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氷の滅慕  作者: SH
六章 悲恋
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黒エルフの森(前)



 陽も傾き、樹木が足許に長い影を落とす夕暮れ時。一行は野営に適した地形を探しつつ歩を進めていた。


「もともと私たち黒エルフは、西に住んでる白いエルフと同じ一族だったんです。でもなにか大きな(いさか)いがあったらしくて、私たちのご先祖さまは西の森を出て、温暖(おんだん)な南方平原に移り住んだんです」


 ウルスラは王族だけあって黒エルフの歴史にも(くわ)しく、彼女の話をフレインは非常に興味深く聞き入っていた。


「大災厄期以前はこのあたりも人間の領土で、ご先祖さまたちもほんとうは平原ではなく森に移住したかったらしいんですけど、辺境のすみっこの方にしか居場所がなかったそうです」


「たしかこの辺りは災厄の(あるじ)に滅ぼされた古代王国、イル・ダーナの版図(はんと)だったのですよね」


「そうなんです! よくご存知ですね。あんまり昔の事すぎて、私たち黒エルフでも知ってる人はほとんど居ないんですよ」


 おしゃべり好きなウルスラにとって、熱心に耳を傾け、時に合いの手を挟むフレインはとても良い聴き手だった。


「災厄の主さまはすごく怖い人だったそうですけど、私たち黒エルフには優しくて、この大森林をまるごと当時の女王さまにくれたんです」


「災厄の主と黒エルフの盟約については私も神話関連の書物で目にしています。好戦的で弱者を(さげす)む傾向にある魔族たちも、ゆいいつ黒エルフに対しては敬意を持って接するのだと。――連面(れんめん)と続く黒エルフの女系支配も、災厄の主と盟約を()わしたのが女王であったことに(たん)を発しているのですよね」


「はい、それ以前はどちらかというと王さまの方が多かったそうです」


 楽しそうに語るウルスラの顔をまじまじと見つめて、フレインがひとつ疑問をなげかける。


「――ふと気になったのですが、ウルスラさんの肌はそれほど黒くありませんね。黒エルフと呼ばれるくらいなので、髪や瞳と同じように肌も真っ黒なのかと思っていました」


「そうですね、日差しの強い南方平原に住んでいた頃のご先祖さまたちは、黒檀(こくたん)のような肌色をしてたらしいです。でも森のなかは木陰も多くてあんまりお日さまの光も届かないから、肌の色もうすくなっちゃいました。――いまでは褐色エルフですね」


 はにかむように微笑(ほほえ)んだウルスラのとなりに、いつのまにか狼少女が肩を並べて歩いていた。やや垂れ気味のエルフ耳にじいっと目が向けられている。

 視線に気づいたウルスラであったが、無言の注視に気圧(けお)されたのか、びみょうに上体が引けていた。なにか声をかけようと思うも言葉が出てこず、ルゥの稀有(けう)容貌(ようぼう)にしばし見とれてしまう。みずからとは対照的な雪白の肌に赤い瞳、髪色もまた新雪を思わせる綺麗な純白。――ほうっと吐息をこぼしたウルスラに向かい、狼少女がとうとつに口を開いた。


「耳、ながいね」


「――え、はい。エルフですから」


「さわってみていい?」


 好奇心に瞳を輝かせる狼少女。ウルスラは苦笑しつつも耳に()れやすいようすこしだけ腰を傾けてやる。


(さわ)ってもいいですけど先っぽはちょっとだけ敏感なので、乱暴にはしないでくださいね」


「うん」


 ――ぎゅむ。


「ひゃう!?」


 おもむろに耳の先端部をつかまれたウルスラの肩がびくりと震えた。


「ら、乱暴にしちゃだめって言ったばかりじゃないですかあ!」


「ごめんなさい」


 かるく憤慨(ふんがい)してルゥの手を払ったウルスラに、狼少女は上目遣(うわめづか)いでぺこりと頭をさげる。

 いたずらをして怒られそうなときには、かわいく素直にごめんなさい。――最近ルゥが身に付けた処世術(しょせいじゅつ)である。だいたいこれでひどく怒られたことはない。(あん)(じょう)、ウルスラも狼少女のかわいらしい仕草に怒気(どき)をやわらげ、自分よりもちいさな子を相手に声を荒げるのもおとな()がないかと自省(じせい)していた。ふたたび耳へと手を伸ばしたルゥに対し――


「もうっ。いきなりはだめですよ、いきなりは」


「はあい」


 ――ぎゅむっ!


