そうシグナムは察しをつける。そして森から狩り出されれば、石槍のいい的だ。


――厄介な……


 認めるのはしゃくだが、十数本の石槍すべてを避け、間合いへ飛び込める自信がない。あちらが強い方なのだろうが、身軽なアルフラに任せた方が無難だろうと判断する。


「シグナムさん! 石槍の魔族をお願いっ。あたしは強い方をやります」


「なっ――」


――あっちが本命じゃないのか!? しかし、相性ってもんを考えてくれよっ


「わかったっ!」


 内心ではぼやきながらも、身を軽くするため大剣を地に突き立てる。そしてギルドから貸与された長剣を抜き放つ。

 すでにアルフラは、闇に紛れた魔族の位置を特定しているらしい。森の中を高速で移動する気配が伝わってくる。


――なるほど、あんがい適材適所か


「結界を張りました。しばらくは周囲の魔力が減衰します!」


 フレインの叫びが響いた。


「よしっ。ルゥ! 動けるなら援護を頼む。石槍野郎を左右から挟みこむよ!」


「まかせてっ!!」


 後方のしげみからルゥの声が返ってきた。そのまま左手へと気配は移動して行く。



 魔力を帯びた長剣を手に、シグナムも木立から飛び出した。

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