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氷の滅慕  作者: SH
二章 欲望
30/251

落ち捨てる脅威



 オークの軍団が通ったあとには、累々と折り重なった(しかばね)がその猛威を物語っていた。

 オークの死体も多いが、その数はやはりレギウス国軍のものが遥かに多い。

 追撃を叫ぶ指揮官の声が聞こえるも、兵士たちの動きは鈍い。


「追え! 追うのだ!! 決して奴らの輸送隊を逃がしてはならん」


 鬼神のごとき戦いぶりを見せたオーク軍勢に、兵士たちの戦意は完全にくじかれていた。

 包囲を突破したオークは約三千。その内の二千程が転進し、街道を封鎖している。

 輸送隊を追撃するためには、今度は自分たちが立ち塞がる修羅の群れを突破しなければならない。


「伝令! 伝令だ――!!」


 嫌々ながらも前進を始めた兵士たちの後方から、伝令兵を乗せた騎馬が駆けて来る。


「間もなく国教騎士団三千が到着する。正面を開け! 左右に分かれよ! 貴様達は両翼からオーク共を押し潰せ!!」


 すでに後方からは、軍馬の疾駆する蹄の音が聞こえ始めていた。

 慌てて左右に展開した兵士たちの間を、一塊となった騎士団が駆け抜けて行く。

 先陣の者たちは長大な騎上槍(ランス)を構え、腰を浮かした前傾姿勢で凄まじい鬨の声をあげていた。


 待ち受けるオークたちは、すでに負傷しておらぬ者がないほどに疲弊しており、装備もボロボロだ。補給兵などとうに存在せず、対騎兵用の長槍を持つ者も居ない。

 騎士の一団がオークの群れに雪崩込み、突進力の乗ったランスで前列のオークを跳ね上げる。あまりの衝撃に落馬する者もいたが、騎士たちの突進は止まらず、陣の奥深くにまで食い込んだ。


 昼の戦いで惨敗を喫した騎士たちは雪辱に燃え、その戦意は恐ろしく高い。しかし――


「おいおい……」


 アルフラたちはやや戦線から距離を置き、成り行きを静観していた。


「分断されてるんじゃないか?」


 シグナムの言葉通り、両翼のオーク兵が騎士の突進を阻もうと中央へ押し寄せ、分断を成功させている。

 驚くべきことに、通常装備の歩兵が、数に圧倒する騎兵の突撃を阻んでいたのだ。


「何なんだよあのオーク共……信じられねぇ」


「いや、チャンスだ。見ろ、中央へ寄り過ぎて両端の封鎖が薄くなってる」


 ゼラードの指差す方を見てみると、確かに街道脇にはオークの姿がまばらだ。


「よし、あたしらは横腹を突いて一気に奴らを押し潰そう!」


「いや、周りこんで突破するんだ。多分この中に指揮官は居ない。この戦線には手柄がないってことだ」


「あぁ……だからオークの奴ら、簡単に陣を崩しちまったのか」


「だな。恐ろしく勇猛なことに変わりはないが、統率が取れてない」


 正規軍ではないゼラードたちにとって、いくら戦場で働いても目に見える手柄がなければ報償は増えない。この場合は、奪われた食糧の奪取か指揮官の首だ。



 騎士団と呼応し、押し包むようにオークの軍勢を攻め立てるレギウス兵を尻目に、アルフラたちは輸送隊の追撃に移った。





「王さま、馬が追ってくるです」


 輸送隊を守り、その最後尾を行軍していたリータ十四世に、追撃部隊の存在が報告された。

 後方に残してきた二千のオーク兵を突破した騎士団の一部が追走して来たのだ。それでも、輸送隊を擁する本隊と、東から進軍して来る援軍との距離はだいぶ詰められている。


「そうか。あやつらはわずか二千の兵で、よくここまで時間を稼いでくれた」


「はいです」


 王の言葉に勇者ピチャクチャも、足止めを買って出た者たちの奮戦を想い涙した。

 もとよりたった二千の兵で、数倍するレギウス国軍を防ぎ切れるはずもない。彼らは援軍と合流するほんの僅かな、しかし、とても貴重な時間を稼ぐために、死を覚悟してその場に留まったのだ。