「ひゃうん!?」



「……ごめんなさい」





 それからしばし歩いたのち、一行は木々のやや開けた場所を見つけて野営の準備をはじめた。

 シグナムとジャンヌが三組の簡易天幕を設営し、フレインが夕食の準備を進める。そのあいだ(じゅう)、ウルスラは狼少女にまとわりつかれていた。ルゥにとって初めて見る黒エルフという種族は、非常に興味を()かれる相手なのだろう。


「ねえ、きょうはボクたちの天幕でいっしょに寝よ?」


「えぇー」


 これまでのわずかな時間で、ルゥが相当ないたずらっ子であると理解したウルスラはあからさまに難色をしめしていた。助けを求めるように視線が泳ぐ。

 煮炊(にた)きの番をしていたフレインがウルスラの視線に気づき、にこやかな笑顔を向けた。


「私とシグナムさんの天幕でよろしければそれでも構いませんよ?」


 すこし考える素振(そぶ)り見せるウルスラに、設営を終えたシグナムがおそろしい提案をした。


「アルフラちゃんはいつも一人寝だし、そっちでもいいぞ」


「い、いえ。それはちょっと……」


 ぶるりと震え上がったウルスラは、シグナムとフレインを交互に見比べる。


「もしお邪魔でなければおふたりの天幕に泊めていただいてもよろしいですか?」


「かまわないけど、あたしは見ての通りでかいからな。すこし手狭(てぜま)になるよ」


「はあ……」


 ウルスラはシグナムを見上げ、たしかにびっくりするほど大きいですね、と内心でつぶやく。


「北方の人間は大柄な方が多いとは聞いていましたが……女性の方もおおきいのですね」


「いえ、さすがにシグナムさんほど背が高い女性はそういませんよ」


「まあ、あたしよりでかい女なんて灰色熊(グリズリー)(めす)くらいしか見たことないからね」


 愉快そうに笑ったシグナムが、アルフラを天幕へと案内し終えたジャンヌを手招きする。


「おい、甲冑はずすの手伝ってくれ」


「はい、ただいま」


 呼ばれた神官娘は手際よく甲冑の留め(がね)を外し、身軽な姿となったシグナムはさらに貫頭衣(チェニック)と肌着を脱ぎ捨てる。すると窮屈そうにきつく()()()に押さえ込まれた大きな胸が披露(ひろう)された。ウルスラの目がまんまるになる。さらしの上からでも一目瞭然の超質量だ。

 シグナムは人目を気にすることもなく胸を押さえつける(ぬの)をゆるめ、たわわな乳房を解放する。――ウルスラの視界の端で、フレインがさりげなく目線を()らしていた。

 これまで見たこともないほど大きなおっぱいにウルスラはあわあわと取り乱し気味だ。


――茨城さまよりおっきいです……


 すぐに肌着を身につけたシグナムの胸部をちらちらとうかがいつつ尋ねる。


「あの……シグナムさまとフレインさんは、そういった関係ではないのですか?」


「そういった関係?」


「ええと、おふたりの天幕に泊めていただくのはお邪魔かなとも思ったのですが……」


 ああ、とうなずきシグナムは苦笑する。同じ天幕で寝泊まりすることから、フレインといわゆる男女の関係なのではないかと誤解されたことに気づいたのだ。


「あたしはいつでも添い寝くらいしてもいいって言ってるんだけどね。フレインはなにげに身持ちが堅いんだよ」


 冗談めかして笑うシグナムの表情は(つや)やかで、ウルスラは思わずどきりとしてしまう。格好(かっこう)のよい大人の女性に憧れる心理が働いているようだ。



 人知れずフレインがごほごほと咳き込んでいた。





 夕食の熊鍋を食べ終えた頃にはあたりもすっかり暗くなり、ホウホウとふくろうの鳴き声が聞こえはじめる。

 ウルスラは食器のかたづけを手伝ったのち、木々の狭間(はざま)で羽根を畳んで横たわるグリンちゃんの(もと)へと(おもむ)いた。


「くまのお肉、分けてくれてありがとね」


 お礼に毛繕(けづくろ)いをしてあげると、グリンちゃんは心地よさげにくるるっと喉を鳴らして頭を擦りつけてきた。その勢いにたたらを踏んで後ずさったウルスラは、羽毛でふかふかの頭部を両手で抱きかかえる。


