皇城にて苦悩する戦禍
皇城、軍義の間にて――
場に集った魔王たちを前に、やや緊張の面持ちを見せる将位の魔族、剡悧が報告をはじめる。
「問題とされる一行が上陸したとおぼしき場所は、南部の都市、計峰と成堵の中間に位置する地点です。――一行は上陸早々、近辺で野営をしていた隊商を襲撃。これにより同隊商八十余名が全滅。老若男女、人と魔族の別なくすべての者が惨殺されました」
淡々とした口調で語る剡悧は、くわえて野盗と思われる者たち二十名ほどの死体が同時に発見されたことを報告した。
「遺骸にはいずれも刀剣による傷創が見られ、これは口無様の御遺骸から確認された刺創と同一の武器によるものであると予想されます。この一行がロマリアの都を滅ぼしたレギウス人たちであると判断した理由は後述いたしますが、まずは間違いないかと思います」
聞き入る魔王たちの反応はそれぞれであった。苛立ちを見せる者。興味なさげに視線をさまよわせる者。多国の争乱に口許をほころばせる者。無表情ながらも静かな怒りを纏う者。そして方卓の上座に腰掛けた戦禍は、苦虫を噛み潰したかのごとき表情で報告のつづきを促す。
「その後の足取りについては?」
「はい、詳細にとはいきませんが、おおよその動向は掴めております。一行は隊商の馬車二台を略取し、街道を北上。高泉山脈を越えて黒エルフの森南端を目指しているものと思われます。また、一行を捕らえようと試みた条漸侯爵の行方がわからなくなった、との報告が上がっています」
「条漸?」
「は、計峰を治める領主です。どうやら一行が襲撃した隊商のなかに彼の縁者がいたらしく、侯爵はこれに激怒。みずから二百の兵を率いて一行の捜索にあたったところ、高泉山脈の麓に乗り捨てられていた馬車を発見。一行が馬車の通えぬ峠道に入り込んだと判断し、山狩りを行ったようです。しかし条漸侯爵の消息は以後不明であり、山狩りの最中に一行と遭遇、全滅したものと予想されます」
ため息にも似た呼気を吐き、戦禍が眉をひそめる。
「口無を倒した者を相手にわずか二百の兵で山狩りとは……。どちらが狩られる側か気づいたときには、すでに手遅れだったのでしょうね」
とはいえ条漸侯爵に無謀の責は課せられまい。彼はその時点で一行の身元を知る術など持たなかったのだから。
戦禍は口をつぐみ、剡悧に話をつづけるよう身振りで示した。
「高泉山脈を越えた一行は街道に添って北上。その過程で四つの都市と無数の周辺村落が壊滅しております。どうやら一行は街道で行き逢った者尽くを襲撃しているらしく、そのためこちらの斥候や伝令が詳細な情報を持ち帰れない原因となっています。……すくなくとも、その姿を視認できる距離にまで近づけた者は誰一人として生きて帰っては来ておりません」
叱責をおそれるかのように向けられた剡悧の視線に、戦禍はただ一言、被害状況を詳細に、とだけ言葉を返した。
「あらかたの都市はロマリアの都と同じく氷雪に埋もれ、領主である子爵位から侯爵位までの貴族四人が死亡。民草の被害に至っては、おそらく三十万前後の死傷者が出ているものと思われます。――一行の移動に伴い北上する大寒波は遠方からでも確認可能な規模で、斥候に出した者たちはそれに近づきすぎぬよう細心の注意を払いながらその動向を窺っております」
剡悧はそこで一旦言葉を区切り、いっそ重苦しい口調で報告をつづけた。
「都市の被害をつぶさに見て回った者によりますと、大半の家屋は雪に埋もれるかその重さで倒壊し、どれだけ掘り返しても瓦礫と凍死体以外は見あたらなかったそうです。――また、都市の壊滅を遠目に目撃した者によると、白く烟る冷気に呑み込まれた都市の中に、魂魄とおぼしき蒼白の光が確認されたそうです。その数は幾万にも及び、渦を巻いて一ヶ所に吸い寄せられているかのようであったとのことです」