「あと数刻もあれば東からの援軍と合流出来る。何としても騎兵共の追撃をかわさねばならん」


「人間たち、やっつけにゆくですっ」


 勇猛さを持っても、オーク随一の戦士であるピチャクチャが名乗りを上げる。


「いや、ここは俺の仕事だろう。ピチャクチャよ、お前にはオーク族最強の戦士として、王を守るという大切な任があるではないかっ!」


 ピチャクチャと同じくオーク五本槍の勇士であるベチャミチャが叫んだ。


「よかろう。ベチャミチャよ、二百の親衛オークを率い、蛮勇を持って知られたそなたの戦いぶり。人間達にたっぷりと味あわせてやれい」


「はっ!」


 ベチャミチャは小脇に抱えた兜を被り、ピチャクチャへと向き直る。


「ピチャクチャよ、お前との試合、俺は結局一度も勝てなかったな」


「……」


「覚えているか? お前とはよく故郷の森で狩りを楽しんだな。……俺は必ず生きて帰る。この戦いが終わったら、また共に猪狩りへ行こう」


「はいですっ」


 ピチャクチャの瞳に、うっすらと光るものが見えた。ベチャミチャは気づかぬ振りをして、ひとつその肩を叩く。



 無言で背を向けたオークの勇士は、それ以上語ることなく、後方より迫り来る騎兵たちへと突撃して行った。





 追走するアルフラたちの前方では、分断される前に封鎖線を抜けた千の騎士たちが、輸送隊の最後尾へ食らいつこうとしていた。


 さらに後方の混戦から抜け出して来た千ほどの騎士が追撃に移る。


「結局、突破出来たのは二千てとこか」


 徒士(かち)であるアルフラたちは次々と騎馬に追い越されて行く。後方からは、今だに鋼が打ち合わされる音が絶え間なく聞こえ、追撃してくる者の姿はない。


「おい、前の方でも始まりやがったぞ。少数で転進して来たオークの部隊がいるようだ」


 前方から聞こえ始めた剣撃の響きに、ゼラードとシグナムが顔を見合わせた。



「急がないと食いはぐれちまうな」





「王よ。どうか我に二百の兵を与え、あの小煩(こうるさ)い人間共の討伐をお命じ下さい」


 オーク五本槍の一人、勇士ドチャネチャが進言した。


「よかろう。オーク族にあまねく知れ渡ったそなたの豪勇、存分に(ふる)ってくるがよい」


「はっ!」


 ドチャネチャは得物の柄をきつく握りしめ、ピチャクチャへと向き直る。


「ピチャクチャよ、俺はお前との試合に勝つまでは決して死なんからな」


「……」


「覚えてるか? ガキの頃、よく一緒にオークの里で悪さをして長老様に叱られたな。……もし、生きて帰れたなら――たまには童心に戻り、またお前と暴れたいものだ」


「はいですっ」


 ピチャクチャの横顔には、悪友を案じながらも揺るぐことなき信頼の念が満ち溢れていた。



 死地へ向かう悲壮さなど微塵(みじん)も感じさせず、オークの勇士は颯爽(さっそう)と駆け出した。





 追走するアルフラたちの前に、わずか一刻ほど前に行われた激戦の残骸が広がっていた。


「酷いな……」


 騎士とオーク、双方合わせて六百程の屍が曝されている。わずか二百のオークに対して、騎士たちは倍の被害を出していた。


「見ろよ。このオーク共の倒れ方」


 すべてのオークが、頭を西へ向けて(うつぶ)せに倒れていた。騎士たちの突撃に、一人も背を向けることなく、命尽きるまで戦い続けた証だった。


「死兵……て奴だな」


 ゼラードがむっつりと呟いた。


「あぁ……追撃したくないな。こんな奴らとやり合わなきゃならないかと思うとゾッとする」


