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氷の滅慕  作者: SH
六章 悲恋
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凶剣無道(後)



 馬車の中から出てきたアルフラは、早足でヨシュアへと歩を進めた。場に居合わせた者すべてが、息をつめてその一挙一動に注視する。

 いったいアルフラは現状をどう理解しているのか。怒気もあらわなその総身からは、不穏な気配が撒き散らされていた。


「な、なあアルフラちゃん。なんでそんなに怒ってるんだ? いきなり過ぎて訳が分かんないよ」


 ちらりとだけシグナムに目をやり、アルフラはもう一歩踏み出せば魔剣の刃がヨシュアの首に届く距離で足を止めた。

 誰が見ても明らかな殺意が、指向性を持ってヨシュアへと注がれる。

 シグナムは一歩身を引いてアルフラとの間合いを外しながら、小声で低く囁いた。


「ヨシュア、逃げてくれ」


「……私はただ話がしたいだけなのだが」


 魔剣の刃先を(はす)に垂らしたアルフラを横目に見つつ、シグナムは焦りのうかがえる声音で返した。


「こうなったら話なんてできねえよ。いいから早く……」


「アルフラ殿、聞いてくれ。あなたたちがカモロアの駐屯地に詰めていた部隊を殺害したことは知っている。しかし私はなんの理由もなく、あなたがそのような暴挙を()したとは思っていない」


 ヨシュアと肩を並べたシグナムは微動だにできない。抜刀したアルフラの正面は、下手をすれば事のついでに斬り倒されかねない立ち位置なのだが、場の空気は些細な行動が引き金となりうるほどの切実さに満ちていた。


「無論、私もアルフラ殿を罪に問おうなどとは考えていない。すでにこのロマリアは国家の(てい)を……」


「あのエレナって人は、元気?」


 ヨシュアの(げん)をさえぎるように、アルフラが尋ねた。


「あ、ああ……エレナ様は健在であらせられるが」


 脈絡のない質問に戸惑いつつも、ロマリアの近衛隊長は鷹揚(おうよう)にうなずいてみせた。


「……そう」


 なにが可笑しいのか、アルフラは口許をゆがめてくすりと笑い声を洩らす。


「なあ、アルフラちゃん。とりあえずその物騒なモンを鞘に収めてくれないか?」


 剣を抜いたアルフラが、手より先に口を動かすのは非常にめずらしいことだ。もしや話し合いの余地があるのではないかとシグナムは思ってしまう。しかしその“勘違い”をよそに、アルフラはヨシュアから目線を外すことなく告げた。


「まえからね、決めてたの。つぎに会ったら、絶対殺してやろうって」


「待ってくれ。トスカナ砦でのことはよく覚えているが……私はアルフラ殿からなにか恨まれるようなことをしただろうか」


 ヨシュアの脳裏に、その時の情景がまるで走馬灯のように呼び起こされた。静謐(せいひつ)な夜気の覚めやらぬ夏の日の早朝。グラシェール山へ旅立つアルフラたちを見送った時のことが。

 当時ヨシュアは、シグナムから剣の挑戦を受けており、それをみずからの実力が彼女に及ばないという理由で断った。そのことにより友誼(ゆうぎ)を深め、彼女の人柄と剣の腕を見込んでロマリアの王宮近衛として仕官しないか、とシグナムを誘ったことは記憶に新しい。


「……申し訳ないが、なぜアルフラ殿を怒らせてしまったのかよく分からない。私がなにか気に障るようなことをしたのであれば、いくらでも謝罪しよう」


 アルフラはなにか汚ならしいものでも見るかのような目を、ヨシュアへと向ける。


「……あのときあなた、シグナムさんのこと口説(くど)いてたでしょ。あたし、馬車の中から見てたんだから」


「いや、私はただ傭兵であるシグナム殿の腕を買いたいという話をしていたのだ」


「そうだよアルフラちゃん。ヨシュアはあたしにロマリアで働かないかって……」


 誤解を解こうと弁明するシグナムの口を、アルフラの冷たい視線が黙らせる。


「シグナムさんもシグナムさんよ。こんな男に色目なんか使って」


「――は? なんだよ色目って。あたしはそんなことしてないだろ!」


 いささか感情的に叫んだシグナムであったが、図星をさされたからむきになっているのだとアルフラは理解したようだ。


「うそばっかり。さっきだってそいつと抱きあってたじゃない」


 嫌悪も(あらわ)な鳶色の瞳に見つめられて、瞬間シグナムはかっと頭に血がのぼるのを感じた。


「違う! あれは……」


 ヨシュアがロマリア兵殺しの罪人であるアルフラを捕縛するつもりではないか、と深読みしての行動だ。すこしでも彼がその素振りを見せようものなら、すぐさま取り押さえられるよう身体を密着させたにすぎない。

