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氷の滅慕  作者: SH
五章 絶愛
192/251

少女の想いは……(後)



「なにも特別なことではない。我の宝具を私利私欲に利用されぬよう、人として当然の規律を課すだけだ。これは過去に天界へと招き、我が力を授けた者たちすべてが同意した制約でもある」


 レギウス神はアルフラたち一人一人に視線を配り、ゆっくりとした口調で告げる。


「ひとつ、決して罪なき人々をいたずらに害することなく、我の与えた宝具は魔族を打倒するためだけに扱うこと」


 これにはアルフラがすこし嫌そうな顔をするが、義手に目を向けたまま、異議を差し挟むことはしなかった。


「ひとつ、今後そなたらは力を合わせて事にあたり、不和を避け、仲間内での争いを起こさぬこと」


「お待ち下さい!」


 反射的に口を開いたジャンヌは、レギウス神の口上を(さえぎ)ってしまったことに顔面蒼白となりながらも、震える声で言葉をつづける。


「お、()れながら……アルフラは殺傷の罪を犯しました。神王様はそれについてどうお考えなのでしょうか。と、当然、厳罰をもって……」


「敬虔なる人の子よ。そなたはアルフレディア・ハイレディンに、極刑を望んでいるのだな?」


 久しぶりに自分の本名を耳にしたアルフラは、すこし驚いたように眉を上げる。

 ジャンヌはレギウス神の言葉に、我が意を得たりとうなずいた。


「もちろんです。大罪を犯した者には厳しく報いるのが神王レギウス様のお教えなのですから」


「いかにも、されど罪を(そそ)ぐは刑罰によってのみにはあらず」


「罪を、灌ぐ……? そんな!? アルフラはカミルを殺したのです! 失われた命は戻りません! その罪を灌ぐなど出来る筈ありませんわ!!」


 息を弾ませ声を荒げたジャンヌへ、神々の間から(いさ)めの言葉が響く。


「場をわきまえなさい」


 大きく体を震わせて、ジャンヌは額を床に擦りつけた。

 あくまでも穏やかな声でレギウス神は告げる。


「そなたの言うように、失われた命は還らない。罪人を殺刑(さっけい)(しょ)したところでそれは同じだ。しかしアルフレディア・ハイレディンが多くの魔族を討ち取れば、地上に住まうどれほどの民が命を救われようか」


「で、ですが……」


 かすれた声でジャンヌはなにかを言いかけるが、言葉はつづかない。これまで心の()り所としてきた信仰が、それを(さまた)げていた。ここでレギウス神教の最高神に反論するということは、自己への否定にも繋がる行いなのだから。

 叩頭したまま、(こら)えきれずに落涙(らくるい)するジャンヌを、レギウス神は痛ましげに見やる。


「そなたの心情は分からぬでもない。その嘆きと怒りも理解できる。――しかし、昨今の魔族侵攻による死者は、レギウス教国とロマリア王国を合わせれば二十万を超えておるのだ。きつい物言いではあるが、あえて真理を口にしよう。現状において、カミルという者の死は、些事(さじ)と言わざるえない」


 声を押し殺して涙するおのれの信徒を(おもんばか)り、レギウス神は柔和な声音でつづけた。


「ジャンヌ・アルストロメリアよ。私怨に捕らわれれば大局を見失う。広い視野をもって世を遠望せよ。どうすればより多くの者たちが救われるのかを。――ゆえに理解して欲しい。我は人々を導く者として、その安寧のために最善を尽くさねばならぬのだ」



 そして法の守護者は口を閉ざし、(すす)り泣く声が自然と途絶えるのを座して待った。





「ひとつ、罪なき人々をいたずらに害することなく、我の与えた宝具は魔族を打倒するためだけに扱うこと。

 ひとつ、今後そなたらは力を合わせて事にあたり、不和を避け、仲間内での争いを起こさぬこと。

 そして最後に、魔族との戦いが終結するまでの間、我、レギウスの(めい)遵守(じゅんしゅ)し、その指示に従うこと。

 ただし、これらの制約によりおのれの命が危険に晒される状況に限り、一時的に課せられた約定(やくじょう)は解除されるものとする」


 レギウス神の言葉に同意した一行の体に、神威を帯びた言霊が入り込む。アルフラは左手の甲に熱を感じて、巻かれた包帯をほどいてみた。瘢痕(はんこん)の焼けついた皮膚に、レギウス神の紋章が浮かび上がっている。青く発光するそれはすぐに光を失い、あとには紋章と同じ形の(あざ)だけが残った。