 シグナムとしてもオークごときを怖れることはなかったが、死を()した軍団には条理を外れた精強さがある。出来ればやり合いたくはない相手だ。


「心底同感だが……そういう訳にもいかんだろ」



 ゼラードは足どりも重く、追走のための一歩を踏み出した。





「だいぶ減ってはいるが、まだ追って来ておりますな。王よ、この私めが奴らに引導を渡してやりましょう」


 オーク五本槍の一人、勇士ガチャルチャが裁可を仰いだ。


「うむ、無双を響かせたそなたであれば、たやすき事であろう。兵二百をもって殲滅せよ」


「はっ!」


 ガチャルチャは長槍の鞘をもはや不用と投げ捨て、ピチャクチャへと向き直る。


「ピチャクチャよ、お前との勝負はお預けだ。しかし、勝ち逃げはゆるさんぞ?」


「……」


「昔、よく魚釣りに行ったのを覚えてるか? 凱旋した暁には、あの湖に小船を浮かべ、ゆったりと昼寝でもしてみないか?」


「はいですっ」


 満足げな顔で、微かな笑みを浮かべたオークの勇士は、一度だけ何事かを口にしかけたが、微笑みのままに(きびす)を返した。



 背中で別れを告げる旧友に、ピチャクチャは必ず生きて帰れと心で応えた。





 輸送隊を追撃するアルフラたちは、ふたたびオークと騎士団の死闘の跡に出くわした。


 二百づつ足止めの部隊を残して行くオークたちに、騎士団は大変な苦戦を()いられているようだ。いまだ輸送隊に追い付けないばかりか、逆にその数を減らされ続けている。


「見えて来たな」


 ゼラードの言う通り、徒歩であるアルフラたちが騎士団に追いついて来ていた。


「もう千も残ってないんじゃないか?」


 遠目に見える騎士たちは、ふたたびオークの足止め部隊に捕まったようだ。


「急ごう。奴ら全滅しちまうぞ」



 壊滅寸前の騎士団と合流するため、アルフラたちは全力で駆け出した。





 輸送隊を守るオークたちの前方に、うっすらと砂塵が上がっているのが見え始めていた。


「おお、間もなく合流出来るな」


 リータ十四世は東の空を見上げて目を細める。


「王よ、その刻を稼ぐ役目、是非に(たまわ)りたく存じます」


 オーク五本槍の一人、勇士グチャニチャが気炎を吐いた。


「よし、ならぶ者なき国士として名を馳せたそなたにならば、なんの迷いもなく任すことが出来る――ゆけっ、二百を率い、奴等の頭を抑えるのだ」


「はっ」


 向き直ったグチャニチャは、遠い目をして呟いた。


「俺はな、ピチャクチャ。一度でもお前との手合わせに勝つことが出来たら……」


「……」


「こんな時に言うのも、卑怯なことだとは分かっている。だが俺は……お前に結婚を申し込もうと思っていたのだ」


「そんな……あたいに――!?」


「オーク五本槍全員がピチャクチャ狙いだったのは、親衛オークの中では有名な話だ。知らなかったのはお前くらいなものだ」


 絶句する女の子勇者ピチャクチャへ、グチャニチャは笑みを向ける。


「だが、俺だけ抜け駆けしては、他の奴らに申し訳が立たん。済まないが、今の話は忘れてくれ」


「はいですっ」



 その背に悲哀と哀愁を滲ませて、オークの勇士は最期の戦いへと(おもむ)いた。





 アルフラの細剣が、最後まで抵抗を続けていたグチャニチャの首を貫いた時、すでに生き残った騎士の数は百に満たなかった。


 グチャニチャは倒れることを拒むかのごとく、みずからの喉を貫通した刀身を掴み、アルフラを睨み据える。

 アルフラは表情を変えることなく、細剣に絡み付く指ごと――その首を跳ねた。


「よし、これでオーク本隊にほとんど兵は残ってないはず。――追撃だッ!」


