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氷の滅慕  作者: SH
三章 死線
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完全体白蓮



 皇城の一室では、白蓮、灰塚、高城の三人が木卓を囲み、アルフラ捜索の打ち合わせをしていた。


「お姉さまが、アルフラという人間の娘を気にかけてるのはわかったわ。西方まで間諜を出向かせるなら、亜人共の動向を探らせるのにもちょうどいい」


 あらかたの事情を飲み込んだ灰塚は、これまで白蓮や高城に見せたことのなかった考え深げな顔でうなずいた。その頭の中では、西方に住むエルフやドワーフなどの動向に関する算段がなされていた。

 魔族との戦いを睨み、人間たちと頻繁に使者のやり取りをしている亜人の動きを監視するには良い機会かもしれない。

 みずからの領地に隣接するレギウス教国には、すでに数人の間者を放っている。人間や亜人を脅威と感じることはなかったが、西方へ網を張っておくのも悪くはない。本格的な進攻が始まったのち、全体の動きを把握していれば、戦いも円滑に進むことだろう。

 くるくると頭を(めぐ)らせる灰塚へ、白蓮が尋ねる。


「何人くらいの間者を動かせるの?」


「そうね……まず高城に紅武城へ行ってもらう事になるわ。常に交代要員が十人くらいは居るから、半分は持ってっても構わないわよ」


 灰塚の居城である紅武城は、現在腹心である磁朋じほう将軍が留守を預かっている。

 先に使者を発てておく必要があるな、と灰塚は考えた。


「手が足りないようなら、凱延のとこから何人か連れて行ってもいいわ」


「確かに紅武城から西へ向かえば、凱延殿の領地は通り道になりますが、そこまでの余裕はあるのですか?」


 高城は、妙に協力的な灰塚の態度を訝しんでいた。おそらく白蓮と「そういう事」になっているのだろうな、という察しはついていたが、やはり灰塚にも独自の思惑(おもわく)があるのだろう、と想像する。


「凱延のとこに潜り込ませてる者から、あいつが人手を集めてるって報告が入ってるの。あの無能に使われせるくらいなら、ちょこっと人材を接収しても構わないわ」


「あなた、自分の臣下にも間者を放ってるの?」


「あら、戦も近いのだしそれが普通じゃない? ほかの魔王たちがどうかは知らないけど」


 灰塚は経験からではなく、論理的に情報というものを重視していた。みずからが望むように物事を動かしたい場合、己を取り巻く様々な状況を知っておくことは必須である。当然のようにそう考えていた。

 なかなかやり手な一面を見せる灰塚に、白蓮と高城も思わず顔を見合わせる。


「凱延にしばらくは動かないよう命令して貰えないかしら。アルフラの行方がわかるまででいいの」


「いくらお姉さまの頼みでもそれは出来ないわ」


 灰塚がすこし悲しそうな顔をする。


「そりゃ人の領域を攻めて、たいした戦果も挙げずに逃げ帰って来たら、きついお仕置きをするけど……無能とは言っても、わたしの為になんらかの功績を、と考えてる臣下の頭を抑えるようなことをすれば、他の者への示しもつかない」


 表情を曇らせてしまった白蓮へ、取り繕うように灰塚が言葉を繋げる。


「あまり心配しなくても大丈夫よ。西方は当分戦いにはならないわ」


「そう……そうよね」


「二日もあれば準備も出来るわ。そしたら高城は紅武城へ行って。話は通しておくから」


「かしこまりました」



 軽く灰塚へ頭を下げた高城の中では、様々な思いが渦巻いていた。





 例によって、ウルスラが寝室から盗み聞きしていた。


 二日後、高城はどこかへ出かけるらしい。


――白蓮さまと二人きりになれるっ!



 片手を腰にあて、仁王立ちしたウルスラが、ぐっと拳を握り締めた。





 高城は皇城の黒く艶やかな光沢を放つ廊下を足早に歩いて行く。

 しばらく白蓮の側を離れることを、戦禍へ報告しに向かっているところだ。


 灰塚ほどの魔王をあっさり手なずけてしまった白蓮には驚いたが、アルフラの安否は高城にとっても最大の心配事だった。その意向に異存はない。


 それにしても……


――お姉さまとは


 最初にその呼び方を聞いた時は、絶句して思考が止まってしまった。


 魔族は力の強い者ほど長い寿命を持つ。寿命が長ければ、成長や老化においても相応に緩やだ。

 千年生きることもあると言われる魔王ともなれば、通常の魔族と比べ、その肉体の老化もかなり遅い。


――明らかに奥様の方が年下なのだが……


 高城はそこでふと疑問に思う。彼は白蓮の正確な年齢を知らなかった。

 もちろん女性の歳を詮索をするなどといった不作法をしたことはない。


 だが、五十年ほど前に初めて会った時から白蓮の容姿は、ほぼ変わっていなかった。

 絶世と言っても差し支えないほどの美女だ。整い過ぎた容貌から年齢を推し量ることは難しい。これほどの美しさならば容姿の衰えも、あまり目立たないものなのだろう。なんとなくそう思っていた。


