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氷の滅慕  作者: SH
六章 悲恋
230/251

受難(前)




 商会での会合を終えたシグナムとフレインは、ジャンヌたちを探しに大通りへとやって来ていた。とりあえず皆と合流したのち、船旅に必要な物資を買い出しに行こうと考えていたのだ。目立つ二人なのですぐにも見つかるだろうと思っていたのだが、なぜか最初に行き合ったのは護衛役の男、ベルクだった。彼は飲み物を買いに行かされている間に二人を見失ってしまったと語り、それを聞いたシグナムは激怒した。


「お前は護衛だよな。あの二人から離れたら意味ないだろ!」


 傭兵である彼女は命令の優先権というものを非常に重視している。ベルクは商会長であるエーギルからジャンヌとルゥの護衛を命じられた以上、それを最優先に行わなければならないのだ。護衛対象である二人に頼まれたからといって、それが持ち場を離れる理由にはならない。

 気圧(けお)された様子で下を向いたベルクに対してシグナムが舌打ちをした矢先、通りの向こう側からジャンヌの叫び声が響いた。


「ルゥ……ルゥ!!」


 声のするあたりにはすでに人垣が出来始めており、シグナムとフレイン、そしてベルクの三人はむらがる通行人をかき分けジャンヌの(もと)へ向かう。


「おい、何があった!」


 あわただしく周囲を見回していたジャンヌがシグナムの声にびくりと肩を震わせた。


「こりゃなんの騒ぎだ。ルゥは――」


「さらわれて! さらわれてしまったのです!!」


「私たちにも分かるように説明していただけますか?」


 フレインの言葉を受け、神官娘は事のあらましを早口でまくしたてる。そして一通り語り終えたあと、こう付け加えた。


「おそらく月長石を盗まれてしまったのだと思います。だからルゥは……」


「……まいったな」


 苦い表情でシグナムは唇を噛みしめる。用心のため二人に護衛を付けはしたが、彼女もまさかジャンヌとルゥの身に危険が及ぶとは考えてもいなかった。なんせ爵位の魔族を素手で撲殺した神官娘と人狼の少女である。どちらかといえば、その二人が無茶をしないよう目付け役としての働きをベルクには期待していたのだ。


「あ、あの……」


 ベルクが血の気の引いた顔で遠慮がちに声を発した。


「人攫いの少年たちというのは、もしかして貧民窟(スラム)の悪ガキ共じゃありませんでしたか?」


「……それは分かりませんが……とてもみすぼらしい()で立ちをしておりましたわ」


 シグナムがちらりとベルクを見る。


「お前、なんか心当たりがあるのか?」


「あ……い、いえ。そういう訳ではないのすが……」


 歯切れの悪いその言葉に軽く眉根を寄せつつも、シグナムは路地裏へと目を向けた。


「まあ、あのガキに口を割らせれば済む話か」


 ジャンヌに投げ飛ばされて昏倒(こんとう)している少年だ。彼は間違いなく人攫いの一味であろう。


「シグナムさん、衛兵がこちらに」


 大通りの先を見やると、武装した三人の衛兵が小走りに駆け寄ってきていた。


「……まずいな」


 へリオン神官たちの件もあり、今はあまり世話になりたくない相手だ。シグナムが衛兵をどうあしらおうか考えを巡らせていると、ベルクが気さくな笑顔を浮かべて一歩前に出た。


「よう、ごくろうさん」


 衛兵たちは親しげに声をかけたベルクを見て足を止める。


「あんた……たしかホルムワンド商会の……?」


「ああ、ベルクだ。商会長の護衛をやってる」


 三人の衛兵は背筋を伸ばして姿勢を正す。そして不審げにシグナムたちへ目を向け、つぎに路地裏に倒れている少年へと視線を移した。


「こちらで騒ぎが起こっていると聞いて駆けつけたのですが……」


「べつになんの問題もない」


 あきらかにへりくだった対応をする衛兵たちに、ベルクは鷹揚(おうよう)な仕草で肩をすくめた。


「そちらの北方人たちは……?」


 シグナムたちへ向けられた視線をさえぎるようにベルクが手を振る。


「商会の客だ。あんたらが気にする必要はない」


「……わかりました。では私たちは巡回の途中なので失礼します」


 あっさりと(きびす)を返し、衛兵たちは立ち去っていく。


「おい、ホルムワンド商会てのはずいぶんと顔が()くんだな」


 すこしあきれたような声音で言ったシグナムに、ベルクは苦笑で答える。


「まあ色々な方面と懇意(こんい)にしてますからね、うちの商会は。でもとりあえず早く場所を移したほうがいいです。衛兵たちも物分かりがいい奴ばかりじゃありませんから」