 ゼラードの叫びに団員たちも雄叫びで応える。


「ほら、もう少しなんだから、あんたらも頑張んな」


 ほぼ全滅に近い有様となり、疲弊しきった騎士たちに向かってシグナムが叱咤する。


「むろんだ! 教王陛下から賜った騎士団を壊滅させ、なんの戦果もなく帰還すれば、我のそっ首が無くなるわっ!!」


 至極もっともな理由から、騎士団長の士気も高い。


 散乱する遺骸を踏みこえて街道を走ると、すぐにオークたちの最後尾が見えて来た。重い荷を運ぶ輸送隊の足は遅い。



 生き残った騎士を先頭に押し立て、ついにアルフラたちは獲物の足首を捕まえた。





 輸送隊を守る最後の壁となって立ち塞がったのは、オーク王リータ十四世自身とオーガの族長ガロード、そして勇者ピチャクチャに率いられた二百の親衛オークだった。


「後ろに控えたでかい奴らが指揮官だな」


 先行する騎士団の後ろを走るアルフラたちの目にも、明かに他のオークとは異なる、リータ十四世の偉容が見えてきた。


「前列のオーク共は騎士団に任せよう。俺たちは奴らが作った穴から一気に指揮官を狙う」


 ゼラードの提案にシグナムは勢い込んでうなずく。


「賛成だ! やっぱ大物食いが戦場の華だよな。あのでかいオーガの大将首はあたしのもんさっ!」


 彼女は後方に控える二人の指揮官の内、より大きな方に食指が動いたようだ。


「じゃあ、あたしはへんな形の槍持った奴を」


 アルフラもリータ十四世を予約する。


「え~、ボクの分はー?」


 狼少女は不満そうだ。


「ルゥは正面にいる、すこし強そうなオークにしとけば?」


 囲まれながらも、次々と騎士たちを屠っていくピチャクチャをアルフラは指差した。


「おいおい、ありゃ少しどころじゃないぞ」


 ゼラードは呆れたように、獅子奮迅の勢いで暴れまわるピチャクチャを見やる。ちょうどアルフラたちとリータ十四世を阻む位置だ。


 騎馬の腹を槍で貫いたピチャクチャの背中を、アルフラは通り抜けざまに細剣で薙いだ。動きの止まったピチャクチャを、さらにシグナムの大剣が襲う。


「あーっ! ボクの分が~」


 頭を潰されて崩れ落ちたピチャクチャを、ルゥが悲しげに見つめる。


 混戦を抜けたアルフラたちの前に、十人程のオーガが立ち塞がった。


「くそっ! まだいやがったのか」


 シグナムは正面のオーガに大剣を叩きつけ、囲み込もうと横に回り込んだオーガを楯で殴りとばす。

 足の止まったアルフラたちへ、勇者ピチャクチャの敵討ちとばかりに親衛オークが群がってくる。


「ちっ、前に出過ぎたか」


「いや、向こうから来てくれてる。結果オーライだ!」


 突出したアルフラたちに向かって、指揮官二人がのそりと近づいて来ていた。


 残念そうにピチャクチャを眺めていたルゥも、襲いかかる親衛オークの槍をぴょんぴょんとかい潜り、長剣を振るう。

 ルゥにはやや長すぎる獲物だが、人型とはいえ獣人族の膂力(りょりょく)は凄まじい。太刀筋も型もない振り回しだが、ザクザクとオーク兵を切り倒して行く。


「なあ、完全に囲まれてるぞ?」


「一網打尽にしちまえば問題ないッ!」


 むしろ一網打尽にされかけている状況だが、シグナムはあくまでも強気だ。大剣を振りかざして包囲の壁に穴を開け、近づいて来たガロードへと斬りかかる。



 アルフラもその隙を逃すことなく、リータ十四世へ向かって駆け出した。

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