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氷の滅慕  作者: SH
三章 死線
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旅路



 街道まで戻ったアルフラたちは、徒歩でサルファの街へと向かった。そこからは魔術士ギルドの者が王都から乗って来た馬車を使うこととなった。


 四人掛けの馬車はゆったりと――とまではいかなかないものの、大柄なシクナムでも、それほど窮屈さを感じない大型のものだった。

 一番身体の大きなシグナムと、もっとも小柄なルゥが並んで座る。その正面にフレインと一緒に座ったアルフラは、とても居心地の悪い思いをしていた。


 これまでに若い男性と長い時間、これほど近い距離で接するのは初めての経験だった。

 もじもじと腰の位置を動かしたり、なるべく肩が触れないよう反対側に寄り掛かったりと落ち着きがない。

 フレインもそんなアルフラに気づき、なるべく身体が触れぬよう小さくなっている。

 まだ二十代前半で、あまりそういった経験のない彼も、年頃の娘と至近距離で長い時間過ごすことに、かるい羞恥を感じていた。


「なあ、古代人種の血ってのはどんな効果があるんだ?」


 シグナムが問う。いつの間にかその肩を枕にして居眠りを始めたルゥを起こさぬよう、声はひそめ気味だ。


「あまり魔族の血と変わりありませんよ。身体能力が向上し、魔力への耐性が高まります」


「まあ、体に害がないってなら構わないんだけどさ。あたしの家は、祖母さんの代に西の大陸から移住して来たらしくてね。古代人種の血が元々入ってるらしいんだよ」


「ほう」


 フレインが興味深げに頷く。

 アルフラも初めて聞く話だった。シグナムとは四六時中一緒にいるが、これまでお互いの過去を話した事はあまりない。


「西の大陸との交易はないものの、稀にですがその末裔が移住して来たという話は聞いたことがあります。シグナムさんには家名がおありですか?」


「カーマインだ。シグナム・カーマイン」


「でしたら間違いないでしょう。カーマインは三氏族と呼ばれる古代人種の家名です」


「そうなのか。古代人種なんて、与太話の(たぐ)いだと思ってたんだけどねぇ……三氏族てのは?」


「南北に広がる広大な西方大陸を統治していたと言われる氏族です。全ての古代人種はアース、カーマイン、ハイレディン。この三つの氏族のどれかに属しています」


 これにはアルフラが驚いた。


「待って! あたしハイレディンだよ!?」


「えっ?」


「あたしの名前、アルフレディア・ハイレディン」


「アルフラちゃんてそんな名前だったのか? またずいぶんと高貴そうな……」


 驚いた顔をしていたシグナムがくすりと笑った。

 名前負け、という言葉が頭をよぎり、アルフラの頬もすこし赤くなる。


「この中央大陸ではめずらしい家名なので、古代人種の血が入ってる可能性はありますね」


 フレインがシグナムとアルフラを交互に見比べる。


「ただ古代人種はみな一様に体が大きく、シグナムさんくらいの背丈なら小柄な方らしいですよ」


「そうなのか?」


「はい、オーガくらいの上背があったと伝え聞いてます。おそらくアルフラさんの家系はかなり混血が進み、その特徴が薄まっているのではないでしょうか」


 人並み以上に小さなアルフラには耳の痛い話だ。その目は鎧をつけてないシグナムの胸に注がれる。


「ねぇ、古代人種ってみんな大きいの?」


「さ、さあ」


 馬車が揺れるたび、縦横無尽に暴れまわるシグナムのそれから目をそらしたフレインは、赤面してうつむいてしまう。そして咳ばらいをしてごまかすように語りだした。


「もともと古代人種とは、我々人間の祖先なのではないかと言われています。強靭な肉体と強い魔力耐性、そして魔族なみに好戦的な性質を持っていたそうです」


「あれだろ? 大災厄の時に攻めて来たって奴らだよな」


「そうです、四千数百年前、この大陸に侵攻して来た古代人種達は、まず西方に住んでいた魔族と戦いになりました。さらに大陸中央へと進軍した彼等は神族に破れ、その大半が滅んだとされています」