 シグナムは倒れ伏したままの少年を眺めながらすこし考える素振りをみせる。


「……とりあえず宿にでも連れて行って尋問するか」


「私はアルフラさまを呼びに行きます」


「そうだな、なるべく急いでくれ。お前たちが戻るまでにはあのガキにルゥの居場所を吐かせとく」


 ひとつうなずいた神官娘がベルクに向き直る。


「アルフラさまが行かれた細工師の店に案内してください」


「ああ、それは構わないけど……できれば俺は一度商会に戻ってエーギルさんに報告をしたいんだが……」


「ジャンヌがアルフラちゃんと合流したあとは好きにしていい。あたしたちは高台の旅籠に部屋を取ってるから、なにかあったらそっちに来てくれ」


「……わかりました」



 ジャンヌとベルクが足早にその場を去ると、シグナムはいまだ意識の戻らない少年をかかえ上げた。





 左の頬に激しい衝撃を受けて、彼は目を覚ました。その衝撃の強さに数瞬意識が朦朧(もうろう)とする。しかしすぐに髪を掴まれ、強引に顔を上げさせられた。

 目の前には黒髪の女。

 息がかかるほど鼻先にまで顔を近づけ、女は険しい口調で彼に問う。


「おい、ガキ。ルゥをどこにやった」


 反射的に身を引こうとするが体は動かない。その時になってやっと、彼は椅子に座らされた状態で手足を縛られていることに気づいた。とくに両腕は背もたれの後ろに回されて(くく)られており、まったく自由が利かない。

 どうやら自分は何者かに()らわれ、拘束されているらしい。そうみずからの状況を把握して、彼はいかにしてこの場を切り抜けるべきかと思案を始めた。

 視線をせわしなく動かして周囲の様子を確認する。

 あたりは薄暗く、鎧戸の下ろされた屋内にいることはすぐに理解できた。

 光源は燭台に(とも)された蝋燭の炎のみ。

 広い室内には食卓や寝台が並んでいる。

 部屋の隅には導衣姿の青年が椅子に腰かけており、なにやら水晶球らしき物をのぞき込んでいた。

 壁ぎわには棚などの調度品も揃えられているが、あまり生活感はない。

 おそらく民家ではなく、ここは宿の一室なのではないかと彼は予想した。

 そこまで考えたところで、眼前に立つ女が彼の(すね)をしたたかに蹴りつけた。


「ッ――――!!」


 あまりの激痛にうめき声を洩らして身動(みじろ)ぎする。

 がたがたと椅子が揺れ、縛られた両の手首に縄が食い込む。


「だんまりは通じねえぞ? さっさとルゥの居場所を吐け」


「……誰だよ、ルゥって」


「とぼけるな。お前の仲間が(さら)った白子(しらこ)の娘だ」


「ああ……」


 そういえば自分は、仕事中にしくじってこんな状況に(おちい)ったのだったと彼は嘆息(たんそく)する。

 いつものやり慣れた、ひどく簡単な仕事のはずだった。

 市場で目を付けたよそ者の荷物を奪い、追ってきた標的を仲間が待ち伏せする路地まで誘い込む。そして路地に隣接した空き家から下水道に降りて貧民窟のアジトまで運ぶ。あとは彼らの後ろ楯でもある奴隷商に、そのよそ者を売り払うだけだ。仲間たちのリーダー格である彼の役目は、追跡者が居た場合にそれを排除することであった。もっとも危険な役割を、仲間内でもっとも腕の立つ彼が請け負っていたのだ。


「おい、聞いてるのか?」


 苛立たしげな声とともに、ふたたび脛を蹴られる。ぎしりと骨が(きし)み、目から火花が飛ぶほどの痛みが走った。


「グッ……ァ……ァァ…………」


 ぼろぼろと涙をこぼしながら女を睨みつける。

 おそろしく背の高い女だ。

 彼も同年代ではかなり上背のある方だが、女はさらにふた回りほども体格がいい。使い込まれた革鎧を着こみ、腰には長剣を吊り下げている。その眼光は鋭く、ひどく殺伐とした怒気が撒き散らされていた。貧民窟の(すさ)んだ環境に適応した彼でさえ、畏縮(いしゅく)してしまうほどの凄みが女からは感じられる。