「……どういうことですか?」
「語り部の古老たちによりますと、かつてディース神族を奉じていた高司祭は、広範囲に及ぶ衰弱の呪いを用いて犠牲者の魂を神々に捧げる儀式を行っていたそうです。おそらく一行の中に、そういった外法を操る術者がいるのではないか、と。――ただ、古老たちも都市を覆い尽くすほどの術を人間ごときに扱えるのかという疑問には、答えることができませんでした。また、同じ術者によるものかは不明ですが、犠牲となった者の中には急速に腐敗し、体が溶け崩れたとしか思えないような遺体が多数発見されております」
「……語り部達の知識にもない術者が同伴しているということですか……厄介なことこの上ありませんね」
「はい、確認された被害は甚大です。多くの人命のみならず、一行が通りすぎた近辺では山林の植物までもが冬枯れ、枯死していたそうです」
アルフラの生み出した大寒波は大気すらも凍てつかせ、それに加えて常時展開された衰弱の呪いが合わさり、進路上の生命を根絶やしにしながら魔族領を北上していた。
「その有り様はさながら、死神ディースの足跡を辿るかのようであったと……生きて帰った斥候の一人が、申しておりました」
感じた頭痛を散らすかのように、戦禍は眉間に指を添える。
彼が最後にアルフラを見たのはおよそ一年前。白蓮を奪われまいと細剣を握りしめ、涙目で挑んできた姿が思いだされる。
なんの力も持たない子供であった。
その顔立ちは愛らしく、口を閉ざして笑っていれば、虫も殺さぬような可憐な少女という印象すら受けたかもしれない。――それがわずか一年足らずで……
「まさかここまで見境のない殺戮を行うとは……」
ただの人間が魔王を降すほどの力を身につけた、という事実も信じがたくはあるが、その精神の変容こそが真に恐るべきであると戦禍は感じていた。
白蓮には決して殺すことなく捕縛するという約束をしたものの、なにを置いても禍根の芽は早々に摘んでおくべきではないかという考えが脳裡を過る。――しかしそれを為したときの白蓮の怒りは、いかばかりのものになるだろうか。
「戦禍様……?」
苦渋の表情で黙り込んだ魔皇を気遣う声で、剡悧が呼びかけた。
大きく息を吐いた戦禍は、眉根を揉みほぐしながら直近の懸念に思考を立ち返らせる。
「たしか一月ほど前でしたか、黒エルフの女王に軍勢の通行許可を求めたのは」
「はい、戦禍様の招集に従い、南部より一万八千の兵が皇城を目指して北進中です。当初は黒エルフの森を縦断する経路を辿っていましたが、今回の件を踏まえて森林地帯を大きく迂回するよう伝令を送っております」
「その報せは間に合いそうですか?」
「……やや微妙かと。一行の移動速度を考えると、伝令が届く前に両者が遭遇してしまう可能性が高いように思われます」
一万八千の軍勢が早晩失われることを予見され、戦禍の口許が引き結ばれる。――そこで魔王の一人が声を上げた。
「戦禍帝。その者たちの始末、私に任せて貰いたい」
南部の魔王、波路であった。
「我が領地を好きに荒らされ、あまつさえ弟までもが殺されたのだ。最早静観はできん」
その言葉とはうらはらに、おそろしく冷静な声音で告げた魔王波路に疑問の目が向けられる。
「……弟?」
これには中央の将軍、剡悧が答えた。
「のちほど報告する予定だったのですが、波路様の弟君、奏洪公爵がロマリア南部より進入した竜の勇者と呼ばれる者と交戦、敗死なされています」
「公爵位の魔族が……?」
すこし驚いたように戦禍は目をほそめる。王弟であれば、おそらく爵位以上の力を持っているはずだ。
「あなたの弟の力量は?」
「……あれと同程度の者が五人も居れば、私の障壁に亀裂のひとつも入れられるやもしれん」