 しかしアルフラの理不尽な言い様に激昂(げきこう)しつつも、シグナムは後の言葉がつづかなかった。もうなにを言っても無駄だということは、猜疑にまみれたその目を見れば明らかだ。


「なんなんだよ……。なんでそうなるんだ。あたしはただアルフラちゃんのことを……!」


 思いの通じぬ苛立ちから、反射的にシグナムは腰に吊るした剣の柄へ手を置いてしまう。しかしそれを見ても、アルフラの表情は動かない。もとより力ずくで解らせるという手は以前に失敗しているし、現状ではアルフラもそれをなんら脅威とは感じていなかった。

 動くに動けなくなったシグナムから視線を切り、アルフラはヨシュアに顔を向ける。


「あなた、強いんでしょ? はやく抜きなさいよ」


「……断る。そもそも私たちが争う理由など見当たらない。私はアルフラ殿のことを、同じ戦場で肩を並べて剣を振るった戦友だと思っている。友人同士の(いさか)いなど無意味であろう」


「……なに、それ。いみが分からない」


「すくなくとも私はそう思っていたのだが、アルフラ殿は私を友人だとは思ってくれてなかったのか?」


「友人……? あなたとあたしが?」


 ヨシュアの問いに、アルフラは盛大に眉をひそめてみせた。


「そんなの今まで見たこともないわ。勝手なこと言わないでよ、きもちわるい」


 アルフラのこの言い様に、シグナムが押し殺したうめき声を上げる。ルゥにいたっては白い肌が青く見えるほどに血の気を失い、無言でその場にへたりこんでしまった。そのあまりの落胆ぶりを見かねたジャンヌが、うずくまるルゥを抱き上げて天幕へと連れていく。

 神官娘の背に視線をやったヨシュアは、失望の入り交じった声で言った。


「……なるほど。私の思い違いだったか。まさかみずからの仲間すら切り捨てるとは……たしかにあなたとは友人になれなそうだ」


 なおも落ち着いた(たたず)まいを崩さぬヨシュアに、アルフラの目がすっと細められる。


「あたしが殺そうと決めてたのは、あなただけじゃなくエレナって女もよ」


 これにはヨシュアだけでなく、背後に控えた五十名のロマリア兵たちも顔色を変えた。自国の王族を面と向かい殺害すると告げられたのだ。子供の()(ごと)と聞き捨てられるはずもない。


「なぜエレナ様を……あの方は他者から恨みを買うような人ではないはずだ」


 アルフラはさも不快げに顔をしかめた。

 かつて魔王雷鴉により全身を()かれ、医師から回復の見込みはないと告げられたアルフラに、不躾(ぶしつけ)にもエレナはヨシュアとの惚気話(のろけばなし)を語って聞かせたのだ。たとえ彼女に悪気はなく、おっとりとした性格ゆえの無神経さであろうとも、それを許容できるほどの余裕など当時のアルフラにはなかった。

 死の床で心に決めたのだ。高名な医師にも匙を投げられたこの身体が、もし自由に動くようになったなら、いつか必ずこの女を……と。


「あなたがあたしに殺されたら、あいつはどんな顔をするのかしら」


 想像しただけで口許がほころんでしまう。

 人倫にもとる、(いや)しい愉悦を垣間見せるアルフラに、静かな怒りが向けられていた。


「……あなたは随分と変わられてしまったようだな。以前のアルフラ殿は、苛烈な戦いぶりを見せながらも、常時には年相応の無邪気さを持ち合わせていたように感じられたのだが……」