「地上の者たちはそれを聖痕(せいこん)と呼ぶ」


 レギウス神教の信者は、その痣の持ち主を神意を受けし者として(あが)め、死後は聖人として(まつ)られることも多い。


「そなたらの左手に宿りし我が紋章は、制約を課すだけのものではない。大いなる加護となりてその身を守るだろう。また、神殿関係者に見せれば、無条件での援助が得られる」


 そして戦いなどで左手を欠損したとしても、聖痕は体の他の部位に発現するとレギウス神は説明した。


「では、宝具の授与を()り行う。敬虔なる我が信徒よ、前へ」


 レギウス神が腰を上げ、台座から額冠を手に取る。

 おずおずと立ち上がったジャンヌは、泣き腫らした顔で進み出た。


「これは黒瑪瑙の額冠(サークレット・オブ・ブラックオニキス)。原初の頃より存在する黒瑪瑙を力の源とし、着用者に驚異的な身体能力と強い不死性を与える」


 額冠を手ずからジャンヌの額に掛けようとしたレギウス神は、ふと思い直したように動きを止めた。そしてダレス神を手招く。


「武神の使徒であるそなたには、ダレスの手による方が嬉しかろう」


 武神が額冠を受け取り、それをジャンヌの額に飾った。


「先ほどはよく堪えたな。そなたのような心強き信者を持てたこと、この上もなく誇りに思う」


 武骨な外見に似合わぬ優しげな声に、ジャンヌは茫然と聞き入る。


「神王様も苦渋の決断をなされたのだ。とはいえ罪を看過した訳ではない。因果応報という言葉通り、罪には必ず相応の報いが返るものだ」


 瞬間、ジャンヌの瞳に強い光がともる。そしてそれは、すぐに涙で曇った。


夜毎(よごと)の祈りはしかと届いておったぞ。ただ、あまり無理をせず、もうすこし睡眠の時間を増やすとよかろう」


 信仰する神からのぬくもり溢れる御言葉に、ジャンヌは声もだせずに何度もうなずいた。その頭にダレス神の大きな掌が置かれる。


「親愛なる我が信徒に武運長久を」


 同じようにレギウス神もジャンヌにかるく触れ、慈愛の笑みでもって言祝(ことほ)ぐ。


「敬虔なる我が信徒に幸あれ、弥栄(いやさか)


 神王と武神の祝福を受けたジャンヌは、涙を滂沱(ぼうだ)と流しながら(ひざまづ)いた。


「では、下がりなさい。今は言葉も出ぬようだし、望むなら後ほど時間を取り、そなたの言葉に耳を傾けよう」


 ジャンヌがよろよろと元居た場所へ戻ると、レギウス神はフレインへと目を向けた。


「魔道を歩みし青年よ、これへ」


 台座の前へ立ったフレインへ、拳大の宝珠が渡された。


火水晶の宝珠(オーブ・オブ・ファイヤークリスタル)。無尽の魔力を秘めた宝珠だ」


 フレインはうやうやしくそれを押し頂いた。レギウス神は二言三言(ふたことみこと)、言葉をかけて最後に重々しく告げる。


「我はそなたが人の道へ立ち返ることを望む」


 びくりと体を竦ませたフレインに、横合いから声がかけられる。


「魔導士よ。これを持ってゆくがいい」


 知識神ラムザが木箱を差し出していた。


「下界の地図だ。魔族領の詳細な縮図も入っている」


 そして次にルゥが呼ばれた。


「人狼族のちいさき戦士よ」


 さすがにやや緊張の見える狼少女が前に出る。

 レギウス神は乳白色の玉石を、ルゥへ手渡した。


「これは月長石(ムーンストーン)と呼ばれる秘石だ。月の満ち欠けに関係なく、所持者に満月の力を与えてくれる。また、月齢が満ちるに従いその魔力も増幅され、そなたは尋常ならざる力を得ることが出来るであろう」