「そして天界に住んでた神族も、魔族との戦いに破れて滅んだ」


「はい。誰もが子供の頃、一度は聞いた神話の類いですね。現在、天上を統治しているレギウス神族は、元々地上を治めていた神々だったと伝えられています」



 現在でも人々から「災厄の主」と忌み畏れられる魔族の初代皇帝。彼により終止符の打たれた、大陸全土を巻き込んだ恐るべき戦乱。それが大災厄と呼ばれるものであった。





 さらに王都への旅は続く。馬車はごとごと揺れ、その振動に眠気を誘われたシグナムも、ルゥ同様いつの間にか寝入ってしまっていた。


 無遠慮に、シグナムの傍若無人な揺れを凝視するアルフラと違い、フレインはちらりと視線をやっては顔を赤らめ、すぐ下を向いてしまう。なかなか純情な青年のようだ。


 そして、その瞬間が訪れる。


 車内の揺れで、だんだんとシグナムの肩からずり落ちて来たルゥの頭が、すとんと滑る。

 そのまま落ちれば、ちょうどシグナムのひざ枕、といった態勢だ。――なかなかに微笑ましい光景となるはずだったのだが……。


――さすがね、ルゥ。


 ルゥはシグナムの胸部で踏み止まっていた。

 その巨大さにも関わらず、重力に逆らい、つんっと上を向いたシグナム連峰の最高峰を、ルゥの唇が制覇している。


「ぁんっ!」


 突然の呻き声に、フレインがその光景を直視してしまった。


「こっ、これはっ!?」


「しっ!」


 アルフラは人差し指を唇にあて、慌てることなく小声でつぶやく。


「静かに――出来れば気配も殺すのよ」


 なおもルゥは、口の吸引力のみで山頂部に踏み止まっていた。そんな狼少女を見るアルフラの目は、非凡な才に秀でた弟子の成長を喜ぶ、師匠のごとき暖かさに満ち溢れていた。


――もぅ、あたしを越えるのも時間の問題ね


 一抹の寂しさを感じながらも、アルフラの心は晴れやかだった。


――お行きなさい、ルゥ! あたしを越えて。あなたならきっとその先に辿りつけるはず……


 アルフラがよく分からない感動に浸っている間も、車内が揺れるたび、シグナムの甘やかな苦悶の声が響く。

 フレインは耳まで真っ赤になっていた。


「お、起こしてあげましょう」


 見かねたフレインが手を伸ばす。


「何を言ってるのっ! 起こすだなんてとんでもない」


 アルフラが鋭い制止の声を発し、その手を掴んだ。


「で、ですが――」


「あなた、これを見て何も感じないの? こぅ……ぐっ――、とくるモノがあるでしょ?」


「…………た、たしかに。何やらぐいぐいキてます」


 フレインは心臓をばくばくさせながら、シグナムの艶っぽい苦悶の表情に見入る。


「でしょ? 分かってくれて嬉しいわ。あなたとは仲良く出来そうね、フレイン?」


 アルフラがにやりと黒い笑みを浮かべる。


「ええ、同好の士として……いえ、敬愛すべき先達として。これからも良いお付き合いが出来そうです」


 フレインもまんざらではないようだ。


 やがて――ルゥの手が顔の横に添えられ、前後にふにふにと動き出すと、シグナムの声音にも微妙な変化が訪れた。

 その艶めかしい喘ぎに、二人はご満悦だ。


「王都までの道のりはまだ長いんでしょ? 楽しい旅路になりそうね」


「そうですね。そのためにも今の席分けを維持し続けなければ」


「ふふふ、あなたもなかなかの悪よね」


「いえいえ。これもすべてはアルフラ様のおはからいがあればこそ……」


「ふっ、うふふふふふ――――!」


「はぁーはっはっはっはっ!」


「ふぇ?」


 アルフラとフレインが凍りつく。

 二人の高笑いでルゥが目を覚ましてしまったのだ。


 あなたの声が大きいからよっ、と睨みつけるアルフラへ、フレインは両手を合わせて平謝りだ。


「あれ……ママは……?」


 寝ぼけたルゥは、そんな二人にも気づかず、ごしごしとよだれを擦った。

 なんとかルゥをふたたび寝かしつけようとするアルフラとフレインの距離は、先程よりやや近くなっていた。



 共通の趣味を持つことは、やはり人と人との距離を縮める効果があるようだ。





 快適で心躍る馬車での旅は、五日ほどで終わりを告げた。


「すっ――ごい……」


 小高い丘から王都の街並みを見下ろすアルフラとルゥは、目を真ん丸にしていた。


「王都カルザスは大陸有数の大都市だからね」


 驚愕の表情を浮かべる二人を、シグナムが面白そうに見つめる。


「あの一際高くそびえる塔が魔術士ギルドの本拠です」


 フレインが王城を囲むように建ち並ぶ尖塔の中で、最も背の高い塔を指差した。


「うわぁ! ボクあのてっぺんに登ってみたいっ」


「ははは、最上階は大導師様が管理している儀式の間ですから、それは無理でしょう」