 おもむろに腰を落とし、ヨシュアは一挙動でロマリアの宝剣を抜き放つ。


「お、おい、ヨシュア!」


 悲鳴にも似た声をあげたシグナムに、ヨシュアは低い声音で応えた。


「王族の殺害を示唆されて、近衛である私が見過ごすことなど出来るはずもなかろう」


「だめだ! いくらあんたでもアルフラちゃんには――」


 言いさしたシグナムを片手で押し止め、ヨシュアは剣の切っ先をアルフラへ向ける。


「すまぬが手加減はしかねる。しなしなるべく殺さぬようには心掛けよう」


 正眼に構えたヨシュアの立ち姿は、美しいとさえ表現しえるものであった。

 彼の所作(しょさ)からは、達人の域に達した者特有の合理性、機能美といったものが素人目にも感じとることできた。

 同じく己の腕だけを頼り、戦場働きに半生を(つい)やしたシグナムでさえ、その技量には妬心(としん)憧憬(どうけい)の思いが入り交じる。もはや止めることは不可能だという悔恨の念とはうらはらに、大陸最強の一角にも挙げられるロマリアの近衛隊長が、アルフラを相手にどう戦うのかを見てみたいという欲求に逆らうことができない。そう思ってしまうのは、戦士としての業の深さであろうか。――二人が刃を交えた場合、おそらくヨシュアの死という結果が濃厚であろうことは、シグナムにも予想がついているのだから。

 抜剣した両者の間では殺伐とした緊張感が漂い、周りを囲んだ者たちは一様に二人から距離を取った。

 ロマリアが誇る英雄と相対したアルフラは、ヨシュアの背後に居並ぶ兵士へ視線を送る。そのいずれもが剣の柄を握りこんだ臨戦態勢にあった。しかしヨシュアの命令がなければ抜剣することができないのか、一人として剣を構えている者はいない。


「べつに、みんないっぺんに相手してあげてもいいんだよ?」


 それを(あなど)りの言葉と捉えたロマリア兵たちが気色ばむ。――が、アルフラの次の一言で、辺りに底冷えのする寒気が満ちた。



「どうせ一人も生かして帰すつもりはないんだから」





 アルフラと正対したヨシュアは冷静に思考を巡らせていた。彼はかつてトスカナ砦奪還の(おり)、その戦いぶりをじかに目にしている。アルフラの剣技はおさない容姿とは不相応に洗礼され、ヨシュアをして感嘆に値する修練の跡が見られた。おそらくはシグナムのように実戦で(つちか)った我流の剣ではなく、高名な剣士に師事して剣技を学んだものと予想された。アルフラの太刀筋からは、正統剣術に見られる合理性や精密さが散見されるのだ。しかし合理的であるがゆえ、ヨシュアにとってはシグナムなどよりよほど戦いやすい相手といえた。

 剣先を地に垂らしたアルフラは、構えもせずただ立ち尽くしているだけのようにも見える。だがヨシュアには、初見でそれが変型の地摺(じずり)り正眼であることが見て取れた。一見して隙だらけのようにも感じられるその様相が、むしろ逆におそろしい。

 上段や下段といった、その後の剣筋が極端に限定される構えは、かなりの実力者でなければ使いこなすことは難しい。それをこれほどの自然体で行っている時点で、その技量も推して知るべきであろう。


――うかつには動けない……


 そう思わせるだけの剣呑な雰囲気を、ヨシュアは肌で感じ取っていた。かつてアルフラの非凡さを剣鬼の才と評した通り、目の前の少女はそれ以外には表現しようのない存在となり立ちはだかっている。それでも、剣を握っておそらく数年かそこらであろう年若い少女とは、鍛え上げた年期に雲泥の差があった。大陸最強と呼ばれた父を越えたい一心で剣を振り続けること二十余年。その技量においてはみずからが上だという絶対的な自負心がある。


――間合いという利点を()かすためには、先に攻めるが得策か……


 アルフラの手にした剣は刃渡りにおいてヨシュアのそれを上回りはするが、両者の体格差はそれほどに違う。間合いの広さにおいては明らかな利があった。

 また、短躯(たんく)のアルフラがこれほどの長刀を満足に扱えるのか、といった疑問も当然のように(よぎ)りはするが、その自然な構えを見るに手足のごとく自在に使いこなすと考えるべきだろう。

 下段の斜構えという特性上、アルフラの取れる行動は右からの斬り上げか足許への薙ぎ払いに限定される。それ以外には予備動作が必要だ。

 ヨシュアはあらゆる可能性を予測し、その対処を瞬時にまとめる。結果、まず自分の敗北はあり得ないだろうという結論に至った。


――間の取り合いがこの戦いの肝となる



 おそらく最初の一合、ないしは次の二合目で勝負は決するはずだ。





 周囲の視線が対峙する二人に注がれるなか、(せん)を取ったのはヨシュアであった。

 相手の喉元に切っ先を据えた正眼からの刺突。アルフラの右肩を狙った一撃は、膝を上げずに足で地面を()るような踏み込みから放たれた。それは上体を微動だにさせず足を運ぶことにより、見る者に視覚的錯覚を引き起こす独特な歩法である。高い練度で習熟すれば、相手に初動を悟らせることなく懐へ入ることが可能となる。実際二人を注視していた周りの者たちも、気づけばヨシュアが己の間合いに入ったようにしか見えたかった。――しかしアルフラは間髪入れずこれに対応する。