「わあぁ! 神さまありがとうっ!!」


「幻とまで言われた秘宝ゆえ、なくさぬようにな」


 次いで呼ばれたのは女吸血鬼であった。


「我が姉ディースの寵児(ちょうじ)よ」


 レギウス神の手から王笏(おうしゃく)が渡される。


「これは死神の王笏(セプター・オブ・ディース)と呼ばれる呪具だ」


「――死神の王笏!?」


 それはおよそ二千年の昔、不死王と呼ばれた死霊術師が所持していた品だ。


「まさか大導師クロウリーの遺物が天界にあったなんて……」


 大導師クロウリーは、腐敗の魔法を操る悪名高い人物であった。もともとは地母神ダーナが肥沃な土を作るために伝えた魔術を、攻撃魔法に転用した稀代(きたい)の導師である。ロマリアの風土病、人体を腐敗させる琥腐(こふ)という(やまい)は、その研究の過程で生まれた病原菌による感染症だった。


「生身の人間であれば、耐えられぬほどの呪力を持つその王笏も、不死者たるそなたなら使いこなせよう」


 カダフィーは死神の王笏を握りしめ、感慨深げに見入る。それはかつて、ホスローが生前から探し求めていた品であった。怨嗟の導衣と死神の王笏さえ揃っていれば、百二十年前に凱延を仕留めることが出来たはずだと、彼は悔しげに語っていた。


「神王陛下、ホスローの件をよろしく頼むよ。早くこの王笏を見せてやりたい」


「……うむ」


 ひとつ重々しく頷いて、レギウス神は憐れむような眼差しを女吸血鬼へ向けた。


「そなたは魔族との戦いに必要なれど、我はその呪われた魂に、一刻も早く平穏が訪れることを願う」


 余計なお世話だよ、と内心でつぶやき、カダフィーはその場から下がった。


「古代人種の血を継ぎし女戦士よ」


 シグナムは先ほどから気になっていた大剣と甲冑の前に立った。


「これは大災厄の(おり)、古代人種の一氏族、カーマンインの長が身につけていた武具だ」


 大剣は武骨な黒塗りの鞘に収められ、甲冑もまた漆黒。全体に火焔を思わせる赤い紋様が刻印されている。


「魔剣、黒氣麟(ネガティブゲイン)は斬りつけた相手の魂魄を吸収し、魔鎧(まがい)黒氣粧(ブラックレネゲド)は障壁を形成する。ただし、それには膨大な魔力を必要とするため、そなたでは障壁を発生させるのは難しいだろう。――とはいえ、人が作りし鎧よりも遥かに堅固であることは確かだ」


 それらの武具は、シグナムが愛用する大剣や甲冑よりも、一回りほど大きな代物だった。


「――へリオン」


 レギウス神に呼ばれ、神々の列から闘神へリオンが駆けてくる。


「着るの手伝ってやるよ。これを身につけてたカーマンインの長はあたしが討ち取ったんだ。お前よりちょっとデカかったから、鎧もすこし大きいかもな。気になるようだったら詰め物でもしとけよ」


 ぞんざいな口調ながらも楽しげに笑いつつ、へリオンはてきぱきと身繕いを手助けする。革の胸当てを外したシグナムの胸部に闘神は目をまるくし、あたふたしながらも甲冑の各部位をお仕着せる。


「剣の方は戦ってる最中に折れちまってさ……あとからベナルディに打ち直してもらったんだけど、ちょっぴり性能が落ちてるらしい。――すまないな、手加減できるような相手じゃなかったんだ」


「いや……いえ、ありがとうございます」


 気さくな闘神に、思わず普段通りの受け答えをしかけたシグナムは、慌てて敬語で返礼した。


「よし、ちょっと手ぇだせ」


「え……?」


「手だよ、手」


 差し出した手甲の掌に、へリオンの手が重ねられた。

 硬質な音がして、シグナムは何かを握り込まされたのを感じた。

 闘神が意味ありげにぱちりと片目をつむる。


「あたしの従属神、エスタークがお前に渡してくれってさ」


 シグナムの手のなかには革帯の首飾り(チョーカー)があった。


「魔力供給の首飾りだよ。これを着けてれば、たぶん障壁を使えると思う。――ほんとうは下界の奴らに、やたらと宝具を与えちゃいけないんだ。神王様にはないしょだぞ」


 シグナムが横目でレギウス神を見ると、神王はさりげなく目をそらした。そしてアルフラへと顔を向ける。


「その想いで人を超えし娘よ」


 レギウス神の前へ進み出たアルフラへ、苦味を帯びた声が告げる。


「本来であれば、そなたは罪人として死すべき者である。その凶行に対しては、言葉で言い尽くせぬ想いが我の中にはある。――しかし、そなたの力に頼らねばならぬ身としては、口を閉ざすほかない」