「もぅ、あまえんぼさんなんだから」


 数ヵ月ぶりの再会がうれしく、きゃっきゃっくるると(たわむ)れていたウルスラの耳がぴくりと動く。


「……なんでしょう?」


 どこからか(かす)かに、なにかを言い(あらそ)うような声が聞こえていた。見た目通り人間よりもはるかに性能の良いエルフ耳は、声の方角と距離を正確にウルスラへと伝える。


「グリンちゃん、ちょっとだけ待っててね」


 あやしつけるように首筋の羽毛を撫でて、ウルスラは声の出所(でどころ)に足を向ける。

 ほかの天幕からはやや離れたルゥとジャンヌの寝所(しんじょ)。そこに近づくにつれて声は鮮明に()こえだした。

 入り口からこっそりうかがい見ると、天幕の中では激しい攻防が展開されていた。

 言い争いではなく、物理的な争いである。

 狼少女と神官娘。ふたりはほぼ互角の闘いを繰り広げていた。いや、どちらかというと神官娘のほうが劣勢なようだ。ウルスラの目にはルゥに怪我をさせないよう、ジャンヌがいくぶん手加減をしているように見える。――ルゥが獣人(じゅうじん)であることをまだ知らないウルスラは、人狼化していない時点でルゥもそれほど本気でないことには気づけなかった。

 手に汗握り、はらはらと()()き見守りつつも、止めにはいったほうが良いのではないかと考える。そうこうしている内に組みつかれた神官娘が押し倒され、馬乗りとなった狼少女に衣服をかれはじめた。


――え、えええー!?


 のぞき見していたウルスラは思わず声がでてしまいそうになり口許を押さえる。

 天幕内部では品の良い言葉遣いでルゥを罵倒(ばとう)するジャンヌが、手際よく全裸にされていた。そして組伏せたルゥもすぐに服を脱ぎだす。一見して(すき)だらけなのだが――



 神官娘は反撃の好機にもかかわらず、それを行動に移すことはなかった。





 最初のうちは息をひそめてのぞき見していたウルスラであったが、ふたりの行為の激しさに若干(じゃっかん)息が荒くなってきていた。

 神官娘の余裕のない声が響く。


――ええ? そんなところまで……!?


 しきりとルゥを(ののし)口調(くちょう)もすでに弱々しいものになってきていた。


――はわ、はわわ……そ、そこは出し入れしちゃいけないほうの穴ですよう


 すすり泣くような高い声が、ジャンヌの口から断続的にこぼれる。 


――わわっ、そんなに激しくしたら……


 しかしいつのまにか、声の様子はあんあんと甘く艶を帯びた調子に変わってきていた。狼少女を罵倒する言葉もすでに()えて(ひさ)しい。


――あ……これ、知ってます。たしか……いやよいやよも好きのうち


――灰塚さまがよくやってるやつです


 そこでふとウルスラは考える。もしもルゥの誘いを受諾(じゅだく)して、この天幕で寝泊まりしていたら自分はどうなっていたのだろう、と。

 いろいろと考えてみたのち、すこし興味はあるので、皇城に帰ったら白蓮からしてもらおうという結論に(いた)る。


「――あ! そいえば白蓮さま、いま皇城にいません」


「だれですか!?」


 天幕からジャンヌの声が響いた。

 ウルスラはあわててその場から駆けだす。

 のぞき見がばれたことなど今思い出した事柄に比べればささいなことだ。


「は、はやくアルフラさまに伝えないと」


 もし白蓮の不在(ふざい)をアルフラが知らない場合、かなりまずい事になるような気がする。

 アルフラは皇城に行けば白蓮に会えると思っているふしがあるので、早めに知らせておかないと落胆のあまり怒りの矛先(ほこさき)がウルスラに向きかねない。



「ひいぃ、私のせいじゃないのにー」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 数日かけて一気読みして追いつきました! 毎回ハラハラしながら読んでます。ウルスラちゃんこのまま生き残れるといいなぁ 続き楽しみにゆっくり待ってます!
[一言] 更新更新お疲れ様です。 滅慕の良心ルゥが小悪魔系に…将来が恐ろしい。 このままウルスラが生き残ってほしいなぁ。 あとそろそろ勇者くんと遭遇かな?続きが楽しみです!
[良い点] ウルスラ寝床問題、、、一応白蓮の話題があるのでアルフラちゃんの寝床でガールズトークも出来ますね、地雷源ですが… そしてまたうっかり話忘れによる地雷イベント!白蓮いる場所まで案内できなかった…
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