 それはヨシュアにとって完全に想定外の行動だった。アルフラは魔剣を握った右手を一瞬開き、逆手に持ち替えたのだ。そのまま腕を持ち上げ、襲い来る刃を刀身の根元で受けて外へと流す。そのまま上体を捻り、アルフラが魔剣を振り抜くと、眼前に鮮やかな血煙が咲いた。

 ヨシュアの左腕が剣の柄から離れ、赤い糸をひいて地面に落ちる。


「――――ッ!」


 声にならない苦悶が響いた。

 見誤っていたのだ、ヨシュアは。彼は十全な予測の上で己の敗北はあり得ないと判断したのだが、無手である魔族を相手取るアルフラの戦いしか見たことがなかったため、彼女の剣技が受け流しに特化したものだということを知らなかった。

 アルフラは上体を捻った勢いを殺すことなく身体を回転させて首筋へ刃を打ち込む。左手を失ったヨシュアは遠心力の乗った一撃を受ける(すべ)を持たず、己の腕を切り落とした少女を見据えて低くつぶやいた。


「見事だ……」


 剣閃が翔け、一刀のもとに両断された首からは頸動脈の有する強い血圧により大量の血が吹き出した。ヨシュアの頭部が頭上へと高く跳ね上がる。

 その光景を凝視するロマリア兵たちの目の前に無惨な生首が落ち、足許にころがった。


「う……ああ――――――!!」


 たがの外れたような絶叫を(ほとばし)らせ、一人の兵士が剣を抜き放つ。


「馬鹿ッ! やめろ!!」


 シグナムが制止の声を上げるが(すで)にアルフラは反応していた。抜剣したロマリア兵に大きく踏み込んで魔剣を横一文字に振るう。鎧ごと腹膜を()がれた兵士は剣を取りこぼして膝を落とす。アルフラは勢い周囲のロマリア兵を斬り伏せてゆく。兵士たちも果敢に応戦するが(またた)く間に転がる死骸が増え続けた。

 ヨシュアが連れていたのは余程の精兵だったのだろう。いずれもが歴戦の手練(てだ)れであったが、あまりにも相手が悪すぎた。五十の兵がわずかの時間で数名となり、生き残った者たちは戦意を失い逃走を計る。内一人を背中から斬り倒し、アルフラは駆け去るロマリア兵の追撃に移る。

 敵に背を見せる臆病者、という(そし)りは彼らに相応(ふさわ)しくない。むしろアルフラを相手によくここまで踏みとどまったと、その胆力を(たた)えるべきである。より多くが生き残っている時点での逃走を決断していれば、一人くらいは逃げ延びる可能性もあったのかもしれない。彼らは勇敢であるがゆえに逃走の機を(いっ)したのだ。それが(あだ)となり、ロマリア兵たちは十歩も進むことなく次々と魔剣の餌食となっていった。


「やめてくれアルフラちゃん! 逃げる奴まで殺すことはない!!」


 シグナムの叫びも虚しく、最後の一人を地面に引き倒したアルフラは兵士に告げる。


「なんで逃げられると思ったの? さっき言ったよね。誰も生かして帰さないって」


 魔剣の切っ先をむけられた兵士はもはや観念したのか、がたがたと震えながらも気丈にアルフラを睨み付けていた。


「なにしてるの? どうせ死ぬなら戦って死になさいよ」


 兵士から一歩身を引き、ヨシュアと対峙したときのように剣先が斜に垂らされる。


「ほら、早く立って。おとななんだから、もっとがんばりなさいよ」


 ロマリアの英雄と呼ばれた近衛隊長を、わずか二合で(ほふ)った少女。そんな者を相手にどう戦えというのか。しかもこの少女は五十名からの人間を斬り倒したにもかかわらず、その身に返り血のひとつも浴びていないのだ。もはやどのような域に達しているのか想像もつかない。苦笑う兵士は諦観の表情で瞳を閉ざした。