 視線を台座に落としたアルフラは、聖痕の刻まれた左手で、銀の義手を撫でていた。


「我が声が届くかは(はなは)だ疑問であるが……今後のためにも聞いて欲しい。我はそなたの心にも安寧が訪れることを願っている」


 アルフラは義手に手を置いたまま、神王の皺深い顔を見上げた。


「そなたは、人が持ちえてはならぬ類いの想いを、その心に宿らせておる」


 あまり興味は惹かれなかったらしく、アルフラの視線は義手へと戻された。


「そなたは、およそ常人には備わらぬであろう悪意を()まわせておる」


 レギウス神は動かぬ表情で、なおも語りかける。


「そしてそなたには、人が人であるために必要なものが欠けておる」


 アルフラには、すべてが()れ言にしか聞こえなった。

 心の大切な部分が破損しているのだ。それはもう手の付けようがないほどに。


「それほど、育ての親である女魔族を取り戻したいか?」


 義手の指先を撫でていたアルフラの手が止まった。


「そなたはみずからの想いを愛だと思っているようだが、それは錯覚だ。未熟な精神に、(まこと)の愛は(はぐく)まれない。やがて熱は醒め、己の所業に後悔する日が来る」


 伏せた(おもて)に浮かんだアルフラの表情は、失笑だった。

 そう。目の前の老人は、神さまだなんて偉ぶってるくせに、なにもわかってやしない。

 アルフラは心の中でせせら笑う。


――この想いは、一生(いっしょう)物だ……


 脇に控えた神族の一柱、愛と美の女神マーヌが口を開く。


「愛とは信仰によく似ています。尽きせぬ無償の想いをひたすらに注いでこそ、それは真実の愛と言えるのですから」


 信仰とは見返りを求めず、ただただ捧げるものだ。同じ意味において、ただ求めるばかりであるアルフラの想いは、やはり間違っているのかもしれない。


 無言で義手に見入るアルフラに、もう何を言っても無駄であろうと察したレギウス神は、医神ウォーガンを呼ぶ。


「この娘をそなたの居へと連れて行き、義手と義眼を体に繋げる施術を頼む」


 そこでハッと顔を上げたアルフラが、天界へ来たのち初めて発言した。


「待って! 武器は!? あたしには武器をくれないの!?」


「そう慌てずともよい。施術が終わり、義手の具合を確かめてから渡そうと思っておったのだが……」


 レギウス神が台座に手を置き、そっと滑らせる。するとそこに、白銀の鞘に収められた細剣が現れた。


神威の細剣(セイクリッドレイピア)。そなたに扱いやすい得物をと思い、用意したものだ」


 強い魔力を帯びた細剣の柄を、アルフラが掴む。


「この剣なら、戦禍を倒せる?」


「さすがに魔皇の障壁を斬ることは不可能だ。そのような武器はこの世に片手で数えられるほどしか存在せぬ」


「でもあるんでしょ! じゃあそれをちょうだい! そうすれば戦禍はあたしが殺すから!!」


 誰よりも憎いその男の名が、誰よりも愛しい人が息子へ送ったものだということをアルフラは知らない。


「おねがい! あなたたちだって戦禍を殺したいんでしょ!?」


 狂人の顔で(すが)るような眼差しを向けてくる少女へ、レギウス神は(かぶり)を振る。


「この神威の細剣でさえ、我の所有する宝具の中でも有数の品なのだ。それにそなたには、義手と義眼まで用意したのだぞ。あまり欲をかくものではない」


「なら腕も眼もいらない!!」


 狂おしく叫んで、アルフラは台座の義手を片手で薙ぎ払う。

 シグナムたちは息を飲んでその暴挙を止めに入る。

 神々の列からも無数の怒声が投げかけられた。


「戦禍を殺せる武器を頂戴!! それだけあれば、ほかにはいらないから」


 アルフラはシグナムに押さえつけられ、ジャンヌの鉄鎖で首を締め上げられながらも、血を吐くような声音で叫んだ。


「おねがいします神王さま! あたしなんでもするから、だから――」


 ジャンヌが鎖を絞ってアルフラを引き倒す。

 しかし、レギウス神の言霊が、すべての動きを止めた。