――まさか、実際に灰塚様よりお年を召している、ということもあるまい


 高城は紳士にあるまじき詮索を頭から振り払う。

 最近、白蓮の変わりようにはかなり心配な所もあるが、まずはアルフラだ。

 その安否さえ確認出来れば白蓮も落ち着き、良い方向へ変化するだろう。


 高城自身も四年の歳月を共に過ごし、すくなからず愛着と情の移った、あの愛くるしい少女の行く末には心を痛めていた。

 白蓮には、長くは側を離れられないとは言いはした。しかし、今回はなんとしてでもみずからの手で、確かな消息を確認しようと心に決めていた。


――そのためにも、一度あの方にお伺いを立てねばなるまい


 高城には、白蓮を主として仕えるようにと彼へ命じた雇い主がいる。近況(きんきょう)の報告がてら、今回の件を伝えに行く必要があった。


 だが、まずは戦禍への報告が先だ。何を考えているのかよく解らないところのある魔皇ではあるが、それでも自分が白蓮の側を離れることに対し、あまりいい顔はしないだろうと高城は思った。





 戦禍の名状しがたい視線が白蓮に向けられていた。


「……」


 白蓮はすました顔でお茶などすすっている。


「なにか私に言うことはありませんか?」


「……」


「灰塚の手の者を使い、あの少女の行方を探しに行かせようとしているらしいですね?」


「それが?」


 お前になんの関係がある? といった視線が戦禍へ向けられる。


「貴女がアルフラという娘を……信じられないことに、我が子のように可愛がっていたとは聞いていましたが……」


 戦禍の声音には、やや怒りの色が含まれていた。


「この目で見ても半信半疑でしたがね。まさかそこまでとは思ってませんでしたよ」


 白蓮は視線を逸らすように顔をうつむける。その表情に(にじ)んだ陰りは、罪悪感だっただろうか。


「魔王の手勢を使ってまでやることですか!」


 珍しく声を荒げた戦禍に対し、白蓮は顔を伏せたまま応えない。

 気まずい沈黙の中、高城は神妙な面持ちで様子を伺う。肌を圧迫するような重い空気が、さしもの老執事の神経をも擦り減らしていた。

 ――やがて、閉ざされていた白蓮の口が開かれる。


「戦禍……」


 名を呼ばれた魔皇の肩が、びくりと震えた。


「あなたには、本当に済まないことをしたと思ってるわ」


「――――――!?」


 伏せられた白蓮の表情は見えなかったが、その声は真摯なものだった。

 絶句した戦禍が、我にかえるのにはすこし時間がかかった。


「まさか……貴女から謝罪の言葉が聞けるとは……その上、名で呼ばれるなど何時(いつ)以来でしょう」


「……」


「それだけでも私は、あの娘に感謝しなければなりませんね……」


 複雑な表情を浮かべた戦禍が口ごもり、物思いに沈み込む。


 脇に控えていた高城は、若干話の流れが掴めなかったが、二人の過去に何らかの事情があることだけは察していた。


「しかし、灰塚が貴女をお姉さまと呼びだしたのは、どういうことでしょう? しかもみずからの手勢まで貸し与えるとは」


 ふたたび口を開いた戦禍の声は硬い。


「さあ、ずいぶん懐いてくれているようね」


 先ほどまでのしおらしい態度を一変させ、白蓮はとぼけた。


貴女(あなた)、まさか灰塚まで“てごめ”に……」


「ちょっと、人聞きの悪いこと言わないでちょうだい。……別に無理矢理というわけではないわ」


 若干、口を滑らせ気味だった。


「な――!? まさか本当に……」


「む、向こうから誘って来たのよっ、私は悪くないわ」


「貴女という人は、いったい何がしたいのですかっ!? ウルスラだけでは飽き足りず、灰塚まで毒牙にかけるとは!」


「だから人聞きの悪いこと言わないで、と言ってるでしょ」


 ティーカップを片手に横を向いた白蓮が、ぼそりと呟く。


「あの娘だってずいぶんと楽しんでいたわっ。最後には自分から腰を振ってたし」


 戦禍がむせて、手にしていたティーカップを取り落とした。


――奥様、それではまるで婦女子を暴行した、ならず者の言い逃れです……


 なんとか持ちこたえた高城が、心の中でぼやいた。


「高城。不作法な魔皇殿下に新しいお茶を持ってきなさい。あ、私にもおかわりをね」


「は、はい」


――あぁ、奥様はいったい何を目指し、何処へ向かわれようとしてるのだろう……


「まさか貴女に、そんな趣味があるとは思いませんでしたよ」


 気を取り直した戦禍が、じっとりとした眼差(まなざ)しで白蓮を皮肉る。


「今まで私が(かえり)みられなかった意味が、やっと理解出来ました」


「それとこれとは話が別だわっ」


「今後、女性の魔王には、決して貴女の居室へ近づかないよう命じておきましょう」


「……」


「この皇城に貴女のハーレムを築かれても困りますからね」


 高城は、白蓮の舌打ちの音を聞いたような気がした。



 すでに辿り着いてしまった感のある白蓮だった。





 同日、灰塚はみずからの居室で魔王雷鴉らいあの訪問を受けていた。中央を統べる三人の王たちの一人であり、戦禍にあまり良い感情を持っていない、と言われている魔王である。