「……そう」


 心底つまらなそうに吐息をこぼし、アルフラは魔剣を振り上げる。


「待っ――」


「待って下さい、アルフラさん」


 シグナムの言葉をさえぎったフレインの声が響いた。


「その者を殺せば、誰がヨシュア殿の死をエレナ様にお伝えするのですか?」


 おそらくシグナムでは止められなかったであろう断頭の刃を、フレインの言葉がつかの間静止させた。


「エレナ様に意趣返しをするには、彼女に想い人の首を届ける者が必用なのでは?」


 じっと兵士の顔を見つめ、数回まばたきを繰り返したアルフラがこくりとうなずく。


「……そうだね」


 振り上げた剣をおろし、(きびす)を返してヨシュアの生首へ歩みよる。そして無造作にその頭蓋へ刃を突き立てた。


「これ、あの女のとこに持っていって」


 串刺しにされた近衛隊長の首を突きつけられたロマリア兵は、燃えるような憎悪の目をアルフラに向ける。


「それが死者に対する仕打ちか!! ヨシュア殿は武人としてあなたと立ち合い――」


 怒りに任せて叫び声を上げた兵士は、突如として鳴り響いた金属音に言葉を止めた。ヨシュアの頭部を貫いた刃から、かん高い耳障りな音が放たれていた。

 あまりの扱いの悪さに、魔剣が不満を述べているのだ。


「……なによ、もう……。そんなに怒らなくてもいいじゃない」


 アルフラがふてくされたようにつぶやく。


「そんなに嫌だったなら、もうしないわよ」


 言ってヨシュアの首を地面に押しつけ、足を掛けて魔剣を引き抜こうとする。そこへ兵士が割って入った。


「やめろ! これ以上ヨシュア殿の亡骸をぞんざいに扱うな!」


 酷く破損した生首をかき(いだ)くようにして、ロマリア兵は怨嗟の言葉を投げかける。


「この場で起こった事は女王陛下にも委細構わずお伝えする。そなたは凶険無道なその所業を、いつか必ず後悔する日が来るぞ」


 しかしアルフラは興味を失ったかのように表情を消し、ロマリア兵に背を向けた。足取りも軽く、馬車へと歩いていくその姿を、眉間(みけん)に深く皺を刻んだシグナムが見送る。すくなからず好意を寄せていたヨシュアを殺され、アルフラに対して思うところもあるのだろう。しかしそれを口にすることなくフレインへと向き直る。


「……なあ、これって神族やレギウス教徒だけじゃなく、ロマリアまで敵に回しちまったんじゃないか?」


 これにはシグナムが苛立たしく感じるほどの落ち着いた声が返された。


「問題ないでしょう。事実上、すでにロマリアという国は存在しないも同然です。国を支えていた二人の英傑を失った今、たとえアルフラさんが魔王口無を倒したところで、女王エレクトラにロマリアを建て直すことは不可能です」


「……だといいけどな」


「魔王雷鴉によりロマリア王室の守護者たる竜神が討たれた、との噂もあります。真偽のほどは(さだ)かでありませんが、そういった話がレギウスの魔術士ギルドにまで届く時点で、王権の失墜は(まぬが)れないでしょう」


「そうか……」


「ええ。賭けてもよいですが、もはやロマリア女王に諸侯を束ねる力はありません。――今日この場での出来事が後世に語られることはなくとも、真にロマリアの国運が尽きたと言えるのは、ヨシュア殿がアルフラさんに殺された瞬間なのだと思いますよ」


 シグナムはなにか不吉なものでも見たかのように、亡国の予言を(ほの)めかす痩身の魔導士から目を逸らした。


「……ロマリアにはまだヨシュアの弟がいるだろ。竜の勇者とかいう」


「そうですね。たしか魔族の領域南部に潜伏しているのだとレギウス神が言っていました。しかしその生存はあまり期待できないかと思いますよ。少数で魔族の領域深くにわけ入り、無事に済むとは……」


「でも勇者なんて呼ばれるくらいなんだから、それなりの運も持ち合わせてるはずだろ。あたしらも船で南部に渡るんだからさ、もし偶然行き合うようなことがあれば、そいつだけは助けてやりたいと思わないか」


「それは、まあ……」


 語尾を濁したフレインは、その表情を(うかが)うようにシグナムを見上げる。


「しかしめずらしいですね。シグナムさんが会ったこともない相手をそれほど気に掛けるとは……やはりヨシュア殿の弟君だからですか?」


 これには答えることなく、シグナムは西の方角へと顔を向けた。


「ああ……見えてきましたね」


 朝霧が晴れて見通しのよくなった視界の先に、緩やかな稜線を有する丘陵(きゅうりょう)が見えた。



「あの丘の上に広がる建造物すべてが竜玉宮――上都ザナドゥです」

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[一言] シグナム可哀想すぎる アルフラはもうダメなんだな
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