「あ、あんた……もしかして、傭兵なのか?」


「ああ? それ以外のなんに見えるってんだよ」


 ……最悪だ。

 彼はおのれが非常に退()()きならない状況に追い込まれていることを自覚した。

 すくなくとも彼の知る限り、傭兵というのは最悪の人種と表現しても過言ではない。

 彼は二十人からの少年たちを束ねる頭であり、仲間たちからは貧民窟の王などと持ち上げられていた。実際、路地裏を我が物顔で闊歩(かっぽ)する彼らは、そこらのならず者も避けて通るほどの威勢を誇っていた。しかしそれは、彼が多くの商品を奴隷商に納品し、その庇護下にあるからこその権勢であった。彼自身は自分が少々腕っぷしが強いだけの不良少年であることをよくよく理解しており、貧民窟の中でも本当に危ない連中には近づかないよう気をつけていた。――その(さい)たる者が、傭兵崩れのチンピラたちである。彼らはなにかしら揉め事があると、安易に相手を殺すことで解決しようとする恐ろしく危険な人種なのだ。なかには小銭で殺しを請け負う、暗殺者まがいの者までいる。長生きをしたければ決して関わってはいけない者たちといえるだろう。


 ――だが、いま目の前に立つ女傭兵は、彼の目から見ても貧民窟の殺し屋風情(ふぜい)とは格が違うように思える。いわゆる()()ではなく、戦場で日常的に人を殺す現役の傭兵であることが感じられるのだ。

 おそらく貧民窟の傭兵崩れとは、殺した数が一桁も二桁も違うのだろう。彼女が発する暴力の気配自体が並外れていた。その暴威に()てられて、彼の全身からどっと冷たい汗が吹き出す。


「……素直に吐かないなら、拷問してでも口を割らせるぞ。あたしはそういうのは苦手なタチなんだ。手間をかけずに喋っちまえよ」


 もちろん攫った少女の居場所は知っている。しかし洗いざらい話してしまえば、命の保証がなくなってしまう。自分がいま生かされているのは、ひとえに攫った少女の情報を握っているからだと彼は考えた。用済みになれば殺されるだけだ。


「フレイン、そっちはどうだ?」


 それまで無言で水晶球を見つめていた導衣の青年に女傭兵が声をかけた。


「もうすこし時間がかかりそうです。市街地から徐々に範囲を広げて魔力探知の術を(おこな)っているのですが……なかなか見つかりませんね」


「そうか……」


「ですがこのエンラムから出ていなければ、夕刻までにはなんとかなりますよ。ルゥさんの持つ月長石は神話に語られるほどの魔導具ですからね。ある程度場所さえ絞れれば、正確に所在を特定できます」


 女傭兵が彼を見下ろして口角を吊り上げる。


「お前が話さなくても、日暮れ前にはルゥの居場所も分かる。結局のとこ、痛い思いをするだけ損だぞ。早く喋った方が身のためだ」


 ハッタリだ、と言いたいところであるが、フレインと呼ばれた青年の持つ水晶球は(ほの)かな青い燐光(りんこう)(はな)っていた。なんらかの魔術を行使しているのは本当なのだろう。だからといって、彼に口を割るという選択肢は存在しない。それはみずからだけでなく、なによりも大切な仲間を危険に晒す行為だ。最悪、たとえ自分が殺されようと、仲間たちを売ることはできない。


「……どうせ攫った娘の居場所をしゃべれば、俺だけじゃなく仲間も殺すつもりなんだろ」


「あ? ()(この)んでガキなんか殺しゃしねえよ。そうでなくても最近子供が死ぬのは見飽きてるんだ」


 吐き捨てるような口振りで女傭兵は顔をしかめる。


「ルゥさえ無事に返ってくれば誰も死なずに済む。だから早く喋れよ」


「……信用できねえな。俺を衛兵に引き渡せよ。そうすりゃ奴らが勝手にルゥって娘を探してくれる」


「衛兵なんてそれこそ信用できないだろ。だいたいお前らはルゥを売るために攫ったんじゃないのか? 人身売買目的の人攫いは縛り首だって聞いたぞ」


 彼の取引先である奴隷商は、エンラム(いち)大店(おおだな)であるホルムワンド商会の傘下である。私掠船免状(しりゃくせんめんじょう)を持つホルムワンド商会は何隻もの軍船を所有し、商会長であるエーギル・ホルムワンドはエンラム王や海軍提督にまで顔が利く大物だ。たとえ彼が衛兵に捕らえられたとしても、ホルムワンド商会の傘下にある奴隷商との繋がりをちらつかせれば、絞首台に送られることはない。かなりの賄賂を要求されるだろうが、これまでに人身売買で稼いだ金で解決できる話だ。