「静まれ」


 軍神クラウディウスに視線が向けられる。


「いわば思い込みだけで、爵位の魔族を討つに至った少女だ。その心の強さを試してみよう」


「……よろしいのですか?」


 うなずくレギウス神を見て、軍神は一礼したのち、奥の扉へと消えていった。


「しばし待つがよい。望みの品を見せてやろう」


 しかし、静まれという言霊に囚われたままのアルフラは、返事を口にすることが出来なかった。


「制約がある以上、そなたが罪を重ねることは無いが、それはあくまで我の与えた宝具によってということだ。人には過ぎた力を望むのであれば、いまひとつ、制約を受け入れてもらう」


 アルフラは無言で首肯する。


「内容も聞かず承諾するには、いささか重い制約と……」


 言葉の途中で、二振りの長物(ながもの)を手にした軍神が戻った。

 ひとつはおそらく槍。封印の聖布にくるまれたそれを、アルフラは見上げる。身の丈の倍ほどもある長大な得物だ。

 そしてひとつは剣ほどの長さ。やはり聖布により封印されており、形状はよく分からない。


「これは魔槍カズクェル。西方魔族の王の中でも、おそらくは最も強い力を持っていた魔王の遺物だ」


 アルフラは、じっと剣らしき方の聖布を見つめていた。


「こちらは古代人種の姫が使っていた剣だ。その刃は三人もの魔王を屠っている」


 クラウディウスの言葉を聞いて、アルフラは瞳を輝かせる。


「どちらも所有者の強い呪いを帯びていて、私たち神族ですら手にすることが躊躇(ためら)われる品だ。好きな方を選ぶといい」


 剣に魅入られ、まばたきもしないアルフラに気づき、軍神は眉をひそめた。


「どちらかと言えば、槍の方を勧めるが……」


 アルフラに目で問われて、クラウディウスはその理由を説明する。


「単純に、魔剣の帯びた呪いの方が強い。それだけだ。――もう千年以上も前の話だが、やはりこの魔剣を望んだ人族の英雄は、鞘から剣を抜ききる前に、その呪力にあてられて狂死した。それほどに古代人種の姫は、凄まじい無念と呪怨を残して身罷(みまか)ったのだ」


 クラウディウスはそれらを台座に置き、神々の列へと戻る。去り際に、軍神のつぶやく声が聞こえた。


「お前が悶え死ぬ姿はあまり見たくない。よく考えて選べ」


 アルフラは魔剣を掴む。


 ――呼び声が聞こえた。


 歌うような、誘うような声音だ。


「……?」


 それはアルフラがこの広間に入ったときから、遠く聞こえていた声だった。

 魔剣から、強い想いが伝わって来る。

 四千年の時を()た呪詛が、奔流となって押し寄せた。

 それはなんの違和感もなくアルフラの心に染み入った。


 小脇に魔剣を抱えて、聖布をほどく。

 アルフラの想いもまた、魔剣に流れ込んでいた。

 アース族の姫君は共感をもってそれを迎え、その想いを己のものとした。


 聖布を剥がすと歌声はより鮮明となり、アルフラは目を閉じて耳を澄ませる。


(あた……ベル……カ……おおぞら……に、かけ……)


「ゆっくりと鞘から抜いてみよ。気を張っておかねば心を食らい尽くされる。無理だと感じたらすぐに……」


 言いかけた途中で、隻腕のアルフラでは魔剣を抜けないことに気づいた。神王レギウスは鞘の留め金を外してやろうと手を伸ばす。

 しかし、アルフラが剣先を床へ向けると、留め金が音を立てて上がり、鞘は自然と滑り落ちる。


 歌声が力強く響いた。


(あたしたち竜の支配者(ベルサリカ)は大空を自由に翔ける)


 アルフラは左手の甲に、焼けるような痛みを感じた。


(決して何者にも従わない!)


 制約の痣が痛みとともに薄れゆく。

 しかしそれが消え去る前に、アルフラは神王の腹に魔剣を突き込んでいた。

 共振した二人の願いは一つであった。



 ――少女の想いは神をも殺す。

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