 戦禍が帝位に就くまでの数年間、北部と中央の魔王たちは争っていたため、灰塚と雷鴉の関係も決して友好的とは言えない。

 しかし雷鴉はそんなことを気にかけるでもなく、灰塚の様子をじろじろとうかがい見ていた。


「あんた、最近は戦禍帝の女のとこに、ちょくちょく顔を出してるらしいな?」


 木卓を挟み、正面に座る雷鴉を見つめる灰塚は不機嫌そうだ。


「それがどうかしたの?」


「いや、別に……そういえば南部の王が、毎日のようにあんたのとこへ貢ぎ物をしに来てるって話も聞いたな」


「それで?」


「戦禍帝はあんたのこと、ずいぶんと重用してるらしいじゃないか?」


「ようするに、何が言いたいわけ?」


「結構いろんなとこに顔が()くよな? 影響力があると言ってもいい」


「……」


「俺はさ、北部では鳳仙の爺さんなんかより、あんたの方が力はあると思ってる。多分中央の魔王たちもそう思ってるはずだ。実際戦ってたわけだしだしな。身に染みてる」


 雷鴉の佞言(ねいげん)に、灰塚が用心深く眉をひそめた。

 灰塚の表情から、不興を察したらしい雷鴉が口調を変える。


「悪い。こういう回りくどいおべんちゃらは通用しないみたいだな。――俺はあんたの力を買ってる。しかも美人だ」


 実直な褒め言葉にも灰塚の表情は変わらなかった。


「別に他意はねぇよ。ただあんたと親しくお付き合いしたいだけさ」


 立ち上がった雷鴉が、灰塚の肩に手を置く。


「……」


 灰塚はその手にちらりと視線をやり、とくに振り払うでもなく雷鴉の顔を見つめた。


「わたし、年下は好みじゃないの。百年ほど経って、渋味の一つも出た頃になってから口説いてくれるかしら」


「なっ……」


 みずからの力と容姿に相当の自信があったらしい年若い魔王は、表情を引き攣らせて言葉を失っていた。


「で? 結局あなた、なにしに来たのよ?」


「い、いや、まあ……結構本気で口説きに来たんだが……」


 脱力し、腰を下ろした雷鴉が深々とため息をおとす。

 それを見た灰塚も、呆れてため息をこぼした。


「用が済んだのなら帰ってちょうだい」


「あー、そうだな。今日は出直すよ」


 どこまで本気なのかは分からないが、あっさり振られたのはそれなりにショックだったようだ。


「でも、最後に一つだけ聞かせてくれ。あんた人間共と戦うこと、どう思ってる?」


「別に。すこしめんどくさいわね」


「だろっ。人間なんかいくら殺したとこで、なんの得にもなんないと思うよな?」


 我が意を得たり、とばかりに身を乗り出す雷鴉。

 ほとんどの魔族が戦いに求めるものは二つ。みずからの力を誇示することと、相手から魔力を奪うことだ。

 弱者を倒しても己の力は誇示出来ず、大した魔力を持たない人間からなど奪うに値しない。

 戦う理由がないのである。


「実際、人間と戦いたい魔王なんか居ないだろ? そんなの戦禍帝くらいなもんだ」


「だから戦禍帝に反旗を翻すための仲間に入れ、と?」


 冷たく問いかける灰塚から、濃密な魔力が洩れ出る。


「待てよ。そうは言ってないだろ」


 話の持って行き方をしくじったのだと悟った雷鴉が慌てた声をあげる。


「今日は本当に、ただあんたと仲良くしたいと思って来ただけなんだ」


 美人だからだ、と付け加えた雷鴉が、おどけた感じでニヤリと笑った。


「まぁそれだけは信じてあげるわ。誰からでも言われるし、多分間違いないでしょう」 


 話の内容はともかく、なかなか頭の回りが良い男だと思った灰塚は表情を緩める。そういった機転の利く男は嫌いではない。


「とりあえず今日は帰るよ。また近い内に土産でも持って遊びに来る」


「甘い物なら歓迎よ。ただし、話は短めにね」


 扉を開いた雷鴉が、手をひらひらさせ苦笑した。


「わかった。今度はよく内容を詰めてからにする。それじゃあな」


 閉じられた扉を見つめる灰塚は、本当に近い内にまた来そうだな、と思った。


「めんどくさそうなら、お土産だけ受けとって追い返せばいいわね」


 ぽつりと独り言を呟いた灰塚は、何かを思い立ったらしく、手を鳴らして使用人を呼んだ。


「雷鴉の居室へ使いをやって。わたしの好むお菓子を、事細かに伝えて来てちょうだい」


「はい、かしこまりました」



 灰塚のお菓子係にされそうな魔王雷鴉であった。

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