「それは……」
戦禍の目がかるく見開かれた。
「なかなかに破格な力の持ち主だったようですね」
「ああ、レギウス神族との戦いで功を挙げさせ、ゆくゆくは大公位を与える心算だったのだ」
「本来であれば、南部より上ってくる一万八千の軍勢は、王弟である奏洪殿が率いる予定でした」
剡悧の言に戦禍がひとつうなずく。
「なるほど。竜の勇者という者も含めて、南部平定の任を負いたいと?」
「いかにも」
戦禍は表情を繕ったまま、内心で大きなため息をこぼす。
領内で未曾有の虐殺が行われている現状、魔王波路の求めを退けることは難しい。とはいえ彼を南部に差し向ければ、アルフラと波路、どちらかの死が確定してしまう。
仮に波路がアルフラを倒した場合、戦禍は実母である白蓮に対して、非常に困難な申し開きを強いられる破目となるだろう。
逆に波路が敗れてしまえば、口無につづき、さらに魔王をひとり失うという事態に陥ってしまう。
すべてを投げ出してみずからアルフラの確保へと向かいたい心境ではあるが、立場と現状がそれを許さない。
しばしの黙考の後、戦禍は暗澹たる声音で裁決を下した。
「……残念ですが、それは許可できません」
「何故だ? 納得のゆく理由を聞かせてもらいたい」
不満も露に、波路はきつい眼差しを戦禍へと向ける。
「でなければ今回の件、どうあっても看過することなどできん」
強い語調で問い詰められるも、戦禍はなんら平素と変わらぬ口振りで穏やかに告げる。
「南部に甚大な被害をもたらした大寒波は、アルフラという少女が巻き起こしたものです。すでに聞き及んでいるかとは思いますが、彼女は天界にてレギウス神と武神ダレスを倒しています」
戦禍は聞き入る魔王の目をじっと見詰め、その名を呼ぶ。
「波路。あなたは彼の高名な悪路王の血に連なる家系だ」
それは大災厄期に名を馳せ、伝承に残るほどの力を有した魔王であった。
「語り部の古老に曰く――魔王悪路は傭兵神エスタークの利き腕を落とし、武神ダレスと互角の戦いを繰り広げた」
「……我が祖の逸話だ。無論知っている」
「その悪路王と互角に戦った武神ダレスを、件の少女は倒しているのですよ。――のみならず、レギウス神をもその手にかけ、さらには南部の盟主である口無までもが敗れ去っている」
話の帰着点を理解したらしく、魔王波路はぐっと奥歯を噛み締める。
「これらを踏まえた上で、あなたは確実な勝利を約束できますか?」
「……私では力不足と思われているのなら、その評価を甘んじて受け入れよう。だが――」
「いえ、あなたの力量を疑っているわけではありません。――しかし多くの臣民を殺され、弟までをも喪った今のあなたは、幾分冷静さを欠いているように見受けられます。たとえどれ程の力を持とうと――心、技、体、十全でなければ敗北を喫することもあるでしょう。……今回は私の懸念を汲んで、矛を収めてはいただけませんか?」
「――道理だ。たしかに私はいささか感情的になっていたらしい。戦禍帝の言葉に従おう」
予想よりもあっさりと理解を示した魔王波路に、戦禍は喉元に用意していたさらなる説得の言葉を持て余す。
「……聞き分けがよくて助かります。あなたはとても理性的だ。これは魔王に求めるのが最も困難な資質のひとつですからね」
魔皇からのお褒めの言葉をとくに喜ぶでもなく、波路は仏頂面のまま戦禍に尋ねる。
「弟の仇である竜の勇者とやらは任せて貰えるのだろうな?」
この問いに対しては、戦禍の視線が剡悧の顔へと向けられる。
「は、現在のところ、竜の勇者と呼ばれる者の足取りは不確かです。例の一行とは逆に、極力争いを避けるような動きを見せており、交戦が確認されたのも奏洪公爵との一戦のみ。その足跡を辿ることは非常に困難となっております。あくまで予想の域を出ませんが、こちらも皇城を目指し、黒エルフの森近辺を移動中なのではないかと推測しています」
