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氷の滅慕  作者: SH
二章 欲望
33/251

白蓮乱舞



 白蓮の寝室で眠っていたウルスラは、朝を告げる小鳥のさえずりで目を覚ました。


 目覚めは普段よりもやや遅いくらいの時刻であったが、睡眠時間はいつもより短かった。寝起きにもかかわらず、激しい疲労感を覚える。だが今のウルスラにとって、それはむしろ心地好いものだった。


「おはよう」


 白蓮の声と共に、まだうまく思考の回らない頭を、さわさわと撫でられた。

 また白蓮の腕を枕代わりにして眠ってしまっていたらしい。


「お、おはよう……ございます」


 自分でもびっくりする程のかすれた声が出てしまった。昨夜、喉を酷使しすぎたようだ。


 ひんやりとした腕がするりと引き抜かれ、寝台から降りた白蓮は優雅に身仕度を整えだした。

 ウルスラはまじまじと見入ってしまう。

 その眼差しに白蓮がふと気づく。みずからの、薄くはあるが完璧な造形を保つ胸元に、ウルスラの視線が注がれていることに。


「鼻血、出ないのね」


「はぁ……は?」


 ウルスラは一瞬うなずいてしまってから、何を言われているかよく分からず、不作法な声を上げてしまった。


「ウルスラくらいの年頃の子は、よく鼻血を出すものではないの?」


「い、いえ。そんなことはないかと思います。……たぶん」


 白蓮がいったい何を基準に話しているのかは分からない。だがそれは、かなり特殊なケースだとウルスラは思った。


「……そう」


 なぜかつまらなそうな雰囲気の白蓮。ウルスラは頑張って鼻血を出してみようかと真剣に考えてしまう。


「湯を用意させたから、身体、よく拭いておきなさいね」


 サイドテーブルの上には湯の張られた桶と、折り畳まれたメイド服が置いてある。昨日身に着けていたものではなく、着替えを用意してくれたらしい。

 昨晩、何をされているかも分からない内に、するりと脱がされてしまった物は、すでに高城が回収済みなようだ。

 着るのも脱ぐのも手間のかかるメイド服を、ウルスラの身体をまさぐる作業の片手間にあっさりと剥ぎ取った白蓮の手腕は、すでに達人の域に達していると黒エルフの王女は思った。


「もう少し休んでていいわよ」


「はい、ありがとうございます」


 白蓮はウルスラの返事に振り向くこともなく、そのまま寝室を出て行ってしまった。


「…………」


 あまりのそっけなさに、というより普段とまったく変わらぬ態度に愕然としてしまう。

 まがりなりにも一夜を共にすごし、情交を重ねたのだ。もうすこし、余韻というか二人だけの甘い時間を作ってくれても良いのではないだろうか。


 がっくりと肩を落としてしまったウルスラは、(はた)から見れば、もてあそばれた可哀相な娘のようにも見える。


 とりあえず白蓮の言葉通り、すこし休んでから仕事に取り掛かることにした。身体が気怠(けだる)く、とくに下半身は痺れたような感じがするため、まともに立てる自信がなかった。


 つい数時間前に行われた一戦を思い出し、ウルスラの顔が真っ赤に染まる。


 開戦直後から劣勢(いちじる)しかったウルスラは、攻め手の圧倒的火力になすすべもなく、あっさり敗北を喫してしまった。初陣を飾るには相手が悪すぎたのだ。

 それでもウルスラは不屈の闘志を燃やし、果敢に挑みかかった。だが、相手方の恐るべき技量に、防戦一辺倒を()いられる結果となってしまった。そして惨敗。結局一矢報いることなく、ウルスラは力尽き、事切れたのだった。