「……なぁ、ここって宿の一室だろ。俺が大声を出せば従業員がやってきて、あんたらだって困ることになるんじゃないか?」


「そう思うなら試してみろよ。あたしは構わないぞ」


 女傭兵の大きな手が、彼の首を無造作にわし掴む。軽く力が込められると、気管から空気が押し出されて、喉からヒュッとかん高い音が響いた。


「ま、待ってくれ! ここで俺を殺したらあんたらが衛兵の世話になることに――」


「死体を埋めちまえば問題ないだろ。だいたいお前は、なんで自分が死んだあとの心配なんてしてるんだ」


 女傭兵の目は本気だった。そう、利害が絡めばなんの躊躇(ちゅうちょ)もなく人を殺せるのが傭兵だ。彼はそれをよく理解していた。


「さっきも言ったけどさ、あたしは拷問のたぐいが苦手なんだ。加減が分からずうっかり殺しちまうかもしれないからな」 


 喉首に巻きついた女傭兵の指が、きつく皮膚に食い込む。


「……っ……待っ……」


 強く圧迫されたことにより血流が(とどこお)り、彼の顔が見る間に赤く変色していく。


「シグナムさん。本当に殺してしまっては本末転倒ですよ。まずはルゥさんの行方(ゆくえ)を聞き出さないと」


 導衣の青年、フレインがシグナムの肩に手をかけ、彼女の行動をやんわりと(とが)めた。


「分かってるよ。ちょっと脅しただけだ」


 女傭兵の手が渋々といった様子で首から離される。

 彼は深く呼吸をして、思わぬ助け船を出してくれた青年を見上げた。

 細身の優男(やさおとこ)といった風貌のフレインは、しかし柔和な表情のまま恐ろしいことを言い出した。


「私の同僚にサダムという男がいたのですが、彼から誰にでもできる簡単な拷問法というのを聞いたことがあります」


「サダムってたしか……アルフラちゃんに殺された魔導士だよな?」


「ええ、彼はギルドの汚れ仕事に(たずさ)わっていた導士です。そのため特殊な技術に精通していました」


 フレインは彼をじっと見下ろし、穏やかな声で告げる。


「人間には決して耐えることの出来ない種類の苦痛、というものがあるそうです。たとえば……」


 シグナムの腰に手が伸ばされ、一振りの短刀が抜き取られた。


「この鋭い刃先を爪の間に刺し込んで、軽く捻るだけで大の男が泣き叫んで許しを乞うそうです。爪を剥がすのは拷問としては定番ですが、それだけに効果は絶大らしいですよ?」


 声は優しげだが、その内容が酷い。彼は思わず後ろ手に縛られた両手をぎゅっと握り締める。


「想像してみてください。爪の数は十枚、足の指まで含めると、その倍です。これをすべて耐えることは……まず不可能だと思いますよ?」


「……や、やれるもんなら……」


 絞り出すようにして発せられた彼の声は、あきらかに震えていた。


「もし仮に耐えることが出来た場合、責め苦はさらに過酷なものになります」


 握った短刀をくるりと返し、フレインは柄頭(つかがしら)を彼に向ける。


「爪の剥がれた柔らかな指を、これで念入りに叩き潰します。私が実際に見たわけではありませんが、それをされると血だけではなく、肉片や骨の欠片(かけら)が飛び散って……本当に酷いことになるそうですよ?」


 あくまでも穏やかに問いかけるその口調と同様に、フレインの目からは心の底から彼を案じる、(いたわ)りの感情が読み取れた。

 真っ青な顔で目を見開いた彼は、まるで凍えたかのように歯をかちかちと鳴らしていた。この青年魔導士が、すでに拷問することを決定事項として語っていることに気がついてしまったのだ。


「取り返しがつかない事になる前に、ルゥさんの居場所を教えてくれませんか?」


 フレインがやや引き攣った表情のシグナムに短刀を渡す。――え? あたしがやるのか!? の顔だ。


「なあ、そこまでしなくてもこいつは喋ると思うぞ。とりあえずお前は魔力探知の術とかいうのでルゥを……」


 そこまで言いかけたシグナムがふと口をつぐむ。フレインが軽い緊張を見せて鎧戸をうすく開いたのだ。


「どうした?」



「……アルフラさんが帰ってきました」





 彼の位置からも、宿の門を(くぐ)る二人の少女が見えた。一人は路地裏で彼を()した神官服の娘。もう一人は亜麻色(あまいろ)の髪が目を()く小柄な少女。


「おい、ルゥが無事ならお前と仲間たちの命までは取らない。だからすぐに居場所を吐け。じゃないとお前、ほんとに死ぬぞ。――あの二人はびっくりするほど思いっきりがいいんだ」