アルフラと竜の勇者。二人の目的地が同一であるのなら、差し向けた者がその両者と遭遇してしまう可能性は非常に高い。
「……波路。あなたには闘神ヘリオンの討伐を命じます」
「闘神の……?」
「ええ、闘神ヘリオンとその属神が数柱、レギウス中央神殿に降臨したとの報が数刻前に届きました」
これには周囲の魔王たちから歓声にも似たどよめきが沸き起こった。神族との戦いの予感に、好戦的な魔族の王たちはいずれも表情に喜色を湛えている。唯一憂鬱そうな顔をしているのは、やや引きこもり癖のある傾国だけであった。
魔王たちの反応に苦笑を浮かべた戦禍は、ことの詳細を、と剡悧将軍に告げる。
「中央神殿にはすでに多くの神官戦士が集結しており、闘神ヘリオンの降臨に伴い有翼人の出現も確認されております。また、かねてよりロマリアの陥落に危機感を募らせていたラザエル皇国とエスタニア共和国に大規模な派兵の動きが見られ、それと連動するかのようににエルフ族、ドワーフ族といった亜人種までもが遠征の準備を進めています」
誰しもが予想したのは、大災厄以来の大戦であった。
「これらすべての陣営が闘神ヘリオンを旗印として集結した場合、その数は二十万を下らぬ大軍勢へと膨れ上がります。――現在グラシェール山東部平原では、これを迎え撃つべく魔王一早様が陣を敷いておりますが、いささか数に不足があることは明白かと」
「そこで数名の魔王を援軍として送り、闘神ヘリオンとその属神に対する備えとします」
戦禍の目が魔王波路を正面から見据える。
「闘神と武神。この二柱は対を為す双子の姉弟神です。闘神ヘリオンを見事討ち果たせば、悪路王に代わり魔王波路の名こそが伝承の住人となるでしょう」
「おお……」
「竜の勇者などに固執していては、偉大な先達を越える好機を逸してしまいますよ?」
「……千載一遇とはまさにこのことだ。闘神ヘリオン討伐の命、慎んで承る」
王でありながら武人のごとき気質の魔王波路。癖の強い魔族の支配者たちの中にあって、戦禍にしてみれば比較的扱いやすい魔王といえた。
「慈刀、砂織」
名を呼ばれたのはそれぞれ東部と北部の魔王であった。
一人は臣民を持たぬ流浪の王。されどその実力は盟主に劣らぬ非凡の才。
いま一人は美貌に疵持つ妙齢の王。華奢な容姿にそぐわずその力は苛烈を極める。
いずれも闘神ヘリオンを倒すに足りると戦禍が判断した魔王だ。
「波路と共に一軍を率いグラシェールに向かいなさい」
有無を言わさぬ声音で命じた戦禍は、他の魔王たちの不満が噴出する前に重ねて口を開く。
「皇城に残る者には軍神の相手をしてもらいます」
軍神クラウディウス。四柱守護神の筆頭であり、かつて災厄の主に滅ぼされたギアナ神族唯一の生き残り。天空神ギアナ・ギアスの直系である彼女は、その力において他の守護柱神とは一線を画す存在だ。
「すでに闘神ヘリオンの降臨が伝えられた現状、軍神と呼ばれる戦いの女神が静観を続けることはありえません。四柱守護神の二柱までもが失われたいま、神族にそのような余力などない。なんらかの企てを胸に秘め、雌伏雄飛の機を窺うは必然……」
薄い笑みを口許にのぼらせた戦禍は、芝居じみた大仰な仕草で魔王たちに向かって両の腕を広げて見せる。
「いずれ動き出す軍神クラウディウスを討ち取り、我ら魔族の勝利でこの戦いを終わらせましょう」
魔王の名を冠する者たちはほんとうに扱い辛い。
軍議を終えた戦禍の胸中はその一言に尽きた。
定期的に戦いを与えてやらねば互いに争い、離反のおそれすらある。