「はぁ……やっぱり白蓮さまには勝てなかった……」



 酸鼻を極めた戦場の後始末は大変そうだ。ぐっしょりと湿った敷布は、ウルスラが軽くなった分だけ目方(めかた)を増しているのだから。





 その後数日間は、せめて一太刀なりとも浴びせようという気概で戦いに臨んだウルスラであったが、格の違いをまざまざと見せつけられ、最近では篭城戦に切り替えていた。


 もちろん落城しない日はなかったのだが。





 穏やかな日差しが肌に心地好い昼下がり、戦禍と白蓮が日課であるお茶の時間を共にしていた。


「今回のオーク達の遠征、やはり王は(たお)れはしましたが、なかなかの戦果を上げたようですよ」


 戦禍が話す内容は、すこし離れた所で控えている高城にも興味深いものだった。


「大量の糧食を奪い、輸送隊はすでに国境を越えたそうです。ただ、凱延子飼いの間者が二名ほど、消息を絶ったらしいですがね」


「そう」


「人間達に捕らえられたか殺された可能性が高いようです。灰塚が、本当に使えない男だ、と凱延のことを愚痴ってましたよ」


 高城は白蓮の顔を伺うが、そこからはなんの表情も読み取れなかった。


「もしかすると凱延は動くかもしれませんね。まあ、主の機嫌を損ねたまま放置出来るほどの厚顔さがあれば、話は別ですが」


「それを黙認するの?」


 白蓮の声は冷たい。


「本格的な開戦は、全ての魔王が登城してからの予定です。しかし、末端にまでうるさく言うつもりはありませんよ」


「……」


「戦支度を整えたまま、いつまでも待ったの命令に従えるほど、我々魔族は穏和な(たち)ではありませんからね」


 高城は、一度も口をつけられることなく冷めてしまった白蓮のお茶を、新しい物と取り代える。

 いくばくかの沈黙が続き、やがて場の空気を変えるかのように戦禍が話題を切り変えた。


「ところで……ウルスラの事なのですが」


 言葉を区切り、戦禍は白蓮の目を見つめる。

 高城も、思わず白蓮の表情に動きがないか注視してしまった。


 最近、朝方に湯と代えのメイド服を用意しているのは高城である。

 皇城に来たばかりの頃と比べれば、白蓮はだいぶ落ち着き、暗い表情も見せなくなってきていた。それは高城にとっても喜ばしいことなのだが……


――なにかまた、別な方向へお変わりになられている


 高城にはそれが良い兆候なのか、あまり好ましくない変化であるのか、判断がつきかねていた。

 一時期の打ちひしがれた様子の白蓮からしてみれば、なんとか立ち直ろうと模索していることは察せられるのだが……どちらかと言えば、それは現実逃避のようにも思える。アルフラと引き離された淋しさを紛らすため、ウルスラに慰めを求めているのではないか、と。


「ことのころ、どうもウルスラの様子がおかしくてね。浮ついたようにウキウキしているかと思えば、妙にぼうっと物思いに耽ったりと……」


 無言の白蓮が、初めてティーカップに口をつけた。その顔には、何の話か分からない、と書いてある。

 ……しらばっくれていた。


「まるで恋わずらいのようでしょう? ですから、不審に思い問い詰めてみたのですよ」


 白蓮の表情が、しまった、と言っていた。

 五十年仕える高城だが、ここまで表情の読みやすい白蓮には覚えがなかった。


「……貴女(あなた)はいったい何をしているのですか。黒エルフの女王からお預かりしている大事な娘さんなのですよ?」


 しかし、ため息の混じった戦禍の言に対し、白蓮はあくまで強気だった。


「最初にあの子と会った時、使ってくれと言ったのはあなたじゃない。私はその言葉通り“使って”あげただけだわっ」


 戦禍はみずからを鷲掴みにするかのように、片手で顔を覆った。

 高城も態度にこそ出さなかったが、心中では深いため息をついていた。


「またそんな……妙な居直り方をして……」


 戦禍の咎めるような視線を受けても白蓮に悪びれた様子はない。


「高城、おかわりを」


 白蓮がティーカップを押しやる。

 お茶に口をつける回数が極端に多くなっている。


 内心では白蓮も、やや動揺しているのではないか、と高城は思った。


 そんな白蓮の態度に、顔をしかめた戦禍の表情には諦めが見えた。


「わかりました。この件では、貴女へウルスラを預けた私にも責があります。しかし、今後あまり軽はずみな行動は控えてください」


 うんざりした声音でそう言い残すと、席を立った戦禍は早々に立ち去って行った。


 取り残された白蓮と高城の間に、なんともいえない気まずい雰囲気が流れる。


「高城」


「はっ」


「アルフラの……」


 言い淀んだ白蓮に、高城もすこし緊張した。皇城に来てからアルフラの名が出されるのは初めてだった。


「アルフラの行方を探して欲しいの」


「それは……」


「本格的な戦いが始まる前に、ちゃんと安全な所まで逃げることが出来たかだけでも知っておきたいの」


「しかし、容易にはいきますまい。時間もかかるでしょう」


「でも、あなたの家はそういった事を専門とする間者の家系なのでしょ?」


 高城は東部の出身であり、忍びと呼ばれる暗殺と諜報を生業とする人間たちから学んだ技術を、代々受け継いで来た一族だ。アルフラに伝えた格闘術や武技、効率のよい殺し方もその一端であった。