「えー」


「ねぇ、早く行きましょ」


 不満げに口をすぼめるルゥを、アルフラが馬車に押し込もうとする。


「ッ――――!?」


 馬車に乗り込もうとしていた二人が、素早い動作で振り返った。アルフラの手は細剣の柄に添えられている。

 シグナムも厳しい表情で丘の斜面を睨み、アルフラとルゥを庇うように二人の前へ立った。


 なだらかな傾斜を、一人の女がこちらへと歩いて来ていた。地に着くほどに長い、漆黒の外套をなびかせながら。


「魔族――?」


「いえ、あれは我々ギルドの一員です」


「でも、気配が……」


「少々、特異な成り立ちの者ですが、大導師様に次ぐ高位の導師です」


 今にも細剣を抜き放ちそうなアルフラを安心させるように、フレインの手がその肩に置かれた。


「特異って……ありゃどうなってんだい?」


 アルフラも、シグナムの不審げな言葉の意味にすぐ気づいた。


 白昼の元、外套の黒々とした影を落としながらも、女の頭部だけは、それが存在しなかった。よく見れば、手などの素肌を曝している部位の影も欠落している。


「真っ昼間だってのに非常識な女だな。魔術士ギルドの奴らってのは、そんなのばかりなのか?」


 近づいてきた女に、フレインの硬い声が飛ぶ。


「カダフィー、影を」


「おや、失礼」


 カダフィーと呼ばれた女が微笑むと、その足元に完全な影が再現された。


「昼間は滅多に出歩かないからね。うっかりしていたよ」


 薄い笑みを湛えた朱色の唇から、常人よりもやや長めの犬歯が見え隠れする。

 その顔立ちこそ美しくはあるが、青ざめた肌と光沢をもった黒い瞳からは、なにか本能的な不安をかきたてる異質さが滲み出している。


「何故ここへ?」


 短く問うたフレインの声音には、やや警戒の色が含まれていた。

 同じギルドの一員とは言いながらも、必ずしも仲間だとは思っていないらしい。


「まったく――」


 カダフィーは細い腰に手を置いて上体を反らし、からかうような口ぶりでしなを作って見せた。


「フレイン坊やはレディに対する礼儀ってもんがなってないね。年長者に向かって、そう邪険にするものじゃないよ」


 妖艶な仕草から匂い立つような色香に当てられ、フレインは思わず目線を逸らしてしまう。

 楽しそうな表情を浮かべるカダフィーだが、その外見はフレインと同年代くらいに見えた。


「ホスローの爺さんがね、あんたが面白そうな奴らを連れて来てるって教えてくれたのさ。だから出迎えついでの見学にね」


「大導師様が?」


「そう、しかしあれだね。またとんでもないのをぞろぞろとまぁ……」


 カダフィーの目が、アルフラ、シグナム、ルゥの順に移っていく。


「ええ、この二人は古代人種の血が少し入っているらしいですからね」


「そっちの美人なお姉さんは、かなり血が濃いみたいだね」


「え? そうなのか?」


 美人と言われたシグナムの警戒心がやや緩んだ。傭兵仲間からは、熊女だのとからかわれる事が多かった分、容姿を褒められるのは嬉しいらしい。


「そんなことが、見ただけで分かるのですか?」


 フレインの疑わしそうな視線が向く。


「人間のあんたにゃわかんないかもしれないけど……“血”に関しては専門だからねぇ。これでも仲間内では美食家で通ってるんだよ」


 にっと口角を吊り上げて、カダフィーが厭らしく笑った。


「そっちの娘は人狼だね。同じ夜の眷属の匂いがする」


「…………」


 ルゥは特に親近感を覚えた様子もなく、かといってそれほど警戒するでもなく、じぃっとカダフィーを見つめている。


「それに……ハハッ。そっちのお嬢ちゃんは私のことを魔族だと思ったらしいけど――こっちこそ一瞬、魔族なのかと思ったよ。それもかなり高位のね」


 アルフラが思い当たったのは、毎夜与えられていた白蓮のそれだった。数日前に飲んだ魔族のものは、かなりの量をいったにも関わらず、白蓮の一滴にも満たない高揚感しかもたらさなかった。


 その事に対してアルフラは、魔力の強弱ではなく白蓮の物だったからこそ、あれほど激しい高ぶりを感じたのではないか、と考えていた。

 やはり自分にとって、白蓮は特別な存在なのだと思えて嬉しかった。


「しかし……」


 カダフィーの好ましげな瞳がアルフラへ向けられる。



「血の香りが強いねぇ。そして魔力も。これはホスローも大喜びだわ」

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[一言] 無意識におねロリを布教してるこの主人公こわい
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