「軍神クラウディウス……早くなんらかの動きを見せて欲しいところですが……」
気苦労の絶えない様子の戦禍に、遠慮がちな声がかけられる。
「黒エルフの女王から謁見の申し出が来ておりますが……いかがなさいますか?」
中央の将軍、剡悧である。
「用件は?」
「先日送った使者を伴い参内しておりますので、その件かと」
「ああ……」
南方から迫る寒波を避けるため、臣民共々森から退避するよう使者を送ったのは二日前のことだった。
「わかりました。すぐに会いましょう」
謁見の間へ移動しようと立ち上がった戦禍はふと思いつく。
「ウルスラも同席させなさい。あの娘は半年ほども母親と離れていたはずですからね。いい機会でしょう」
「かしこまりました」
用命を果たすため退室しようとした剡悧将軍を戦禍が呼び止める。
「側仕えの者に火酒を壺ごと持ってくるよう伝えてください」
軍議のあいだは人払いをしていたため周囲に人気はない。
心労のせいで酒量の増えてきた戦禍の側仕えは、なかなかに多忙であった。
足早やに去る剡悧を見送り、深く玉座に腰掛けた戦禍は瞳を閉じて今後の展望に想いを馳せる。
頭痛の種は数あれど、やはり比較的容易なものから対処していくのが効率的であろう。
「まずは……竜の勇者」
戦禍としても、人間ごときをこの皇城に近づけるつもりはない。おそらく魔王の一人も送り込めば片がつくはずである。ただ問題は、アルフラ一行もその近辺を移動中である可能性が高く、どうにも手が出しにくいということだ。くわえてその所在がいささか不確かなため、すぐには動けない。
「斥候による捕捉を待ち……鳳仙にでも任せましょうか」
最高齢の魔王である北部の盟主鳳仙。齢八百を越える彼は誰よりも老獪だ。もしアルフラと鉢合わせたとしても、退くことを知る彼であれば無理な交戦は避けるだろう。戦禍の望む働きをしてくれるはずだ。血の気の多い他の魔王たちではそうもいかない。
「正直、竜の勇者という者は捨て置いていいような気もしますが……」
その場合、いずれかの魔王が独断で行動を起こす未来が見えるので、やはり早めの対処が必要だろう。先走った者がアルフラと行き合い、そのまま戦いになる確率はそう低くないように思える。
つらつらと考えをまとめる戦禍の耳が、急を伝える足音を拾った。
「戦禍様」
忙しない様子で駆け込んで来たのは、さきほど出ていったばかりの剡悧将軍であった。
「どうしました?」
落ち着いた戦禍の声に、みずからの取り乱しようがいかにも非礼であることに気づいた剡悧が姿勢を正す。
「ウルスラ殿が供も連れずに森へ入られたそうです」
「森に……黒エルフの森にですか? ……あまりにも間が悪い!」
おそらく数日の内に、黒エルフの森は大寒波に呑まれるはずなのだ。
「すぐに呼び戻しなさい」
「それが……」
黒エルフの王女、ウルスラがグリンちゃんを探しに行って来ると外出したのは三日前のことであった。
「グ、グリンちゃん……??」
意味が解らないといった顔をした戦禍がはっと思い出す。彼自身、ウルスラが可愛がっていたグリフォンのことは知っていたのだ。何度も話を聞かされたため、グリンちゃんが生後八年六ヶ月の雌であるという無駄な知識までもが身についてしまっていた。
ウルスラは白蓮が居を移したのち、主不在の部屋をひとりさみしく維持し続けていたのだが、どうにも暇を持てあました挙げ句、灰塚のせいで逃げ出してしまったペットのグリンちゃんを探しに行こうと思い立ったのである。
引っ込み思案な一面があるものの、ウルスラはみょうに行動力のある娘だった。
「皇城を出て三日……すでに森の深くにまで入り込んでいるのではないかと……」
申し訳なさげに告げた剡悧に、厳しい声が命じる。
「――至急、鳳仙をここに呼びなさい」