「いかにも。ですが私が奥様に仕えるよう命じられていることもご存知でありましょう?」


「わかっているわ。だからこうしてお願いしているんじゃない」


 命令ではなくお願い、という言い方をする白蓮に、高城もすこし困った顔をする。


「私はあまり長く、奥様の側を離れることは出来ません。与えられた命に背くこととなりますから」


「…………」


 しばしの沈黙が流れ、白蓮は何事かを思案している様子だった。


「なら、幾人かの間者を引き連れて人間の領域まで出向き指揮を取る、といった感じならばどう」


「手足となる者が数名おれば、細々(こまごま)とした指示を出し、私はすぐに皇城へ戻るといった事も可能ではあります。――が、そのあてはあるのですか?」


「考えがあるわ」



 そう言った白蓮の顔は、いつもの動かぬ無表情に変わっていた。





 その日の夜、灰塚はいつものごとく白蓮の居室を訪ねた。

 やはりいつも通り対応に来た高城は、何故か普段とは違い、寝室の方へと灰塚を案内する。


 部屋へ入ると高城は退出し、出迎えた白蓮の雰囲気はいつもと違っていた。

 妖艶な笑みを浮かべた白蓮は、椅子にではなく寝台に腰掛け、どこか誘うような濡れた瞳で灰塚を見ていた。


 まるで灯に引き寄せられる羽虫のように、灰塚はふらふらと白蓮に吸い寄せられた。


「な、なんで今日は寝室なのよっ?」


 声が上擦ってしまった灰塚は、ぐびりと唾液を嚥下した。思いのほか響いてしまったその音で、さらに動揺してしまう。


「ちょっと気分が優れなくて……ごめんなさいね。でもせっかく来てくれたのだから帰って貰うのも失礼かと思って」


「そ、そう。いい心がけね」


 なんとか平静さを取り戻そうとする灰塚へ向かって、白蓮が意味ありげに微笑む。


「座らないの?」


 一瞬、椅子と寝台を見比べて、寝台の方へ足を踏み出した灰塚の中で警鐘が響いた。――そっちは危険だ――と。


 椅子へ向かって(きびす)を返しかけた灰塚の腕に、白蓮のひんやりとした指が絡みつく。

 びくりと身体を震わせてしまったのは、その冷たさからか、それとも背筋に感じた甘やかな悪寒のためであろうか。


「な、なな、なにするのよっ!」


「そんな大声を出されると、こっちが驚いてしまうわ」


 声に笑みを含みながらも、白蓮の指は離れない。


「せっかくだから隣に座りなさいよ」


「――!?」


 耳元で囁かれ、触れる息遣いに驚いた灰塚が、とびすさりざま白蓮を突き飛ばした。


「な、馴れ馴れしくしないでちょうだいっ」


 今までさんざん馴れ馴れしくして来た灰塚が、自分のことは棚に上げて叫ぶ。

 ドクン、ドクン、とうるさく跳ね上がる鼓動を抑えようと胸に手を当てて灰塚は思った。


――立場の違いというものを思い知らせてやる


「そういえば、まだ挨拶をしてもらってなかったわねっ」


 灰塚はヒールを脱ぎ、寝台に倒れたまま見上げてくる白蓮の顔の真横へ足をのせた。


「今日は足にご挨拶なさい」


 屈み込むようにしてその顔を見据える。

 灰塚の表情には、すでにいつもの高慢さが戻っていた。


「なによ? 出来ないってゆうの?」


 動かない白蓮に焦れた灰塚が、覆い被さるようにして顔を近づける。

 ちょっとアブない嗜虐心にまみれた灰塚は、頭の中で鳴りつづける警鐘の音が高まったことなど、もはや気にならなくなっていた。


「なんとか言いなさいよ――――っ!?」


 息が触れ合うほどに顔を近づけた灰塚の唇を、白蓮が舌先で舐め上げた。

 思考が一瞬断絶し、身体が硬直する。そのわずかな間に肩を抱かれ、寝台に転がされてしまった。


「な……」


 先程までと、まったく逆の態勢になってしまっていた


「ちょっ、ちょっと……あっ……ぁあ……」


 灰塚の身体の上を、白蓮の指と舌が忙しく動き回る。


「や、やめ……ぁんっ!」


 いつの間にかスカート中にまで、ひんやりとした細い指が侵入していた。


「だめ……あっ……ふぁ、ぁぁ……」


 無意識の内に灰塚の身体がびくん、びくんと跳ねる。


――し、しまった。この女、わたしを仕留めにかかってる


 突然の出来事に状況把握が遅れ、好きなようにされてしまったが、そうと解れば話は別だ。

 白蓮がこれまでに相対(あいたい)したことがない程の手練(てだれ)だったのには驚いたが……


――おもしろい


 みずからの口元が喜悦に吊り上がるのを灰塚は感じた。


――なかなかの技前ではあるが……


 格の違い、というものを教えてやろう。


――房術にかけても魔王クラスの力量を誇るわたしを相手に、寝台の上を戦場に選ぶとは……なんて愚かな女



 魔王灰塚は、久しくまみえたことのなかった、手加減の無用の相手との出会いに歓喜した。





 数刻に渡る死闘……というよりは、あまりにも一方的で執拗な蹂躙が、寝台の上で繰り広げられた。

 激戦跡地では、ぐったりとした様子の灰塚が、甘えるように白蓮へしなだれかかる。


「ちょっと、一回したくらいで馴れ馴れしくしないでちょうだい」


 白蓮が邪険に振り払った。


「あんっ、そんな……」


 妙に可愛らしい声を出す灰塚を見て、白蓮が何事かを考えている。


「そうね。これから私のことはお姉さま、とお呼びなさい」


「はい、白蓮お姉さま……」


 今度は灰塚を優しく抱き寄せながら、白蓮が耳元で囁く。


「ちょっとあなたにお願いしたいことがあるのだけど。いいかしら?」


「はい、お姉さま」



 灰塚がうっとりと目をつむり、白蓮はとても悪そうな顔で頷いた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 白蓮さまが……百戦錬磨の魔性のベッドヤクザになってしまわれた……。 アルフラは白蓮の凍てついた心を溶かして、そのついでにとんでもないものを解き放ってしまったようです。
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