 シグナムが焦ったようにそう詰め寄ると、フレインもよく似た口調で彼に告げる。


「早くしないとあなただけでなく、あなたの仲間まで皆殺しにされてしまいますよ。これはさっきのようなただの脅しではありません」


 切実な響きを帯びた警告に、しかし彼の危機感は(ともな)わなかった。鎧戸から見えた姿はあくまで二人の小娘に()ぎない。それが眼前の女傭兵と青年魔導士より危険な存在と認識するのは、たしかに困難であろう。その内心を表情から読み取ったシグナムが疲れたような声で言う。


「いいか、あたしは仕事で人を殺すが、あの二人は気分で人を殺すんだ。どっちがより危ないかは……考えなくて分かるだろ」


「失礼な! わたしは――」


「ああ、お前の場合は信仰で、だったな」


 扉を開いて顔をのぞかせたジャンヌの言葉に、間髪を入れずシグナムがそう被せた。

 神官娘はアルフラが部屋に入るのを待ち、みずからも入室する。そして彼を指差した。


「アルフラさま、この者がルゥを(かどわ)かした狼藉者の一人ですわ」


 部屋の入口に立ったアルフラは、真っ白な布にくるまれた長物を手に持っていた。椅子に縛りつけられた彼を見る目はさも不快げで、ひやりと肌を刺す冷気が室内に広がる。外見からしていかにも粗野な容貌をした彼は、アルフラがもっとも嫌う人種であった。


「ア、アルフラちゃん……?」


 おもむろに長物を(おお)う布を剥がし、アルフラはつかつかと彼に歩み寄る。

 抜き身の魔剣を片手に、右の足が振り上げられた。

 胸を蹴りつけられた彼は椅子ごと床に叩きつけられる。

 後頭部を強打し、苦悶の声を上げた彼の首筋に長刀が降り下ろされた。

 とん、と軽い音をさせ、鋭い切っ先が首の皮すれすれに突き立てられていた。

 刃は彼の側に向けられており、アルフラは無言で刀身を(かたむ)ける。


「や、やめ……」


 悲鳴を上げた彼の首に、冷たい刃が触れた。


「しゃべる、なんでもしゃべるから……」


 涙と鼻水を垂れ流して懇願(こんがん)する彼には構わず、アルフラは魔剣の(みね)に足を乗せる。あとは軽く体重をかけるだけで、室内は血の海だ。


「ま、待ってくれアルフラちゃん! いくらなんでも問答無用すぎる!!」


 後ろから魔剣を握った腕を掴もうとした瞬間、アルフラの意識がみずからに向けられたことを(さと)り、シグナムはあわてて一歩身を退()いた。


「そのガキを殺しちまったらルゥを探すのに時間がかかるんだ。まだそいつには使い道がある」


「そうですわ。いくらアルフラさまのお心が広いとはいえ、そのような者にまで慈悲をくれてやるのはいかがかと」


 シグナムは彼の利用価値を()き、ジャンヌは女神の祝福に(あたい)しないと断じる。それを聞いたアルフラは、魔剣で彼を殺せば必然、その魂魄がみずからに流れ込むことに思いあたった。

 ……それはちょっと気持ちわるい。ぽつりとつぶやいたアルフラに、魔剣が早く背中から足をどけろと抗議の声を上げた。

 彼は呼吸を止め、がたがたと震えながら痛感する。シグナムの言葉通り、この二人は気分で人を殺すキチガイと、信仰で人を殺す狂信者なのだと。

 アルフラが魔剣を床から引き抜くと、シグナムが彼を見下ろして言った。


「お前、さっきなんでも喋るって言ったよな。ルゥはどこだ」


 まだ体の震えが(おさ)まらず、彼はうまく口を動かすことができない。それを悪い方向に勘違いしたのか、シグナムがすっと目を細めて低くささやいた。


「……埋めるか」


「せっかくの港街ですし、沈めた方がよいのでは?」


 真顔で返した神官娘にシグナムが苦笑する。


「冗談だよ」


 短刀を片手に、シグナムは彼の髪を掴んで椅子ごと軽々と引き起こす。そして腕と足の縄を切り、彼を立ち上がらせた。



「ルゥのところまで案内しろ。もし嘘をついたり逃げようとしたらどうなるか……もう分かるよな?」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 盗賊達が予想通りの最後を迎えそうで、少しばかり同情してしまいますね………。当然の報いかもしれませんが。 フレインがどんどんアルフラに傾倒していて、凡人が歪んで異端になる展開がすごく好きなの…
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